「……やれやれ、拍子抜けだな」
通信機を通し、アキトの声がリョウゴの耳朶を打つ。
「シキブ・リョウゴ。お前なら俺をひさしぶりに燃え上がらせてくれると思ったが、当てが外れたよ」
アキトの独白を聞きながら、リョウゴはうつむき黙ったままだった。
「阿修羅のマニューバを見て確信した。お前は闘争本能と条件反射だけでガンプラを動かしている。お前はファイターじゃない、ただの野良犬だ。世界を相手に戦った俺の敵じゃない」
「……俺もひとつ気づいたことがあるぜ」
「ほぅ、それは何だい? 謹んで拝聴しようじゃねぇか」
「手前ぇはくだらねぇおしゃべりが取り柄の、口先野郎だってことをな」
ふたりの会話が途切れ、静寂が場を包んだ。
「お前の美点を一つ見つけたよ、リョウゴ。お前の負けず嫌いなところは超一流だ」
クリムゾンミラージュは、手にした大振りのビームサーベルを阿修羅に突きつける。
「だが、それだけだ。股の間に尻尾挟んでワンワン鳴いているだけの犬っころに用はねぇ、消えな!」
ビームサーベルを頭上高くかざし、クリムゾンミラージュは一気に距離を詰めると
阿修羅めがけて切りかかった。
「何ッ!?」
頭部を両断するはずのビームの刃を、無造作に掴んで止めてしまった阿修羅を見て、アキトの額に一筋の汗が流れ落ちる。
「やはり、手前ぇは俺の敵じゃねぇ……」
アキトがリョウゴの言葉の意味を理解するより早く、クリムゾンミラージュが猛烈な力で引っ張られた。
モニターいっぱいに阿修羅の顔が迫り、コクピットに激しい衝撃が走る。
衝撃でクリムゾンミラージュが大きくのけぞったため、ノイズの走るモニターに、頭部のアンテナの一部が欠損しフェイスカバーに亀裂が走った阿修羅が映り、アキトは何が起こったのか理解した。
「ず、頭突き、だと?」
あまりに原始的な戦法にアキトは唖然とするが、立て続けに起こる振動に我に返った。
断続的にクリムゾンミラージュを襲った振動は矢つばきに繰り出される阿修羅の連撃
だった。
アキトは必死に操縦桿を動かし回避を試みるが、なぜか阿修羅の拳はおもしろいようにクリムゾンミラージュにヒットした。
「くそ、なんで……」
横殴りに襲いかかるビームサーベルの一撃を、阿修羅はなんなくかわしてしまう。
「俺は……」
反対の手に握られたビームガンで狙いを付けようとするが、一足飛びに間合いに飛び込んできた阿修羅が放った蹴りを受け、弾きとばされる。
「世界で戦った男だッ!」
アキトの叫びとともにクリムゾンミラージュは阿修羅に体当たり同然に掴みかかるが、そこにはすでに阿修羅の姿はなかった。
激しい衝撃がコクピットを襲い、目を剥きだして睨みつけていたモニターに映った風景が下方に流れてゆく。
「世界? ……くだらねぇ」
吐き捨てるような声が頭上から響いた。見上げると自分を見下ろす阿修羅の姿が飛び込んできた。
「そんなワケ分かんねぇとこ見ながらバトるから、足下すくわれんのさ」
リョウゴの口角が持ち上がる。
「今みてぇにな」
アキトの顔が怒りと屈辱に朱に染まる。阿修羅に足を払われ転倒したクリムゾンミラ
ージュがゆっくりと身を起こす。
「言ってくれるじゃねぇか、雑魚が」
怒りを押し殺しながらアキトはリョウゴを睨みつける。
「だったら見せてやるぜ、世界を相手に戦った俺の力をな!」
アキトは武器スロットを開くと、《スペシャル》と表示された場所にカーソルを合わせる。
クリムゾンミラージュのバックパックに取り付けられたパーツと、両肩の一部が持ち上
がる。その下から大型のスラスターが姿を現す。
左右に大きくスラスターを広げたクリムゾンミラージュの姿は、まるで深紅の禍つ鳥を連想させた。
微かに機体を震わせていたクリムゾンミラージュの姿が、フィールドから忽然と消え失せた。
「何? がっ!?」
左右を警戒していた阿修羅の背後から痛烈な一撃が襲いかかり、大きくバランスを崩す。
阿修羅は体勢を立て直しながら振り返るが、そこにはすでにクリムゾンミラージュの姿はなかった。
「リョウゴさん、横!」
忽然と阿修羅の右横に現れたクリムゾンミラージュにツカサが気づきツカサは声も限りに叫ぶが、それより早くリョウゴは手にした操縦桿を動かしていた。
電光石火の速さで阿修羅の拳が繰り出されるが、その一撃はクリムゾンミラージュの身体をすり抜けてしまった。
