鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

蒼也は謎の男に声をかけられ、心の闇を引き出される。
一方、大悟達は旺太郎の助けを借りて、酒呑童子について調べていた。
酒呑童子の対抗手段を探していると、突然、大悟達の前に鬼が現れる。
大悟達が追いかけていると、透明悪魔という漫画を描いている少年と出会うのだった。


21~呪符

 夕闇の空の下、大悟は蒼也の家を見張った。

 ベランダに面した掃き出し窓は、カーテンが引かれて中の様子は分からない。

(あの部屋に貼られてたお札って……)

「呪符ね」

「左様」

 雅の声がすると、ウタキが宙に浮かんでいた。

「来てたんなら言えよ」

「鬼の気を感じたからな。さっさと踏み込めばよかったのだ」

「鬼の姿になってないと、ツルギは使えないだろ?

 蒼也達は日が沈む事に怯えてた。夜になると鬼が出るからだと思う」

 大悟、雅、葵が家を見上げる。

 こうして外から見ると、何の変哲もないアパートの一室だ。

「家に漂う鬼の気配、凄かった。

 きっと、お札を貼ったドアの向こうに、鬼に憑かれた蒼也の兄ちゃんがいるんだ」

「呪符で鬼を封じていると言いたいのか?」

「うん。お寺かどこかでもらったんじゃないかな」

「肉体を得た鬼を閉じ込めるほど強い呪符を作るのは、簡単ではない。

 身を清め、相応しい紙と墨を用意し、定められた方角に向かって書かねばならぬ。

 細かなしきたりがあり、鬼と拮抗するほど強い呪力が必要だ。果たしてそのような事ができる者がいるかどうか……」

「安倍晴明みたいな陰陽師がいれば、別だけどね」

「陰陽師って……ああ、酒呑童子をやっつけたヤツらか」

「まあ、そういう事になってるわ」

「ハッキリしないな」

「我らの加勢がなければ、恐らくあの戦いは人間が負けていた」

「そうなの? じゃあ陰陽師よりも関守の方が強いって事か!」

 思わず鼻息を荒くする大悟を見て、ウタキが小さな溜息を落とした。

「私の言い方が悪かった。どちらが強い、などではない。

 我々が共に戦ったから勝った。それだけだ」

「“悪かった”? お前らしくないな」

 ウタキは黙り込んでしまう。

 大悟は、ふと思った事を聞いた。

「旺太郎兄ちゃんが話してたけど、安倍晴明ってヤツも一緒だったの?」

 すると、不意を突かれたように、ウタキがクッと顎を引いて黙ってしまった。

「どうした?」

「いや……。その名は、今も語られているのだな」

「んー? なんかあったの? 元気ない……」

 

―どん!!

 

 突然、空気を振動させるほどの気配がぶつかってきた。

 大悟には、アパート全体が一瞬揺れたように感じた。

 雅と葵は、とっくに身構えている。

「っしゃ、ツルギの出番だ。鬼と闇をぶった斬ってやるぜ!」

「気を付けて! この気配、小鬼じゃないわ!」

「ひとまずオレに任せてくれ。呪力はお前に借りるけど。雅と葵も頼む」

「承知しました」

「お前がツルギと向き合うならば、何も言わぬ」

 こう言いながら、ウタキが大悟の中に入っていた時。

 

―ガチャーン!

 

 ベランダの窓が割れ、カーテンが大きく揺れた。

 続いて「うわあああ!」という絶叫。

「蒼也の声だ!」

『ちょうどいい。入り口ができた』

 ウタキの呪力を助けに大悟が二階にジャンプして、ベランダの手すりに立つ。

 雅は風の呪術、葵は高い身体能力で追いつく。

 見下ろすと、窓ガラスが割れ、シチュー鍋が転がっている。

 ベランダはシチューとガラスにまみれて悲惨な状況だ。

 室内に入ると、団子状態になっている三人がいた。

 蒼也に覆いかぶさる明季子。

 それを離そうとするひょろりとした細身の少年。

 あれがきっと、蒼也の兄だ。

「和也、やめて! 部屋に戻って!」

 明季子が叫びながら和也の手を祓おうとするが、

 和也は顔を真っ赤にして蒼也の足を掴んで離さない。

「やっぱりお前が鬼か!」

 大悟がツルギを抜く。

 と、全員が一斉にこちらを向いた。

「お前ら……誰だ?」

「どうやって入ったの!?」

 明季子と和也が同時に叫ぶ。

 大悟を見る和也の目元は、蒼也とよく似ていた。

「お前、蒼也の友達か? おもちゃの刀で何やってんだ?」

「蒼也の兄ちゃんから、出ていけ」

「あなたに恨みはあらへんが、これも任務。ご覚悟願います」

 大悟がツルギ、葵が忍び刀で和也を威嚇する。

 和也はぐい、と大悟に近づいて言った。

「訳分かんねー事言ってないで、救急車、呼んでくれよ」

「きゅ、救急車?」

 思わぬ展開だった。

「もしかして……鬼、じゃ、ないの?」

 大悟の言葉に、和也が「はあ?」と首を傾げた。

「いやだって、あのお札……」

「あのドアの奴? あれは健康祈願だとかって蒼也が勝手に貼ったんだよ」

(だったら、鬼は誰なんだ?)

