大悟と彼と共に戦う女性は、鬼と呼ばれる存在と戦っていた。
彼らは特殊な武器を使い、鬼が人間の体を乗っ取るのを防いだ。
しかし、大悟は自分が鬼を倒すために選ばれた「関守」である事を知り、その重責に戸惑う。
一方、類の体を乗っ取った鬼は、大悟と女性の活躍により倒される。
しかし、戦いはまだ終わっておらず、鬼はまだ彼らの周囲に存在していた。
「もう、葵ったら、私が出ていくのを承知の上で、あんな事を言ったでしょう」
その頃、着物を着た一人の少女が町を歩いていた。
猿飛町の城主の娘・雅である。
彼女は葵に城から出ないように言われたため、
お転婆な雅はいてもたってもいられず、城をこっそり抜け出したのだ。
お忍びできないのが悩みだったが、雅は仕方がないと嘆いていた。
「それにしても、今も昔も、女は立場が弱いのよね。どうにかしたいわ、絶対に!」
場面は神社に戻る。
神社の駐車場に、真っ赤なスポーツカーが滑るように入ってきた。
降りてきたのは長身の若い男性で、スタイルの良さと端整な顔立ちはモデル並みだ。
大悟の名前を呼ばなければ、テレビドラマか映画の撮影に見えたかもしれない。
「大悟君、そこにいたのか」
座り込んだ大悟を目指して石段を上ってくるこの男性は、大悟の従兄である梶旺太郎だ。
「メールもらって飛んできたよ。動けないほど疲れたって、一体どういう……え?
類君は寝てるのか?」
階段で眠りこける類を見て、旺太郎は目を丸くした。
「眠くてもう我慢できない、なんて言ってさ。いやーびっくりだよね!」
「倒れるまで夜遊びするとは、恐れ入ったよ」
旺太郎は苦笑しながら類を運び始める。
大悟もヨロヨロと石段を下りると、倒れるように車に乗り込んだ。
「兄ちゃん、マジでサンキュー。助かった」
「どういたしまして」
エンジンをかけながら微笑む旺太郎は、大悟から見てもちょっとかっこいいと思う。
東京からやってきた旺太郎を、近所の人が「芸能人が来た」と噂していたのも分かる気がする。
旺太郎は父方の従兄で、東京の大学院で民俗学という勉強をしている。
民俗学というのは、日本のあちこちに伝わる文化や風習、民話などを研究する学問だそうだ。
旺太郎は猿飛町に残る鬼の伝説を研究していて、半年前から大悟の家に下宿している。
一人っ子である大悟にとって、旺太郎は頼りになる兄のような存在だ。
鬼の伝説を調べている旺太郎は、鬼の事になると変人並みのしつこさを発揮するのだ。
「夢の中で鬼に追いかけられた」と何気なく話した時は、
鬼の姿や声、追われた場所などを散々聞かれて困ってしまった。
「夢には潜在意識が現れるから」と言っていたが、
自分の潜在意識が、どう研究に繋がるのか、大悟にはさっぱり分からない。
しかし、しつこいのは大悟に対してだけなのか、
旺太郎はいつの間にか町中の人と仲良くなっている。
各家庭に伝わる風習などを聞き出して鬼に関する情報収集をする事が目的らしいが、
超人的なコミュニケーション能力だ。
「昨日の夜、類君とコソコソしてたから、夜通しゲームでもやるのかと思っていたよ。
まさか神社で虫取りとはね」
「父さんに言ったら、危ないからやめとけって言うだろ?
