大悟は鬼に割られた関守石を新しくするために、
雅や葵、そして鬼のような呪力を持つ少年・ウタキと共に、鬼との戦いに挑む。
呪力を出せない自分にコンプレックスを抱き、大悟はウタキや雅の強さに憧れる。
大悟は鬼に憑かれた人の心の闇を見せられるが、仲間の支えで闇に打ち勝つのだった。
「ええっ!? こいつ、こんなに小さかったの?」
大悟が驚くように言った。
既に炎の中に消えそうな鬼は、先程までの巨体が嘘だったように小さくなっていた。
大悟の腰の高さほどしかなく、小鬼と言ってよい大きさだ。
『解せぬ。肉体を得たとしても、小鬼があれほど大きくなるなどあり得ぬ。
取り憑いた人間の闇も小さく、呪力を増強するほどのものではなかった。一体、何故……』
最後の炎が消え、小鬼が異界に帰った時。
若者の手から地面に何かが転がり落ちた。
「緑色の、石?」
「あら、綺麗! 翡翠ね」
大豆ほどの大きさの翡翠の欠片を、大悟の指先が拾い上げる。
緑に白を流し込んだようなマーブル色で、とても美しい。
「割れていますね。何かの破片のようです」
「どうやら、この石は呪力を宿しているようね」
「石も呪力を持つのか?」
「持ち主の呪力が移ったか、何者かが呪力を込めたか。
いずれにせよ石の主はかなり強い力を持ってるわ。小鬼が大きくなれたのは、この石のせいよ」
「誰かに貰ったって事?」
「与えられたか、拾ったか……」
「まだ昼間なのに光が嫌いな鬼が平気で出てきたのは、
ずっと人界にいて光に慣れたからだと思ってたけど」
「それも、この石の力と考えて間違いないわ」
「石に模様がある。んー? なんだろ」
刻み込まれた線を見つけたが、割れているせいで何の形なのかは分からない。
「旺太郎兄ちゃんに聞いてみよう。何か知ってるかも」
旺太郎とは大悟の従兄で、民俗学を勉強する大学院生だ。
現在は猿飛町の鬼伝説を調べるために大悟の自宅に下宿している。
大悟にとっては兄のような存在だ。
「さて、下まで運ぶか」
『放っておけば良いものを、物好きめ』
ウタキに構わず、大悟は戸村誠をひょいと担いだ。
戦いが終われば、ウタキは体のコントロールを大悟に戻す。
ウタキ曰く「人の体をずっと操るのは煩わしい」のだそうだ。
(そうは言いつつ、まだ、オレの体に呪力を流し込んでくれてるな。
じゃなきゃ、大人をこんなに軽々と背負えるはずない)
「悪いヤツじゃねーんだけどなあ」
『何か言ったか』
大悟は忍び笑いを漏らしつつ、猿飛神社の千段階段を下り始めた。
雅と葵は、軽やかなステップで降りている。
戸村誠は、実に平和な顔で眠りこけている。
鬼が出て行った後の人間は深く眠り、鬼に憑かれていた間の事を全て忘れてしまうのだ。
ツルギに心の闇を祓ってもらったのだから、さぞスッキリと目覚める事だろう。
「そういえば、このツルギ……申の太刀なんだけど」
大悟が聞く。
「オレ以外にはツルギが見えないようにしてるって、言ってたよな?」
『あの呪はとっくに解いておる』
「やっぱり……」
昨夜、大悟が庭で素振りをしていると、父の正道が腰を抜かすほど驚いていた。
ツルギが見えていると知り、今度は大悟が驚いたのだった。
「父さんにはクラスでやる劇の小道具だって言ってごまかしたけどさ。
そういう大事な事は言っといてくれよ」
「お父様がくれたその鞘には、呪力がこもってるの。鞘に収めればツルギは見えないわ」
「へ、これに?」
飾り彫りがされた美しい鞘は、阿万目という鬼を倒した時に、雅の父から手に入れたものだ。
ツルギを見えなくする力があるなどとは、思ってもいなかった。
神社の下にある駐車場まで辿り着き、大悟は戸村誠を地面に下ろす。
