鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

神社の井戸に身を投げた真白は、鬼の住む異界に迷い込む。
鬼の影に潜む謎の存在は、真白の身体を狙っていた。
真白を救おうとする大悟達は、水や血を操る強大な鬼・酒呑童子と対峙する。
酒呑童子は真白を利用し、何かを企んでいるようだ。
そして、真白の影に隠れた鬼は、何故か真白を守るのだった。


28~決戦

 真白を守った鱗鬼は消えかけていた。

「どうしてお前、私を守るんだ?」

 黒い目が真白を見つめる。

「私の体に入れば、お前は助かるんだろ? なんでそうしない?」

 鬼は風に揺らめきながら、声を発した。

「隈が……真白を守る」

 鬼の声は真白に二度『逃げろ』と告げたあの声だった。

「今……“くま”って言った?」

 鬼の言葉を繰り返した途端。

 真白は、異界で過ごした時間を思い出した。

 紫色の大気、苔むした巨木、意識を失いながら聞いた声。

 

『約束だ』

 

「お前、あれからずっと……傍にいたのか」

 唖然とした。

「くま……隈……。そうだ。それがお前の名前だ」

 漆黒の目が僅かに動くが、もう声は聞こえない。

 鬼の輪郭は既になく、朧な体に辛うじて二つの目が見えるだけだ。

「お前、死ぬのか?」

 その黒い目も透け始めた。

「お前も……死ぬのか? 青葉と同じように」

 あの日の自分が、生々しく今の自分に重なる。

 弟の小さな体から流れ出る血を、真白は止めてやれなかった。

 助けられなかった。

「また繰り返すのか」

 ぽつりと落とした自分の言葉に、胸が握り潰されるように痛んだ。

 鬼は人を襲い、呪力で人を簡単に傷つける。

 鬼は人の敵、そんな事は分かっている。

 それでもなお、強く思う。

(ここで何もせず生き延びる事に、意味なんてない)

 命をかけて真白を守ってくれた隈だからこそ。

 

「私が、お前を死なせない」

 今、まさに消えていく黒い目を、真白はひたと見つめる。

「隈。私を――喰え」

 鬼は真白の中に吸い込まれた。

 

