鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

大悟、雅、葵は、鬼に憑かれた学校にやってくる。
鬼の城は幻視で隠されており、普通の人には見えなかった。
大悟達は、プログラミングクラブの仲間を救うために城に入った。
その城の中では、小鬼達が歌を歌って遊んでいた。
大悟達は小鬼達と戦いながら、鬼に憑かれた者の闇を見せられた。
そして、大悟は少年の声に励まされ、二階へと進もうとするのだった。


14~黒鬼

 二階は板張りの部屋だった。

 四方の壁には極彩色の花が描かれ、闇の中に浮かんでいる。

 向こうの壁を背にして誰かが座っていた。

 頭を下げて床に三つ指をついている。

 

「こいつが親玉かしら?」

「恐らくは……」

 ゆっくりと上げた顔は、目元の部分だけお面で覆われていた。

 お面の目はにっこりと笑って優しげだが、額からは長い二本のツノが伸びている。

 立ち上がると、フリルのついた長いスカートがふわりと広がった。

 お姫様のようなドレスとお面が、ちぐはぐで奇妙な格好だ。

 口元もお面のように優しく微笑んでいるが、何か違和感がある。

 引きつっているのだ。

 

「如月君、遅刻ですよ?」

 鬼が頭を傾げると、ポニーテールが揺れた。

「まさか……島田先生?」

「なんですって? 宿題もやっていない?」

 島田先生の口が歪み、ぎりっと歯ぎしりをする。

 口から牙が覗いていた。

「あなたは悪い子……。何も正しくない子。先生を困らせる、悪い悪い……クソガキ」

 誰かを叱る時に出す低い声が、いつもの何倍もの迫力を持って響く。

 そして島田先生の姿をした鬼は引きつった笑顔のまま両手を振った。

 ダダダダダッと銃弾のような音がして、床に無数の穴が開く。

 ギリギリで避けた大悟は、ベルトのツルギを抜く暇もない。

 かすめた弾が大悟のシャツに白い線を描いた。

 

「チョーク!?」

「はっ、あいつらしいわね!」

 再び島田先生が両手を振りかぶる。

「させないわよ!」

 雅が呪文を唱え、風を大悟の周囲に張り巡らした。

 放たれたチョークが風のバリアに砕かれて散る。

「まだ来きますよ!」

 島田先生は、間髪を容れずに次々と撃ってくる。

 まるで叩きつける雨だ。

「こいつ……強い!」

『これでは攻撃ができぬ!』

 ここまで切れ目なく放たれると、バリアを解いて動く事もできない。

「どうすればいいんだよ!?」

「あなたが戦うしかないのよ!」

 打ちつけるチョークの音に負けないよう、雅が大悟の中で声を張り上げる。

『仕方ない、お前の体の制御を解く! そうすれば私は呪力に集中できる!』

「いきなり戦うなんて無理だよ! オレはお前に体を貸してるだけなんだぞ!?」

「ですが……迷いは禁物です!」

 猛烈な攻撃に、大悟と雅の体は風のバリアごと後ろへ押されていく。

『今、やらねば誰も救えぬ。お前自身も、お前の友人も!』

「ああ……もう! やりゃいいんだろ!?」

 直後、大悟に手足の感覚が戻り、両手が驚くほど熱くなり始めた。

 体内から湧き上がる少年の力が掌に集まっている。

 大悟は左右の親指を組み、掌を広げた。

 少年の見よう見まねで作った呪力放出の型だ。

 

 ……流れを集め、溜め、そして一気に、外に押し出す。

 大悟は少年の力が充分に集まった事を感じた。

 

「行っけぇえええ!」

 爆音と同時に、大悟は自ら放った呪力の威力に突き飛ばされて後ろに転がった。

 その呪力はまるで巨大な砲弾だった。

 島田先生諸共壁に直撃し、城を揺揺らすほどの衝撃を与えたのだ。

 

「凄い……これがあいつの力なのね」

 これまでと比べものにならない大きな力に、雅は驚いていた。

『まさか、これほどとは』

 少年からも戸惑う気配を感じる。

 呪力を受けて壁にめり込み、大の字に張り付けられた先生は……黒い鬼の姿になっていた。

 苦しそうに息をする痩せた腹には肋骨がはっきりと浮き出ている。

 舌を垂らした口には歯並びの悪い牙がいくつも見えた。

「先生を返してもらうぞ」

 ツルギを手に歩み寄る大悟に、黒鬼はいきなり顔を上げて噛みついてくる。

「くっ!」

 黒鬼の身体に苦無が突き刺さって攻撃は届かず、鬼の懐に飛び込みツルギで刺す。

 島田先生がずるりと抜け落ち、青白い炎は黒鬼だけを燃やしていった。

 

「涼子ちゃんはいい子ね」

 島田涼子、それが島田先生の名前だ。

 胸につけた名札には、大悟と同じ『六年生』と書かれている。

 見上げているのは年老いた担任の先生。

「よく教えてくれたわ。勝也君には先生からきつく言っておくから」

「うん! 勝也君、いっつも宿題を朝の会の前にやるの。宿題は家でやらなきゃダメだよね!