「あれは一回戦で見せた……」
レンは所狭しとフィールド内で消失と出現を繰り返すクリムゾンミラージュを見ながらつぶやいた。
たしかにそれは、シグーハウンド戦でクリムゾンミラージュが見せた動きだった。
「そうか、全身のスラスターに加え背部と肩に増設したスラスターを一度に使い、あの
驚異的な動きを可能にしているのか」
眼前のバトルを見ながら、ツカサは顎に手をやり冷静に状況を分析していた。
「阿修羅の前に姿を現しているのは、超スピードで動いたクリムゾンミラージュの光学残像なんだ」
完全に後手に回った阿修羅が空中に待避するのを目で追いながら、ツカサが誰にともなくつぶやく。
阿修羅がかがみ込む。頭上で風が鳴り副腕のひとつが吹き飛ぶ。その切断面は、鋭利な刃物で切り裂かれたかのようだった。
「おいおい、さっきまでの威勢の良さはどこいったんだ?」
侮蔑と嘲笑を込めて、アキトはリョウゴに話しかける。だが、リョウゴが自分の話をまるで聞いていないことに気づき怪訝な表情を浮かべる。
確実に阿修羅にダメージが積み重なっているというのに、リョウゴは目をつむり身体
を左右に揺らしていた。
つま先が一定の間隔で床を叩くのを見て、アキトはリョウゴがリズムを取っているのに気づき目を見開く。
「いいぜ、このリズム……たまんねぇ」
舌なめずりしながらリョウゴはつぶやき操縦桿を軽く動かす。
阿修羅の身体がわずかに動き、そのすぐそばを一陣の風が吹き抜けていった。
「馬鹿な、かわした? いや、まぐれだ」
アキトは自分の言葉を否定するように軽く頭を振る。だが、クリムゾンミラージュの攻撃を阿修羅は最小限の損害でかわしはじめた。
「お前のガンプラが刻む戦いのリズム……最高だぜ!」
リョウゴの叫びとともに受けに回っていた阿修羅が、とつぜん虚空めがけて拳を叩き込んだ。
そこにはたしかに何もなかった。だが、阿修羅の拳は超高速移動を終えたクリムゾンミラージュを先読みするかのように捕らえていた。
カウンター気味に繰り出された一撃は、クリムゾンミラージュの頭部を一撃で粉砕する。
「何だあれ? セラさんのガンプラ」
全身のスラスターを小刻みに噴射しバランスをとるクリムゾンミラージュをコウタが指さす。
スクリーンに映ったクリムゾンミラージュの全身が、大小様々なひびに覆われていた。
「どうしてこんなことが……」
「きっと、機体があの残像を作り出すほどのスピードに耐えられなかったんだ」
「馬鹿言え、トールギスの設定じゃあるまいし、第一セラさんはあそこにいるんだぜ」
ツカサの仮説を否定するように、コウタは眉をつり上げながらアキトを指さす。
「ぼくが言っているのはガンプラ自体のことだよ」
苦笑するツカサを見ていたレンが、何か気づいたような顔になる。
「そうか、プラフスキー粒子のおかげでバトルではビームを撃ち空も飛べるが、ガンプ
ラの素材はプラスチック……」
「はい、所詮プラスチックではあの超絶的なスピードに耐える強度はないと思います」
「でもよ、一回戦のときはセラさんのガンプラは別にダメージなんて受けてなかったぜ?」
コウタは必死に記憶の箪笥を引き出し、シグーハウンドとのバトルを思い起こす。
「あのバトルは、ほとんど一瞬で終わたからね。セラさんもリョウゴさんを相手にここまで時間を食うとは予想してなかったんじゃないかな」
「なるほど、つまりあれは『諸刃の剣』ってやつか」
ようやく納得したのだろうか、コウタはひとりで何度もうなずいていた。
「馬鹿な! 何故だ、何故お前は俺のクリムゾンミラージュの動きが読めるんだ。ニュータイプだととでも言うつもりか?」
「は? にゅうたいぷ? なんだそりゃ?」
ニュータイプは『ガンダム』という作品において根幹を成す単語のひとつであるが、
あくまでガンプラバトルにのみ興味のあるリョウゴにとって、それはなんの意味もないことなのだろう。
真剣なまなざしで自分を見るアキトに、うろんげな視線を向けている。
「まあ、そのニューなんたらは別にして、お前のガンプラをの攻撃をかわせた理由、強いて言うなら一つだけあるかな」
「……それはなんだ?」
乾いた声で尋ねるアキトを見ながら、リョウゴは得意げな顔になる。
「ンなもん決まってんだろう
ニュータイプを凌駕するほどの如何なる理由がリョウゴの口から紡がれるのか?
