鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

転校先の学校で鬼に襲われた真白は、大悟達に助けられる。
真白は神隠しに遭った後、呪力を持つようになり、鬼が見えるようになったらしい。
大悟達は関守の一族と名乗り、鬼退治をしているという。
真白は自分の呪力をコントロールできず、周りに迷惑をかけてしまう。
そんな彼女を大悟は呪力の練習に誘い、鬼退治に協力するように頼む。
真白は自分の力で誰かを守れるという考えに戸惑うが大悟達との交流に心を開き始めるのだった。


26~思わぬ襲撃

 翌日の昼休み。

 真白は海斗を目で追っていた。

 男子数人とじゃれ合い、笑い声を上げている。

 

(やっぱり、いない)

 登校すると、海斗にくっついていた小鬼は消えていた。

 教室のどこにも姿は見えず、とりあえず安心してもいいらしいと、真白は思った。

 いつも持ち歩いている源氏物語を開く。

 読むためではない。

 手に馴染んだ本を持って、少しでも気持ちを整えたかった。

 

―嫌なら変えていこうって事。

―自分の力で誰かを守れるって、凄くねえ?

 

 大悟の声が、まだ耳から離れないのだ。

 自分の中で何かが動き出す気がして、昨夜からずっと落ち着かない。

 自分の力で鬼から人を守る、誰かを助ける。

 もしもそんな事が可能になるのなら。

(それは、私が生きる意味になるだろうか。生きる意味に、してもいいだろうか)

 弟の笑顔が浮かぶ。

 今の真白の気持ちを知ったら、なんと言うだろう。

 真白の罪悪感など吹き飛ばす笑顔で、「頑張れ」と言ってくれるだろうか。

 

「何読んでるの?」

 不意にかけられた海斗の声で、真白の思考は中断された。

 見上げた海斗は午後の光を背にしていて、眩しさに真白は目を細める。

―パチン

「いって!」

 海斗がいつの間にか真白に手を伸ばしていた。

 弾かれた手をひらひらさせて苦笑する。

「やっぱダメかあ。もしかして、僕が嫌われてるとか?」

「静電気だから、気にしないで」

「帯電体質っていうらしいね。ネットで調べた」

「えっ?」

「生活リズムを整えよう! って、どこにでも書いてそうな事書いてた」

「あ、そう」

 素っ気なく言ってしまって、小さく後悔する。

(ここは、ありがとうって言うべきだったかな)

「あー、後は、ストレスを抱えてるのが良くないって」

 海斗はしゃがみ込み、真白の机に顔を載せる。

 顎を載せてくる犬にそっくりだった。

「ま、要はさ。楽しく遊べって。そーいう事じゃない?」

 ニッと笑う。

 その顔を見て、真白はうっかり声に出して言ってしまった。

「……犬みたい」

「へ?」

「あ、ごめん。つい」

 海斗がプッと噴き出して笑う。

「初めてのまともな会話が、コレ? 犬って!」

 至近距離で笑顔を向けられ、対応に困って視線を床に逸らした。

 

「……!!」

 唐突に立ち上がったため、真白の椅子が大きな音を立てた。

「おお? 今度はなんだ?」

 海斗の足元に、三体の小鬼。

(まだいた!)

 真白は人のよさそうな海斗を見る。

 どうにかしてあげたい、と素直に思った。

 今の自分には何もできないが、助けてくれそうな子ならば知っている。

「赤嶺君……放課後、時間ある?」

 突然の誘いに、海斗は犬のような仕草で首を傾げた。

 

「テラス席って最高だよね」

 海斗の口には、ヒゲのように生クリームがついている。

 ショッピングモールの屋上のカフェで、真白は海斗と座っていた。

「空が見える開放感が好きでさ。ちなみにこの店の僕の激推しは

 、このクランチヘーゼルナッツトリプルベリーフラペチーノのバニラアイストッピング!」

「うん」

「僕、最近気づいたんだよ、実は甘党だって。

 ていうか、こんなうまいモン考えたヤツ出てこいよ、褒めてつかわすって話でさ」

「うん」

 海斗のお喋りを生返事で聞き流しながら、真白は小鬼の動きを見張っていた。

 先程から小鬼達は海斗の肩越しにニヤニヤとこちらを見ている。

 真白を襲わないという事は、狙いは海斗なのだろうか。

 小鬼に襲われた時の恐怖と、「鬼が人の闇に取り憑く」という大悟達の話を思い出す。

 大悟には既に小鬼が出たとメールを入れた。

 “すぐに行く”と返事はあったが、どれほど“すぐ”なのかが分からない。

(もしも大悟達が来る前に小鬼が何かしたら……。私は、どうすればいい?)

