大悟が一つ目の怪物と戦っているところに、人間の姿をした大きなカラスが現れる。
カラスは一つ目と戦い、大悟を守るが、類が現れ、一つ目は類の体を乗っ取る。
カラスは大悟に、類が鬼になった事を告げる。
大悟は助けを求めるがカラスは一人では鬼を倒せないと言い、一つ目は霧の中に消えてしまった。
―ギイイイイン!!
「があっ!」
大悟の耳を突然あの音が襲った。
先程までの澄んだ音ではなく、金属を引っ掻くような不快な音だ。
大悟と女性は、両手で耳を押さえた。
「なんなんだよ! うるせえ!」
「不快な音ですね……」
「まさか、お前達……」
少年が歯を食いしばって上体を起こす。
「音が聞こえるのか」
「音? このキーンって奴?」
「そうか……聞こえているんだな。であれば、あの人間を助ける方法がある」
「本当か!? 頼む、やってくれ!」
「お前にとっては危険な方法とも言える。それでもいいか」
「えっ?」
「大丈夫ですよ、ウチは慣れてますから」
危険と言われて一瞬戸惑ったが、大悟の中で答えは決まっている。
「やってやらぁ! それで類を助けられるんだろ?
あいつだけが犠牲になるのを黙って見てるなんて、オレがオレを許せねえ!」
「よかろう。では、お前の名前を私に渡せ」
「はい?」
「……そうね。これは『契約』っていうものよ」
「契……約?」
「名前を知る事で私はお前に入る事ができる。
私は肉体を得て呪力が強くなり、ヤツを倒す事ができる」
「オレに入る? ちょっと待て、やっぱりお前も鬼なわけ?
オレの体を乗っ取ろうっていうのか?」
お面から見える少年の口が、言葉を探して小さく動く。
しかし、すぐにぎゅっと口を引き結んだ。
烏面に手をかけると、押し上げて素顔を晒した。
「どうだ。鬼に見えるか」
現れたのは、燃えるような黄金色の瞳を持つ少年だった。
大人びた雰囲気なのは銀色に光る長い髪のせいだろうか。
見たところ、ツノはなさそうだ。
「鬼には見えないけど……人間にも見えない」
ここまで大悟を助けてくれた少年だが、あまりに鬼と似ている。
体に触れない事も、呪力を持つ事も、腕の模様も。
それでも大悟は少年の言う『方法』に賭けるしかない。
「分かった。名前を言う」
少年がふっと笑った。
残念だけど嬉しそうな、複雑な笑い方だった。
「これも我らの宿命か……。私も覚悟を決めよう」
「そうですね、姫様も困っているようですし……」
「何をブツブツ言ってるんだよ。
いいか、もしも類を助けられなかったらオレは全力でお前に仕返しをする。
子供だからって甘く見るなよ。絶っっ対に類を助けろ!!」
「約束しよう」
烏面の少年がきっぱりと言ってくれたおかげで、大悟も腹を括った。
「オレの名前は……如月大悟」
「確かに受け取った」
少年が頷いた途端大悟の視界がぐにゃりと揺れた。
背中に暖かなものが触れ、そこから全身へと流れ込む。
「うへ、ゾワゾワする」
指先まで入り込んできた感覚に身をよじっていると、頭の中で少年の声が響いた。
『うん……。まだ少し重たいが、悪くない』
気が付くと、少年の姿は目の前から消えている。
「あれ? お前どこに行ったの?」
『お前の中だ。私が力を加減しているから喋る程度の自由はあるが、肉体の動きは預かるぞ』
「は? どういう事……」
『時間がない。いくぞ』
大悟の意志に関係なく、体が勝手に立ち上がって歩き始める。
「変な感じだな、おい!」
大悟の五感ははっきりとしているのに、体を動かす事が全くできない。
乗り物の中から景色を眺めているような気がする。
『境界を越えるぞ』
大悟の体が大岩の横を抜ける。
霧に突っ込んだように視界がぼやけ、すぐに晴れた。
「ほー……これが憑依現象ですか」
女性は、少年が取り憑いた大悟を見て、そう言葉を漏らしていた。
そこは、元いた鎮守の森、守りの大岩の脇だ。
ひんやりした森の空気が心地いい。