期待と不安に胸を膨らませていたギャラリーたちが一瞬に凍りつく。
「……ガッツ?……ぷっ」
いっぺんの迷いもなく言い切るリョウゴを、アキトはこれ以上ないというほど目を大きく見開き見ていたが、バトルの最中だというのにとつぜん操縦桿から手を離すと身体をくの時に折って笑いだした。
あまりのことに、リョウゴですら攻撃の手を休めアキトを怪訝な目で見ていた。
「あ~あ、なんかよう、お前を見てると、いままでの自分が馬鹿みたいに思えてきたぜ」
ようやく笑いを止めたアキトが、目の縁をぬぐいながら口を開く。
「だが、お前とのケリはきっちりつけたくなった」
「望むところだ」
ふたりの会話は唐突に終わり、リョウゴとアキトの間に張りつめた空気が流れるのをバトルを観戦していたすべての者が感じ取っていた。
クリムゾンミラージュと阿修羅がどちらともなく滑るように動き出す。
リョウゴとアキトが操る2機のガンプラが、再び持てるすべてを振り絞り死闘を繰り広
げる。
その戦いは苛烈を極め、その身を紅に染めし阿修羅とクリムゾンミラージュがすれ違う度に、火花が飛び散り機体の一部が砕け飛んだ。
ギャラリーたちは声を出すこともはばかれると言わんばかりに無言で頭上のスクリーンを見上げていた。
「……なんか、楽しそうだな?」
「うん」
バトルを静観していたコウタが口を開く。ツカサは言葉少なにそれを肯定した。
スクリーンに時折映るリョウゴとアキト。ふたりの表情は真剣そのものだったが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「アキトも昔は、あーだった」
「カーネルさん?」
いきなり背後から声をかけられツカサは仰天する。
「だが、世界大会に出場したことでアキトは変わってしまった」
スクリーンを見上げた独り言のように話を続けるカーネル。ツカサたちも、そんなカーネルを黙って見ていた。
「絶対的な自信とともに出場した世界大会。だが結局はベスト16止まり。アキトはその後も頂点を目指し続けたが、自身を満足させる結果を出すことはできなかった」
カーネルは下を向くと大きく息を吐いた。
「自分の限界を突きつけられたが、一度は世界という大舞台で戦ったというプライドがいまさら遊び同然でガンプラバトルをやっている者たちと戦うことを許さなかった……けっきょくアキトは孤立していったのだ」
深いしわを刻んだ巌のようなカーネルの顔が、微かにほころんだ。
「だがアキト、お前はこのバトルで勝ち負けよりも大切なものが何か──それを思い出したのだな」
小声だったため、ツカサはカーネルのつぶやきを聞き取れず顔を上げたが、カーネルは黙ってスクリーンを見つめ続けていた。
「ぅおおおおおおおッ!」
「あぁああああああッ!」
リョウゴとアキトの獣じみた雄叫びに、カーネルを見上げていたツカサは我に返る。
スクリーンに、最大出力のスラスターの光を背負った2機のガンプラが猛烈な勢いで距
離を詰める。
クリムゾンミラージュは、両手で握りしめ大上段に構えたビームサーベルを目の前に
迫った阿修羅の頭部めがけて降りおろす。
それに呼応するように、阿修羅の拳が電光の疾さで繰り出された。
クリムゾンミラージュの灼熱の一撃は阿修羅の左肩に食い込み、2本の副腕ごと切り落としてしまう。
「阿修羅が……負ける?」
落下していく阿修羅のパーツを目で追いながら、コウタがしゃがれた声でつぶやく。
「……いや」
空中で絡み合ように動きを止めた2体のガンプラを見ながら、レンはスクリーンを指さ
す。
クリムゾンミラージュのバックパックが微かに震えだしたと思うや、いきなり猛烈な勢いで吹き飛んだ。
「あれは……」
ツカサはクリムゾンミラージュの背中から突き出たものに気づき息をのむ。
それは堅く握りしめられた阿修羅の拳だった。
阿修羅はゆっくりと拳を引き抜く。両腕を力なくだらりと下げたクリムゾンミラージュが、地上めがけて真っ逆さまに落ちてゆく。
阿修羅はその様を、顔だけ動かし無機質のカメラアイ越しに追っていた。
