鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

大悟達はシラホの案内で、崖と崖を結ぶ古い吊り橋を渡った。
しかし、橋の途中でシラホは消え、代わりに牛頭鬼と馬頭鬼が現れる。
彼らは大悟達を攻撃し、七瀬を生贄にしようとする。
しかし、大悟は馬頭鬼が操る馬の霊がシラホの友人である事を見抜き、シラホを呼び戻す。
シラホにより馬の霊は成仏し、大悟達は牛頭鬼と馬頭鬼を倒すのだった。


11~恐怖

 闇に包まれた大悟に見えてきたのは……暗い道だ。

 夜の山道を車が走っている。

 

「どうすればいいの?」

 泣きそうな声は七瀬の母親、静江だ。

 運転する七瀬の父親、和正も暗い顔で前方を見つめている。

「うちのお菓子に虫が入っていたなんて……でっち上げに決まってる。

 衛生管理を徹底して、お店に最新の消毒機器も入れたわ。

 これ以上どうすれば、こんな事を書かれなくて済むの!?」

 静江がスマホで見ているのは、SNSに投稿された写真だ。

 それは、クリームまみれの虫の死骸がフォークに載っている写真だった。

 コメントには、「七つ風のケーキから虫! みんなこれを食べてるって事?」と書かれている。

 虫が入っていたという投稿は、一ヶ月ほど前から始まり、

 複数のアカウントが面白がって似たような投稿をするようになった。

 七つ風は、嫌がらせの標的になってしまっていたのだ。

 

「またクレームの電話が来るわ。……攻撃してくる相手が分からないなんて、怖すぎる。

 文句があるなら直接言えばいいのに!」

「たった半年で人気店になってテレビでも紹介されたんだ。

 やっかみは仕方がないが……流石に酷い。今夜の大口注文のキャンセルは痛いぞ」

「先月は髪の毛がクッキーから出てきたって書かれて。

 その前は猫を飼ってるから店内が猫臭い、なんて!」

「食べ物の店をやるのに、猫を飼ったままというのはまずかったな。

 まさかメルまで店の足枷になるとは」

「売上はガタ落ちよ。開店のための借金も残ってるし、ここでお店を潰すなんてできない」

「何か対策を立てないと……うわっ!」

 和正が叫んで急ブレーキをかけた。

 ヘッドライトの光の中を何かがサッと横切っていく。

「タヌキじゃない? この辺りは動物がたくさんいるはずだから」

 何気なく言った静江の言葉に、和正は「そうか」と呟く。

「対策の一つを思いついた。メルだ! メルをここに放すんだよ。

 ほら、ここなら川もあるから魚を食べられるし!」

 歳を取ったメルが魚を捕る事などできないしメルを手放す事が根本的な解決になるはずもない。

 そんな事は和正もよく分かっていた。

 しかし、何かに縋りたかった。

 何かを変えれば事態が良くなるんだと、希望を持ちたかった。

 

「そう……そうよね、私達に残された方法はそれしかない」

 静江も頷く。

 ネット上で攻撃される恐ろしさが、二人の正常な判断力を奪っていた。

「なるべく早くやるぞ。七瀬が気づかないうちに」

「これでお店は持ち直すわよね?」

「当たり前だ。ホームページに猫はもういないって書こう。

 辛いけど頑張ってますって書けば、嫌がらせもなくなる」

 自分に言い聞かせるように言った時、和正は闇の中に何かを見た。

「なんだ? 何か……大きなものが立ってる」

 正体を確かめようと窓を開けると、低い声が響いた。

「おまえら やみ もってる からだ もらう」

 

「二人の闇は……恐怖だったのか」

 大悟が目を開けると、目の前に、七瀬の母親が倒れていた。

 振り返ると、牛頭鬼に肉体を奪われていた男性――七瀬の父親も倒れている。

 青い炎は、既に馬頭鬼を異界へと送っていた。

 

「「メル!」」

 大悟と葵はメルのもとに走り寄る。

 眠る七瀬の腕に顎を乗せ、メルはもう冷たくなっていた。

 息を引き取っている事が、分かる。

「……もう、亡くなっているようですね」

「七瀬が言ってたよ。メルは腕枕をせがむんだって」

『この娘と猫は、余程に互いを大切にしていたのだな』

 大悟は脱力して座り込む。

「メルが死んだって知ったら、七瀬は泣くだろうな」

『大切な人を守り切ったのだ。大した猫だ』

 鬼を祓ったとは言え、実際に命が奪われてしまった事は大悟にとってもショックだった。

 沈んでいく気持ちにストップをかけたくて、大悟は「うぉっしゃ!」と大声を出した。

「みんなを運ぶか!」

 七瀬も、七瀬の両親も、気持ちよさそうに眠っている。

『人間を三人も? 放っておけばいいだろう』

「そうもいかないだろ、風邪引くし。オレ一人じゃ無理だから手伝えよ」

「ウチらも手伝いますからね」

 やれやれ、と少年の溜息が聞こえる。

 

「こいつはここに埋めてやろう」

 大悟はメルをそっと抱き上げた。

「メル、よく頑張ったな」

 

 こうして、村山家を取り囲む鬼騒動は幕を閉じた。

 しかし、大悟達を守るためにメルが犠牲になったという事実は、隠せなかった。

 

「それでね、盆踊りを始めたの!」

「へえ~。猫が踊るなんて聞いた事ねえなあ」

 夜が明けたその日の朝、七瀬は休みもせずに登校してきた。

 大悟に会うなり、メルの夢を見たのだと喋り続けている。

「いつの間にか家族みんなで車の中で寝てるし、もう訳分かんない!」

「ええと、それで、メルは?」

 大悟は恐る恐る聞いてみた。

 七瀬は途端にしゅんとする。

「メルは……もう、旅に出たって。もう会えないんだって」

「それ、誰に言われたんだよ」

「メルからメールが来てたの」

 大悟は啞然として七瀬を見た。

 いくら猫又でもメールが送れるとは思えない。

「何よその目。分かってる。あり得ないって言うんでしょ?」

「そんな事言ってねーよ。で、なんて書いてあったんだ?」

「『さようなら、大好きだよ』……って」

 みるみるうちに七瀬の目には涙が盛り上がる。

 

「あ、先生が来ちゃう!」

 七瀬は慌てて前を向き、涙を隠した。

 

(おい、ロン毛幽霊)

 ムッとした少年の気配がする。

(メールの犯人、お前だな?)

『人聞きの悪い。猫の魂が別れを告げたいとしつこいので手伝ったまでだ』

 憎たらしいヤツだけど悪いヤツではないのかもしれないと、大悟はこっそり思う。

『それと、私は幽霊ではない』

 ブスッとした少年の声を聞きながら、寝不足の大悟はたまらず大きな欠伸をする。

 

「なあああ」

 窓の外で、低いしゃがれ声が聞こえた気がした。

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