大悟達は小さな鬼を倒し、その鬼が持っていた緑色の石を見つける。
この石は呪力を宿しており、それが鬼を大きくする力の源だった。
その後、類が鬼になり、大悟達は彼を助けるために戦うが、ツルギが効かなかった。
また、大悟の従兄・旺太郎も鬼になってしまう。
大悟は親鬼が三年の陽多である事を理解するのだった。
大野陽多は、大悟と同じ猿飛小学校の三年生で、極めて、負けず嫌い。
体育の授業、運動会、放課後の遊び、その全てに全力を出す子だ。
学年混合で遊ぶ時にも、上級生に果敢に挑戦していく。
しかし上級生は、自分達に比べて体が小さく、運動能力も劣る陽多に手加減をしてやる。
下級生に対する当然とも言えるこの配慮が、陽多は大嫌いだった。
そんな時はいつも顔を真っ赤にし、足を踏み鳴らして怒るのだ。
「やってみなきゃ、分かんないだろ?」
陽多にとって、最初から手加減されるという事は、屈辱でしかなかった。
小さいから、幼いから、
と自分にはどうにもならない理由で真剣勝負の土俵に上がらせてもらえないのだ。
「勝たせてもらう」事に意味などない。
全力でぶつかり合って負ける方が、余程意味があると陽多は考えていた。
大悟には、陽多の気持ちがよく分かった。
だからあの日の放課後、大悟たち六年生のドッジボールに入れてほしいとやってきた陽多に、
こう言ったのだ。
「来いよ。本気には本気で応えてやる」
口では「本気」と言っても、三年生相手に、
いくら大悟だってこっそり手加減するだろう……と、周りの誰もが思っていた。
しかし大悟の本気は、本気だった。
外野から威力のある豪速球を陽多に投げつけたのだ。
さらに周りを驚かせたのは、大悟の本気に陽多が食らいついた事だった。
大悟の強烈なボールが体に当たって仰け反りながらも、
ボールが空中に浮いたところを見事キャッチ。
敵陣からも歓声が上がった。
陽多は存分に闘争心を燃やし、次に大悟が投げたボールにも飛びついた。
捕りにくい低めのコース。
捕り損ねた陽多はアウトになった上、顔から転んだ。
結果、陽多はぼたぼたと鼻血を流し、保健室に運ばれてしまった。
それでも陽多は、心配する大悟に笑ったのだ。
「絶対またやろうね!」
陽多は、そういう少年だった。
「陽多は学童に通ってる。きっと、安全を考えた先生が陽多をみそにして……それで怒ったんだ」
『その怒りに、鬼が憑いたな』
大悟は車のルーフに飛び乗る。
両足を踏ん張り、いっぱいに空気を吸い、叫ぶ。
「陽多っ!」
思い切り張り上げる声が、真っ直ぐ国道を突き抜けて響く。
「オレを! 本気で! 捕まえてみろ!」
国道にいる分身鬼が、大悟を伺うように見ている。
車が一台も走らない、しんとした国道を大悟は見渡す。
(親鬼を連れて来い。陽多)
「本気と言ったな?」
「来たわ!」
ぞくりとする声が降ってきた。
全身に強烈な呪力の圧を感じる。
「!!」
振り仰ぐと、屋根の上に掲げられたコンビニの看板に、一体の鬼。
他の分身鬼と姿形こそ似ているが、迫力が圧倒的に違う。
「あんたが親鬼ですね」
大悟はツルギ、葵は鎖鎌を握り直す。
「オレを捜してたんだろ? 本気の鬼ごっこ勝負をしようぜ」
親鬼が、サッと片手を上げる。
すると、分身鬼が道を開けるように後退した。
「へえ、一対一か? やっぱりお前、陽多だな」
「ウチもやります!」
「駄目だ。それだと本気の勝負にならない」
「……仕方あらへんな」
親鬼の飛翔が、鬼ごっこ開始の合図となった。
どごん!
