鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

猿飛町城主の娘・雅は城から抜け出し、町を歩き回る。
一方、大悟とその従兄である旺太郎は神社で出会い、
旺太郎の車で帰宅する途中、道に倒れている中年女性を見つける。
女性の傍には着物を着た少女がいて、彼らは女性を車に乗せ、家に帰る。
旺太郎は大悟に、彼の家族が鬼から人々を守る「関守」の末裔である事を明かすのだった。


6~嫉妬

「やあ! とお!」

 眠る大悟は夢を見ていた。

 夢の中では幼い頃に戻っていて、真夏の日差しが差す庭で木刀を振り回している。

 逃げ回っているのは祖父の仁次郎だ。

 草の上に転がって降参のポーズを取った。

 

「いたた! まいった! 大悟は強いなあ! 使い手に選ばれるかもしれんぞ」

「ツカイテ?」

「鬼と戦うツルギを使う人の事だ。関守の家から一人だけしか選ばれない」

「セキモリ?」

「鬼と戦い、人を守る一族だ。お前も関守だ」

「じいちゃんはセキモリのツカイテ?」

「じいちゃんは違う。選ばれなかった」

「ツカイテって強い? 鬼をやっつけられるぐらい?」

「使い手は鬼をやっつけるんじゃない。元の世界に帰してあげるんだ」

「ツルギ欲しい! どこにあるの?」

「さて、どこにあるのかな。じいちゃんも見た事がないんだ。長い長い間、眠り続けている。

 時が来れば目覚め、使い手を呼ぶ。お前にはいずれその声が聞こえるかもしれん」

 分厚い手が大悟の頭を力強く撫でる。

 じいちゃん痛いよと笑いながら大悟は頭を振った。

 大悟は、仁次郎の事が大好きだった。

 

(そうだ、オレはじいちゃんから聞いていたんだ……関守と、使い手の事を)

 仁次郎の大きな掌を思い出しながら、大悟はぼんやりと目を覚ました。

 既に部屋の中は暗く、夕方も終わろうとする時刻だ。

 かなり寝たはずなのに、昼と夜が逆転したせいで、全身が重たい。

 明日は日曜日。

 このままずっと寝ていたいくらいだった。

 

「あれ……?」

 隣に敷いた類の布団が空だった。

「おーい、類! トイレか?」

「ちょ、どうしたの?」

 何度か呼んでみるが返事はない。

 大悟の部屋がある二階はもちろん、一階からも物音一つ聞こえなかった。

「まさか……もう鬼が来たのか!?」

「何なら、準備する必要があるわね」

 飛び起きて類が寝ていた布団に触れる。

 まだ温かく、先程までここにいたはずだ。

 大悟はベッドの脇に立てかけていたツルギを手にし、少女は服を着替えて準備をする。

「おい、起きたか?」

 自分の中で眠っているはずの烏面の少年を呼ぶが、返事はない。

「起きろよ! 類がいないんだよ。鬼が来たのかもしれない!」

 目の前にいるのなら蹴飛ばして起こすのに、自分の中にいるのだからどうしようもない。

「このツルギって、オレ一人で使っても効果あるのか?」

「さあ……知らないわよ。私、ツルギとか知らない。そもそも知ってるのは、呪術だけよ」

 人間を傷つけずに鬼を斬ると少年は言ったが、大悟はまだ半信半疑だった。

 少女も手伝ってくれるらしいが、何だか不安だ。

「とにかく類を見つけなきゃ」

「私も手伝うわよ」

 大悟と少女は部屋を出る。

 大悟の家はとてつもなく古い日本家屋だ。

 彼が使っている二階には二つ部屋が並んでいて、

 かつて麹師と呼ばれる職人達が寝泊まりしていた場所だった。

 隣の部屋の襖を大悟はそっと開けた。

 ここは物置になっていて、麹作りの古い道具や夏には使わない暖房器具が置かれている。

 雨戸の閉まった暗い室内を見渡すが、誰もいない。

 鬼がここに潜んでいるかもしれないと思うと、大悟の額に汗が噴き出た。

 逆に、少女は身構えながら、大悟と共に類を捜している。

 

「……ところで、類って誰?」

「オレの友達だ」

 

