大悟達は鬼に取り憑かれた先生と戦っていた。
彼らは、先生が鬼に変わる原因を解明し、先生を元に戻すために奮闘する。
しかし、彼らが直面するのはただの鬼ではなく、強大な力を持つ一つ目の鬼だった。
この鬼は、人間の目を奪う事で自身の力を増す事ができる。
大悟達は一つ目の鬼の名前を当て、先生を救えるのだろうか。
「類……あれがきっと、ヤツの名前だ」
「自分で三文字だって言ってたから、候補は二つに絞られたね」
大悟は呻いた。
鬼の名前が『阿万目』として、読み方は「あまめ」か「あばめ」のどちらかが分からない。
「さあ、これが最後だ!」
ご馳走を前にした顔で、一つ目が手を擦り合わせる。
「葵、お前は常に尽くしておるな。だが、それが災いを招く事にも繋がるのだぞ」
「誰が何を言おうと、ウチは姫様を守ります」
毅然とした態度で葵は一つ目を睨み返す。
「野々村類か。相変わらずお前の闇は小さいなあ。覚えていないだろう?
私に名前を取られた時の事を」
「え?」
「最初はこっちのガキにしようと思ったが、こいつは関守だから名前が取れんのだ」
「セキモリ? さっきも言ってたけど、何それ?」
返事に困る大悟に、一つ目が不思議な事を言った。
「関守は二つの名前を持つから、昔から厄介だ」
「二つの名前?」
何を言っているのだろう。
訝しげに見る大悟を、一つ目が不思議そうに見返した。
「なんだ、お前。知らないのか?」
ぐふっ、と鼻を鳴らして一つ目が笑う。
「おいおい、お前だけが我らに名を取られないのは何故だと思っているのだ?」
「それは……関守だから、なんか特別なのかと」
「あーっはっは! 底抜けの馬鹿だな!
お前が名を取られぬのは、人の名前の他に、鬼の名前も持っているからだよ!」
「は? 鬼の名前? 持ってねーし。オレは人間だ!」
「無知だな、お前は。関守であるお前には――鬼の血が流れているのだ」
「……」
大悟は体が硬直し、言葉が出てこない。
『大悟、今は戦いに集中しろ!』
少年の声は大悟の耳を素通りしていく。
頭が混乱し、思考がまとまらない。
「無駄話は終わりだ。お前達のどちらからでもいい。答えろ! 私の名前はなんだ!?」
一つ目の声が遠くに聞こえる。
(鬼の血? オレは……鬼なのか? ダメだ、今はしっかりしなくちゃ……)
「「大悟!」」
混乱する大悟を現実に引き戻したのは類と葵だった。
強い眼差しで言う。
「僕が行くね」
「ああ。……え? 類が行く?」
「そうだ。僕が答える。大悟とそこの二人はその後だ」
「待てよ。どっちの読み方か分からないまま答える気か?」
「分からないから大悟に託す。僕が正解すればそれで良し。
でも間違えていたら……大悟の出番だ」
類は大悟を力強く見つめ、それから一つ目に向かい立ち上がる。
「僕が答えを言う!」
「ほう」
「お前の名前は、『あまめ』!」
ぴくりと、一つ目は一瞬動揺したが、最後まで聞くと安心したように笑った。
「ざんね~ん」
「大悟! 頼んだよ!」
大悟に向けた類の顔から――目が消えた。
「やめろ!!」
悲鳴を上げたのは大悟だった。
一つ目の勝ち誇る笑い声を聞きながら、大悟は類が言った意味を理解し始めていた。
「大悟に託す」
一つ目の名前の候補は二つ。
そのどちらかを自分が答える事で、類は大悟を確実に助けようとしたのだ。
たとえ自分が間違えてもその後の正解を――自分達の命運を「大悟に託す」ために。
大悟を信じて、類は先に立ったのだ。
大悟は、冷静さを失っていた自分がとてつもなく情けなく、恥ずかしい。
「お前で最後だ、関守! お前の目を奪って呪力を強め、私はいよいよ人界を征服する!」
大悟は立ち上がった。
一つ目が大悟を招き入れるように両手を大きく広げ、答えを待つ。
「お前の名前は――
一つ目が、止まった。
壁の模様も動きを止め、シンと静けさが城内に満ちる。
やがて――
「おおおお! あああああ! あああああ!」
一つ目が顔中の目を見開いて咆哮した。
奪った目が次々と瞼を閉じ、そして消えていく。
同時に生徒達の顔には目が戻り、大悟の体を縛っていた模様も消えた。
……ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
地鳴りと共に城が揺れ始めた。
壁は白い漆喰に変わり、町を見下ろす大きな窓が現れ、鬼の城が質素な城に変わっていく。