その途端、どっと疲れが襲ってきた。
ウタキが全ての呪力を抜いたのだ。
『寝る』
「早!」
ウタキは疲れると、すぐに大悟の中で眠る。
肉体の中だと回復が早いらしい。
「オレの疲れはどうやって癒やせばいいんだよ……」
ウタキの呪力に操られ超人的な動きをした大悟の体も、同じくヘトヘトだった。
「じゃあ、今夜は私と一緒に寝る?」
「……“女の子”と寝るのは初めてだけど、頼む」
「ウチは、一人で休みますね」
「だいごっ!!」
突然の絶叫に、寝入りを邪魔されたウタキが小さく舌を打つ。
駐車場を全力で走って来るのは、大悟の親友、野々村類だ。
トレードマークであるカールした髪を逆立てて疾走している。
「だあ! ずう! げえ! でえ!!」
それが「助けて」だと理解したのは、類を追う者が姿を現してからだった。
赤い髪に赤い体、異様に長い腕、額に突き出ているのは一本のツノ。
「鬼? 六体もいるぞ」
『ほう。賑やかだな』
「そうね……」
「警戒を解かなくてよかった」
「一体何があったんだ」
大悟は素早くツルギに手をかけた。
「!」
頭上に感じた気配に、大悟は真横に跳ぶ。
木の上から鬼がもう一体、雅を狙って飛び降りてきた。
「こっちにもいたみたいね!」
「学童で! 鬼ごっこが! 本物に! ……あっ!」
大悟の目前まで来た類が、謎の言葉を叫び、つまずいて転ぶ。
あっという間に追いついた鬼の一体が、長い腕で類の背中にポンと軽く触れて言った。
「つぅ、かまえた」
転んだ体勢のまま、類は引きつった顔を上げる。
「あ……僕も、鬼に……」
直後、類が鬼に変じた。
タッチした鬼と同じ、赤くて腕の長い鬼だ。
「類! 今、鬼を剥がしてやる!」
『待て大悟』
ウタキが制止するが、既に大悟はツルギを思い切り振っていた。
斬った、つもりだった。
「ぐぶぅっ!!」
体を折り曲げて苦しむ類は、鬼の姿のままだ。
「ツルギが効かない!? どういう事だよ?」
『名前も取らず、触れただけで鬼が人の肉体に入る事はない。何か妙だな』
大悟は、ジリジリと距離を詰めてくる鬼達を見る。
類だった鬼を含め、その数、八体。
「とりあえず、私達が止めるわ。大悟は後ろで待ってて」
「……」
「大丈夫、気絶させるだけですよ」
雅と葵は戦闘態勢を取り、鬼達を無力化しようとする。
伊達に鬼と何度か戦っていないためか呪術と暗器であっさりと鬼達を無力化した。
『ふむ、昔の世で女が戦う事はほぼなかったが、強い女は確かにいたな』
ウタキが雅と葵の戦いぶりを見て、そう呟く。
『どうやらこの鬼達は、
「わけみ?」
『親の姿形、呪力を転写された者の事だ。……先ほど巻き毛が言った事、覚えているか』
「鬼ごっこが本物に、とかって」
『発端はそれかもしれぬ。こやつらは分身鬼。どこかに元となった親鬼がいるぞ』
「どんどん鬼が増えていく鬼ごっこ……そうか、“増やし鬼”か!」
『親鬼の狙いはお前らしいぞ。分身鬼の言動は、全て親鬼のものだからな』
「じゃあ、親鬼はオレの事を知ってるって事?」
『鬼は取り憑いた人間である“宿主”から知識を吸収する。
その時、一緒に宿主の魂に刻まれた感情を吸い取る事があるのだ。
どうやら親鬼が憑いた人間は、お前を兄と呼ぶ者で、しかもお前に恨みがあるらしい』
ウタキの声が笑っている。
「おい、楽しんでるだろ」
『何にせよ、これ以上分身鬼を増やすわけにはいくまい』
大悟の体が指先までふわりと温かくなる。
『親鬼を叩くぞ』
「私達も今、行くわ」
ウタキは風のような速さで大悟の体を走らせ、雅と葵も走っていった。
「うへえ、鬼だらけだ。人間が、いない」