「戻った……。類はどこだ?」
『気配が残っている。真っ直ぐ行ったな。町に下りるつもりだろう』
「行こう!」
『その前に探し物だ。お前の友人を救う方法を手に入れる』
「ウチらも行きます!」
耳を澄ますと、キン、とあの音がした。
『ほう……これがツルギの呼び声か。お前に入ったおかげで初めて聞けた』
奇妙な事を言うと、少年は大悟の顔を上げて大岩を見る。
『なんだ、こんなに近くで眠っていたか』
烏面の少年が嬉しそうに呟くと、大悟の腰がぐっと沈んだ。
次の瞬間、大悟は大きくジャンプしていた。
驚異的な速さでぐんぐん上昇する。
ようやく勢いが止まった時には、山を見下ろすほどの高さになっていた。
続いて、女性も精神を集中すると、高く、高く飛び上がった。
「オ、オ、オレ飛んでる!!」
「何を言うてるんです? 憑依したんやから当然ですよ?」
『この娘の言う通りだ。……長くは無理だがな』
少年と女性の言葉と共に、大悟の体は空中でくるりと回転する。
頭を下に向け、そのまま落下を始めた。
「落ちる落ちる落ちる落ちる!」
みるみる近づく地表に見えるのは、守りの大岩だ。
大悟の手が拳を作り、肘から後ろへと引く。
「この体勢ってまさか!」
『いくぞ』
「オレの手で大岩を砕くつもりか!?」
「どうしたんです? もう壊れていますよ?」
「そういう問題じゃねっ!!」
大悟が叫ぶのと、拳が大岩に激突したのは同時だった。
土煙を上げて……岩は左右に転がり、断面を天に晒した。
大悟の体は割れた岩の間で拳を地面に突き立てていた。
そして、ゆっくりと立ち上がると、その拳についた土を、ふっと吹いて払う。
「い、痛くない?」
不思議に思う大悟のすぐ傍には、銀色に光るものがあった。
「岩の中に……刀?」
『ツルギだ』
「そうですね。理想郷にもありますがね」
光っているのは銀の柄だった。
柄から伸びた刀身は、地面に深々と刺さっている。
―キイイン……
「あっ、この音!」
ツルギから聞こえる音は、大悟がずっと聞いていたあの澄んだ音だった。
「これが音を出していたのか」
少年はツルギを手にすると、一息に引き抜く。
途端、音が止んだ。
『久しいなあ、申の太刀よ』
返事をするように、ツルギは月光を反射し輝いた。
大悟の手にしっくりと馴染む。
ふと、女性が岩の足下に落ちていた注連縄に気づいた。
「なあ、これ……アンタが切ったんですか?」
「ああ」
「ホンマに間抜けですね」
「うぐっ」
女性に毒舌を吐かれた大悟は、自身の手で切断した注連縄の両端を握る。
手の中で青白い光が放たれ、荒縄は元通りに繋がった。
さらにさっと横に手を動かすと、
信じられない事に割れた左右の岩がゆっくりと立ち上がってきた。
「すげえ……」
「アンタは初めてですから、驚くのは当然でしょう」
呆然とする大悟の目の前で大岩はぴったりと合わさる。
注連縄がするすると岩に巻き付いて、
うっすら割れ目が残る以外は、以前と変わらない姿となった。
「おい、まだ割れてるぞ?」
「封印は既に解かれとるみたいですね」
女性は、岩の裂け目に手をそっと置く。
「もうすぐ……夜が明けますね」
見上げた空はいつの間にかうっすらと青く、夜明け前の色だ。
『ヤツはこちらに出てきたばかりで光には弱い。日が登れば隠れてしまう』
「それまずいだろ」
『心配するな。鬼がまだ近くにいる気配がある』
「このツルギで、鬼を殺すのか」
『あの子供の肉体から鬼を剝がすのだ。お前の肉体とこのツルギがあればできる』
「オレの肉体と……ツルギで? 剝がす?」
『この私がお前の体を動かす。案ずるな』
「ウチもこう見えて戦えます。アンタ一人じゃありません」
女性の言葉に嘘偽りはなかった。
「なんかよく分かんねーけど、とにかく急ごう!」
『言われるまでもない』
「では、参ります!」
そう言って、大悟と少年、そして女性は類に取り憑いた鬼を追いかけるのだった。