鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

23 / 30
~前回までのあらすじ~

蒼也は母親のデビュー作になるはずだった漫画『透明悪魔』の物語を一人で考えていたが、
母親に諦めるように言われる。
その夜、蒼也の背中から鬼が現れ、心の闇に飲まれた蒼也と一体化する。
鬼は姿を見せずに、蒼也の家族や友人を襲う。
大悟は仲間と共に鬼と戦うが、鬼は見えないので、なかなか攻撃が当たらない。
明季子は蒼也のノートを見て、彼が『透明悪魔』の物語を諦めていなかった事に気づき、
小麦粉を使って鬼の姿を見えるようにする。
大悟は鬼の正体が蒼也の漫画の透明悪魔だと知り、蒼也を助けるために必死に戦う。
そして、鬼をツルギで貫いて倒すのだった。


22~闇とプレゼント

 大悟を包んだ蒼也の闇の中は、意外にもさほど暗くなかった。

 薄闇の中に背中が見える。

 机に置いた大きなタブレットに、熱心にペンを動かす背中。

 

(あれは、蒼也のおばさんだ。漫画を描いてるんだ)

 明季子の邪魔をしないように、そっと見つめる蒼也の視点が、大悟に重なる。

「透明な悪魔?」

 次に蒼也がいたのは、別の部屋だった。

 所狭しと置かれているのは、油絵のキャンバス。

 ネコヤナギや蛇苺など、山で見る草木が克明に描かれている。

 油のにおいがツンと鼻についた。

「それ、お父さんの次の個展の話?」

 首を傾げる蒼也に、百日紅の花を描く父親の繁が筆を止めて笑った。

「違うよ、お母さんのプロデビュー作になる読み切り作品の話。

 悪役に透明な悪魔を出したいんだってさ」

「へええ! それすっごく面白い! ……けど、どうやって倒すの?」

「それだよ。母さんも倒し方が思いつかないって悩んでる。

 だから、蒼也が手伝ってくれないかな、と思って」

「僕が!?」

「お前、ストーリーを作るの上手だから。こないだ作った物語も面白かったしな」

「でも、お父さんの方がいいアイデアを出しそうだけど?」

 丸い回転椅子に座る蒼也が、くるりと一周する。

「お前がいいんだよ。母さんの漫画の一番のファンだからな。作品の良さをよく分かってる。

 SNSに上げてた母さんの漫画が注目されて、ようやくデビューのチャンスが来たんだ。

 ガツンと面白い作品にしたいだろ? 母さんは絵と構図にセンスがある。

 そこにお前の物語が合わされば、最強だと思うんだよ」

 繁は画家として活躍している。

 本人は自分を「貧乏画家」だと笑うが、蒼也にとっては一流の芸術家だった。

 繁の絵がとある本の表紙に使われた時は、学校中に自慢したほどだ。

 その繁が明季子の漫画と蒼也の物語を認めている。

 蒼也は誇らしく胸を張った。

「いいよ。僕がお母さんのデビューを後押しする。見ててね」

「頼んだぞ」

 とても大事なものを託す目で、繁が頷いた。

 

 しかし、蒼也の心は突然、色を失って暗くなる。

 闇が、ぐんと濃くなった。

 次に見えてきた母の背中は、すっかりしぼんで見えた。

 居間に置かれた新しい仏壇には、繁の遺影が飾られている。

「大変、もう次のパートの時間だ」

 夕食を慌てて用意しながら、明季子が疲れた顔で時計を見た。

「お母さん、これ見て」

 蒼也がノートを広げる。

 透明悪魔の物語を考えた、アイデアノートだった。

 エピソードの中には、実際にコマ割りまで作って具体的になったものまである。

「これ、僕が考えたんだ。ラストはいくつか候補があって……」

 明季子は聞こえないのか、食卓に食器を並べてこちらを見てくれない。

「お母さん、これ」

―がちゃん!

 突然、明季子が皿を食卓に叩きつけ、蒼也は跳び上がった。

「蒼也! お母さんが頑張ってるのが、分からないの?」

「……」

「お父さんがいなくなっても、私達の生活は続くのよ。

 売れるか分からない漫画なんて描いてる場合じゃない。

 お願いだから、もう漫画の事は言わないで」

「でも、お母さんデビューできるんでしょ? 僕も嬉しくて……だから」

「諦める事が大事な時もあるの! いつまでも言わないでよ!