 異変を察知したのは、酒呑童子とウタキ、二人同時だった。

「鬼が、まっしーに引きずり込まれた?」

 大悟、雅、葵を狙っていた酒呑童子が、不意に呟いた。

 水の刀がバシャッと水に戻る。

 呪力の盾で大悟を守っていたウタキ、風の呪術で葵を守っていた雅も真白を見た。

 地面に叩きつけられ、動けなくなっていた大悟もようやく体を起こし、気づく。

 真白の気配がおかしい。

「何が起こったんだ?」

「待って」

 ゆっくりと立ち上がった真白がこちらを向いた。

 その顔が、手足が、みるみるうちに黒い鱗で覆われていく。

 鬼が真白に憑いたのだ。

「今、助ける!」

 大悟は全力で真白のもとに走り、気合の叫びと共にツルギを振り下ろす。

 が、真白の手がツルギの刀身を掴んで止めた。

 その手は鱗に覆われ、既に人間のものではなかった。

 辛うじて残っている真白の片目が、大悟を見る。

「この鬼を……斬らないで」

「は、はあ!?」

「私が……助けるから……」

「助けるって、お前、鬼に喰われてるんだぞ!?」

 残された片目すらも、鬼の目に変わってしまった。

 キョロリと回転する黒い眼球に、大悟は見つめられる。

 途端、大悟は感じた事のない鋭い痛みに全身を貫かれた。

 強烈な電気を流されたのだ。

「ぐぁぁああっ!!」

「大悟!!」

 完全な鬼となった真白は、躊躇いもなく大悟を痛めつける。

 ウタキの呪力が鱗鬼となった真白を吹き飛ばし、大悟はようやく電流から解放された。

「マジで……いてぇ……」

「……もう、真白は……」

 立ち上がるのも必死な大悟を、鱗鬼の目が見据える。

「お前も、我らの敵だ」

「我ら? どういう意味だ?」

 鱗鬼は返事をする事なく、火花を散らして襲ってきた。

 尖った爪で切り裂かれそうになり、大悟は夢中でツルギを振るう。

 しかし動きは鈍い。

「惑うな大悟! 斬れ!」

 大悟に近づこうとするウタキの前に、酒呑童子が入ってきた。

「若い二人の邪魔するなよ。無粋だねぇ」

「貴様、何を考えている」

「君こそ、何を考えてる? 随分大人しいじゃない」

 酒呑童子の腕に筋肉が隆起し、両手に呪力が溜まる。

「本気を出させてあげよう」

 酒呑童子が掌にためた呪力は、まるで巨大な火の玉だった。

 これまでにない呪力量を塊にし、ウタキ目掛けて発射した。

 ウタキは避けなかった。

 避ければ酒呑童子がまた呪力を空中で曲げ、大悟達を狙う可能性があるからだ。

 酒呑童子の呪力に、ウタキは自分の呪力を正面からぶつけた。

 衝突した二つの力は、強烈な紫色の閃光を放ち、爆発音と爆風を巻き起こす。

 木々は薙ぎ倒され、足元の水が吹き飛ばされて空に舞い、雨のように落ちた。

「くくく……なるほど、“あいつ”が呪界を作れと言うわけだ。君、また強くなったね?」

 酒呑童子は残虐に光る目で、にんまりと笑った。

「でも僕、もっと強いから」

 

「おい、鬼……なんで真白はお前を庇ったんだよ」

 鱗鬼を相手にする大悟は、既にボロボロだった。

 鬼の電流と鋭い爪に体を痛めつけられ、攻撃を受け続けた腕は震えている。

 今にもツルギを落としそうだ。

 大悟に苦戦を強いている最大の原因は、拭い切れない“迷い”だった。

 真白が守ろうとした鬼を斬る事が、正しい事なのかが分からない。

 突然、背後から爆風が起こり、大悟は岩にしがみつく。

 大悟の後方、少し離れたところで、酒呑童子とウタキが戦っているのだ。

 ウタキの顔にも、焦りが滲んで見えた。

 

「あっ!」

 その時、隙を突いた鱗鬼が大悟の肩に深々と爪を食い込ませた。

 容赦なく電気を流し込まれ、大悟は痛みに絶叫する。

がぁああああ――――!!

「「「大悟!」」」

 ウタキ、雅、葵が援護しようとするが、酒呑童子がそれを許さない。

「よそ見?」

 酒呑童子は悠然と笑う。

「防御ばっかりだね。疲れちゃったかな? 安心してよ、もうすぐ終わるから」

「貴様……何をする気だ」

「言っておくけど、チビちゃんを殺すのは僕じゃないよ。……ツルギだ」

「なんだと?」

「君と切り離されたチビちゃんは、一人でツルギを使うしかない。

 そして相手は、あの深い闇を持つ子だ。あの闇に、チビちゃんは耐えられるのかな?」

「狙いはそれか!」

 その瞬間。

 

うわああああああ!!

「迷ってる、迷ってるみたい!」

 叫びながら、大悟が鬼の真白を刺した。

 しかしその顔に浮かぶのは――迷いだった。

 使い手とツルギは一心同体。

 使い手が迷えば、ツルギも迷う。

 酒呑童子の策略と大悟の迷いが、最悪の事態を招こうとしていた。

「大悟、迷っちゃダメよ!」

 ウタキを阻む酒呑童子の向こうで、大悟が狼狽えている。

「炎が出ない! どうして!?」

 ツルギは確かに真白を貫いている。

 それなのに青白い炎は上がらず、真白が鬼から剥がれる事もない。

 ただ、闇だけが経験した事のない速さで大悟の腕を這い上がり、体を蝕んでいく。

「なんだ、この闇!? いつもと全然違うぞ!」

 真白の闇はとてつもなく重たく、大悟は耐え切れずに膝をつく。

「みん……」

 ウタキ達を見ようとしたのに、真っ暗で何も見えなかった。

 続いて耳も、塞がれたように何も聞こえなくなる。

 眠りに落ちるように、五感の全てが遠のいて――大悟の意識は、闇に呑まれた。

 大悟の体が、抜け殻のように地面に崩れ落ちる。

 

「……もうすぐ、闇堕ちするわ」

 雅が、ぽつりと呟いた。

 葵も、固唾を呑んで彼を見守っていた。

 

 大悟の意識は、真白の闇の中をゆっくりと下降していく。

 これまでツルギが見せる闇に、深さを感じた事はない。

 しかしこの闇は違った。

 意識はぐんぐん下へと引きずられていく。

「真白!」

 明るい声に、闇が唐突に消された。

「真白ってば!」

 見えた景色は、トラックが走り抜ける広い車道だった。

 道を挟んだ向こうに、小学校三年生くらいの少年が立っている。

(あれ、もしかして真白の弟?)