「和也は部屋に戻りなさいっ!」

「母さん! だって蒼也が……」

「あんたは病み上がりなんだから! お母さんが何とかするから!」

「蒼也だって病気かもしれないだろ!? 毎晩、毎晩、こんな事!」

「いいから早く!」

 力づくで和也を部屋に戻そうとする明季子と、それに抵抗する和也。

 二人が揉み合いを始めた時。

 

「やめてっ!」

 ずっと黙っていた蒼也が叫んだ。

 大絶叫に、全員の動きが止まる。

「喧嘩しないで! 僕なら大丈夫だから。ちゃんと頑張るから!」

 ぶるぶると震えながら、蒼也は必死に笑顔を作る。

 葵はハッとした。

 ずっと明季子の下で見えなかったが、蒼也は、粘着テープで手を縛られている。

(さっき買ってた、テープ……?)

 蒼也は、その腕を母親に差し出した。

「外れそうだよ、お母さん。もっとしっかり……巻いて。ね?」

 蒼也は肩を上下させ、苦しげに息をしている。

 大量の汗が顔を流れ落ち、全身が細かく震えていた。

「きゅ、救急車! スマホ取ってくる!」

 和也が部屋に転がるように走る。

 明季子は涙をいっぱいに溜めた目を見開いている。

 

「お母さん……シチュー、ごめんね……」

 震えながら謝る蒼也を、大悟が助け起こす。

「おい蒼也、どこか痛いのか?」

「大悟君……ダメだよ……ここにいちゃ……ダ……」

「蒼也?」

 ぽたり。

 蒼也の顎から、汗が落ちる。

『来る』

 ウタキが言った。

 しかし大悟には、何が「来る」のか理解できない。

 いや、理解したくなかった。

「だって蒼也の闇は、ツルギで祓ったんだ。だから……」

 ぽたり、ぽたり。

 蒼也の汗が、床に音を立てて落ちる。

 水を被ったように、蒼也の全身はびっしょりだ。

「ちょっと、その服の下……何、それ?」

 汗で張り付いたシャツに、黒い模様が透けて見えている。

 いや、模様ではなく、文字だ。

「ああ、気持ち悪い。夜になると汗が出るんだ。臭い、汗が。暑い……暑いよ」

 我慢ならない様子で、蒼也が体を掻きむしる。

 粘着テープが外れた手で、シャツをビリビリと引き裂く。

 上半身裸になった蒼也は、異様な姿をしていた。

 体中にびっしりと、呪符が貼られている。

「これ、僕を守ってくれるお札なんだって。

 公園で会った人に、もらったんだ……これがあればみんなが安全だって」

 ふうふうと口で呼吸をする蒼也は、何を感じたのか、呆然と自分の体を見た。

「……違う、わ……」

「……あれ?」

 突然、蒼也に貼られた呪符が一斉に燃え上がった。

 しかしその炎は、見た事もないものだった。

 蜃気楼のように揺らめく紫色が、呪符だけを燃やし、灰にしていく。

(なんだあの火は!?)

 大悟の問いに雅が答える。

「これは炎の呪術よ。どこかで見てるのよ!」

「みんなお願い……逃げ……」

 蒼也が苦しそうに、体をよじる。

「ウタキ……オレ、蒼也の闇を祓ったよな? 鬼を斬った時に、ちゃんと祓ったよな?」

『大悟、落ち着け』

 ツルギで蒼也を救ったのだと、大悟は思っていたのに。

「どうして……蒼也がまた鬼になるんだよ!!」

 

おおおおおぁぁああああ!!

 恐ろしい叫び声を上げた蒼也の、背中が裂けた。

 亀裂が入ってメリメリと割れる。

 裂け目から、袋を内側から返すように体が反転して……見えなくなった。

「……消えた?」

「いいえ……」

 大悟は目を疑った。

 どんなに目を凝らしても、蒼也も、鬼も、姿が見えない。

 だが雅と葵は、冷静に状況を見ている。

「くそっ! どこだ……ぐふっ!」

 不意に、強烈な衝撃を腹に受け、大悟は壁まで飛ばされた。

 見えない拳に殴られたのだ。

 呼吸ができない苦しさに目を白黒させていると、今度は頭上で僅かに空気が動く。

 とっさに腕でガードして、頭への直撃を防いだ。

「どうやら、こいつは姿を見せないみたいね」

 

「どうなってるの! 蒼也はどこ!?」

 亜希子が混乱しながら叫ぶ。

「オレ達が助けるから! おばさんは隠れてて……うごぇっ!」

 今度は背中から衝撃を食らい、大悟は台所まで飛ばされる。

 雅は風の呪術で攻撃を防いだが、どこまで続くかは分からない。

「如月君っ!」

 明季子が悲鳴を上げた。

『私と娘達は防御に徹する。恐れず行け』

「行けって言われても……見えないのにどうすればいいんだよ」

『鬼の気配に集中しろ!』

 ミシ、ミシ。

 大悟に近づく足音が僅かに聞こえる。

「ここだ!」

 音を頼りに、大悟は狙いを定めてツルギで突いた。

 しかし、空しく空を切り、突き出した腕に、強烈な一発。

 ウタキと雅の呪力による防御がなければ、骨が砕けていただろう。

「やられてばっかりだと、思うなよ」

 ゆらりと大悟は立ち上がる。

 鍋の蓋を盾にして、ツルギを構えた。

―ビュン!