雅と葵が無力化した分身鬼達を振り切ってきた大悟は、
猿飛町で一番高い十階建てのマンションの屋上に立ち町の様子を信じられない思いで見ていた。
猿飛町は、見渡す限り分身鬼だらけになっていたのだ。
町全体がうっすらとした紫の霧に覆われ、鬼特有の生臭いにおいが漂っている。
「こんなに鬼の気配が充満してちゃ、親鬼を見つけられないぞ」
『うむ……』
大悟の手が口元に当てられる。
ウタキは数秒、考えると言った。
雅と葵は精神を集中したが、鬼の気配を感じる事はできない。
『これも修行だ。大悟、好きに暴れてみろ』
「へ?」
『親鬼の狙いはお前だ。という事は、お前の元に必ず現れる』
「オレを餌にする気か!」
『妙案であろう』
「親鬼が出てくる前に分身鬼にやられるよ、あいつらツルギで斬れないんだから!」
「それならさっきみたいに私達が無力化するわ」
「斬れなくとも、気絶はさせられます。分身鬼の宿主に痛みは伝わりませんよね」
大悟は眼下の町を見る。
あちこちを徘徊している分身鬼の数は百か、二百か、あるいはもっとか。
これだけ多くの鬼を相手にすると思うと、流石の大悟も身震いがした。
『体を守る程度の呪力は出してやる』
仕方ない、と言うようなウタキの声だった。
「お、おう」
『一人で戦えるほど強くなると、言うたのは誰だ?』
「うっ……」
言葉に詰まる大悟の視界の隅に、鮮やかな赤いものが映った。
「あ、あれ!」
国道のずっと向こうから走ってくるのは、最新型の真っ赤なスポーツカー。
「旺太郎兄ちゃんだ!」
この町であれほど目立つ車に乗っているのは、旺太郎しかいない。
「今日は隣の見附市に用事があるって言ってた。帰ってきたんだ!」
スポーツカーはウインカーを点滅させて、コンビニの駐車場に入っていく。
コンビニの屋根の上から、数体の分身鬼がじっと、車の行方を見つめている。
「まずい、鬼に捕まるぞ。くそっ、やってやらぁあああ!」
気合の雄叫びと共に、大悟は屋上の柵を踏み切り、地表に向かって飛び降りた。
「ぃいっ……てぇえええ!」
十階建てのマンションから着地した大悟は、足から脳天に突き抜ける痛みに悶絶した。
この痛み、とても「守られている」感覚ではない。
「おま……体は守るって……」
『だから死んではおらぬだろう。感謝しろ』
「最低限すぎる!」
「……はっ、やっぱりね」
涙を飛ばしながらも、大悟は走り出した。
雅と葵も、彼の後を追っていく。
「旺太郎兄ちゃん! 降りちゃダメだ!」
駐車場に入った車の目の前に、大悟が立ちはだかる。
「大悟君!? それに、女の子が二人も!」
「話は後!」
屋根の上の分身鬼が、大悟を見つけてすかさず下りてきた。
その姿を横目で確認しながら、大悟はボンネットによじ登る。
「車から降りたらダメだ! すぐに町から逃げて!」
大悟の剣幕に、旺太郎が驚いて窓から顔を出した。
「え? 僕、コンビニで炭酸飲料を……てか、何してるの?」
「えっと、その……今、町中で鬼ごっこしてるから!」
「へえ、鬼ごっこかあ!」
運転席の旺太郎がパアッと明るい表情になる。
鬼の研究をしているだけあって、“鬼”とつくものへの食いつきが異様に良いのだ。
もちろん、西洋の吸血鬼にも興味を持つだろう。
「喜ぶとこじゃないから! 旺太郎にいちゃんまで鬼になるから!」
大悟の言葉を気にも留めず、旺太郎は嬉々として話し始める。
「鬼ごっこってね、古くは“鬼事”って呼ばれていた由緒ある遊びなんだよ。
ルーツは平安時代の宮中行事にあるとされているんだ」
「兄ちゃん、窓、閉めて! 窓!」
分身鬼達が旺太郎の車を囲み始めた。
