鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

大悟はウタキの力を借りて、親鬼と戦う。
彼はスケートボードで欅並木の中を走り抜け、親鬼の腕を巧みにかわして倒す。
陽多が鬼に取り憑かれたのは、友達に馬鹿にされた事が原因だった。
大悟は親鬼から奪った翡翠を合わせると、勾玉になる事に気づく。
しかし勾玉はすぐに崩れてしまい、ウタキはそれが最強の鬼・酒呑童子の封印だったと告げる。
大悟は酒呑童子との戦いに向けて、不安と覚悟を感じるのだった。


20~封印

「君、凄いんだな」

 突然声をかけられて、三神蒼也は跳び上がった。

 膝の上に広げたノートを見られた、と思ったのだ。

 立っていたのは、長いコートを着た背の高い男性だった。

 小学五年生の蒼也にとっては、おじさんに近い年齢に見える。

 蒼也は慌ててノートを閉じた。

 しかし、おじさんが見ているのはノートではなく、蒼也だった。

(知らない人だ。町の人じゃないな)

 おじさんからは、お線香のようないい香りが漂っていた。

「あの……凄いって、何がですか?」

「君の我慢強さだよ。だって君、もうとっくに……」

「はい?」

「ああ、いいかもしれないな」

 何を思いついたのか、おじさんは一人で頷いた。

「僕の知り合いが、君の事を面白がると思う。明日ここに来させるよ」

「いや、とりあえず結構です」

 何がなんだか分からないけど、この人は怪しい。

 これ以上、関わりたくなかった。

「だって君、もう苦しみたくないだろ?」

(え?)

 ドキッとして、蒼也はおじさんを見上げる。

 まるで、あの事を知っているような口振りだ。

 おじさんは柔らかく微笑むと、コートを翻して去っていった。

 甘い香りが鼻をくすぐり、消えた。

 

「……なんだよ、あの人」

 蒼也はノートをランドセルに入れる。

 今日こそはノートを破り捨てる。

 そう決意して公園に来ていた。

 しかし、開いたらやはり迷いが生まれた。

 おかしなおじさんのせいで、余計に気分が削がれてしまった。

 

(明日こそ、破って捨てるんだ。頑張るって決めたから)

 日が沈み始めている事に気づき、蒼也は慌てて立ち上がる。

「あ、お母さん……」

 母親が、迎えに来ていた。

 青白い顔で、蒼也を観察するような目を向けている。

「暗くなる前に帰りなさいって、言ったでしょう? お兄ちゃんも、心配してるわよ」

 ノートを見られないように、蒼也は急いでランドセルの蓋をした。

 

「これが酒呑童子?」

「……かっこいいわねぇ」

 大悟と雅が、机の上に広げられた横長の絵をぽかんと見る。

 その表情に、旺太郎が楽しそうに笑った。

「意外?」

「だって、これ……お酒を飲んでる色白のおっさんにしか見えない。全然強くなさそう」

 大悟の率直な感想に、旺太郎が明るい笑い声を上げた。

 酒呑童子の事を教えてほしい、と旺太郎に頼んだら、

 すぐに資料を山ほど抱えて大悟の部屋にやってきてくれた。

 酒呑童子の事を伝える絵巻や書物はたくさんあるらしい。

 旺太郎が見せてくれているのは、その一つ『大江山酒呑童子絵巻』というものだ。

「まあまあ、大悟君。この“色白のおっさん”がどんどん鬼らしくなっていくのが、

 この絵巻の見どころだから。ほら、こっちの絵はどう?」

 旺太郎がめくったのは、まな板で料理をしているように見える場面だ。

「まな板に載ってるのって……これ、人間の足?」

「そう。これは酒呑童子を倒すために、酒呑童子の住む大江山を訪れた源頼光っていう武将が、

 人肉を勧められているところ。鬼のもてなし、って事だな」

「この侍、口を開けてない? まさか食べてるの?」

「そう。頼光達は、敵じゃないと思わせるために人肉を食べてみせたらしいよ」

「うぇええ」

「やがて、頼光達が持ってきた『神便鬼毒酒』を飲んで動けなくなった酒呑童子!」

 旺太郎が次に開いたページでは、酒呑童子が真っ赤な鬼に変わっている。

 しかしその目つきは酔っ払ってとろりとしている。

 