大悟を叩こうとした手が、国道のアスファルトにまた穴を開けた。
親鬼の攻撃は、腕で叩くという単純なものだが、威力は凄まじい。
「あんなんでタッチされたら、鬼になる前にぺちゃんこだよ!」
国道沿いのラーメン屋、本屋、そしてハンバーガー店。
あらゆる店の屋根と看板看板を足場にし、あるいは車道を走っての追いかけっこが続く。
逃げる大悟が振り返ると、親鬼が何故か、牛丼屋の屋根の上で動きを止めた。
「あいつ、何を……」
親鬼は、ぐぐっと背中を丸めた。
全身に力を込めたと思ったら、背中がボコボコと波打ち始める。
背中から出てきたのは、六本の腕だった。
「げえっ!」
「本気だ」
「両手を合わせて全部で腕が八本って。勘弁してくれよ……」
ぼやいた大悟に向かって、親鬼の背中の六本の腕が、
びゅん、とゴムのように伸びて四方八方から襲いかかる。
「それ絶対反則だろ!?」
建物の屋根から、大悟は車道へと飛び降りた。
両足をアスファルトに踏ん張る。
「ウタキ、悪いけどもう少し力を借りる」
『頼るなとは、言うておらぬ』
できれば自分一人で片をつけたかった。
しかし、頼らなければ乗り越えられない窮地もある。
大悟は今の自分の実力を、素直に受け止めた。
ふうう、と大悟が細く長く息を吐く。
(視界が鮮明になった。集中しているな)
大悟の中でウタキが気づく。
集中力が高まると、普段よりもさらに“見える”のだ。
びゅうん、と六本の腕が伸びてきた。
「右下と左上!」
大悟の声にウタキがツルギで応える。
銀の刀身が弧を描き、まずは二本を斬り落とした。
「そのまま左! 右上! もう一度左!」
大悟の指示でウタキが操る大悟の腕がツルギを振るう。
「ラスト、後ろ!」
背後から狙っていた腕を最後に、背中の六本全てが大悟の目と、
ウタキのツルギ捌きによって落とされた。
「うう うううう」
どくどくと背中から血を流しながら、親鬼が膝をついた。
「今だ! 胴体を貫くぞ!」
大悟が叫ぶと同時に、大悟の体が親鬼に向かって走る。
「異界に帰れ!!」
大悟の腕がツルギを振りかぶった時。
親鬼の背中の腕全てが瞬時に再生し、鋭い爪のある指先が大悟の目前に伸びてきた。
(目を潰される!)
大悟が覚悟した瞬間。
大悟の体は大きく後ろに仰け反って、六本の腕をかわした。
爪に裂かれた前髪が、ぱらりと風に散る。
仰け反った大悟の腕からウタキの呪力が鬼に放たれ、
その反動で大悟の体は道沿いの店に転がり、特売ワゴンに突っ込んだ。
「なんだよ、あれ。腕を再生しやがった!」
まさに危機一髪だった。
大悟は這いつくばってワゴンに身を隠す。
『大悟、あの鬼の胸にあるものが見えるか』
ゆらゆらと近づいてくる鬼の、ちょうど心臓の辺りに何かが光っている。
「あれは……翡翠? さっきの宅配業者の人が持ってた奴と同じだ」
『分身を増やす事、肉体を再生させる事。そういった力は能力の高い上位の鬼しか持ち得ぬ。
しかしあの親鬼から感じられるのは下位の鬼の呪力だ。
先程の小鬼と同じく、あの石に何か仕掛けがある。あれを狙うぞ』
「と言っても、あの腕が超絶厄介だぜ」
蛇のように蠢く六本の腕が、おいでおいでを始めた。
ふと大悟は、傍に落ちているものに気がついた。
「スケートボードだ」
大悟が転がり込んだのはスポーツ用品店の店頭だったのだ。
「スケボー……。待てよ。腕が伸びる……伸びるのか。だったら!」
『何をする気だ』
ニヤリと大悟が笑う。
「一度、車道を自由に走ってみたかったんだよ」
「本気だ 本気だ」
親鬼が背中の腕を大悟に向けて伸ばしながら残る両腕と両足で四つん這いになって大悟を追う。
車よりも遥かに速い。
「このまま飛ばせウタキ!」
対する大悟が乗るスケートボードも、
ウタキの呪力によりエンジンを搭載したようなスピードで疾走している。
『いつまでももたぬぞ!』
ウタキの声が焦れている。
戦いが長引き、呪力を消耗しているのだ。
「欅並木だ! あそこで勝負する!」
国道の両側に並ぶ、大きな欅の木々が近づいてきた。
「ほら もう 捕まえる」
親鬼の腕が背後から伸びてくる。
その直前、大悟の体は後方の足に重心を移して方向転換。
片側の並木に飛び込んだ。
「行くぞ!」
立ち並ぶ欅の木々の合間をぬってジグザグに走る。
大悟の体は、いつの間にか大悟自身の意思で動かしていた。
ウタキの呪力で猛スピードを出している今、
コンマ一秒でも反応が遅れれば、木に激突して大怪我になるだろう。
それでも大悟は怖がるどころか、集中力を研ぎ澄ましていく。
(やはり、大悟自身に体を操らせる事には利がある)
ウタキは直感した。
呪力はまだ出せないが、大悟には何らかの力が芽生えつつある。
「跳ぶぞ!」
大悟の声にウタキは我に返った。
大悟がスケートボードごと大きくジャンプする。
―びゅう!
