大悟は一つ目の鬼に取り憑かれた友人・類を救うために、烏面の少年に自身の体を明け渡す。
烏面の少年は大悟の体を使って、大岩からツルギを取り出し、類を救うための力を得る。
大悟、烏面の少年、そして一緒にいた女性は、類に取り憑いた鬼を追いかける事にした。
ごう、と風の音が聞こえ大悟と女性は走っていた。
周囲の木が流れるように後ろに飛んでいく。
「速ぇぇええ!」
「ウチも速いは速いんですけど、ここまで速いのは初めてですね……」
深い鎮守の森を一息に駆け抜け、猿飛神社の境内を飛ぶように通り過ぎる。
境内から町へと下る千段の石段を滑るように駆け降りていくと中腹辺りに小さな人影が見えた。
「あそこだ!」
大悟の足が石を蹴って飛ぶ。
彼の両手はツルギを握り、まっしぐらに類に向かっていく。
「おい、まさか類を刺すのか!?」
「アンタがやらなきゃ誰がやるんですか!?」
「やめろ!」
類が間近に迫る。
「やめろおおおおおっ!!」
―ガキン!!
類がギリギリでかわし、ツルギは石段を叩いて火花を散らした。
『類』が驚愕した顔で大悟とツルギを見比べ、「そういう事か」と口を歪めた。
「お前も関守だったのか。道理で名前が読めぬわけだ」
『異界に戻れ。お前がこの世にいてはならん』
「アンタは姫様の敵……ウチが倒します!」
少年と女性が言うと鬼がぎょっとして大悟を見る。
女性は既に、両手で鎖鎌を構えていた。
「お前、人間の関守に入ったのか!? どうやって名前を手に入れた、関守の名は読めぬはずだ」
『お前の知った事ではない』
女性が鎖鎌で類を絡め取ると、類に向かって続けざまにツルギが振られた。
その動きは速すぎて、大悟には鎖鎌とツルギが光の筋にしか見えない。
大悟の中に入った少年は、類に入った鬼より遥かに強かった。
「この弱い肉体では……足りぬ!」
「任務は速やかに、な」
ぜいぜいと肩で息をする類は、鎖鎌とツルギで傷を負ってあちこちから出血している。
大悟はとても見ていられなかった。
しかし、いくら大悟がツルギを放り出したくても、
体は少年に操られ、指一本すら大悟の意思で動かす事はできない。
「おのれ、関守にくノ一!」
肉体では敵わないと思ったのか、類は口を大きく開くと喉の奥から衝撃波を飛ばした。
大悟を縛り付け少年に火傷を負わせた、蛇のように動く模様だ。
しかし、ジュッという音と共に模様は空中で散ってしまう。
『弱い』
「ホンマにな」
類はもう立ち上がる事すらできずに膝をついた。
大悟の体が類に歩み寄って、前髪を鷲掴みにする。
情けの欠片もない冷酷さで類の顔を上げさせた。
『ツルギで刺されるか、それとも自ら闇に帰るか……選べ』
少年の声は恐ろしく冷たくて、大悟はゾッとする。
(まさか、オレはとんでもない化け物を体の中に入れたのか?)
『さあ、選べ』
「ここまで来て、易々と帰ってたまるか」
『よく分かった』
大悟の手が、ツルギをすっと後ろに引く。
光る刃先は類に真っ直ぐ向けられた。
「やめろ!」
思わず叫んだ大悟の声に、類が驚いて目を見開く。
「なんでやめなきゃあかん? アンタ、人を殺すのが嫌いなんですか?」
「だって、類を、類を……!」
大悟が呟いた途端、類の目がすっと変わる。
元通り、明るい茶色の目に戻ったのだ。
「大悟、僕だよ」
その顔も口調も、怖がりで心配性の類のものだった。
「類! 戻ったのか! 良かっ……」
ほっとした瞬間、ずん、と手から全身に衝撃が伝わる。
「え?」
大悟は自分の手を見た。
握ったツルギが、類の体を深々と貫いている。
「痛いよ……大悟……」
信じられない光景だった。
類を助けようとしたのに。
それなのに、類はツルギで刺されている。
この、自分の手で。
体が燃えるように熱くなり、大悟は我知らず叫んでいた。
「うおおおおおお!」
「騙されないでください!」
大悟が全身に力を込めると同時に少年の声が『ぐっ』と詰まった。
直後遠のいていた手足の感覚が大悟に戻ってくる。
取り戻した体で、大悟はがむしゃらにツルギを引き抜いた。
『やめろ!』
「うるせえ!! オレを騙しやがって!!」
「アンタは何も分かってないみたいですね!!」
―パンッ!
