鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

村山七瀬は、化け物の生贄にされた少女の動画を見て恐怖に震える。
白羽の矢が実際に刺さっているのを発見し、家族の変わった行動に不安を覚える。
深夜に何かがぶつかる音で目覚め、窓の外を調べると生臭い匂いと矢を見つける。
七瀬は学校でも異常な状況に見舞われ、クラスメートや教師も巻き込んでしまった。


9~シラホとの出会い

 山に入る頃には、鬼の気配はますます薄くなっていた。

 大悟達は古道を進み、獣道を分け入って鬼の気配を追う。

 やがて水の音が聞こえた。

 

『地形をこの目で確かめたい』

 大悟の体は大きく飛び上がり、森を抜けて空に浮かんだ。

 葵はメルを片腕に抱え、雅の手を繋いだまま、次から次へと飛び上がる。

 伊達に長い間、雅の従者をしていない証だ。

 

 進む先の視界が開けた。

 山の向こうは切り立つ崖で、谷底では激しい川の流れが黒々と渦を巻いている。

「逢魔が谷だ!」

『魔物に会う谷か』

「昔はここが山を越える近道だったけど、たくさんの人が落ちて死んだらしい。

 今では絶対立ち入り禁止だ」

 崖の古木の枝に乗り、谷を見下ろす。

 吹き上げる風が泣き声に聞こえて薄気味悪かった。

『霊の気配がある』

「心霊スポットだからな」

『なんだそれは』

「幽霊が出る場所って事。『待って~待って~』って声が聞こえるってSNSでは有名だよ。

 ネット動画でも紹介されてるって、女子が騒いでたな」

『鬼の気配が消えた。どこに行ったか分からぬ……。二手に分かれて捜すぞ』

「もちろんよ。私と葵は向こうに行くから、あなた達は向こうに行ってね」

 雅と葵は、メルを連れたままどこかに飛んで行った。

 大悟は少年に操られながら、岩山を飛び続ける。

 木の根が隆起し、岩が迫り出す地面を飛んでいると、ふと視線を感じた。

「誰だ!」

 岩の陰からこちらを見ていた人物が、びくりと肩を震わせる。

「七瀬?」

 しかしすぐに人違いだと気がついた。

 背の高さや顔立ちが七瀬と似ているが、髪がずっと長い。

 

「ごめん、友達と間違えた」

 隠れて伺っていた少女は、大悟の口調にホッとした様子で出てきた。

 丈の短い着物にズボンを履いて、足には脛当て、腰には短剣まで差している。

『こんな時間に何をしている』

「あんた達こそ、何をしてるの?」

 気の強そうな眼差しが、やはり七瀬と似ている。

「オレはその、友達を捜しているんだ。いなくなっちゃって」

「友達を? そう……それは心配ね」

 少女は眉毛をハの字にした。

 足下に寄ってきたメルの背中を優しく撫でる。

「私の友達も、今頃、私を捜してるわ」

「お前の友達、迷子なの?」

「怪我をして動けないの。私は助けを呼ぶために猿飛の里を目指したんだけど……」

「お前も迷子になったんだな」

「……うん」

「よく観光客が山の中で迷子になるんだよ。猿飛の人ですら入らないところまで行っちゃうんだ」

「もしかしてあなた、猿飛の人?」

 少女がパッと目を輝かせた。

 ころころと表情が変わるところも七瀬と同じだ。

「うん。猿飛まで連れて行ってやりたいけど、オレ達は友達を見つけなきゃいけないんだよ」

「あなたの友達は、どうしてここに?」

『生贄にされるだろう』

「可哀想に」

『だろうな』

「人柱とか、時々あるよね。みんなのために誰か一人を犠牲にするって、私は大嫌い」

「お、おう……」

「そういえば、さっき女の子が歩いて行ったの。

 怖い人が一緒にいたから、どうしたのかなって思ってた。きっとあの子があなたの友達ね?」

「どっちに行った!?」

「川の上流。私が通ってきた場所だから、連れて行ってあげる」

「助かる!」

 少女はすいすいと身軽に進んでいき、大悟も少年に操られる形でついていった。

 

「私はシラホ。あなた達は?」

「オレは大悟」

『……』

「シラホの友達はどこで怪我をしたんだ?」

「崖のどこか、としか分からないの。

 私はこの辺りの人間じゃないし、前に進むので精一杯だったから」

『お前は何故、こんなところに来た』

「私の友達……ハクライと一緒に逃げるためよ」

「逃げる?」

「役人が、ハクライを戦に連れていこうとしたから」

 服装といい、話の内容といい、シラホには違和感だらけだが、質問している余裕はなかった。

 何せ大悟は、崖っぷちの岩にしがみついて進んでいるのだ。

「戦が始まるたびに役人達は里の人を連れていくの。今度はハクライを連れていくと言われたわ。

 皆のためだと言われたけど、死にに行くようなものよ。だから逃げたの。

 猿飛の里なら匿ってくれると思った。あそこはどんな人も受け入れてくれるって聞いたから。

 でも……谷でハクライが足を滑らせて、骨を折った」

『ふむ、それは大変だったな』

 足を滑らせようとした時、大悟を操る少年が咄嗟に岩に飛び上がった。

「よかった! そこで落ちると絶対に助からないの」

「よく知ってるな。誰か落ちたのか?」

「私よ」

「マジか。大変だったな……え?」

 大悟はシラホを見る。

 風が吹き付けているにも関わらず、シラホの髪はそよとも動かない。

「失敗したわ。こんなところで滑るなんて。私、ハクライに約束したのよ。

 『待ってて、必ず助けを呼んでくるから、お願いだから待ってて』って」

「待ってて……」

 薄闇に立つシラホの姿を、大悟は改めて見る。

 継ぎが当てられた着物は、とてもではないが、現代の格好ではない。

 皆が噂をしていた、谷に響く『待って、待って』という声。

 あれはこのシラホの声に違いなかった。

 本当は『待ってて、待ってて』と懸命に友達に伝える声だったのだ。

 

 鬼や妖怪の存在を知ったからか、

 大悟はシラホが霊である事を、すんなり受け入れる事ができた。

「足を折ったハクライは、ずっと私を呼んで泣いていた。私、あの子を助けるつもりだったのに」

「ハクライの声はまだ聞こえるのか?」

 シラホは首を横に振る。

「全然聞こえないの。私を呼ぶ声が聞こえたら、すぐに迎えに行くのに。

 一体どこにいっちゃったんだろう」

(そいつは多分、もうこの世にはいない。だから声も聞こえないんだ)

 大悟は思うが、口にすることは躊躇われた。

「きっと怒ってるのよ。私に置き去りにされたって」

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