鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

大悟とその仲間達は、山を進みながら鬼の気配を追っていた。
途中でシラホという少女に出会い、
彼女が友人のハクライを助けるために猿飛の里を目指している事を知る。
しかし、ハクライは足を滑らせて怪我をしてしまい、
シラホは彼を待つように言い残して助けを求めに行った。
大悟達はシラホが霊である事を理解し、彼女の友人がもうこの世にいない可能性を悟った。
それでも彼らは、友人を探し続ける事を決意するのだった。


10~牛頭と馬頭

「この橋であっちに渡れるの」

 

 シラホが案内してくれたのは、崖と崖を結ぶ古い吊り橋だった。

 太い縄と木板を繋いでできた橋は今にも落ちそうだ。

 強い風に煽られるたび、嫌な音を立てて軋んでいる。

「いや、流石にこれは……」

 渡れるわけがない。

 しかし大悟は、見下ろした谷底に小さな人影を見つけた。

 一人で岩に座り、じっと前を向いたまま動かない。

「七瀬!?」

「橋を渡った向こうに、下に下りる岩場があるわ」

 大悟と少年はシラホの後に続き、そろりそろりと橋を進み始める。

 木板の隙間から見える地面は遥か下で、生きた心地がしない。

「怖い人がいる」

 シラホが怯えた声で止まったのは、どうにか三分の一ほど進んだところだった。

「怖い人?」

 大悟が顔を上げると、シラホはすうっと消えてしまう。

 代わりに、生臭いにおいが周囲に漂った。

 

「お前は誰だ」

「!!」

 太い声をかけられて大悟は立ち竦む。

「やっぱりな。出ると思ったぜ」

 消えたシラホの向こうに、大きなツノを持つ鬼がいた。

「え……馬?」

 体は人間だが、長く大きな顔はどう見ても馬だ。

 手には先端にU字形の刃のついた太い棒を持っていて、刺股と呼ばれるものに似ていた。

「人の癖に霊と話していたな。うん? お前の腰のもの……ツルギか?」

「こいつは関守。しかも使い手だ」

 背後から違う声がした。

 振り返って見れば、もう一体。

「牛?」

 こちらは人間の体に、牛の顔。

 やはり刺股を持っている。

「関守がどうしてここにいる」

「我らを異界に帰す気だな」

「そうはさせぬ」

 馬頭と牛頭は、口々に言うと、刺股をすっと上げて……力いっぱい橋を叩いた。

「うわわわ!」

 衝撃は吊り橋を波のように揺らし、大悟は振り落とされそうになる。

 しかも、馬頭と牛頭が交互に叩くので、大悟はツルギを構える隙すらない。

「グフフ……。生きた人間の肉を食べたかったのだ」

「肉体も手に入れたし、今宵の儀式の景気づけに、ちょうど良い」

 大悟の背筋がぞくりとする。

 馬頭と牛頭は、よだれをボタボタと落としながら大悟に迫ってくる。

 その時、暴風が大悟を吹き飛ばし、続いて少年が入った大悟が橋から飛び降りた。

 谷底の岩に激突寸前……大悟の体は、体勢を整えて、岩を蹴った。

 草むらに飛び込んで鬼の視界から逃れる。

 