 少年が呼びかけた方を見ると、大悟と同じ側の歩道を長い髪の少女が歩いている。

 真白が歩く歩道沿いには線路があり、電車の走行音が響いていた。

(これじゃ、真白に声は聞こえない)

 少年を見ると、真白を驚かそうと思いついたのか、クスッと笑っている。

 それから、ひょい、と車道に出た。

 

 急ブレーキと、衝突の音。

 真白が驚いて振り返った直後、全ての音が掻き消され、大悟の視界は深紅の色に染められた。

 赤い色以外、何も見えない。

 赤い景色の中に、真白が見ているものが朧に見えた。

 真白は、倒れた少年の体に両手を押し当てていた。

 渾身の力で押さえているのに、僅かな隙間から血が流れ出ていく。

 命を押し留めるように、真白は必死で押さえ続けた。

 赤い景色は徐々に暗くなり、やがて漆黒の闇になる。

「聞こえなかったのよね?」

 次に現れたのは、殺風景な小さな部屋だった。

 目の前に座る警察の制服を着た女の人が、もう一度真白に聞いた。

「青葉くんが真白ちゃんを呼ぶ声が、聞こえなかったのよね?

 だから、青葉くんが車道に出た。そう思う?」

 真白は声を絞り出した。

「私が、聞こえなかったせいだと……思います」

 心が、抉られていく。

 どんな後悔も、どんな叫びも過去を変える事はできない。

 青葉は戻ってこない――そして、真白の思考はいつも同じ場所に戻る。

 

「……私が、悪い」

 罪悪感、責任感、後悔、孤独。

 闇の中で、大悟は真白と共に押し潰されていく。

 次に見えたのは、神社の景色だ。

「死ぬと思うけど」

 コートを着た男の人が言った。

 お寺で嗅ぐようないい香りがする。

(ようやく見つけた)

 真白は心で歓喜した。

 苦しいだけの日々を変えるもの、それは死ぬ事だった。

 微塵の躊躇いもなく、真白は井戸の闇に体を投げ入れた。

 さらに深い闇の中に、大悟の意識も沈んでいく。

 辛うじて残った意識の断片で思う。

(ツルギで真白の過去は変えられない。

 だったら、闇を祓う意味なんてない。オレが戦う意味も……ない)

 その時、大悟は意識の端で闇の中に蹲るものに気がついた。

 それは、大悟をじっと観察していた。

 

 また岩壁が大きく抉れる。

 攻撃を辛うじてかわしたウタキが上空へと逃れた。

 酒呑童子の力は底なしだった。

「僕と君が生きてた時代の事、なんて呼ぶか知ってる?」

 谷を遥か見下ろす場所で、酒呑童子が聞いた。

「“平安時代”だってさ。“平安”。穏やかで平らかで、安心できる世の中。

 ……笑っちゃうよね? 鬼と人間が、殺し合っていたにも関わらず」

「鬼の世を作るために、関守石を破壊したか」

 酒呑童子は肩を竦めた。

「やめてよ。鬼の僕には壊せないって知ってるでしょ? できるのは人間だけ」

 ウタキが視線で問うと、酒呑童子は含み笑いで「そう、人間だよ」とゆるりと繰り返した。

「人間の癖に強い呪力を持ってて、魂を生まれ変わらせる術まで持ってる――あいつだ」

(まさか)

 雅とウタキは息を呑んだ。

 背の高い男の姿が、雅とウタキの脳裏に蘇る。

 優しげな笑みの裏に隠された、恐ろしい本性を思い出す。

「どうして……奴がどうして、関守石を」

「理由は――ウタキだよ」

「何ですって?」

「全ては、ウタキを人界に引きずり出すため。あいつはね、どうしても君を手に入れたいんだ」

 酒呑童子は手から呪力を湧き上がらせ、全身に纏っていく。

「関守石を壊せば、鬼が人界に溢れ、ツルギが使い手を呼ぶ。

 しかも今の使い手はあのチビちゃんだから、君は必ず異界から出てくる。あいつはそう考えた。

 ……よく知らないけど、チビちゃんって、君にとっては特別な存在なんだろ?」

 ウタキは答えない。

「だんまりか。ま、いいや。僕には興味ないし」

 酒呑童子は既に、全身を自分の呪力で覆い尽くしていた。

「封印を解く代わりに、奴の配下に下る……それがお前と奴の契約か」

「人に使われるのは気に食わないけどね。

 でも、チビちゃんを殺して君を引き渡せば……自由の身だ!」

 酒呑童子が跳んだ――いや、消えた。

 目で追う事ができない速度だった。

「きゃっ!!」

 強烈な波動に雅の体が揺らいだ。

 服に穴が開いている。

 酒呑童子が呪力を纏った自分の体で、雅の服を貫いたのだ。

 そこを、次の呪力が砲弾となって襲った。

 避ける事もできず、雅は大ダメージを受ける。

 

