村山七瀬は、化け物の生贄にされた少女の動画を見て恐怖に震える。
白羽の矢が実際に刺さっているのを発見し、家族の変わった行動に不安を覚える。
深夜に何かがぶつかる音で目覚め、窓の外を調べると生臭い匂いと矢を見つける。
七瀬は学校でも異常な状況に見舞われ、クラスメートや教師も巻き込んでしまった。
山に入る頃には、鬼の気配はますます薄くなっていた。
大悟達は古道を進み、獣道を分け入って鬼の気配を追う。
やがて水の音が聞こえた。
『地形をこの目で確かめたい』
大悟の体は大きく飛び上がり、森を抜けて空に浮かんだ。
葵はメルを片腕に抱え、雅の手を繋いだまま、次から次へと飛び上がる。
伊達に長い間、雅の従者をしていない証だ。
進む先の視界が開けた。
山の向こうは切り立つ崖で、谷底では激しい川の流れが黒々と渦を巻いている。
「逢魔が谷だ!」
『魔物に会う谷か』
「昔はここが山を越える近道だったけど、たくさんの人が落ちて死んだらしい。
今では絶対立ち入り禁止だ」
崖の古木の枝に乗り、谷を見下ろす。
吹き上げる風が泣き声に聞こえて薄気味悪かった。
『霊の気配がある』
「心霊スポットだからな」
『なんだそれは』
「幽霊が出る場所って事。『待って~待って~』って声が聞こえるってSNSでは有名だよ。
ネット動画でも紹介されてるって、女子が騒いでたな」
『鬼の気配が消えた。どこに行ったか分からぬ……。二手に分かれて捜すぞ』
「もちろんよ。私と葵は向こうに行くから、あなた達は向こうに行ってね」
雅と葵は、メルを連れたままどこかに飛んで行った。
大悟は少年に操られながら、岩山を飛び続ける。
木の根が隆起し、岩が迫り出す地面を飛んでいると、ふと視線を感じた。
「誰だ!」
岩の陰からこちらを見ていた人物が、びくりと肩を震わせる。
「七瀬?」
しかしすぐに人違いだと気がついた。
背の高さや顔立ちが七瀬と似ているが、髪がずっと長い。
「ごめん、友達と間違えた」
隠れて伺っていた少女は、大悟の口調にホッとした様子で出てきた。
丈の短い着物にズボンを履いて、足には脛当て、腰には短剣まで差している。
『こんな時間に何をしている』
「あんた達こそ、何をしてるの?」
気の強そうな眼差しが、やはり七瀬と似ている。
「オレはその、友達を捜しているんだ。いなくなっちゃって」
「友達を? そう……それは心配ね」
少女は眉毛をハの字にした。
足下に寄ってきたメルの背中を優しく撫でる。
「私の友達も、今頃、私を捜してるわ」
「お前の友達、迷子なの?」
「怪我をして動けないの。私は助けを呼ぶために猿飛の里を目指したんだけど……」
「お前も迷子になったんだな」
「……うん」
「よく観光客が山の中で迷子になるんだよ。猿飛の人ですら入らないところまで行っちゃうんだ」
「もしかしてあなた、猿飛の人?」
少女がパッと目を輝かせた。
ころころと表情が変わるところも七瀬と同じだ。
「うん。猿飛まで連れて行ってやりたいけど、オレ達は友達を見つけなきゃいけないんだよ」
「あなたの友達は、どうしてここに?」
『生贄にされるだろう』
「可哀想に」
『だろうな』
「人柱とか、時々あるよね。みんなのために誰か一人を犠牲にするって、私は大嫌い」
「お、おう……」
「そういえば、さっき女の子が歩いて行ったの。
怖い人が一緒にいたから、どうしたのかなって思ってた。きっとあの子があなたの友達ね?」
「どっちに行った!?」
「川の上流。私が通ってきた場所だから、連れて行ってあげる」
「助かる!」
少女はすいすいと身軽に進んでいき、大悟も少年に操られる形でついていった。
「私はシラホ。あなた達は?」
「オレは大悟」
『……』
「シラホの友達はどこで怪我をしたんだ?」
「崖のどこか、としか分からないの。
私はこの辺りの人間じゃないし、前に進むので精一杯だったから」
『お前は何故、こんなところに来た』
「私の友達……ハクライと一緒に逃げるためよ」
「逃げる?」
「役人が、ハクライを戦に連れていこうとしたから」
服装といい、話の内容といい、シラホには違和感だらけだが、質問している余裕はなかった。
何せ大悟は、崖っぷちの岩にしがみついて進んでいるのだ。
「戦が始まるたびに役人達は里の人を連れていくの。今度はハクライを連れていくと言われたわ。
皆のためだと言われたけど、死にに行くようなものよ。だから逃げたの。
猿飛の里なら匿ってくれると思った。あそこはどんな人も受け入れてくれるって聞いたから。
でも……谷でハクライが足を滑らせて、骨を折った」
『ふむ、それは大変だったな』
足を滑らせようとした時、大悟を操る少年が咄嗟に岩に飛び上がった。
「よかった! そこで落ちると絶対に助からないの」
「よく知ってるな。誰か落ちたのか?」
「私よ」
「マジか。大変だったな……え?」
大悟はシラホを見る。
風が吹き付けているにも関わらず、シラホの髪はそよとも動かない。
「失敗したわ。こんなところで滑るなんて。私、ハクライに約束したのよ。
『待ってて、必ず助けを呼んでくるから、お願いだから待ってて』って」
「待ってて……」
薄闇に立つシラホの姿を、大悟は改めて見る。
継ぎが当てられた着物は、とてもではないが、現代の格好ではない。
皆が噂をしていた、谷に響く『待って、待って』という声。
あれはこのシラホの声に違いなかった。
本当は『待ってて、待ってて』と懸命に友達に伝える声だったのだ。
鬼や妖怪の存在を知ったからか、
大悟はシラホが霊である事を、すんなり受け入れる事ができた。
「足を折ったハクライは、ずっと私を呼んで泣いていた。私、あの子を助けるつもりだったのに」
「ハクライの声はまだ聞こえるのか?」
シラホは首を横に振る。
「全然聞こえないの。私を呼ぶ声が聞こえたら、すぐに迎えに行くのに。
一体どこにいっちゃったんだろう」
(そいつは多分、もうこの世にはいない。だから声も聞こえないんだ)
大悟は思うが、口にすることは躊躇われた。
「きっと怒ってるのよ。私に置き去りにされたって」