 お母さんがこんなに頑張ってるのに!」

(諦める? やめちゃうの? 僕が手伝う事はできないの?)

「もう遊んでられないって事だよ」

 追い打ちをかけるように和也が言った。

 怒っているような顔でテーブルにつく。

「病気が治ったら、俺も働くから。蒼也も漫画なんて言ってないで、勉強しろよ」

「兄ちゃん、専門学校に行くのはやめたの?」

 和也はチラッと気遣う視線を明季子へ投げる。

「学校に行くより、現場で実践を積む事にしただけだよ」

「でもお父さんだって、お母さんの漫画を楽しみにして……」

「蒼也!」

 和也が厳しい顔で蒼也の言葉を遮った。

「母さんが頑張ってるんだ。お前一人が我儘言うな」

(我儘? 大好きな母親が大好きな漫画を描けるように。そう考えただけだったのに)

 何が我儘で、何が頑張る事なのか。

 蒼也はよく分からなくなった。

 ただ、二人に笑ってほしかった。

 だから頷くしかなかった。

 

「じゃあ僕も……頑張るね」

 「頑張る」は、「我慢する」事「諦める」事だった。

 

 帰宅途中の公園で、蒼也は何度もノートを破ろうとした。

 そのたび、手が止まった。

 「頼んだぞ」と言った繁の顔が浮かぶ。

 夢中で作品を描いていた明季子の姿が浮かぶ。

 何よりも、蒼也自身が楽しくてたまらなかった。

 頼ってもらえる事、力になれる事、作品を作れる事が嬉しく誇らしかったのだ。

「まだ諦められないのは、僕の我慢が……足りないからだ。もっと、頑張って、我慢しなきゃ。

 じゃないと、お母さんが悲しむから」

 気づくと、紫の霧が足元に漂っていた。

「おまえの がまん かいほう してやる」

 霧の中から浮かび上がる目に、蒼也は見つめられた。

 

 大悟が闇を振り払い、目を開ける。

 青い炎に浮かび上がる鬼の輪郭が、溶けるように消えていった。

 倒れる蒼也を受け止めたのは明季子だった。

「小麦粉はいい武器でした。蒼也はもう大丈夫ですよ」

 大悟、雅、葵はぺたりと座り込んだ。

 体のあちこちが痛い。

「蒼也のおかげなの」

 明季子が蒼也のノートを指した。

 開いたページにはこう書かれていた。

 

 〈透明悪魔の倒し方〉

 その① 砂を撒いて足跡を辿る。

 その② たくさんの小麦粉をばら撒いて輪郭を浮かび上がらせる。

 

「蒼也、やっぱすげえな」

 大悟が微笑むと、明季子は蒼也を腕に抱いて涙を落とした。

「本当は漫画を描きたいの。でも、それじゃあ生活ができない。

 蒼也に漫画を描いてって言われれば言われるほど、苦しくて……。

 一番、諦められなかったのは、私なのよ。

 未練を引きずって、いつもイライラして、蒼也に我慢をさせた……。

 ごめんね、蒼也。お母さんが悪かった」

 和也がすかさず言った。

「父さんが死んで、母さんが頑張らなきゃいけない状況になったのは、誰のせいでもない。

 俺だって蒼也だって分かってる。だから、俺達も頑張ろうって。

 蒼也も同じ気持ちだったはずだよ。ただ、頑張り方が……少し、違っただけ……」

 言いながら、和也は酷く眠たそうだ。

『鬼と生活し、鬼の瘴気を吸い込んでいたのだ。じきにこやつらも眠り、忘れる』

 ウタキが話している間に、和也はどたりと倒れて眠ってしまった。

「私、もう諦めない……蒼也と一緒に……必ず作品を完成させる」

 言いながら明季子の瞼も閉じかけている。

「ちょっと、まだ寝ないで! あのお札を誰にもらったか教えて!」

「私は知らない。蒼也が、夜になると自分の中で、

 悪魔が暴れるって……そしたら、悪魔を閉じ込めるお札をもらったって……言って」

 ことん、と明季子も眠ってしまった。

 

「誰なんだよ……一体、なんの目的で……」

 頭を抱える大悟の中からウタキが出てくる。

 蒼也を間近で観察しながら言った。

「夜になると悪魔が暴れる、か。さてはこの小僧、取り憑いた鬼を抑え込んでいたな」

「随分、精神力が強かったみたいね。

 家族のために我慢しようと強く思うあまり、鬼に肉体を奪わせず、中に閉じ込めたのよ」

「我慢強いにもホドがあるだろ」

「ま、日本人らしいといえばらしいわね」

 大悟が複雑な表情になり、雅は呆れる。

「あの壁の傷を見ただろう?