「……やっぱり、女じゃ倒せないみたいだね」

 酒呑童子は動かなくなった雅を冷たく見つめる。

 ウタキは酒呑童子を呪力で攻撃しようとするが、

 酒呑童子は攻撃をかわし、ウタキを思い切り吹き飛ばす。

 そしてゆっくりと、倒れている大悟に歩み寄る。

「さて、チビちゃん。君の仕上げだ」

 目を閉じた大悟は、まるで眠っているように見えるが、肌の下では時折黒い触手が蠢いている。

 意識を飲み込んだ闇が、体の奥から透けて見えるのだ。

「可哀想に。これ以上、闇の中にいるのもつらいだろう。今、楽にしてあげるからね」

 さも同情するように言うと、酒呑童子は両手を動かした。

 大悟の周囲で水がさざめき、盛り上がり、布団のように大悟を足元から包んでいく。

 水は胸まで上がり、すぐに口元を隠した。

「さよなら。楽しかったよ」

 呼吸をする大悟の鼻まで、水に隠されようとした時。

 

「……まだだ」

 酒呑童子の背後から声がした。

「まだ終わっておらぬ」

 岩で体を支え、ウタキがゆっくりと起き上がる。

 酒呑童子は面倒くさそうに空を仰ぐ。

「負けを認めろよ」

「敗者は――お前だ」

 

 沈殿していく大悟の意識を、その目はじっと観察していた。

(お前……誰だ?)

 その黒い目を見つめた瞬間、大悟の意識は、再び真白の過去と重なった。

 

 闇が紫になった。

 真白が目を開けて、異界の景色を見渡している。

「おまえの なまえ よこせ」

 真白に声をかけたのは、今にも消えそうに揺れる黒い鬼だった。

 真白は「あ」と小さく叫んだ。

 鬼の体から、何かが流れ出ている。

「それ、血だろ? お前、怪我してるじゃないか」

 相手が何なのか、そんな事はどうでもよかった。

 血を止めなければ死んでしまう。

 思うように動かない体を引きずって、真白は鬼に近づく。

 しかし、真白の指先は黒い体を素通りした。

「触れない。これじゃ、助けられない」

 泣きそうな思いで顔を上げると、鬼はじっと真白を見てきた。

「おまえの なまえ よこせ おまえに はいる わたし たすかる」

「私が名前を言えば、お前を助けられるの?」

 心臓が大きく跳ねる。

 真白は無条件に思った……助けたい、と。

「み、水影真白」

 はやる気持ちに舌がもつれた。

 鬼は、そんな真白を不思議そうに見つめて「何故」と聞いた。

「おに くいあう ちから うばいあう……でも おまえ なまえ じぶんから わたす なぜ」

 真白の口から、言葉が押し出された。

「――助けたかった」

 頬にぽろぽろと涙が落ちる。

「何がなんでも、助けたかったんだ」

 青葉が死んでから初めて、真白は声を上げて泣いた。

 吠えるように泣く真白の傍で、黒い鬼は耳をそばだてていた。

 やがて泣き疲れた真白が、気がついた。

「名前を言ったのに……お前、全然元気にならない」

 返事をする気がないのか、その力がないのか、鬼は黙っている。

「お前の名前は?」

 会話するのに名前がないと不便だった。

 なのに、鬼は答えた。

「なまえ ない」

 真白の心に、一つの単語がふと浮かぶ。

「……隈」

 鬼が顔を上げてこちらを見た。

「暗いところっていう意味。青葉がくれた本に書いてた。お前の名前は、隈だ」

「くま わたし くま ……隈」

 与えられた名前を唱える鬼は、形を取り戻し始めた。

 体を覆う鱗が見える。

 二本のツノも、たてがみのような体毛もはっきりと現れた。

 やがて、パチパチと小気味よい音を立て、火花が体のあちこちで弾けた。

「綺麗だな……」

 隈となった鬼はしっかりとした足取りで立ち上がり、言った。

「真白は隈という名前をくれた。力をくれた。隈は真白の体を取らない」

「だけど、それでお前は……死なないのか?」

「今、隈が真白に入れば、真白を乗っ取る。それは隈がやりたい事ではない」

 俯いて言う隈が、頑なに拒否する幼い子供に見え、真白はフッと笑う。

 不思議そうに隈が顔を上げた。

 異界の空気に毒された真白は、再び気を失った。

 