「間に合ったみたいね」

「メル!」

 その暴風を起こしたのは、雅だった。

 彼女の隣には、葵とメルが立っている。

『あの鬼どもは馬頭鬼と牛頭鬼。異界の獄卒だ』

「ご、ごくそつ?」

『門番の事だ。死んだ者の魂を操る呪力を持ち、苦しませる。下手をすれば私も危うい』

「だからシラホが逃げたのか」

『しらほ?』

「ってか、お前やっぱり幽霊って事じゃん!」

『違う! 私は「魂だけの人間」だ!』

「それ幽霊っていうんだよ」

 少年がムッとした時、馬頭鬼と牛頭鬼が七瀬の傍に立ち、何かを指差しているのが見えた。

 七瀬は、馬頭鬼が指した場所に大人しく膝をつく。

 それは小さな祠の前だった。

 牛頭鬼が祠の屋根を掴んでむしり取る。

 中から、石の板に彫られた馬の像が現れた。

「馬のお地蔵様?」

『馬頭観音だ。悲惨な死を遂げた馬を弔うために祀られる』

「馬!? 七瀬をどうするつもりだ?」

『馬の霊の生贄にするのだろう。恨みを持った霊を娘に取り憑かせ、霊が持つ闇を増幅させる。

 あの鬼どもはその上で娘を食うつもりだ。強い闇の力を取り込むためにな』

「あいつら、もう誰かの体を乗っ取ってる。オレに触れるって喜んでた」

『触れるという事は、肉を食う事もできるという事だ』

「まあ、鬼らしいといえばらしいですけどね……」

 つまり自分は本当に食われるところだったのだ。

 大悟は改めてゾッとする。

『今回は二体。しかも肉体を得て力を強めている。簡単にはいかぬ』

 馬頭鬼が声を轟かせた。

「哀れな生き物よ! 我ら牛頭鬼と馬頭鬼が、お前に力を授けよう!

 目覚めてその恨みを晴らすがいい!」

 ぐらり、と馬頭観音の像が揺れた。

 遠くから嘶きが聞こえ、その声が徐々に近づく。

 やがて馬頭観音の足元の土がぼこぼこと膨れ上がった。

「土の下に何かいるわ!」

 どどどっと蹄の音がして、地中から一頭の大きな馬が飛び出してきた。

 夜の闇よりなお暗い、真っ黒な毛並みだ。

 体には傷を負い、流れる血がぬらぬらと光る。

 大悟はその姿に、恐ろしさよりも痛々しさを感じた。

 無理矢理起こされた事に苛立っているのか馬は前後の足を振り上げて辺りを乱暴に走り始める。

「荒ぶる魂よ、お前にこの生贄をくれてやる!」

 馬の目が七瀬を捕らえた。

 前足を高く持ち上げると、七瀬を目指して猛然と走り出す。

 

『いくぞ』

 大悟の体が七瀬の前に飛び出した。

 そして、馬に向かって呪力を放とうとする。

 大悟はとっさに叫んでいた。

「馬を攻撃するな!」

 直後、少年が躊躇うのを大悟は感じた。

 ためらいは動きを一瞬遅らせる。

 その一瞬が命取りだった。

 荒ぶる馬は大悟と七瀬に迫り、けたたましい嘶きと共に後ろ足で立ち上がる。

 大悟の目が、馬の強靭な前足を捉えた。

 

 目を閉じた大悟の耳から、全ての音が遠のいた。

 まるで室内に入ったようだ。

「なんだ?」

 大悟、七瀬、雅、葵を包んでいるのは、半球体の薄い膜に見えた。

「これ、バリア?」

 半球の壁がすっと消える。

 よほど多くの力を消耗するのか、少年の息が上がっていた。

「何やってるのよ……あなたが生贄になるところだったわよ」

 壁に阻まれた馬は怒り狂って走り回っている。

 よだれを飛ばし、首がもげ落ちそうなほどに振り回す。

 狂気を感じる姿だった。

『あれを見てもまだ攻撃するなと言うか! 甘いのだお前は!』

「バカヤロ! あいつは悪くねえ! 鬼に利用されてるだけだ!」

「やはり非情さが足りまへんな……子供らしい」

 大悟は小学六年生、葵は見たところ二十代だ。

 考え方が違うのも、無理はない。

 その時、牛頭鬼が葵目掛けて、刺股を投げつけた。

 葵は素早く鎖鎌を取り出して刺股を絡め取る。

『牛頭鬼! 邪魔はお前だ!』

 少年の声と共に、大悟の手が牛頭鬼目掛けて呪力を放つ。

 だが、少年の呪力は牛頭鬼の前で霧のようにふわりと散った。

「どうしたんだ!?」

『お前が余計な事を言うから呪力に集中できぬ!』

 馬の霊が高くいななく。

 声は谷全体に響き渡り、こだました。

「オレにはあの馬が泣いてるようにしか聞こえないんだ。頼む、ここはオレに任せてくれ」

『勝手にしろ』

 体の中の少年がすっと力を抜いた。

 大悟が体のコントロールを取り戻す。

 立ち上がり、大悟はツルギをしまって、馬に向かった。

 