ばあちゃんに言えば夜に鎮守の森に入るのは罰当たりだって言うに決まってるし」
「昔から、夜は人ならぬ者達が跋扈する時間だからね」
「人ならぬ者って、化け物って事でしょ?」
「おやおや。まるで化け物を見たような言い方だね」
危うく「鬼を見たんだ」と言いそうになり、大悟は慌てて言葉を飲み込む。
鬼に詳しい旺太郎なら、色んな事を教えてくれるかもしれないが、
それ以上にしつこく聞かれてしまうだろう。
ついさっきまでの事を詳しく説明するなんて、なんて、大悟にはできそうにない。
何せ、全てが想像を超えていて、分からない事だらけなのだ。
大悟は膝の間に挟んだツルギをそっと見る。
烏面の少年が言った通り、大悟以外には見えていないようだった。
「おっと!」
突然、旺太郎が急ブレーキをかけた。
素早くシートベルトを外して道に出る。
「どうしたの?」
大悟も慌てて続いて驚いた。
道のど真ん中に一人の中年女性が倒れていたのだ。
さらに、その女性の傍には、着物を着た黒髪の少女がいる。
(あの人……なんだか、お姫様みたいだな)
大悟は少女の姿を見て、高貴な人物だと思った。
少女は女性の口元に手を当て、呼吸を確認する。
「どうやら寝てるみたいよ」
「道の真ん中で?」
「うん、急に寝てたのを見てびっくりしたから……ね、この人を運んでくれない?」
「ああ」
少女に言われ、後部座席の類の隣に女性を運び込む。
並んで眠る二人の姿に、旺太郎と少女は苦笑した。
「何だか奇妙な光景ね」
ところが、奇妙な事はさらに続いた。
交番までやってくると、中で巡査の稲村が、床に倒れてぐうぐう眠っていたのだ。
「仕事中にこんなに眠るってあり得るのかな? まるで麻酔銃で撃たれたみたいだ」
旺太郎は首を傾げるが、大悟はハッとする。
鬼が出て行った後の人間は深く眠るのだと、あの少年が言っていた。
稲村巡査もあの女性も、鬼が出ていった後だと考えれば、納得がいく。
「救急車を呼ぼう」
旺太郎がスマホを取りに車に戻る。
大悟と少女は周りを見回すが、怪しい者は誰もいない。
「多分、どこかに必ず潜んでるわ。夜には出てくるはずよ」
一つ目は類の中の「闇が小さい」と言っていたため、
より「大きな闇」の持ち主を探して回っているに違いなかった。
人間が持つ闇とは一体なんなのだろう。
例えば憎しみや嫉妬などの暗い気持ちの事だとしたら、
そんなものを抱えている人はたくさんいるため、誰もがターゲットだ。
「おい、起きたか?」
そっと少年を呼んでみるが、返事はない。
「あの、何を話してるの?」
「お前には関係ねーよ」
「酷いわ、私に向かって!」
そう言って少女は、大悟の頬を叩いた。
「いてぇっ……何するんだよ」
「私だって、戦えるんだから」
「……」
こんな少女が戦えるとは、大悟は到底思わなかったようだ。
交番の時計は七時を回ろうとしている。
今の季節は日没が夜七時頃なので、鬼が再び動き出すタイムリミットは十二時間後だ。
「えーっと……何するんだっけ?」
旺太郎が妙に間延びした声を出し、スマホを持ったまま車の傍に立っている。
「何って、電話でしょ? 救急車!」
「あ、そうだ。救急車だった」
旺太郎は慌ててスマホで電話をかけ始める。
大悟は少し申し訳なく思った。
「やっと着いたわ……」
大悟達が自宅に帰り着いたのはそれから一時間も後のことだ。
道路から緩やかなカーブを描いて自宅の敷地に入る坂道から、