「ていうか聞いてる? まっしー」

「あ、うん。甘党ね。……“まっしー”?」

「海斗って呼んでよ」

 海斗は既に自分のカップを空にしていた。

 真白が注文したアイスコーヒーは手付かずで残っている。

 小鬼を目で追うのに精いっぱいで、飲み物どころではない。

「そんなに気になる?」

「え? なんて?」

 小さく言われた言葉を聞き逃した。

 海斗は頬杖をついて真白を見つめた。

「僕もまっしーの事、ずっと気にしてるんだよ?」

 海斗の口調が微妙に変わり、小さな違和感を持つ。

 しかし海斗は相変わらず楽しそうだ。

「えっと、意味がよく」

「まっしーの髪って、綺麗だよね」

 海斗が手を伸ばしてくる。

 パチン、といつもの音がして指が僅かに跳ねる。

 しかし、海斗は手を引かなかった。

 それどころか、さらに伸ばしてくる。

 パチパチッと音が大きくなる。

 火花すら見え始めているのに、まだ海斗は手を近づけてくる。

「ちょ、何してるの」

―バチバチバチッ!

 スパークする音と光が海斗の手を包み、煙が上がる。

「バカ!」

 真白が仰け反って立ち上がり距離を取った。

 椅子から鞄が落ち、中から源氏物語が転がり出る。

 三体の小鬼がたまらず逃げ出し、どこかに消えた。

「いてて。すげーな」

 痛みに手を振りながらも、海斗は笑顔だ。

「なんでこんな事! 冷やさなきゃ。お水を」

 店員にもらおう、と思ったのに。

「誰もいない……」

 いつの間にかカフェは無人になっていた。

 店員の姿も見えない。

 テーブルには飲みかけのカップや食べかけのケーキがあるのに、人の姿だけがかき消えている。

「二人きりになりたくてさ。出ていってもらった」

「は?」

「ねえ、まだ静電気だって言うつもり?」

「それ、どういう……」

「君の全てを知りたいんだ」

 海斗の目が、紫色に変色したように見える。

 海斗から感じる空気に真白は気圧された。

 得体の知れない恐怖に真白の背筋が冷える。

 何かがおかしかった。

「落としたよ」

 海斗が落ちた真白の鞄を拾い上げ、転がった本を手にする。

 途端、目を見開いた。

 

「ああ……なるほど。この本、君に直結してるのか」

「……え?」

「おかげで、やっと見えた」

 嬉しそうに細める海斗の目は今度こそはっきりと、紫色だった。

「すっかり君の呪力だと思ってたけど、違うんだね」

 その時、真白の頭の中に、あの声がまた聞こえた。

『逃げろ』

 その瞬間、疾風のように海斗が動いた。

―ダン!

 片足を地面に叩きつけ、真白の影を、踏んだ。

 

「聞こえたぞ……ここだ」

 低い声で言った海斗は、別人のような冷たい笑いを浮かべている。

「小鬼が君に取り憑けない理由がわかったよ。先客がいたんだ」

「……先客?」

「僕でさえ気づかなかった。まっしーが気づくわけない」

 混乱する真白に、海斗は優しげな口調になる。

「僕の特技はね、触れるだけで人の闇を覗ける事。はっきりと、闇の中身が見えるんだ。

 だから人の心を操る事ができるってわけ。

 だけどまっしーのガードが硬くて困ってたんだよ。でも、この本のおかげで」

 海斗は源氏物語をテーブルに放り置いた。

「全部見えた。この本は君の闇に直結してる。闇そのものと言ってもいい」

 小鬼に襲われた時、真白は怖かったから、逃げた。

 しかし今、海斗から感じる恐怖はあの時とは比べものにならない。

 真白の足は竦み上がり、逃げる事さえできなかった。

「出てこいよ」

 海斗は踏みつけた影に言う。

 すると、地面に伸びる真白の影が身じろぎをした。

 逃れるように硬い動きで身をよじる。

(影が、動いてる?)