 これは私の見立てだが、鬼も完全に抑え込まれたわけではなかったのだ。

 時折、肉体を乗っ取り、家の中で暴れた」

「それで、兄ちゃんを守ろうとしてドアに呪符を貼ってたのか」

「ああ。そして鬼を抑えるために自らにも貼った」

 自分の手足をテープで縛ってまで、蒼也は家族を守りたかったのだ。

「みんな、起きたら全部忘れてるんだろうけど……

 この状況を見て、何か思い出してくれるといいな」

 見渡す室内は、小麦粉で一面真っ白だ。

 「母親と兄は鬼に憑かれたわけではない、すぐに目覚める」

「だったら、ノートはここに置いておく。見れば、蒼也の想いが分かるはずだ」

 蒼也のアイデアノートを、祈る気持ちで明季子の手元に置いた。

「蒼也、あんまり我慢するなよ。自分の事も大事にしろ」

 大悟がぐっすり眠る蒼也に言うと、ウタキがボソリと呟いた。

「その言葉、そのまま己に言うがいい」

 

「さて、行くか」

 口ではそう言いながら、大悟は迷わず立ち上がった雅と葵と違い、立ち上がる事ができない。

 心が鉛のように重たかった。

「言いたい事がありそうね」

 顎に手を当てた雅が大悟を見ている。

「……闇を祓った蒼也に、また鬼が憑いた。

 つまり、ツルギで人の闇を祓ったとしても……また闇は生まれてくるって事だ」

「人間とはそういう生き物ですからな」

 葵にさらりと言われ、大悟は奥歯を噛み締めた。

「そういう生き物……なのか?」

 葵は黙って大悟に続きを促している。

「闇は鬼を呼ぶ。だからオレは闇ごと鬼を斬って人を守ってる……そう思ってた」

「その通りです」

「でも、人間が自分でどんどん闇を生むなら、

 ツルギが闇を祓う事って、その場しのぎにしかならないんじゃないか?

 そりゃ、鬼から人を助ける事は必要だよ。それが無意味だって言ってるんじゃない。

 ただ……使い手は……」

 言葉を探す大悟の代わりに、ウタキが言った。

「闇を祓うたびに闇を見る。それが苦しい、と」

「……そうだよ、苦しいよ。

 どうせまた闇が生まれると思ったら、これから先は……きっと、もっと苦しくなる」

 情けないと言われても、これが大悟の本音だった。

 大悟は腰のツルギを見る。

 自分が持つ唯一の武器だというのに、鋭い牙を向けられている気がしてくる。

「どうしてツルギは、使い手に闇なんて見せるんだよ?」

「その答えは、他人から手渡されるものではない。己の手で掴み取れ」

 ウタキの言い方はいつも通りなのに、妙に冷たく感じられて大悟はウタキを軽く睨んだ。

 突如、ウタキの視線が横に流れ、大悟の視界が黒一色になる。

 

「……え?」

 ウタキが羽根の蓑で大悟を庇って立っていた。

「さっきから騒々しいんだけどねえ」

 嫌味たっぷりの老婆の声がする。

 首を伸ばすと、いつの間にか玄関に立っていたのは、

 先程蒼也に挨拶をしたエプロン姿のおばあさんだった。

「来ましたね……!」

 葵の言葉に、大悟が焦る。

「おい、この人は一階の……ん?」

 老婆は、紫色の目をしていた。

 その目を細めて葵に笑う。

 