大悟はボンネットの上に立ち上がってツルギで鬼を威嚇し雅と葵は戦って鬼を無力化している。
「……貴族の子供達が真似をして遊びになって、やがて庶民に広まったとされているんだ。
江戸時代になると、色々なバリエーションができてさ。
そうそう、分かりやすいサイトがあるんだよ」
ウキウキとスマホ操作を始めた旺太郎は、全く分身鬼に気づいていない。
鬼の事になると夢中になりすぎて周りが見えなくなるのは、旺太郎の唯一にして最大の欠点だ。
「囲まれましたね」
どこか他人事のように葵が言う。
周りに集まった数え切れない分身鬼を見て、大悟の顔が引きつった。
「と、とりあえず……修行は一時休止して、ここは一緒に乗り切らないかい、ウタキ君?」
『…………』
「ウタキ?」
『…………』
ザッと土を蹴る音がして、分身鬼達が大悟達に向かって一斉に跳んだ。
「ウタキの鬼ぃっ!」
四方八方から跳びかかられても、雅と葵は冷静に、分身鬼達を攻撃する。
いつの間にか、両目をギュッと閉じてしまっていた。
『阿呆! 目を閉じるな!』
ウタキが叱咤すると同時に、大悟の体が温かくなる。
直後、分身鬼達の僅かな隙間を縫って大悟の体がジャンプした。
大悟を捕まえ損ねた鬼がボンネットに折り重なるように落ちる。
これほどの騒動も、鬼ごっこの説明に夢中な旺太郎は、やはり気がついていない。
宙に浮いた大悟を狙い、さらに分身鬼達が続々と跳び上がってきた。
葵の暗器が命中すると大悟の腕のツルギが一閃し、跳んできた分身鬼を叩く。
その反動を利用して体の向きを変え、次の分身鬼を叩く。
まるで風に舞う花びらのように華麗な動きで、数秒後には全ての分身鬼が叩き落されていた。
しかも、叩いた場所は急所だったのか、分身鬼達は気絶して動かない。
「すげえ……」
大悟は、改めてウタキ、雅、葵の強さを実感した。
しかし、分身鬼はまだいる。
町中から大悟達のところに集まってきているようようだ。
「キリがねえ!」
『親鬼さえ斬って異界に戻せば、分身鬼は人に戻る』
「その親鬼はどこにいるんだ? さっさと出てこい!」
その時、一体の分身鬼が旺太郎を狙って車の窓に近寄ってきた。
大悟はすかさず窓の横に立ち、ツルギで牽制する。
「そういえば、学童の先生にも鬼ごっこの話をしたなあ」
旺太郎はまだ話し続けている。
ここまで気づかないなんて、もう特技として褒めてあげたい、と大悟は思う。
「学童の子みんなで安全に遊べる方法を探してるって言うから、
条件付きの鬼ごっこを教えたんだ。小さい子を“みそ”にするやり方なんだけどね」
「みそ?」
「みそっていうのは、絶対に鬼にならない子の事だよ」
「それ、鬼ごっこやる意味なくない!?」
会話をしながらも、大悟の腕は跳びかかってくる分身鬼達を雅や葵と共にツルギで叩き落とす。
「先生が言うには、小さい子がまた鼻血を出したら困るからハンデが欲しいんだって。
何かあったのかなあ」
“鼻血”と“大悟兄ちゃん”。
二つのキーワードが大悟の中で繋がり、大悟の脳裏に先週の景色が浮かんだ。
その一瞬、大悟の意識が旺太郎から逸れてしまった。
開けていた窓から、赤く長い手が入り込んだ。
「タ~ッチ」
「うん?」
肩を叩かれ、ようやく旺太郎が顔を上げて周りを見る。
「…………」
鬼と関守を研究する旺太郎にとって、本物の鬼と出会う事は一生の大願だ。
その存在が、今、目の前にうようよいる。
「ここ、天国?」
至福の笑みを浮かべながら、旺太郎は分身鬼に変じた。
「窓閉めてって言ったのに!」
『親鬼に心当たりがありそうだな』
大悟の心の動きを察知したウタキが聞いた。
「ああ。親鬼は、三年の陽多だ」