 家の手伝いがあるから、なんて言い訳にならないよね!」

「その通りよ。涼子ちゃんは正しいわ。また何かあったら教えてね」

「うん! 私ね、先生が大好きなの。先生みたいに優しくて正しい先生になりたいの」

「いい子の涼子ちゃんなら絶対になれるわ。あなたは先生のお姫様よ」

 少女の島田先生は、誇らしさに頰を染めて笑った。

 

 先生の闇は悲しさや苦しさではなかった。

 どこか窮屈さを感じる、奇妙な闇だった。

『この教師は呪いをかけられたのだ。規範通りの正しさが“いい子”の条件であり、

 “いい子”になれた者だけしか愛されないと教え込まれた』

「先生もつらかったんだな。オレ、悪い事したよ」

『ツルギにより呪いは解けた。後は、お前が宿題をする事だな』

 ふと大悟は自分の手を見る。

 先程の攻撃の余韻が残り、まだジンジンと熱かった。

「なあ、さっきの感覚って……」

 どう言えばいいか分からず、大悟は言葉を飲む。

 少年もしきりに何かを考えているようだ。

 大悟は改めてツルギを見る。

 不思議と自分の一部のように感じた。

 

 その時、ふわりと体が熱を持った。

『まだだ……。お前の体、再び預かる』

 大悟達の前にあったのは、さらに上に続く階段だった。

 

 城の最上階、天守閣。

 屋根の形がそのまま天井になった部屋は、教室ほどの広さだ。

 壁にも天井にも描かれた不可思議な模様が威圧的に迫る。

「この模様、見た事ある」

 大悟が呟いた時、少年が身構えた。

 部屋の奥で、胡坐をかいて座る誰かの影が、暗い室内に溶け込んでいる。

 

「楽しんできたか?」

 赤く暗い光を放つ大きな目が一つ、こちらを見つめていた。

「一つ目!」

『ようやく登場か』

「容赦はしまへんよ、覚悟しぃ」

 一つ目の体の模様はさらに増え、陣羽織を羽織っている。

 雅はといと、何故か少しだけ、震えていた。

「おい、あいつなんか派手になってるぞ」

『呪力を強めている。かなり強い闇を持つ人間に取り憑いたのだ』

 大悟を眺め回した一つ目が、残念そうに両手を広げた。

「なんだ、傷一つついていないではないか」

 立ち上がった体は見上げる大きさで、天井に頭がつきそうだ。

「お前のおかげで人界に入った鬼達を配下としたが、所詮は小物だったか。

 まあよい、これからはもっと多くの鬼が人界にやってくる」

『何を考えている』

「大した事ではないさ。関守石を完全に砕いて異界と人界の境界を消すだけだ」

 ふん、と少年が鼻で笑う。

『道祖神を壊し、鬼門封じを解いた事で思い上がったか』

「一つ目! お前が関守石に触れる事はできないんだよ!」

「そうだ、できない。私にはな」

 一つ目は余裕の笑みを浮かべていた。

「人間を使えばいいだけの話だ。

 この赤星という男の知り合いは『ゲーム』とかいうものでたっぷり設けているらしいから、

 その金で人を雇う。金さえ積めば人間は何でもやる」

「させない。オレは、お前を異界に帰す」

「ウチらはそのために、やってきたのです」

 大悟と葵の言葉に、一つ目は「はっはっはっ」と仰け反って笑った。

 まるで殿様気取りだ。

 大悟はそっと少年に言う。

「さっきの感じでやればいける。必ず勝てる」

「今、なんと言ったかな?」

 大悟の言葉を聞いた一つ目が笑うと、背後の模様がゾワゾワと動いて壁ごと消えた。

「あっ……」

 そこには、クラブに参加した生徒達がいた。

 全員、一つ目の模様に縛られている。

 「助けて!」と泣き叫ぶ生徒達の間を、一つ目は満足げに歩き回る。

 それから部屋の奥、一段高い場所に、ゆったりとした動きで胡坐をかいた。

「来るな、大悟! 逃げろ!」

 大悟を見て大きく叫んだのは類だ。

 歯を食いしばって恐怖に耐えている。

 皆の姿を見て、大悟は怒りに体が燃えるように熱くなった。

「てめえ、本気で許さねえ……!」

 すると、その場で一つ目が手をさっと上げた。

 全員が「痛い!」「苦しい……」と呻き始める。

 模様がヘビのように蠢き、皆の体を締め上げているのだ。

「呪力やツルギを使えば、この者達の命はない」

『大悟、どうする』

「今は……ダメだ。このままじゃ何もできない」

「はっ、卑怯ね。葵、やっちゃいなさい!」

「当然で……」

「その攻撃は通用せぬよ」

 一つ目は葵の鎖鎌を絡め取ると、地面に思い切り叩きつけた。

 一つ目の模様がぐねぐねと大悟の足下から這い上がり、手足を縛り上げる。

 そして、人質になった皆のところに引きずっていった。

「痛えんだよ! このバカ!」

「くっくっく。面倒な関守もこのざまだ。一息に殺しても良いが、それは無粋というものよ。

 そこで、だ……」

 一つ目は頭上でポンと両手を打って嬉々として言う。

「『ゲーム』をしようじゃないか! ルールは簡単、私の名前を当てるだけ!

