《BATTLE END》
ツカサはHi- νガンダムを専用ケースにしまうと、バトルシステムから外したGPベース
に目をやった。
「ようやく勝率8割ってところか」
コウタとのバトルで敗北を喫してから、早1ヶ月が過ぎようとしていた。
あの日以来、平日休みを問わず、連日『おもちゃのミサキ』に足を運びガンプラバトル
に没頭する日々が続いていた。
おかげで実力はめきめきと上達し、ツカサの名を知らぬ者はこの店で少なくなり、彼の
ことを『車いすのファイター』などと呼ぶものまででる始末だった。
だが、当人たちに悪気が無いのは分かっているが、ツカサからしてみれば自分の身体の
不自由さを指摘されているようなものであり、正直ありがた迷惑としかいえないような二
つ名だった。
「ふう」
「なんだよアマノ、勝ったっていうのに、えらくツマラナそうじゃないか?」
高校生ぐらいだろうか、今のバトルで対戦相手だったスポーツ刈りの少年が、不満そう
にツカサを睨んでいる。
「あっ、ち、ちがうんです。すみません」
スポーツ刈りも口で言うほど気にはしてなかったのだろう。何度も頭を下げるツカサを
おもしろそうに見ている。
(このままでいいのだろうか)
何度目だろうか? 頭を下げながら、ツカサは心の中で自問する。
ガンプラバトルの実力が付くほど、それに比例してある悩みが日増しに大きくなっていた。
その悩みとは他ならぬ自らのガンプラ、Hi-νガンダムのことだった。
もともとファンネルという武装を気に入って購入したが、こうしてバトルを繰り返すうち
にHi-νガンダムに物足りなさを感じるようになったのだ。
「お、おい、アマノ……」
囁くような声にツカサは我に返った。
対戦席で、スポーツ刈りがツカサの背後を指さしている。
訝しげに振り返るより、日に焼けた筋肉質の腕がツカサの首に巻き付けられるほうが先だ
った。
「見つけたぜぇ、ツカサァアッ!!」
「うっ!?」
ツカサは必死に腕を離そうともがくが、びくともしなかった。
スポーツ刈りの顔がぼやけ、目の前がみるみるが暗くなってゆく。
「こら!」
「痛で!?」
可憐な声とともに、リョウゴの後頭部に唸りをあげてモップがヒットする。
ようやくリョウゴのチョークスリーパーから解放され、激しくせき込むツカサにハルナ
が駆け寄る。
「だ、大丈夫、アマノ君?」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、……そ、走馬燈って、ほ、ほんとうに見えるんだ、ね」
ほんの数秒の間に14年分のマイヒストリーを観賞し終えたツカサが、喘ぎながらハルナ
の問いに答える。
「あ~、悪ぃ、だいじょぶか?」
ようやく自分のしでかしたことに気づいたリョウゴが、後頭部に唾を塗りながら謝る。
「大丈夫なわけないでしょう! リョウゴさん、ウチで人死になんて出たら迷惑なんです。
殺るなら余所で殺ってください!!」
店の入り口をビシッと指さしながらながら、ハルナは言い切る。
そもそも完全に論点がずれているのだが、ハルナの剣幕に恐れをなして、だれ一人訂正
するものなどいるはずがなかった。
「と、ところでリョウゴさん、ぼ、ぼくに何か用なんですか?」
喉をさすりながら尋ねると、我が意を得たといわんばりにリョウゴが破顔する。
「ツカサ、これから俺とバトろうぜ!」
「は?」
「は? じゃねぇよ。前に俺と約束したじゃねぇか」
確かにリョウゴと初めてこの店で会ったとき、そんな約束を交わしたのをツカサは思い
出した。
ツカサの表情を見て、リョウゴは満足そうな顔をするとバトルシステムの向こう側へと