 驚きのあまり真白は思わず海斗を見る。

「あんた……誰」

 真白が絞り出した声は、かすれていた。

「クラスメートの、赤嶺海斗。でしょ?」

「鬼は人の闇に取り憑いて、肉体を奪うって聞いた。まさか……」

「ああ、あのチビちゃんね。昨日、校門にいたでしょ? あんまり無防備だから笑っちゃったよ。

 こっちの準備がまだだったから、放っておいたけど」

「……準備?」

 海斗の姿をしたその男は、ゆったりと笑う。

「君の“力”の正体。見せてあげる」

 言うなり、影の中に手を突っ込んだ。

 肘まで地面に潜らせ、何かを探っている。

 地面が水のように波打った。

 やがて、ずるりと持ち上げたものは……真っ黒の眼球を持ち、

 全身を鱗に覆われた黒い生き物だった。

 額のツノを海斗に握られ、魚のように体を振って暴れている。

「なんだお前、まだガキじゃないか。太陽の光が眩しいか? ちょっと我慢しろ」

「何……これ……」

「犬に見える?」

 楽しげに海斗が笑う。

(黒い鱗の……鬼?)

 鱗鬼は帯電していた。

 体のあちこちで火花が飛び散り、バチバチと音を立てている。

「チビちゃんから聞いたでしょ? 鬼の好物は人が持つ闇だって。

 深い闇を持つ肉体に入れば、より大きな力が手に入る。

 だからこいつはずっとここで、君の闇が深くなるのを待ってたんだよ。

 ほら、おとぎ話であるじゃない。魔女が捕まえた子供を太らせてから食べるって、アレだ」

「食べるために……ずっと? 闇を深くするために?」

 真白は膝をついた。

 全身から力が抜けていく。

「……なんだ、鬼だったのか」

 不思議と鬼に憎しみは感じなかった。

 湧き上がるのは、強烈な無力感。

 誰かを守る事ができるかもしれないと、淡い期待を抱いた。

 しかし真白の力ではないのなら、真白にできる事は何もない。

 これまでずっと、人を傷つけると苦しみ、人に疎まれると悲しんだ。

 その日々すらも、無駄なものだったと思えてくる。

 真白は黒い鱗鬼を見た。

「呪力でみんなを傷つけて、私を孤独にすれば、私の闇が深くなると思ったのか。

 バカだな……そんな事、なんの意味もないんだよ」

 真白は笑ってやった。

 乾いた声が喉に絡んだ。

「私はあの日から……とっくに、闇のどん底にいる」

 ぴくりと、鱗鬼が真白を見返した。

 黒一色の目なのに、不思議と視線がこちらに向いていると分かる。

 真白にはその目を睨む気力も、既にない。

「んー、いい感じ。トッピング追加の、生クリーム増し増しってとこだな」

 海斗が満足そうに微笑む。

 掴んだツノを引き上げ、鱗鬼をさらに高々と持ち上げた。

「さあ……娘を喰え」

(私も、死ぬんだ)

 思った刹那、目の前を白い光が縦に走った。

 海斗が飛びのき、鱗鬼が地に潜り、白刃が地面を穿つ。

 尋常ではない速度で動いた三者の姿を、真白は酷く遠い景色として見た。

 

ちょっと待った!!

 

 上空から大気を切り裂き落ちてきたのは、大悟と、雅と、葵だった。

「大悟、雅、葵……」

 力なくつぶやく真白を、大悟はすかさず背後に隠して立つ。

 逃げた海斗は一段高い屋根の上に立っていた。

 ポケットに両手を突っ込んで、余裕の表情で肩を竦めている。

 額にはツノが伸びていた。

「チビちゃん、呪力で飛ばしてもらったの? 怪我してない?」

「見つけたわ、酒呑童子! 覚悟しなさい!」

 雅が放った風の呪術が、海斗……酒呑童子の立っていた場所を抉った。

 酒呑童子は、海斗の姿のまま笑い声を上げる。

「改めて自己紹介するよ。そう、この僕が酒呑童子だ。千年ぶりのゾクゾクだ! 最っ高だな!」

 全員を見渡すと、両手をポンと合わせた。

「じゃ、行こっか」

 手が、三角に似た手印を組んでいる。

 ウタキがハッとした。

「大悟、雅、葵! 娘を連れて逃げ……」

 直後、酒呑童子から突風が吹いた。

 ざああっと流水に似た音がして、周囲の景色が別世界に塗り替えられていく。

「どうなってるの?」

「姫様、落ち着いてください!」

 雅は呆然と見渡した。

 カフェはすっかり消え、大悟達が立っているのは、山を見上げる谷底だった。

 両側に切り立つ崖からは、湧水が作る小さな滝が幾筋も流れ落ち、

 足元にちょろちょろとした流れを作っている。

 ウタキが険しい顔で言った。

「奴が呪力で作った“呪界”に引きずり込まれた」

「え?」

 岩場に立つ大悟の上から、声が響いた。

 

「大江山の処刑谷にようこそ」

 空中に浮いた酒呑童子が、残忍な微笑みで見下ろしている。

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