「お前は利用されている! 七瀬に入っても食われるだけだ! 鬼の言いなりになるな!」

 大悟の行動に、牛頭鬼と馬頭鬼が腹を抱えて笑い出した。

「ぶわっはっはっは! 馬に説教か!」

「怒り狂った霊に言葉が通じるはずもなかろう!」

 どんなに笑われても、大悟は何とも思わなかった。

 

(……大悟……)

 雅と葵が見守る中、大悟は二体の鬼にはっきりと言う。

「オレは攻撃する相手を間違えない。悪いのは……お前達だ」

 大悟の中で少年が息を呑む。

 それから、呆れたような溜息で聞いた。

『まったく、お前というヤツは……で? 馬をどうする気だ。考えはあるのか』

「考えって……言われても」

 土を蹴って苛立つ馬が七瀬に狙いを定め、再び走り出した。

『来るぞ!』

 真っ黒なたてがみを揺らし、馬が向かってくる。

 すると、大悟は、たてがみに一筋の白い毛が混じっているのを見つけた。

 闇に走る閃光のように、漆黒の体に、その白い線はくっきりと浮かび上がっている。

 

白雷!!

 大悟は馬の名前を叫んでいた。

 シラホが捜しているハクライという“友人”。

 名前は白い雷……『白雷』に違いなかった。

 谷を囲む森に向かって大悟は腹から叫ぶ。

「シラホ! 白雷の声が聞こえるか! お前がずっと捜している友達がここにいる!」

 谷にこだまする馬のいななきに重なって……。

 

「白雷!」

 シラホの声が響いた途端、白雷の様子は一変した。

 荒々しい足取りが穏やかになり、体の怪我が消えていく。

 見事な漆黒の毛並みを持つ堂々とした姿になった。

 そして、背中に現れたのは……シラホだ。

 シラホは嬉しそうに白雷のたてがみに顔を埋め、首を抱き締めている。

「待たせてごめんね、白雷。もう怒らないで」

 白雷は優しい嘶きで応えると、シラホを乗せたまま後ろ足で軽やかに跳び上がる。

 そして、淡い光を散らして消えた。

 全てはあっという間の出来事だった。

 

「消えた……」

『馬の闇が溶けて成仏したのだ。どうやらあの娘、馬の主人だったようだな』

「主人じゃない、友達だ」

『霊と親しくなっていたとは、お前には呆れる』

「でもまあ、良い霊もいるからいいじゃない」

 

 突然、山を震わせるほどの大音量で牛頭鬼と馬頭鬼が吠えた。

 怒りに体を震わせて、体中の血管が浮き出している。

「許さぬ! 許さぬ!」

「我らの計画を台無しにした!」

 馬頭鬼と牛頭鬼は頭を振り、口からよだれを飛ばしながら四つん這いになった。

 馬と牛そのままの体勢で土を蹴り上げている。

『まだ鬼が残っているぞ』

「こいつらはお前に譲ってやるよ」

『抜かせ』

 大悟の手足が温かくなる。

 少年の力がふつふつと全身に漲り、ぞくりと鳥肌が立った。

 嫌な感覚とは、もう思わない。

『この娘は返してもらう』

「生贄諸共食ってやる!!」

「よーし、やるっきゃないわね!」

 