大股で歩いてゆく。
「おっと、ちょっくら御免よ!」
強引に対戦席に割り込もうとすると、さすがにスポーツ刈りも不満を露わにする。
だが、リョウゴが歯を剥きだして威嚇すると、頭を掻きながらこそこそとバトルルーム
の外へと出ていってしまった。
「ちょっと待ってくださいリョウゴさん。アマノ君のガンプラは完全な状態じゃないんですよ」
ハルナは眉をしかめてバトルシステムを見た。
今のバトルで受けたダメージだろう。Hi-νガンダムの足下には、砕けたフィン・ファ
ンネルの破片が散らばっていた。
「……それなら大丈夫だよ」
ハルナが振り返ると、車いすに括り付けたリュックをごそごそとやっていたツカサが、
小さな箱を取り出していた。
箱の中にはフィン・ファンネルをはじめ、各種武器が整然と収められていた。
「予備のファンネルはまだある。それにHi-νガンダム自体はさしてダメージを受けてな
いしね」
ツカサのつぶやきをバトルの了承と受け取ったのだろう。リョウゴは笑みを浮かべると
腰に付けたケースから自らのガンプラ『零』を取り出した。
「んじゃ、そろそろはじめっか?」
立ち昇るプラフスキー粒子が、切り立った山々を背にした草原に変わる様を見ながら
リョウゴが口を開く。
ツカサは大きく頷くと、予備のフィン・ファンネルを取り付けたHi-νガンダムをバトル
システムにセットする。
「零、いくぜッ!」
「アマノ・ツカサ、Hi-νガンダム発進します!」
2人のファイターの叫びがバトルルームに響き、リニアカタパルトは両者のガンプラを
戦場へと打ち出した。
※
「あれがリョウゴさんのガンプラか……」
モニターに映った零をつぶさに観察しながら、ツカサはつぶやく。
Hi-νガンダムと対峙する零は、初めて見たときと少しも変わってはいなかった。
ベースとなったガンプラはアグリッサ型のイナクトだったが、メインの武装であるブレ
イドライフルや専用のソニックブレイドも取り外されている。
「おそらくあの様子だと、腕や脚部のウエポンベイにも何も積んでないだろう」
根拠も何も無い予想だが、ツカサには確信に近いものがあった。
「しかし、見事なくらい肉弾戦専用のガンプラだな」
本来接近戦に特化した機体でも、バルカンぐらいは装備している。
イナクトにも股関節に20ミリ機銃が標準装備されているが、零のそれはヤスリの跡も生
々しく見事に削り落とされていた。
ここまで火器を廃し接近戦に特化したガンプラは、ツカサの知る限りでは零だけだった。
戦場に、バトル開始を告げる機械音が響く。
「さあて、そろそろいくかッ!」
零の背部が巨大な光球に覆われ、信じられないスピードでHi-νガンダムめがけて突き進
んでくる。
すでにHi-νガンダムの周りに浮いていた6基のフィン・ファンネルが、零の動きに呼応
して瞬時に四方に散る。
だが、ファンネルたちが零を射界に収めようと旋回をはじめた頃には、ことに零は包囲
網を半ば抜け出した後だった。
「は、疾い?」
翼を取り除かれ飛行能力をオミットされているとはいえ、フライトユニット自体は健在だ。
有り余る推進力を陸上での移動に使う零の動きは、走るというよりは跳ぶといった勢い
だった。
零の動きを牽制しつつ、長距離からの包囲殲滅戦を仕掛けるつもりだったツカサは、完全
に裏を掻かれた形になった。
気を取り直したツカサは、すぐにフィン・ファンネルに次の指示を与える。
「おっ!!」
左右から突撃してくるファンネルに気づき、リョウゴは操縦桿に力を込める。
間一髪、身をひねる零の機体すれすれのところを、ファンネルが通過していく。
「やるじゃねぇか」