 当てられれば解放してやる。どうだ慈悲深いだろう? 城主たる者、心は広くなければな」

「ふざけんな! 当てられなかったらどうするつもりだ!」

 叫んだ大悟に一つ目はほくそ笑む。

「なんという事はない。目をもらうだけだ」

 皆が凍りついた。

 一つ目が間髪を容れずに一人の少年を指す。

「そこのお前からだ!」

「ひいっ!」

 大悟も知っている野田という五年生の男子だった。

 真っ青な顔で震えている。

「さあ、私の名前は?」

「そんな……名前なんて……」

「周りのヤツらと相談して答えてもいいぞ? うん?」

 一つ目はにたにたと笑いながら気味が悪いほど優しげな声を出した。

 傍に座る四人の六年生が、野田と相談を始める。

「さっきまでは赤星先生だったから……ひょっとして」

 五人で頭を寄せ合って話し合い、やがて野田が不安げに言った。

「あかぼし、まさたか……?」

「はい残念! 私はもう、赤星先生ではありませーん」

 両手を広げて嬉しそうに叫ぶ一つ目の顔に、異変が起きた。

 頰の辺りが小さく膨らみ、ぼこり、ぼこりと何かが二つ現れた。

「目が増えた!」

「いやあ!」

 悲鳴が上がる中、一際恐ろしい叫び声を上げたのは野田だった。

「ああっ! あああ!」

 野田の両目が、なくなっていた。

「なんて事しやがる!!」

 大悟は視界が歪んだ気がした。

 ぐん、と部屋が広くなったのだ。

「人間から目を奪う事で、奴は呪力を高めるみたいですね。このままでは……」

 

 一つ目が、野田と相談していた四人の六年生を見る。

「そこのお前達も一緒に~、残念!」

「そんな!」

「やめてーっ!」

 身をよじって泣いても、顔を背けても無駄だった。

 四人の六年生の目も一つ目に奪われた。

 

 それから先は地獄だった。

「一つ目こぞう……?」

「は~い、ざんねぇん!」

「わかんないよぉ! おかあさん!」

「お母さんではありません。はい残念!」

 次々と指名されては、目を取られていく。

 暗い部屋の中に溢れるのは、悲鳴と、泣き声と、呻き声……。

 

 やがて、残ったのは類、大悟、雅、葵だけになった。

 模様が蠢く部屋は体育館ほどにも広くなっている。

 一つ目の顔は今や目玉だらけだ。

「やれやれ、だらしのないヤツらだ……。よし、私からヒントをやろう。

 私の名前は三文字だ。三文字の名前で私を呼んでみろ!」

「そんなのヒントになってねえんだよ!」

 睨み上げる大悟に、一つ目は顔中の目を細めて笑った。

「くっくっくっ……関守よ、お前も所詮は非力な子供という事だ。

 何もできないまま、私に目を取られるがいい。万の目を持つ私はさらに強くなる。

 この城を建てた時より、遥かに強く!」

「……この城を建てた?」

 大悟が思わず聞いた。

「おやあ? 関守の癖にこの城の由来を知らぬのか?」

 一つ目は余程満足しているのだろう。

 目玉だらけになった顔を撫で回して話し始めた。

「かつてこの地にあった猿飛城を建てたのはこの私だ」

「「まさか」」

 大悟と葵が同時に言った。

「私が人界に迷い出たのは、遥か昔、戦乱の世だった。

 闇に隠れる私は、戦で焼け落ちた猿飛の砦とその領主を見た。

 領主は呆然としていたよ。砦なくして領民を守れぬ、とな。

 そこで私は申し出た。『砦ではなく、城を建ててやる。その代わりに、お前の目をよこせ』と。

 財力のなかった領主は飛びついた。そして私はたった一夜で城を築き上げた!」

 一つ目が何十個もの目でぎょろりと雅を見る。

「しかし! 領主は卑怯者だった! 城を建てた私に目玉をくれるという契約を破った!

 城が完成した途端、関守を使い私を異界に封じたのだ! あの男は私を騙した!」

「城と、目……?」

 類が小さく呟いて、大悟もあっと思う。

 二人は目を合わせて頷いた。

「大悟」

「ああ。オレも同じ事を考えてる」

 今朝、大悟のノートを見た類は一つの可能性を言っていたのだ。

 「歌の頭文字はどうだろう」と。

 生徒が賑やかに挨拶を交わす朝の廊下で、類は歌の頭文字三つに丸をつけた。

「『阿』と『万』と『目』?」

「どう読むのかな……。『あまんめ』『あまめ』、もしくは『あばんめ』『あばめ』もあるよね」

「どの読みにしても、聞いた事のない言葉だぞ。違うんじゃないのか?」

「何かの名前だとしたら、あり得ると思うんだけど……」

 ここで赤星先生が声をかけ、二人の会話は中断したのだった。

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