「風よ!」

「はっ!」

 葵は精神を集中し、威力を高めた手裏剣で牛頭鬼を射抜いた。

 雅は呪文を唱え、風の刃で牛頭鬼を追撃する。

「たぁぁぁぁっ!」

 大悟はツルギで馬頭鬼を攻撃したが、ギリギリでかわされる。

 馬頭鬼は勢い良く腕を振るい、雅にダメージを与える。

「二人とも、倒していいのは鬼だけだ!」

「当然ですよ」

「なあああ」

 メルと葵が目くらましをして鬼を惑わせている間、大悟はツルギで牛頭鬼と馬頭鬼を攻撃する。

「妖怪如きが!」

 刺股を振り上げた牛頭鬼にメルは躊躇なく飛びかかり、鋭い爪で攻撃した。

「ぎゃああああ! 見えぬ! 見えぬ!」

 メルの爪は牛頭鬼の目玉を直撃した。

 両目から黒々とした血を流す牛頭鬼は、肉体の痛みに耐えきれず膝をつく。

 馬頭鬼が刺股をぶん! と大きく振った。

 先端の刃物が外れ、高速で回転しながら大悟に向かってくる。

 しかも一直線ではなく、ぐねぐねと方向を変えながら襲ってきたのだ。

 大悟を刃が襲うのと、メルが飛んで来たのは同時だった。

 大悟の前に、パッと鮮血が散る。

 メルは身を挺して、大悟、雅、葵を守ったのだ。

 地面に転がったメルの体はあっという間に小さくなる。

 

「今だ!」

『応!』

 メルが作ったチャンスを逃す事はできない。

 ツルギを握る大悟の手が、うずくまる牛頭鬼の背中を深く刺した。

 固く、重たい手応えだった。

 しかし確かに銀の刃は牛頭鬼の体を貫いている。

 

 ぽっと青い炎が上がると同時に、ツルギを握る大悟の体には闇が這い上がってきた。

(大悟、頑張って!)

 鬼に憑かれた人間の闇に捕まらないように、大悟は懸命に歯を食いしばって耐える。

 血まみれの両目を見開く牛頭鬼が炎の中に消えていく。

 ずるずると倒れ込んだのは、鬼から切り離された男性だった。

 

『次が来るぞ!』

 轟音を立て、大悟が立っていた場所に刺股がめり込む――馬頭鬼だ。

 高く飛び上がった大悟の体は、鬼の頭部目掛けてツルギごと落ちていく。

 馬頭鬼は横っ飛びに逃げた。

「俺は帰らない! ようやく手に入れた肉体を手放すものか!」

 咆哮する馬頭鬼が再び刺股を振る。

 飛んでくる刃物は空中で分裂し、数を増やした。

 いくつもの刃物が回転しながら大悟、雅、葵の周囲を飛び始めたのだ。

 ひゅんひゅんと空気を裂きながら、刃物は距離を徐々に縮めてくる。

 大悟は刃物で切られる痛みばかりを想像し、他には何も考えられない。

 

『心を鎮めろ! お前の動揺が大きすぎて……!』

 強い恐怖心が大悟を支配し、少年の力を拒む。

 大悟の体は完全に硬直した。

 

 その時、しゃがれ声が聞こえた。

「なあああ」

 すぐそこで、メルが人間のように後ろ足二本で立っている。

 メルはニッと笑うと後ろ足でステップを踏み始める。

 右、左、後ろ、それに合わせて前足もテンポよく振り付ける。

 奇妙なのは、飛び回る刃物がメルをかすりもしない事だった。

「盆踊り?」

 ひょうきんな踊り方は、大悟をからかっているようだ。

 ぽかんと見つめる大悟はいつしか恐怖を忘れていた。

 

「あっ……?」

『見えたか』

 落ち着いてみれば、飛んでいる刃物はただ一つだけだ。

 ようやく大悟の頭がスッと冷え、集中力を取り戻す。

 少年の力が体に満ちていく。

 ツルギを握り直した大悟の手は、ぐるぐると飛ぶ刃物に狙いを定め、見事に命中させた。

 弾かれた刃は馬頭鬼へと一直線に戻り、ざっくりとツノを切り落とす。

「ぐおおおおっ!」

 空に向かって噴き出した血が、馬頭鬼の全身を赤く染めていく。

『異界に帰れ!!』

 暴れ苦しむ馬頭鬼の胸を、ツルギが貫いた。

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