「麹屋 如月」と書かれた白いバンが道路に下りてくる。
「ええっと、何コレ?」
少女がバンを見て首を傾げる中、運転する大悟の父、正道が旺太郎の車を見て停車した。
「おかえり。随分遠くまで走っていたんだな。旺太郎君、どうもありがとう。
大悟、父さん達、麹の配達に行ってくるよ。夜には戻る。
そういえば、大悟の近くにいる女の子、見た事がないね。誰なんだい?」
「……戦えるってさ」
「えっへん!」
胸を張っている少女に対し、大悟はそう言うしかなかった。
大悟の家は代々、麹作りを営んでいる。
バンの助手席から、祖母のスエが首を伸ばして類を見た。
「あれま。類君に布団を敷いてあげな」
スエは大悟の母親の母親で、正道にとっては義理の母親となる。
大悟の父親は古い言葉で『入婿』と言うらしい。
「大悟、父さんは母さんの家で麹の面白さを知った。
だからこれからは父さんがこの麹作りを受け継いでいく」
「ふーん、麹ってそんなに美味しいものなの?」
「お嬢ちゃんはこれを見るのは初めてなんだな。麹って、かなり美味いぞ」
正道は祖父が死んだ後、一人で麴を作り続けていたスエに弟子入りした。
これに大喜びしたのが納豆好きの大悟の母親、ミツルだった。
「これで私は納豆菌の傍にいてもいいわね!」
東京の食品メーカーに就職し、納豆菌を使った商品開発に勤しんでいる。
納豆菌と麴菌が混ざると培養ができなくなるとかで、現在ミツルは東京に単身赴任中。
大悟はミツルを応援してはいるが、「やっぱり菌なのか……」と半分呆れている。
「腹減った~!」
旺太郎と少女と三人で類を二階の大悟の部屋に寝かせると、大悟は食卓の椅子にへたり込んだ。
空っぽの胃袋が飢えた獣のように唸っている。
「私も麹ってのを食べるのは初めてだから、一緒に食べさせていい?」
「今朝は僕が朝食を作ったんだ。すぐ温めるから待っててね」
台所に立った旺太郎がテキパキと動く。
食卓の脇には、旺太郎の本や書類が置かれていた。
大悟は本の間に挟まれた地図に気づいた。
猿飛町のものだ。
何気なく開くと守りの大岩に印がつけられている。
「この旺太郎って人は、そういうのも調べてるの?」
「ああ、そうだよ。大岩がいつあそこに置かれたのか知りたいんだけど、分からないんだ。
江戸時代初期の文献には既に載っているから、さらに昔の事なんだろうけど」
「……」
江戸時代初期という言葉を聞いた少女が、何故か黙りこくっている。
「僕の研究は猿飛に残る鬼伝説の調査……そこから見えてくる、
人と鬼との関わりを明らかにする事だ」
旺太郎は説明しながら料理を次々と並べた。
「わぁ、美味しそう!」
「さっ! 食べて!」
漬物やきんぴらの他に、味噌汁とイカの料理が載っている。
イカの中にはご飯がぎっしり詰まっていた。
「これ、イカめし?」
「北海道のイカ飯に似てるよね。でもこれはイカ寿司と言って、佐渡の郷土料理だよ。
イカが旬を迎える夏に味わうんだ。一晩煮汁につけておいたから、味はしみしみ。召し上がれ」
「「いっただっきまーす!」」
「この料理は民俗調査で行った時に教えてもらったんだ。
佐渡にはユニークな風習が残っていてね。
集落の境界に二m近くもある巨大わらじをぶら下げる地域もある」
「そんなに大きなわらじをぶら下げてどうするの?」
少女は、イカ寿司をほおばりながら聞いた。
「この村にはこんなに大きなわらじを履く大きな人間がいるんだぞ!