強い閃光が走り、大悟の視界を真っ白にした。
一瞬怯んだ大悟の頭の中に、少年と女性の怒鳴り声が反響する。
『目を覚ましてよく見ろ!』
「……えっ?」
怒りに駆られて暴走した大悟は、ようやく我に返った。
類は足下に倒れている。
怪我一つなく、規則正しい息遣いで目を閉じているのだ。
先程、傷つけられて流した血はどこにも見えない。
「あれ……寝てるだけ? ウソだろ?」
『このツルギは、人に入った鬼を肉体から剝がし取る呪力がこもっている。
斬るのは中の鬼だけで、人間を傷つける事はない』
「マジで?」
「そういう特別な力がこもってるみたいですから。安心してくださいね……」
『私の呪力を破るとは、この馬鹿力め! 鬼はこいつから出てしまったぞ!』
「出て行った!? それ大成功じゃないか!」
『剝がした鬼を異界に帰してこそ成功だ。お前が途中で引き抜いたせいで鬼は逃げた』
「まだこの辺に、いるって事?」
『いる。いつまた誰を襲うか分からぬぞ。特にこの人間は既に名前を取られているから危険だ』
「そんな」
少年は深い溜息をついて首を振ったが、女性はまだ、鎖鎌を構えていた。
『こんな人間が関守の末裔とは、とんだ恥晒しだな』
「せきもり……さっき一つ目がオレに言ってた」
関守、どこかで聞いた事のある言葉だった。
何だか懐かしい響きさえする。
『このツルギは関守の一族に伝わる秘刀だ。
一族の中でただ一人、ツルギに呼ばれた者だけが使う事ができる。
お前はこのツルギに選ばれたのだ』
「オレが? なんで?」
『それは知らぬ』
「はーっ?」
『ツルギが選ぶのだから、私に聞くな。ただ、私が言えるのは関守石が割られ、
注連縄が切られた事で何体もの鬼が人の世に入ったという事だ』
「だからウチは、姫様を守るためにここに来たんですよ」
「……姫様? ああ、そういやオレ、注連縄を切った時に影を見た。笑ってるような声がした」
『それが鬼だ。どうにかして異界に帰さねばならないが……私一人の力では追いつかん』
「ごめん……オレ、何も知らなくて」
しゅんとする大悟の中で少年は少し考え、そして言った。
『お前、大悟と言ったな。いみじくもツルギに選ばれたのだ。
しばしの間、鬼退治を手伝ってもらうぞ』
「ウチも、手伝いますからね」
女性は微笑みながら大悟にそう言った。
「えー!? オレが? あんな化け物、相手にできないよ!」
「大丈夫ですよ、アンタならできますから」
石段に倒れた類は、自分の腕を枕にして穏やかな寝息を立てている。
『鬼が出て行った後の人間は深く眠る。起きた時には何も覚えてはいない』
先程までの事は悪い夢だったと思いたい。
しかし大悟の体についたすり傷や痣は、現実のものだ。
「このツルギで一つ目を異界に帰せば、二度と類の体が奪われる事はないんだな?」
「そういう事ですね」
大悟はツルギを見た。
あれだけ戦っても刀身には傷一つなく、差し込んできた朝日に美しく輝いている。
「いきなりすぎて全っ然意味分かんねーけど……とにかくオレは一つ目から類を守る。
お前に体を貸してもいいけど、ちゃんと説明しろ。訳が分からないままなんてのはイヤだ」
『分かった。だが……その前に頼みがある』
「何?」
『寝かせてくれ』
「はあっ?」
『お前のおかげで精根尽き果てた……眠らせろ』
「オレに入ったまんま?」
『肉体の中であれば回復も早い。好都合だ』
大悟はツルギを見る。
「これ、どうするんだよ?」
『他の人間には見えぬよう私が呪をかけておく。肌身離さず……持って……おけ』
少年の声は音量を下げるように小さくなり、消えてしまった。
「おい! お前が寝てる間に鬼が来たらどうすんだ!?」
「あ、大悟でしたっけ? ちょっと休んでください」
ふいに大悟の体が重たくなった。
少年に肉体を操られ、超人的な動きをしたツケが回ってきたのだろうか、
物凄い疲れに襲われてへなへなと座り込んでしまう。
「ちょ、待っ……体が動かね……おい! 起きろ!」
何を言っても、少年はうんともすんとも言ってくれない。
すやすやと眠る類の横で、大悟は立ち上がる事さえできなかった。
彼の傍では青い忍装束を着た女性が鋭い目で見ていた。