本体を折りたたみ、ラックに装着された状態で去っていくファンネルをモニター越しに
追いながら、リョウゴは嬉しそうにつぶやく。
高速で移動している零に射撃を加えても効果が薄いことに悟ったツカサは、ファンネル
を槍のように使い零の足止めに使ったのだ。
「へへ、やっぱバトルはこうじゃなくっちゃいけねぇ!」
威嚇するかのように周囲を飛び回るファンネルを、リョウゴは舌なめずりしながら目で
追っている。
再び突撃を開始したファンネルを、零は器用に避ける。
「よっ! あらよっ、と!」
すぐそばを通り過ぎようとした2基のファンネルを、零は立て続けに鷲掴みにしてしまう。
「ば、馬鹿な」
唖然とするツカサの前で、零のフライユニットが轟音を上げる。
ファンネルとフライトユニット。ふたつの推進力を得た零が、猛烈な勢いで回転をはじめる。
「そら! 返ぇすぜッ!!」
リョウゴの声とともに、深紅の独楽と化した零からふたつの影が飛び出した。
それがファンネルだとツカサが気づいたのは、投げ飛ばされたファンネルが他のファン
ネルと衝突し爆散した後だった。
茫然自失としていたツカサが、Hi-νガンダムのすぐ傍まで迫る零に気づいたのは、零の
全身から放出される殺気にも似た気配のせいだったろう。
「戻れ、ファンネル」
Hi-νガンダムめがけて繰り出された零の拳。
だが、その一撃も僅差で戻ったファンネルが展開したフィールドに阻まれる。
本来フィン・ファンネルは3基以上使用することでフィールドを発生することができる。
たった2基で同じことができるか一か八かの賭だったが、なんとか自機の前面にのみフ
ィールドを展開することはできるようだった。
「も、保つのか……!?」
フィールドと拳。激しく干渉しながら閃光をあげる光景を見守っていたツカサが息を呑む。
零の拳が軋みをあげ崩壊しはじめたのだ。
だが、零の動きは止まらない。破損する拳など気にも留めず、なおも力任せにねじ込もう
とする。
半ば形を失った拳が、じりじりとフィールドにめり込みはじめる。
ツカサが反射的に操縦桿に力を込めるより先に、拳の破片をまき散らしながら零の腕が
フィールドを突き抜けた。
勢い余って繰り出された零の腕が、すぐ先にあったフィン・ファンネルを叩き潰す。
至近距離でファンネルが爆発したため、Hi-νガンダムがバランスを崩した。
「くそ」
ファンネルも残り1基となってしまい、目の前でフィールドが消失する。
全身から白煙をまとわりつかせた零が残った左腕を振り上げる。
「させるか!」
Hi-νガンダムは、ラックからビームサーベルを取り出すと、零めがけて切りかかった。
横一文字にビームの軌跡が走るが、そこに零の姿は無かった。
いや、厳密には零はそこに立っていた。下半身だけが……。
「残念だったな」
リョウゴの声とともに、腰のあたりに零の頭部がひょこっと現れた。
「しまった!」
ツカサは激しく舌打ちを打つ。
イナクトは飛行モードに変形するため、一般的なMSとは異なった関節の可動域を持つ。
眼前の光景も零の上半身が消えたわけではなく、腰の関節を90度後ろに倒しただけだっ
たのだ。
ツカサは自分の迂闊さを内心叱責しながら、手にしたビームサーベルを振り上げる。
だが、零はそれより素早く上半身を起こすとHi-νガンダムに掴みかかった。
Hi-νガンダムはバランスを崩すとそのまま地面に倒れ込む。
零の指はみるみるHi-νガンダムの頭部に食い込み始める。だがそれでも零は力を弛
めない。
「くそ!」
ツカサは素早く操縦桿を動かすと、Hi-νガンダムに馬乗りになった零の背後にフィン・
ファンネルを回り込ませた。