 やがて真白は、ゆらゆらと揺られて目を開けた。

 隈が見えない力で真白を持ち上げ歩いている。

 何かを探しているようだった。

 ふと感じた明るさに視線を上げると、遠くに夕焼け空が見えた。

 空の下には民家民家の屋根。

 元の世界に戻るのだと、真白にはすぐわかった。

 隈が言った。

「隈が真白を守る」

「できないよ……みんなお前を怖がる」

「影に隠れて姿を見せない。真白を守る。約束だ」

 真白の胸がキュッとしめつけられた。

「嬉しくても、苦しくなるんだな。……隈」

 

 隈と共に人界に戻る真白を、大悟はその場から見送った。

 ぼんやりとした意識で思う。

 真白が隈を助ける事は、自分を助ける事だったのだろう。

 それで彼女の心が、さっぱりと晴れる事などないだろう。

 弟を失った闇は、これからも続く。

 それでも、闇を歩く手を誰かが握ってくれたなら、足取りはどれほど違うだろう。

―とくん

 安堵と共に、大悟の意識が小さく脈打った。

 脈動は一瞬、大悟を僅かに発光させる。

 意識の中の体に過ぎないが、確かに大悟は光を宿した。

―とくん

 光は筋になっていた。

 流れる血液のように全身を走っている。

 途切れている箇所もあるが、うっすらとした模様に見えた。

(まるでウタキの身体だな)

 思った途端。

 

―どくん!

 一際強く発光した。

(ウタキ)

 もう一度、はっきりとその名を思い、呼ぶ。

 意識がはっきりとし、厚みのある闇が透明になったように感じる。

(ウタキが待ってる)

 大悟は力を取り戻した意識で、自分を見つめる二つの目に向き合った。

 それが何者なのか、大悟にはもう分かっていた。

「敗者は――お前だ」

 脇腹に穴を開けられたウタキが、立ち上がる。

「どうしようっての? そんな体で、たった一人で!」

 ウタキの方を振り返り、嘲笑う酒呑童子の顔から、次の瞬間、笑みが消えた。

 

「一人じゃねえ!!」

 酒呑童子の背後から躍り上がったのは大悟だ。

 振り返る暇もなく、酒呑童子が飛び退る。

「闇から出てきただと!? 上等だ!!」

 酒呑童子が腕を動かす。

 ビイイイイと不快な音を立て、谷底の小さな水流から、水が玉となって持ち上がる。

 その全てが、ドリルのような切っ先になって大悟に向けられた。

「逃げられると思うなよ」

 剥き出しの殺意を放ち、酒呑童子が笑う。

「お前もな!!」

 大悟が地を蹴って跳んだ。

 ツルギを上段に振りかざし、勢いを乗せて振り下ろす。

「バカめ! 胴体がガラ空きだ!」

 酒呑童子が水で作ったドリルを一斉に、大悟へ向けて飛ばした時、雅が叫んだ。

「隈!!」

 地面から隈が飛び出した。

 空中に躍り上がった隈は、電流を大悟に向けて飛ばした。

 雷と見間違うほどに眩く、強い電流が大悟の持つツルギに宿る。

 次の瞬間、大悟がツルギを振り下ろす。

 ツルギから電流が放たれ、水のドリルを次から次へと打ち砕く。

 水から水へ、瞬時に走り抜けた電流が、酒呑童子を襲った。

ぐがあああああああ!

 恐ろしい声を上げ、電流が酒呑童子を飲み込む。

 全身を炎に包まれて、酒呑童子は崩れるように地面に倒れた。

 

「ウタキ、雅!」

 大悟が慌ててウタキと雅に駆け寄る。

「大丈夫か? て、穴!? 服に穴が開いてるぞ!?」

「さっさと……あっちを始末しなさい」

「お前、死ぬなよ?」

「馬鹿じゃないの」

 ウタキと雅を気にしながらも、大悟は動かなくなった酒呑童子にツルギを向ける。

 黒焦げになった酒呑童子が薄く目を開けた。

「どうして……鬼の力を」

「闇の中で隈と取引した。お前を倒すのは、オレだけじゃ無理だったから」

「それだけじゃ……ないはず。あんな大技を出しておいて……気づかないのか」

 大悟は首を傾げ、ようやく自分の腕に気がついた。

「あっ! これ、闇の中で見た模様だ」

 ツルギを持つ大悟の腕には、呪紋が浮かび上がっていた。

 ウタキのものとは少し違う、大悟の文様だ。

 酒呑童子が僅かに笑い、ウタキを見る。

「本気を出さなかった理由はこれか。使い手を……育てようと」

「危うかったのは事実だ」

「ふん……。おい、チビ。闇堕ちの方がマシだったと、思う事になるぞ」

 焦げた顔で笑うと、空を見上げた。

 

「この世の地獄、せいぜい楽しめ」

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