だからこの村には来ない方がいいぞ! って、村の境界で悪いものを追い払うためだ」
「悪いものって?」
「一般的には災いや病気だね」
「境界って色んな場所にあるのか……」
「昔から日本人は、昼と夜の狭間の時間や、橋や四ツ辻、村の入り口、
里と山との境になる場所に、異界と人界の境界があると考えていた。
実際、こうした時間や場所で妖怪や何らかの怪異に遭うという話は日本全国至るところにある。
昼と夜の狭間の時間は『逢魔が時』とも呼ばれていて、まさに『魔に逢う時』と書くんだよ。
その境界に結界を張って怪異や災いなどが人界に入らないようにするという風習も結構多い。
佐渡のわらじや猿飛の守りの大岩みたいにね。
注連縄を巻いたり、家にお札を貼ったりするのも同じ目的だ」
「やっつけなかったの?」
「残念ながら、人間は災いや病気を直接やっつけられない。
だから、こういう風に守る形にするんだ」
つまり、守りの大岩はその名の通り境界に置かれて鬼から町を守っていたという事になる。
注連縄を切った事を思い出し、大悟は少し落ち込んだ。
「僕はね」と、旺太郎がメガネをくいっと上げた。
「守りの大岩が本当に異界との境界を守る結界だと考えている。
つまり……大岩の向こうには鬼の世界があるってね。
古くから、災いや病など目には見えず人には太刀打ちできないものを
『鬼』と捉えてきたと言われている」
「あー、分かる分かる」
「鬼は想像上の生き物だ、とね。しかし僕はそうは思わない。鬼は実在すると断言する」
(まさか、旺太郎兄ちゃんも鬼に会った事があるのか?)
ここまできっぱりと言えるなんて、そうとしか考えられない。
「にいちゃん、もしかして鬼がいるって考えてる理由は……」
勢い込んで聞く大悟に、旺太郎は「そう」と頷いて言った。
「仁次郎さんだよ」
「誰?」
「仁次郎さんがよく聞かせてくれてたじゃないか、鬼の話を!」
仁次郎とは大悟の祖父で、昔話をよく聞かせてくれた人だ。
小学校に上がってすぐ亡くなってしまったが、仁次郎は大悟の大好きだった祖父だ。
「仁じいちゃんの話ってすっごく面白かったけど、元ネタは桃太郎とか一寸法師でしょ?
若い頃に離れ島の鬼を退治したとか、お姫様をさらった鬼を退治したとか……」
小さい頃はワクワクして聞いていた話も、
実はよく知られた昔話をコピーしただけだと今なら分かる。
「あれは僕達子供を楽しませる仕掛けだったと思う。
仁次郎さんが本当に伝えたかった事は、この如月家の本来の姿だよ」
「本来の姿って?」
「大悟君の一家が……関守の末裔である事だ」
「え、本当に!?」
大悟は味噌汁を鼻から吹き出しそうになり、少女はどこかそわそわしている。
「関守とは、異界からやって来る鬼から人を守る一族。
『鬼が闇なら、関守は闇を祓う光だ』と仁次郎さんは言っていた」
「鬼から……人を、守る」
それを聞いた少女が、ぐっと拳を握る。
大悟は関守の一族であり、しかも一人しか選ばれないツルギの使い手だ。
しかし、突然烏面の少年にそう言われても、すぐに信じる事はできない。
「そんなの、おとぎ話じゃないの?」
その途端、どん! と旺太郎がテーブルを叩いた。
大悟と少女は驚いて顔を上げる。
「もちろん違う! 町の人も関守を単なるおとぎ話だと笑うけどね!
僕は仁次郎さんが本当の関守だったと確信している! 鬼を祓うところを目撃しているから!」
「えっ!? 本当に?」
大悟は思わず身を乗り出した。
「以前、この家の家鳴りが眠れないほど酷い時があった。
みんなは家の修理をしようと言ったけれど、仁次郎さんは柱にお札を貼った。
そしたら何者かが走って逃げたんだ!
あれは間違いなく鬼だったね。それ以来、家鳴りはぴたりと止まった」
「……本当に?」
今度は完全に疑いの目で見てしまう。
何かの見間違いではないだろうか。
「僕は大岩の向こう、異界に生きる鬼を知り、鬼と戦う関守の事を知りたいんだ。
鬼は何故人を襲う? そして関守は何故人を守る使命を持っている?」
熱く語る旺太郎は、ふっと苦笑して口調を和らげた。
「鬼と関守、両者の真相に迫る事は人間という存在に向き合う事なのかもしれないって、
最近は思うよ。この研究が……僕にとっての使命になればいいんだけどな」
旺太郎の表情は、何故か暗くなっていく。
それを見た少女は、顎に手を当てながら、何だか深刻そうだと思った。