クリムゾンミラージュが地に落ちた瞬間、大量の土煙が舞い上がる。
無惨に砕け散ったクリムゾンミラージュの姿が脳裏に浮かび、ツカサは思わず顔を背けた。
「おい、あれを見ろよ!」
コウタの声にツカサは反射的に顔を上げた。
薄れゆく土煙の中、クリムゾンミラージュを抱きかかえ阿修羅が静かに立ち上がった。
「手前ぇ、なんの真似だ!」
眼前の光景が理解できず呆然としていたアキトだが、我に返ると激しく激高した。
だがリョウゴは先ほどのバトルとは打って変わって、穏やかな顔でアキトを見ているだけだった。
「ふざけんな、俺に情けをかけたつもりか?」
「そんなんじゃねぇよ」
ようやくリョウゴは口を開くが、その態度が癇にさわったのか、アキトの表情が険しさを増し、語気が荒くなる。
「自分のガンプラをよく見て見ろ!」
アキトは指を突きつける。阿修羅の両脚には大きな亀裂が走っていた。
おそらくこのダメージは、落下するクリムゾンミラージュを助けるために行った急加速に加え、着地の際に生じた衝撃のために発生したものだろう。
「お前はこのあと決勝が控えてんだぞ。それを……」
怒りのためか、言葉が続かなくなったアキトをリョウゴは不思議そうに見ていたが、やがて口を開いた。
「このバトルのケリはもうついてんだ。これ以上お前のガンプラを痛めつける理由なんざねぇだろうが……ひさしぶりに熱くなった。いいバトルだったぜ」
あっけらかんと言い切るリョウゴに、アキトは振り上げかけた腕を静かに降ろした。
ふたりの間をしばらく沈黙のしじまが覆ったが、やがてアキトは大きく息を吐いた。
「シキブ・リョウゴ……まったくあきれたヤローだぜ」
アキトは苦笑しながら両手を静かに掲げた。
「俺の完敗だよ」
次回予告
多大なダメージを受けながらも、勝利を手中に収めたリョウゴと阿修羅。
その姿に興奮冷めやらぬツカサだが、すぐに自身の番が回ってくる。
次回「ガンダム ヘッドクォーター」
第25話「一手 前編」
決勝に進むのはカーネルとツカサ、ふたりの戦闘巧者の内いずれなのか?
◆「登場ガンプラ紹介 その7」
『クリムゾンミラージュ』
【挿絵表示】
武装
バスタービームガン×2
ビームサーベル×2
バルカン砲×2
パルマ フィオキーナ×2
ソリドゥス フルゴールビームシールド発生装置×2
解説
セラ・アキトの使用するガンプラ。
単機でいかなる局面にも対応できるガンプラをアキトが望み、数あるガンプラの中から選んだ物は『すべての状況に対処しうる装備を最初から搭載したMS』デスティニーガンダムだった。
クリムゾンミラージュはアキトがこのコンセプトを自分なりに発展させたガンプラである。
バスタービームガンは、バレルの換装により『火力』『射程』『速射性』などを調節できるクリムゾンミラージュのメイン武装である。
【挿絵表示】
『ロングバレルVer』
火力と射程を重視したタイプ。Wガンダムのバスターライフル並の破壊力を誇る。
【挿絵表示】
『ミドルバレルVer』(左腕装備)
本編では未使用だが、本来はもっとも使用頻度が高いタイプ。火力と速射性に優れる。
『ショートバレルVer』(右腕装備)
他に比べると火力は劣るが、速射性と取り回しに優れたタイプ。
またデスティニーガンダムは機動性に於いても優れた能力を持つが、クリムゾンミラージュはこれをさらに強化している。
【挿絵表示】
『フルスラスターモード』
機体各所に装備された固定スラスターの他に、肩とバックパックに追加された大型スラスターを同時使用した状態。
これらスラスターの全開時には、ベースとなったデスティニーガンダムのそれを上回るほどの機動性を得ることができる。
ただしガンプラ自体の素材はプラスチックであるため、強度的に長時間の連続移動は機体に著しいダメージを与えてしまう。
【挿絵表示】
最終的には阿修羅の前に敗北を喫してしまったが、それまで無傷でトーナメントを勝ち進んだ阿修羅に痛烈なダメージを与えるなど、非常に優秀なガンプラと言えるだろう。