―ミシッ

 家が軋んだ。

「そこにいるのは、誰?」

―ミシッ

 音は頭上からだった。

「まさか、屋根裏?」

 しかしこの家の屋根裏は出入りできない構造だ。

 誰かが入り込むなどあり得ない。

 天井を見上げる大悟と少女の背後で……今度は階段がキィという音を立てた。

 念のため、少女は身構える。

―キィ……キィ……

 音に気づいた大悟が動きを止める。

 大悟は唇を噛み締めた。

 類かもしれないし、類ではないかもしれない。

 振り返らなければいけないのに、大悟にはどうしてもそれができなかった。

 彼は、恐怖で体がカチコチに固まっているのだ。

「どうしたの?」

「ひゃあああ」

「……あ、いたわね」

 背後から知っている声で呼びかけられて、大悟は力の抜けた叫び声を上げてしまう。

「あなた、旺太郎じゃない」

「やあ、大悟、起きたんだね。そんなに驚いてどうしたの?」

「あはははは。大丈夫!」

 旺太郎が不審に思わないよう、大悟はそっとツルギをベルトに挟み込む。

「ふふふ。肝の据わった大悟君が叫ぶなんてね。まるで鬼に会ったみたいだよ」

「類を見なかった? どこかに行っちゃってさ」

「帰ったんじゃないの?」

「類は布団を絶対に畳んで帰るんだ。親しき仲にも律儀ありってやつだな」

「それを言うなら『礼儀あり』よ」

「何か分からないけど、類君を見つければいいんだね?」

「私だって、戦えるんだから」

 旺太郎は、にっこりと爽やかに笑ってくれる。

 少女もまた、大悟を手伝おうとしていた。

 大悟が少しだけホッとした時。

 

「僕はどうなるの?」

「えっ?」

 聞こえたのは、苛立つ少年の声だった。

 大悟よりも年上だろうか、振り返っても誰もいない。

「どうしたの? 大悟君」

 階段を下りかけた旺太郎がきょとんとしている。

「ううん、なんでもない」

「とりあえず庭を見てみましょう」

 旺太郎と少女に続きながら、大悟は先程の声に聞き覚えがあると気がついた。

(誰だったっけ。小さい頃に一緒に遊んでいたような気がするけど)

 仁次郎の夢を見たせいで、昔の記憶が断片的に蘇っているのかもしれない。

 旺太郎と少女と一緒に家中を見て回るが、類はどこにもいなかった。

 門の外まで見に行った旺太郎が首を振りながら戻ってくる。

「外に出た形跡はないわね」

「門も閉まってるし、砂利道に足跡も残っていない」

「類の奴、どこ行ったんだ?」

 夕焼けが始まり、太陽は山の端にある。

「また森にオオクワガタを取りに行ったとか?」

「一人で? 絶対にオレを誘うはずだよ。二人の計画だもん」

「へえ、どんな計画?」

 ひぐらしの声を聞きながらサンダルを脱ぎ、室内に戻る。

「オオクワガタを売った金で日本一周する。オレと類の二人だけで成し遂げるって約束なんだ」

「凄い計画だな。でも君なら絶対にやり遂げるだろうね」

「ふーん、お金儲けかぁ……」

 脱いだサンダルをきちんと揃えながら旺太郎が笑い少女はどこか不満そうな表情をしている。

 旺太郎は動作全てがとても行儀がいい。

 旺太郎の両親に会った事はないが、一度テレビを見ている時に、

 正道から「あれが旺太郎君のお父さんだ」と教えてもらった事がある。

 それは地方の市長選挙のニュースで、その時初めて旺太郎の父親が政治家だという事を知った。

「目標があるって、凄くいいわよね」

「兄ちゃんにも鬼の研究って目標があるだろ」

「ああ、そうだったね。でも本当は僕……」

 旺太郎はふっと視線を上げた。

 差し込む夕陽が旺太郎の顔を染めている。

 

「血が欲しい」

「えっ?」

「あ、あれ? 僕、今何か言ったかな?」

 旺太郎は目をパチパチとさせた。

「ちょっと、自分が言った事を思い出しなさいよ。あなたは『血が欲しい』って言ったわよね。

 つまり、あなたは……あなたは……」

 少女は旺太郎をじっと睨みつける。

 どうも彼の様子がおかしいと感じて、流石に少女は見過ごせず、旺太郎に殴り掛かろうとした。

「やめろ」

「……ああ、そうだったわね」

 大悟に言われて拳を収めた少女だったが……。

 

「大悟君がうらやましい」

「へ?」

 突然、だん! と大悟の横の壁を旺太郎が殴る。

 大悟は飛び上がってしまった。

「ど、どうしたの?」

「僕は両親の反対を押し切ってまで民俗学の道を選んだ。

 努力を惜しまず、笑顔を絶やさず、鬼に関する情報をかき集めてきた。

 それもこれも全て関守に少しでも近づくためだ! それなのに……血だ。

 僕には関守の血が流れていないから鬼が見えない。感じる事すらできない。

 関守としての使命に燃えて生きたかったのに!