「……酒呑童子!」

 ウタキが呼んだ名前に、大悟の心臓がドキッと跳ねた。

「なんだ、もうバレちゃった?」

「酒呑童子? この人に、入ってるのか?」

 大悟は老婆を見る。

 鬼が持つ気配も臭いもない。

 ここまで気配を隠す鬼は初めてだ。

「会いたかったでしょ? 僕も会いたかったよ。千年……いや、もっと経つかな?」

「どうやって封印を解いた」

 酒呑童子はウタキに首を傾げてみせる。

「積もる話は今度ゆっくりね。ちょっと座らせて。手近な肉体がこれしかなくてさ。

 ああ、階段しんどかった」

 しわがれた声で、よっこらしょと老婆の腰を玄関先に下ろした。

「小鬼も、呪符も、お前の仕業だな」

「あら、ご明察」

「呪符は人間が使う呪術だ。鬼が使うなど妙な話ではないか」

「あれを作ったのは僕じゃない。計画したのは僕だけど」

「なんだと?」

「僕、面倒くさい事嫌いだからさ、効率的な方法を考えたんだ」

 酒呑童子は老婆の顔で悪戯っぽく笑った。

「バネって知ってる? 小さく縮ませたら、大きく跳ね上がる奴。

 人も鬼もそれと同じにならないかと思ってさ。潰す寸前まで抑え込む。我慢させる。極限まで。

 そうすれば人の闇は深くなり、憑いた鬼の暴れ方も大きくなる。一人の人間、一体の鬼。

 最小限の手駒を効率的に強くする方法だよ」

 ウタキと葵の後ろで聞いていた大悟と雅は、怒りで頭がカッと熱くなる。

 まるで遊んでいるような口振りが、さらに腹立たしい。

 酒呑童子はさらに楽しげに続ける。

「ふふふ。結構効果あったでしょ? まさか透明になるとは思わなかったよね~。

 すっごい楽しかった!」

「人の事、傷つけといて……ふざけんな!!」

 耐えられず、大悟が叫んだ。

「あ、いたの? 小さすぎて見えなかった」

「くそムカつくな、お前。絶対に斬ってやる」

「私も戦うわ」

「ウチも」

「こんなチビちゃんとお姫様とくノ一が戦うって。ウケる~。関守って人手不足なの?」

「貴様、何が目的だ」

 ウタキの声にも怒りが混じっている。

 酒呑童子は、老婆の顔で不敵に笑った。

「決まってるでしょ。使い手を葬る事。関守を、根絶やしにする事。

 そして、猿飛の血を継ぐ者を皆殺しにする事」

「ほう。大きく出たな」

「ま、今のままじゃ難しいって事は分かった。君、使い手の中に入れるんだもん。

 鬼に金棒、いや、鬼にツルギか」

 ウタキがジリッと動き、攻撃態勢を取っている。

「ああ、ストップ」

 酒呑童子が両手を上げて降参のポーズになった。

「見れば分かるでしょ? この肉体は戦闘向きじゃない。

 今日はとりあえず、再会のお祝いに来ただけだから」

 そしてエプロンのポケットから、パーティー用のクラッカーを出した。

「これ知ってる? お祝いの時に使うんだってさ。行くよ。せーの!」

 合図で紐を引くと、パン! と、カラフルな紙吹雪がクラッカーから飛び出す。

 呆気に取られる大悟のすぐ耳元で、老婆の声が囁いた。

「プレゼントだよ」

「!!」

 恐ろしく速い動きで、背後を取られていたのだ。

 葵が振り返って暗器を突き刺そうとした時、老婆の体が崩れ落ちた。

 大悟と雅が慌てて抱きとめる。

 

「肉体から出たか。犠牲を好むやり方は、相変わらずだ」

 酒呑童子は既に消え、老婆は寝息を立てて眠っていた。

「相当、速いわね。それでいて、卑怯」

「大事ないか」

「うん、特には。……て、あれ? 背中があったかい」

 大悟が肩甲骨の辺りを触る。

 玄関の鏡の前でシャツをめくると、四角い紙が貼られていた。

「なんだこれ」

 紙は呆気なく剥がれ落ちたが、その下の肌に、転写したような赤い線がうっすらと残った。

 縦に四本、横に五本、格子のような線が描かれている。

「これは……九字紋? 魔除けの模様だ」

「魔除け? なんでオレの背中に?」

 模様を見つめていたウタキが、ハッとする。

 すぐに唸るように言った。

 

「……お前の中に、入れぬ」

「……え?」

「……どうやら、やられたみたいね」

 雅が、ぽつりとそう呟くのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。