だが、フィン・ファンネルは零の背中に照準を合わせたまま、動きを止めてしまう。
「どうしたの、アマノ君?」
バトルを黙って観戦していたハルナが、ツカサの行動を理解できずつい口を挟んでしまう。
だが、ツカサはモニターを睨みつけたまま微動だにしない。
「……ここまで、だな」
どれぐらい時間が過ぎただろうか? リョウゴはぽつりとつぶやくと操縦桿から手を離す。
Hi-νガンダムと組み合ったままの零を手に取りケースに収めると、リョウゴはツカサに
背を向ける。
「ま、待ってください」
ツカサの問いかけにも答えず、リョウゴはバトルルームを出てゆく。
ツカサは慌てて車いすを押し進める。
「リョウゴさん!」
声を荒げるツカサに、リョウゴの足が止まった。
「どこにいくんですか、バトルはまだ終わってません!」
「終わりだよ」
リョウゴはそう言うと、ゆっくりと振り返る。
「そんなこと……ぼくのファンネルは零を完全に捉えていました。後はトリガーを引くだ
けで勝てたんです」
「本当に引けたか?」
リョウゴらしからぬ静かな口調に、ツカサは口をへの字結び押し黙る。
リョウゴの言うとおり、あそこで背後から攻撃を加えても、おそらく零はなんなく避け
てしまっただろう。
そして零を貫くはずのファンネルのビームは、転倒したままのHi-νガンダムに命中して
いたはずだ。
それが分かっていたからこそ、ツカサはあの瞬間攻撃を躊躇してしまったのだ。
「ツカサ、お前自分のガンプラに不満があるみてぇだな」
なぜ分かったのだろうか? いきなり核心を突かれ、ツカサは目を見張る。
黙ったまま自分を見上げるツカサの態度を、無言の肯定ととったのだろう。リョウゴは
苦笑する。
「なあ、ツカサ。1ヶ月もありゃあ、納得のいくガンプラができるか?」
唐突な提案、そして1ヶ月というあまりにも具体的な日数を提示され、ツカサは眉を
よせる。
リョウゴは顔だけ動かすと、顎で壁を示す。
そこはファイターが対戦相手を求めるメモを貼ったり、店で行われるイベントなど告知
するなど、掲示板代わりに使われているスペースだった。
壁の前まで移動したツカサは、昨日までなかった一枚の大判サイズの紙を見上げた。
「ガンプラバトルトーナメント開催の、お知らせ」
ツカサは書いてある内容をそのまま口にする。
「トーナメントが始まるまでに、お前だけのガンプラを作ってこい。このバトルの決着は
そこでつける! それでいいな?」
しばらく黙っていたが、ツカサは大きく頷いた。
ツカサの返答に満足したのか、リョウゴは再び歩きだした。
「でもリョウゴさん、次は今みたいにはいきませんよ!」
「分かってる! 俺もトーナメントまでに、それなりのものを用意しとくさ」
片手を上げながら去っていくリョウゴの後ろ姿を見送っていると、背後から人が近づい
て気配に気づき、ツカサは口を開く。
「ミサキさん。ぼく、トーナメントに出るよ」
「うん、でも……」
「ぼくは、どうしてもあの人に勝ちたいんだ!」
ハルナの言葉を遮るようにツカサは言い放つ。
「……俺も楽しみにしてるぜ」
いきなり声をかけられ、ツカサはハッと顔を上げる。
だが、開け放たれたままの入り口に、リョウゴの姿はどこにも見えなかった。
次回予告
リョウゴとの敗戦を機に、ツカサはガンプラバトルトーナメントの出場を決意する。
だが、いざ改造となるとなかなかいい案が浮かばず作業ははかどらない。
そんな時、ふと移した視線の先にかつてツカサがもっとも情熱を注いだ物の姿があった。
次回「ガンダム ヘッドクオーター」
第8話「カスタマイズ」
そのガンダムは、一軍を率いる指揮官なり。