「鬼がへべれけ……」

「大酒のみなんですね」

 どう見ても隙だらけで、二秒後には退治されていそうだ。

「そこを源頼光の白刃が襲った! ばばん!」

 自分で効果音を出しながら、旺太郎がさらに次の絵を指す。

 案の定、酒呑童子の首が刎ねられ、首から血しぶきが噴き出していた。

「首を斬り落としたんだ……て、あれ? 酒呑童子の生首が武士に噛みついてる?」

「そう! 斬り落とされてもなお攻撃したんだよ! もう、鬼の中の鬼としか言いようがない! この戦いには平安時代の有名な陰陽師、安倍晴明も協力したと言われてるんだ。

 晴明が手伝わないといけないぐらい、強かったって事だよね!」

 はしゃぐ旺太郎の横で、大悟の顔は引きつり始める。

 雅と葵は、顔をしかめていた。

「やっぱり強いんじゃん……」

「酒呑童子の伝説に出てくる大江山は、鬼の住処でね、たくさんの鬼がいたんだ。

 その中でも一番強かったという伝説が残ってるよ。

 ちなみに大江山は京都の丹後半島に実在するけど、

 酒呑童子がいたとされる大江山がどこだったのかは、現在でも研究が続いていてね……」

 ふと、傍に立つ気配に大悟は気がついた。

(ウタキか?)

 夢中で喋り続ける旺太郎のそばに、ふわりとウタキが立つ。

「ほう、絵巻か。人の世ではこう伝わっているのだな」

 大悟と雅以外の人間(葵は半妖)にはウタキが見えず、声も聞こえない。

 大悟の中にウタキが入っていなくても、大悟とウタキはテレパシーのように会話ができる。

 ウタキによると、これは「肉体を共有した者が持つ力」らしい。

「休ませろ」

(へいへい)

 大悟の背中からウタキが入る。

 陽多との鬼ごっこの後、ウタキはすぐに「封印を確認してくる」と一人で出かけていた。

 それほど急を要する事態という事だった。

(で、どうだった?)

『封印はやはり解かれていた。酒呑童子は間違いなく復活している』

 ウタキの声が、重たく響く。

(一体誰が封印を解いたんだ? 関守石を壊したのと同じヤツだと思うか?)

『分からぬ。それを知るためにも、酒呑童子を必ず見つける』

(分かんないんだけどさ、どうして封印だったんだ?

 鬼退治って鬼を異界に帰すんじゃないのか?)

『酒呑童子討伐を指揮したのは、宮廷に仕える陰陽師だった。関守は加勢したに過ぎぬ。

 陰陽師が封印を決め、ツルギの出番はなかった』

(陰陽師? ソレ、さっき旺太郎兄ちゃんも言ってたな)

『ともかく寝かせろ』

 大悟は大人しく黙る。

 聞きたい事は山ほどあるが、今はウタキの体力回復が最優先だ。

 酒呑童子がいつ現れるか分からないのだ。

 雅と葵もその時に備えている。

 旺太郎が語り始めた「酒呑童子の絵巻ベスト5」を聞き流しながら、

 大悟は自分の力不足に焦れた。

「たとえ女でも、戦う事ができるって事を」

「証明したんですからね」

 

 大悟達の前に小鬼が現れたのは、その数日後だ。

 放課後、ウタキがするように、大悟達も町をパトロールしていた時だった。

 