「これが……本来の猿飛城?」
「目が……目が! やめてくれ、取らないでくれ……!」
うずくまる一つ目を前に、大悟の手がツルギを構える。
『行くか』
「行く」
「頼むわよ」
床を蹴った大悟の体は、少年と大悟、二人の意思で動いていた。
雅と葵は、そんな彼らを見守っていた。
「今度こそ、異界に帰れ!」
申の太刀は、一つ目を正面から貫いた。
「何故……私の名前が分かったのだ」
「オレの一族は、お前の名前を残していた。お前がまた襲ってくる事に備えて」
燃える一つ目から、丸い体形の男――赤星先生がどすんと抜け落ちた。
その直後、大悟は赤星先生の強烈すぎる闇を見る。
ゲームプログラマーでもあった先生は、アイディアを盗まれたと友人を殺しかけていた。
殺意を抱くほど強い憎しみと嫉妬に、大悟は悲鳴を上げそうになる。
しかしそこに、さらにもう一つの闇が重なってきた。
蹄の音が聞こえ、口髭の男が見えてきた。
甲冑姿で馬に乗り、刀を持って一つ目から子供達を守っている。
「お父様!」
その男を父と呼ぶ雅に、大悟は彼女の正体が分かった気がした。
雅は、この武将の娘だったのだ。
思えば、鬼が雅を「猿飛の姫君」と呼んでいたのはおかしかったが、気にしていなかった。
まさか、古い時代の生まれだなんて……と大悟は絶句する。
「鬼よ! 取引をしたのは我が眼ぞ! 子らの眼など約束はしておらぬ!」
「これだけ大きな城を建てたのだ。お前の目玉だけでは割に合わぬ。もっとよこせ。
目が増えれば力も増える。私はもっと強くなれる!」
「これ以上の蛮行を領主として許す事はできぬ!」
「目、目をよこせ!」
城主の背後で子供達が悲鳴を上げる。
それを狙って一つ目が飛んだ瞬間、大きな矢が飛来した。
一つ目の胴体を空中で真っ二つに裂き、地面にすっくと立つ。
あまりの速さに矢に見えたが、それは人だった。
手にしているのは銀色のツルギ。
使い手は背中を向けて立ち、大悟に顔は見えない。
青い炎に燃える一つ目から、一人の男性がどたっと倒れた。
「大工の権六だ!」
「権六の奴、親方が厳しすぎるって恨んでいたから鬼に憑かれたんだ」
周りで見ていた人が口々に言う。
城主は馬から下り、燃え尽きていく一つ目の前に立った。
「鬼よ。欲をかき、約束を違えて子らを襲ったお前を許すわけにはいかぬ。
しかし眼を増やしたいお前の悲願を打ち捨てる事もできぬ……。
よって猿飛領主、護国谷守影より鬼のお前に名を与える。
これより先は阿万目と名乗れ。せめてその名に、万の目を持てるよう」
「目が……欲しい……私は、お前達の目を……必ず……」
炎の中に一つ目が消えると同時に、大悟も闇から抜け出した。
ガクンと力が抜けて大悟は膝をつく。
『鬼の闇にまで潜るとは、呆れたヤツめ』
「使い手がいた。物凄く速くて……強かった」
「お父様……やっと、会えたわ……」
呆然として顔を上げ、大悟と雅は目を見開いた。
天守閣の奥、一段高いところに誰かが座っていたのだ。
「誰だ……?」
鬼ではなく、口髭をたくわえた男性だ。
眼差しは鋭いが、表情は穏やかで微笑んでいるようにも見える。
この人は、つい今しがた阿万目の中で見た――
「猿飛の、領主? 雅の、父?」
『阿万目の襲来を考え、鬼門封じを置いたのはあの領主だろう』
「よく頑張ったな、雅姫」
「お父様……」
「葵も最期まで、雅姫を守ってやってくれ」
「承知しております」
雅と葵が領主の顔を見ると同時に、大悟の腰に僅かな重みがかかった。
見れば、ツルギが美しい鞘に収まっている。
「なんだこれ? どういう事?」
『鬼を倒した褒美だろう。貰っておけ』
鞘はツルギと同じく銀色だ。
素材は分からないが驚くほど軽い。
鞘についた太い革紐は大悟の腰にしっかりと巻き付き快適に持ち運べそうだった。
「あの、ありがとうござ……」
顔を上げると、城主――雅の父は既にいない。
天守閣も城もなく、そこはいつもの六年一組、大悟のクラスだった。
皆は机に突っ伏して眠っている。
教壇で大の字になっている赤星先生は一番気持ち良さそうな寝顔で
「もちろんあれはお前のアイディアだ。お前はやっぱり凄いよ」などと呟いていた。
「類、みんなを助けたのはお前だよ」
穏やかな寝息を立てて眠る類に言うと、大悟は教室を出た。
10日と11日は投稿できなくて申し訳ありませんでした。
次回は予約投稿をいたしますのでご安心ください。