鬼を切れ!   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

大悟は、祖父の仁次郎から鬼と戦う者、使い手の存在を教えられる夢を見る。
目覚めると、友人の類がいなくなっており、大悟と少女は彼を探し始める。
その後、旺太郎が現れ、突然奇妙な言動を示し始める。
旺太郎は大悟に嫉妬し、その隙を突かれ鬼に取り憑かれてしまった。
少女は鬼と戦うが、大悟は旺太郎を攻撃できず、
彼が鬼に完全に取り込まれるのを見守るしかなかった。
鬼は少女の手足をもぎ取ろうとし、大悟は烏面の少年に助けを求めるしかなかった。


7~心の闇を食らう鬼

―ミシッ、ミシミシッ。

 また屋根裏から音がした。

「うん?」

 赤鬼も音に気づいて頭上を見る。

 その時、天井が下に大きく膨らみ、激しい音を立てて崩落した。

 赤鬼は素早く逃げたが、少女と大悟は天井板諸共床に叩きつけられる。

 板が薄くて軽かったのは不幸中の幸いだった。

「ほう、ここまで呪力が回復していたとは」

 天井を突き破った張本人が暢気に言う。

 烏面の少年だった。

 鬼の顔に初めて恐怖が浮かぶ。

「お前! 人界に来ていたの……」

 最後まで言わせず、少年は呪力の衝撃波を放って赤鬼を壁まで吹き飛ばす。

「お前如きがこの肉体を傷つける事は許さぬ」

「ちょっと……だったら、あなたが……」

 少女が息も絶え絶えに言うと、少年はようやく板の下敷きになっている大悟と少女に気づいた。

「なんだ、ここにいたのか」

 少年が手を動かすと、天井板は浮かび上がり、びゅんと飛んで赤鬼を壁に押し付けた。

「ぐぇぇっ!」

「う……はぁ」

 壁と板に挟まれた赤鬼は、情けなく板の下でジタバタと手足を動かした。

 

「お前、起きてたのか!? どこ行ってたんだよ!」

 ようやく自由になった体を起こし、大悟は思い切り少年を睨む。

「あの巻き毛の小僧なら無事だ。

 鬼の気配を感じたから、あいつが手水場に立った時に私が作った結界に閉じ込めておいた。

 うろちょろされると気が散る」

「手水場って、トイレか?」

「今頃、廊下を只管歩いているだろう」

「でもあいつ、類を……」

 鬼の口から落ちた指を思い出し、大悟は言葉を飲み込んだ。

 少年が切り捨てる。

「阿呆。お前はあの娘の言う通り、幻を見せられたのだ。子供騙しの術に騙されるなど情けない」

「ま、幻……? そうか、よかった……いや、よくねえ! なんか腹立ってきた!」

「鬼を捜すうち、この家に張りめぐらされた結界にはまってしまったのだ」

 屋根裏の梁にはお札が貼られていて、同じようなものが家のあちこちにある。

 少年の言う魔除けとはあれの事なのだろう。

「派手に壊しやがって! 父ちゃんやばあちゃんになんて言えばいいんだよ」

 抜け落ちた天井に大悟が頭を抱えると、少年が不貞腐れて言った。

「私は物に触れる事ができぬ。呪力で吹き飛ばすしかなかった」

 板の下にいる鬼が旺太郎の声で「おーい」と呼ぶ。

「大悟君、ボクだよ。出してくれないかな? 苦しいんだ」

 声だけでなく、こちらに振る手まで旺太郎のものに戻っている。

 大悟は思わず助け出したくなるが、あれは鬼が見せている幻なのだと踏みとどまる。

「仁次郎の言葉、私も聞いた」

 少年が唐突に言った。

「オレが見た仁じいちゃんの夢、お前も見たのか」

「互いの思考が眠っている間に重なったのだろう。

 仁次郎はお前が使い手になる事を考え、ツルギについて重要な事をしっかり伝えていた」

 

―使い手は鬼をやっつけるんじゃない。元の世界に帰してあげるんだ。

 