 僕に使命はない! 僕は関守にはなれない!!」

「見つけたわ。あなたは……大悟に嫉妬している。鬼よ、その姿を現しなさい!」

 少女がそう言うと、辺りが紫色の夕闇に包まれた。

「僕は大悟君になりたい」

 聞いた事のない低い声で旺太郎が言う。

「お前の血を……よこせ!」

「ほうら、言わんこっちゃない! 風の刃よ、我が敵を切り裂け!」

 少女が呪文を唱えると、旺太郎の身体を風の刃が切り裂く。

 彼の身体から、だらだらと赤いものが流れてくる。

 流れてきた鮮血は旺太郎をあっという間に真っ赤に染める。

 額からは、長く細いものが伸びてきた――二本の長い、ツノだ。

「くそっ! 鬼は旺太郎にいちゃんに入ってやがったのか!」

 ベルトに挟んだツルギを抜き取って振り上げるが、大悟には振り下ろす事はできなかった。

 そこにいるのは、旺太郎なのだ。

「なんで、なんで戦わないの!? あいつは……あいつは、鬼なのよ!?」

「でも、あれは旺太郎兄ちゃんなんだ! オレには、斬れないよ!」

「だったら私が戦うわ! 風の刃よ、我が敵を切り裂け!」

 少女は呪文を唱えて、風の刃を再び旺太郎に放つ。

 彼の顔は、既に旺太郎ではなかった。

 のっぺりとした顔に異様に大きな口。

 ツノには旺太郎のメガネが引っかかってぶら下がっている。

 突き出た腹はシャツを裂き、何より全身が、赤い。

「どうやら赤鬼みたいね」

 赤鬼は重たそうな体で階段を上り切ると息をつく。

「ああ、ようやく日が沈んだ。肉体に入っても光に慣れるにはまだ時間がかかりそうだ」

 準備体操をするように頭を左右に勢いよく振った。

 ゴキッと骨が鳴る。

「夜を待つだけではつまらぬから、ちょいとこの男の闇の心を解放してやった。

 どうだ? 人の嫉妬とは楽しいものだったろう?」

 大悟の背中に汗が流れ、少女は歯を食いしばる。

 

「さて、太陽もなくなったし、そろそろこいつの肉体を全部もらうとしようかの」

 一つ目と同じ生臭い臭いが、赤鬼から漂っている。

「旺太郎から出ていけ」

「この男、大きな闇を持ってはいないが知識を持っている。

 知識は役立つと聞くからな、この体に決めた。

 色々と味見したが、ようやく気に入るものが見つかった」

 べろりと黒い舌を出し、臭いが強くなる。

「駐在さん達をあんな目に遭わせたのはお前か!」

「ふ……やる気満々よ、私は」

「なかなか気に入る肉体が見つからんでな。

 物陰に潜んでいたら真っ赤な車が来た。こいつが乗っていた」

 ふぇっふぇっと、奇妙な声で笑いながら赤鬼は楽しげに手を擦り合わせる。

「ああ、そうだ。お前が捜している子供は、もう生きてはいない」

「どういう事?」

「おれが……喰った」

 がぽん、という水っぽい音と共に赤鬼が巨大な口を開ける。

 ぼたぼたと流れるよだれと一緒に、指が数本床に落ちた。

 細い、子供の指だ。

「類!?」

「騙されないで! そいつは、偽物よ!」

 少女はこの光景が、赤鬼が作った幻影であると見破った。

 人間でありながら呪力が強い彼女は、普通の鬼の幻影を見破る事ができる。

「大悟は下がって。私がやる! 風の刃よ、我が敵を切り裂け!」

 少女は呪文を唱え、風の刃を放つが、赤鬼は少女を遥かに凌ぐ速さを持っていた。

「流石に肉体に入ると違うわ。見ろ、この強さを」

 赤鬼は少女の動きを完全に読み、封じていく。

 少女は床に叩きつけられ、壁に投げ飛ばされ、天井に張りつけられた。

 

「オレの代わりに……女の子が戦うなんて……」

 何もできない大悟は、ただ少女と赤鬼の一騎打ちを見守るしかなかった。

 赤鬼はにやにやと笑っている。

「ふぇっ、お前はやはり、ただの猿飛の姫君か」

「猿飛の……姫君?」

 赤鬼は、少女を嘲笑うかのように見上げる。

「お前をどうやっていたぶってやろうか。手をもごうか? 足を引き抜こうか?」

 そして残忍な笑みで言った。

「両方やろう」

 ぐん! と、少女の両手両足が引っ張られて大の字に広げられた。

「手足を全部もぎ取ってやる」

 少女の手も足も体の外側に引っ張られ始め、手足の付け根がビリビリと痛んだ。

 

「カラス野郎!! さっさと起きろ!!」

 少女を見て、いても経ってもいられない大悟は、心で烏面の少年に怒鳴った。

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