背後から伸びてきた三本の腕が、大悟の体をかすめて、空しく交差した。
反対側の並木に着地したと同時に、大悟はまたも急転回。
スケートボードが地面に火花を散らす。
執拗に追いかけてくる鬼の腕を、大悟はかわし続けた。
旋回し、親鬼の腕を掻い潜り、ジャンプし、また旋回。
まるで規則性のない走り方をしているようで、大悟はしっかりと考えていた。
「ぐがああああああああ!」
突然、親鬼が叫んだ。
立ち並ぶ欅の木々に、伸びきった六本の腕が絡み合い、動かせなくなったのだ。
「ゲームオーバーだ!」
腕をほどこうともがく親鬼の胸を、大悟のツルギが深々と貫いた。
青白い炎に親鬼が包まれ、大悟の体に陽多の闇が這い上がる。
「じゃんけんぽん!」
弾んだ声でじゃんけんする上級生達を、陽多は眺めるしかなかった。
「逃げろ!」
増やし鬼が始まっても、走り出す気など起こりはしない。
「鬼にならない“みそ”だって? 僕がすぐに捕まるって決めつけやがって!
やってみなきゃ、分かんないだろ? ああもう、腹が立つ! みんな大っ嫌いだ!」
拾い上げた石を力いっぱい投げる。
誰かに当たろうが、知った事ではなかった。
(あの子だったら、こんな事しない。あの子さえいてくれたら……!)
悔しさに俯く陽多の足元に、暗い紫色の霧が漂ってきた。
「そのこ さがしに いこう」
陽多の悔しさと怒りに、鬼が取り憑いたのだった。
鬼が消えた後には、眠る陽多の姿があった。
雅と葵は大急ぎで、大悟に合流する。
「……終わったようですね」
「ああ。終わった。陽多、本気で勝負したい気持ちは分かるけどさ。
怒る前に、しっかり話してみろよ。分かってくれるヤツはいるから」
陽多に呟くと、大悟はふらふらと地面にひっくり返った。
目に映るのは、爽やかな夕空。
紫色の霧も鬼の生臭さも、もう消えている。
『次からは、お前一人で存分に戦うがいい』
ウタキの声も流石に疲れていた。
「なあ、これ町中の人が眠る事になるんだろ? 大騒ぎになるかもな」
『鬼に入られたわけではないから、うたた寝程度で目覚める。大事なかろう。それよりも』
ウタキが大悟の上半身を起こし、地面に転がった翡翠を拾う。
『問題はこれだ』
「さっきのより、こっちの方がでかいな」
「首飾りにしたら似合いそうね」
大悟は、ポケットに入れていた翡翠の欠片を出してみた。
「あっ、この二つ、ピッタリ合うぞ」
割れ目を合わせた二つの翡翠は、不思議な事にくっついて一つになった。
「おたまじゃくしみたいな形だな」
「これは……勾玉みたいね」
完全な形に戻った事で、刻まれた模様が浮かび上がっている。
「この模様、お酒を入れる奴?」
描かれていたのは、徳利と水のような模様だ。
「あれっ?」
勾玉は大悟の掌で色を失って土となり、もろもろと崩れて風に散る。
「あら、残念ね」
「消えちゃった」
ウタキが黙っている事に、大悟は気づいた。
張り詰めたような緊張が伝わってくる。
「おい、なんだよ。あの勾玉がどうしたんだ」
『……小鬼に力を与え、お前を潰そうとしたのはあの勾玉の主だ。
封印が解け、再び世に出てきたのだ』
「封印が解けたって……誰の?」
『かつて日本一と謡われた、最強の鬼――酒呑童子』
「“最強”?」
「ああ、そいつね……分かる、分かるわ。というか……」
「これを人の言葉で言うと『クライマックス』ですね」
酒呑童子という名前を、大悟は知らない。
ただ、ウタキが“最強”と呼ぶならば。
「滅茶苦茶、強いって事か……?」
『大悟、雅、葵。奴と戦う事になれば、一筋縄ではいかぬぞ』
「……勘弁してくれよ」
夕風が妙に冷たく感じ、大悟はぞくりと体を震わせた。
雅と葵は、ぐっと拳を握り締めるのだった。