「……え?」

 大悟は、思わず目をこすった。

 人に憑いていない状態の小鬼が、道の真ん中に立っているのだ。

 しかも、逆立ちで。

 大悟がツルギを抜くと、今度はあっかんべーをしてきた。

「お前……バカにしに来たのか!? こんにゃろ!」

「待って!」

 大悟が飛びかかるのと同時に、小鬼は走り出す。

 垣根をくぐり、塀の上を走る。

 まるでリスのような素早さで角を曲がった。

「待て!」

 大悟も勢いよく飛び出した時。

「どわっ!」

「あーあ、言わんこっちゃない」

 誰かと正面衝突して、思い切り突き飛ばしてしまった。

「痛……」

「くそ、消えやがった! てか、ごめん!」

 大悟はすぐにツルギを収め、突き飛ばしてしまった人物を助け起こした。

 

「悪い。怪我してないか?」

 尻餅をついているのは、ランドセルの少年だった。

 持っていた買い物袋は破れてしまい、じゃがいもやにんじんが道に散らばっている。

「あれ? 確か……五年の」

 大悟は思い出した。

 阿万目の城で、鬼に憑かれた人物だ。

 大悟が見た少年の闇は、父親を亡くした深い悲しみによる、絶望的な喪失感だった。

 ツルギで鬼を剥ぎ取ると同時に、その闇も祓われたはずだが、

 大悟はその後その後もこの少年の事が気になっていた。

 雅と葵は、そのついでについてきている。

「元気?」

 雅が思わず言った言葉に、蒼也が怪訝な顔になる。

「はい?」

「あ、いや。えっと、元気で良かったって意味よ!」

 雅が慌ててごまかすと、蒼也はクククと笑った。

「変なの。えっと、そこにいるお姉さんは誰?」

「あ、この子達は……オレの姉ちゃんで……」

「嘘ばっかり。如月君は一人っ子だよね」

 子供というのは、意外と鋭いものである。

 

「僕、三神蒼也」

「蒼也か。大悟でいいよ」

「雅よ」

「葵と申します」

 蒼也の手を取って引き起こし、大悟は落ちたものを手早く拾う。

 一冊のノートを手にした拍子に、ページがめくれる。

 大悟は首を傾げた。

「これ、漫画の……コマ割りって奴?」

 ノートには、漫画の枠線が引かれ、吹き出しやセリフが書かれている。

 ただ、肝心のものがそこにはなかった。

「絵が、ない」

 大悟の呟きに顔を上げた蒼也が、しまったという顔になる。

 大悟の手からノートを素早く奪うと、ランドセルに突っ込んだ。

「これは……その、内緒なんだ」

 もごもごと言う。

 大悟は蒼也の秘密を覗き見てしまったように感じ、

 申し訳なさから、わざと当てずっぽうに言った。

「分かった。それ、透明人間の話だろ!」

 笑ってもらおうと思ったのだが、意外にも蒼也は「凄い」と目を見開いた。

「よく分かったね!?」

「当たったのか……」

「透明人間じゃなくて、“透明悪魔”だけどね。透明って分かった事が凄いよ」

「えっと、透明……悪魔?」

「いや、漫画を描いてる蒼也の方が凄いだろ」

「漫画を描くのは僕じゃない。プロの漫画家なんだ」

「プロ!?」

「相当優秀なのね」

 驚く大悟に、蒼也は嬉しそうに口元をほころばせた。

 声を落としてヒソヒソ声になる。

「実はこれ、その漫画家に依頼されて僕がラストを考えてるんだ」

「マジか!」

「うん。透明悪魔を倒す方法。難しいんだけど、だから面白いっていうか。

 僕がラストを思いつけば、その漫画家が絵を描く予定だよ」

「すげえじゃん!! 本が出たら教えろよ! 買うから!」

「漫画……興味深いですね」

「もちろんだよ!」

 蒼也の笑顔を見ながら、大悟はホッとして呟いた。

 