 風を切る音に反応し、大悟が鍋の蓋で攻撃を受け止める。

 しかし、直後に足を払われて床に叩きつけられた。

 息つく間もなく蹴飛ばされ、居間で震える明季子のもとまで吹っ飛ばされる。

「ホント、卑怯だわね」

「……そうですね」

 見えない鬼に、大悟の動きは丸見えで、葵もなかなか攻撃を当てられない。

 あまりに不利な戦いだった。

「なんかスマホが圏外なんだけど……え?」

 ぶつぶつ言いながら戻ってきた和也が、ぐちゃぐちゃになった室内を呆然と見渡す。

「部屋に戻ってください!」

 叫ぶ葵に、台所の包丁が飛んでくる。

 葵は苦無で叩き落とした。

「そうか……宿主の想いって奴だ……」

 大悟が思い出したのは、ウタキの言葉だ。

「鬼は宿主の魂に刻まれた感情を吸い取る。つまりこいつは……蒼也の漫画の、透明悪魔だ」

 大悟の言葉に、和也がハッとした。

「『透明悪魔』?」

 和也と顔を見合わせた明季子が「まさか」と口を歪める。

「蒼也は、透明悪魔の倒し方を考えてたんだ。どうやって倒すか聞いてないか?」

 大悟に聞かれ、明季子は力なく首を横に振った。

「倒し方なんて……ない。考えてないのよ。だってあれは、諦めた作品だから」

「おばさん、それどういう事?」

「『透明悪魔』は、私のデビュー作になるはずだった漫画なの。

 蒼也は一人で物語を考えてた……。私は諦めろって言ったのよ。

 だって、そうしてくれないと、私が諦められなくなるじゃない!!」

「プロの漫画家は、あなたのこ……きゃっ!」

 葵の足が、ぐん! と引っ張られた。

 物凄い力で引きずられ、台所の壁に叩きつけられる。

 

「もうやめて!!」

 明季子が叫んだ。

 葵が必死で痛みに耐える中、大悟が叫びながら言う。

「蒼也は、漫画の手伝いをしてるって凄く嬉しそうだった。

 おばさんの漫画が滅茶苦茶好きなんだ。だから、ちゃんと終わらせてあげてほしい。

 透明悪魔を倒して、漫画を完成させて……」

 びゅん! と葵に向かって食卓の椅子が飛んでくる。

 ぶつかる寸前で葵が食卓の椅子を鎖鎌で絡め取った。

『こうなれば、呪力で家ごと鬼を吹き飛ばす』

 ウタキが苛立つ声で言った。

(ダメだ。家を壊したくない)

『阿呆! 体がもたぬぞ!』

 目覚めたときに家が無くなっていたら、蒼也と家族が苦労をする事は目に見えている。

(蒼也をこれ以上苦しめたくないんだ。オレ達が、何とかするから……)

 しかし、見えない鬼を倒す方法を考える余裕など、今の大悟にはなかった。

 その時。

 

「これって」

 呟いたのは明季子だ。

 ランドセルから飛び出した蒼也のノートを拾い上げる。

「あの子、諦めてなかったの……?」

 パラパラとめくり、明季子は涙を落とした。

 ふと、明季子の手が止まり、ノートを凝視する。

「これ……蒼也が……?」

 大悟が、ふらふらと立ち上がる。

「おい、そんな体で……どうすんだよ」

 和也が恐る恐る大悟に声をかける。

「諦めるわけにはいかねーよ……蒼也を、絶対に助ける。そのために、オレは来た」

 大悟は、今にも倒れそうな体で、それでもツルギを構えた。

「如月君……諦めないでくれて、ありがとう。私も……」

「私達だって、負けませんよ」

 明季子は唇を引き結ぶと、キッと顔を上げた。

 素早く台所へと走り、戸棚からから一つの袋を掴み取る。

 

「……諦めない!!」

 叫びながら、ぶん、と横に大きく袋を振って中身をぶちまける。

 一瞬にして、空間が真っ白になった。

「おや、忍術を使いましたか!」

 大悟が白い粉の正体に気づいた時、舞い飛ぶ小麦粉が、鬼を捉えた。

「見えた!」

 台所の食卓、その下……うっすらと白い輪郭が浮かび上がった。

 

「ここだ!!」

 渾身の力で、大悟は鬼をツルギで貫いた。

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