「やっぱり、雅達と一緒に戦って、ツルギが闇を祓ったからだな」

「え? ツルギ?」

「なんでもねーよ」

 へへへ、と大悟は笑ってみせる。

 蒼也の話が本当ではなくても大悟は構わなかった。

 蒼也が元気で、やりたい事をやれているなら、それでいい。

(闇を見るのはきついけど、こうやって元気になってくれるのは、嬉しいもんだな)

 大悟はウキウキしながら道に転がったものを再び拾い始めた。

「ほら、にんじんと……粘着テープ? これもお前の?」

「あ、うん」

 心なしか、ひったくるような動きで蒼也が粘着テープを受け取る。

「じゃ、ここで。僕んち、ここの二階だから」

 何故か早口で言うと、背後のアパートを指した。

「荷物は持ちましょうか。袋が破れたし、一人では持てませんよ」

「でも……もう、暗くなるし」

「気になさらぬように」

 安心させようとしたのに、蒼也はますます心配そうだ。

 二階の玄関を見上げると、深刻そうな顔を大悟に寄せてきた。

「僕のノートの事、絶対誰にも言わないでね。内緒だよ?」

「かしこまりました」

 その時、一階の玄関が開いた。

 エプロンをつけた白髪のおばあさんが顔を出す。

「あら蒼也くん、おかえり」

「あ、ただいまです」

 律義に会釈をする蒼也と大悟を、エプロンのおばあさんはニコニコと見ている。

 おばあさんの笑顔に押されるようにして、蒼也、大悟、雅、葵は階段を上がった。

 二階に上がった蒼也が、玄関を開けた時。

 

「!!」

 室内から流れ出る生臭い空気に、大悟はたじろぎ、雅と葵は不快な表情になる。

 押し返されるような圧を感じる。

「どうやら鬼の気配みたいですね」

 家の中には、うっすらと紫の霧が漂っている。

「大悟君、雅さん、葵さん、わざわざありがとう。じゃ」

 蒼也は、細く開けたドアから体を滑り込ませるように家に入ると、

 すかさずドアを閉めようとした。

「何か隠してるの?」

 咄嗟に、雅はドアを手で支えた。

 室内に視線を走らせ、ぞくりと鳥肌が立つ。

 玄関から伸びる廊下の壁に、巨大な引っ掻き傷があったからだ。

「まるで鬼の爪痕ね」

 その時、鋭い声が飛んできた。

「誰なの!?」

 廊下の奥から出てきたのは、蒼也の母親、明季子だった。

 顔色は白く、髪もボサボサだ。

「あ、あら……お友達?」

 笑顔を作ったつもりだろうが、大悟には頬が引きつっただけに見える。

「こんにちは。六年の如月大悟です」

「私は、雅よ」

「葵と申します」

「そう、如月君、雅さん、葵さん、こんにちは。じゃあさようなら」

 不自然なほどせわしない挨拶で、やはりドアを閉めようとする。

(オレ達を追い出したいんだ。まさか、鬼に脅されてるのか?)

 思わず室内を見渡した大悟は、まるで通せんぼするように置かれた、

 廊下の大きな植木鉢に気がついた。

 植木鉢の向こうには部屋のドア。

 奇妙な事に、ドアにはベタベタと何かが貼られている。

 大悟がドアを見た事に気づいた蒼也が、ごまかすように笑った。

「びっくりした? ウチの兄ちゃんちょっと病気してさ。あれ、厄除けとかそういうお札なんだ。

 悪い空気が入らないようにって。だから、えっと……」

「あ」

 明季子がのっぺりとした白い顔を上げ、大悟達の背後に広がる夕焼けを見上げる。

「日が沈む」

 血の気の無い顔が、幽霊のように見えた。

「あの、じゃあね、大悟君、雅さん、葵さん」

 有無を言わさずドアを閉める蒼也に、雅は急いで囁いた。

「暗くなると出るの?」

 あえて「鬼が」とは言わなかった。

 蒼也がぎくりと動きを止めて大悟を見返す。

 しかし返事をする事はなく、ドアを閉めた。

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