 仁次郎の声が胸に蘇り、大悟はツルギを抜く。

 青白く光る刀身は、大悟の手の中でいっそう光を強くしたように見えた。

「旺太郎を助けてやってくれ」

 大悟が言うと少年がすっと消えた。

 大悟の体がふわりと温かくなり、ゾワッと鳥肌が立つ。

「うへ、この感じまだ慣れない」

 頭に少年の声が響いた。

『今は私がお前の体でツルギを使う。私の動きにお前の心を合わせろ』

「やってみる」

『決して目を閉じるな。ツルギとお前は一体だ。お前が迷えばツルギも迷う』

「無理言うな! 刺せば誰だって痛いんだよ。相手が鬼だからって簡単に刺せるか!」

 少女が小さく笑った。

「……だから、私がついているっていうのに」

「はあ?」

『いくぞ』

 ツルギを握った大悟の体が床を蹴って走り出す。

 少女はその後ろから、呪文を詠唱する。

 壁に貼り付けた板ごと赤鬼を突き刺すのかと思ったら、

 少女は手をかざして、爪を隠し持つ霧の刃で板を剥がした。

 目の前に現れた旺太郎の姿に、あっと思った時には……。

 

―ドン!

 ツルギは旺太郎の体を貫通し、背後の壁に深々と刺さっていた。

「……う、がっ」

 喉を詰まらせた声で旺太郎が唸る。

 大悟は狼狽えるが、ツルギを引き抜くわけにはいかない。

 一つ目の時にはここで引き抜いて逃がしてしまったのだから。

(早く、終わってくれ!)

 祈るように思った直後。

 どろり、と腕を這うものがあった。

「なんだこれ!?」

 ツルギを握る腕に、無数の黒い触手のようなものが這い上がってきたのだ。

 旺太郎の体から出たそれはツルギを伝い、恐ろしい速さで大悟の体を包み込んでいく。

「何にも見えねえ!」

 大悟の視界が真っ黒に塗り潰された時──

 

「僕はどうなるの?」

 またあの声が聞こえた。

 不安と怒りのこもった、少年の声。

 そして大悟の目は、闇の中に立つ背の高い少年を見つけた。

 少年は中学校の制服を着ていた。

 シャツは一番上のボタンまで留めてあり、とても行儀が良さそうだ。

 くるりと視点が回転し大悟は旺太郎の中に入った。

 旺太郎が見る世界を大悟も見ている。

 

「お父さん、全国テストの結果。言われた通り十位に入ったよ」

 旺太郎が声をかけたのはスーツ姿の男性。

 綺麗に片づけられた自宅で、旺太郎に背を向けて電話をかけている。

「生きる人全てが安全、安心して暮らせる事! これが我らの使命ですよ!」

 旺太郎の父が熱弁しているのは、政治家としての目標だろうか。

「お父さんには大事な使命があるんだもんね。頑張ってね」

 旺太郎は自分を押し殺して、父が喜ぶ言葉を言う。

 振り向いてほしいから、見てほしいから。

 強烈な寂しさが大悟に伝わり、大悟は胸が塞がるようだった。

 

 次の瞬間、場面が変わって目の前に緑が広がる。

 夏の山々、流れる川。

 大悟がよく知る景色、猿飛町だ。

「よく来たね」

 目線の高さを合わせて笑うのは、白髪頭の老人だった。

 日に焼けた顔と、「麹屋如月」と染め抜かれた前掛け。

 間違いなく、祖父の仁次郎だ。

 笑顔を向けられた旺太郎は、嬉しくて鼻がツンとする。

 慌てて「お世話になります」と頭を下げた。

 

「やあ! とお!」

 庭で跳ね回っているのは、木刀を持つ眉毛の太い少年だ。

 猿のようにすばしこい。

 まだ幼稚園に通う大悟だった。

「いたた! 参った! 大悟は強いなあ! 使い手に選ばれるかもしれんぞ」

 大袈裟に転がった仁次郎が顔を綻ばせる。

「ツカイテ?」

「鬼と戦うツルギを使う人の事だ。関守の家から一人だけしか選ばれない」

 仁次郎が大悟を抱き上げる。

 大悟はすっぽりと腕の中に収まった。

 それを見た旺太郎の胸がカッと熱くなる。

 何気なく見せられた愛情がどうしようもなく羨ましい。

 あの少年が当たり前に受け継いだ関守の血筋が、妬ましくて仕方がない。

「僕はどうなるの?」

 言った途端、しまったと旺太郎は口を閉じる。

 思った事がつい声に出てしまった。

 意味が分からずきょとんとする幼い大悟、そして仁次郎は申し訳なさそうに眉を下げている。

「旺太郎君は、旺太郎君だよ」

 仁次郎はそう言って大きな手を肩に置いてくれた。

 しかし、孤独と悔しさは、固く冷たい闇となって旺太郎の心に根を張った。

 

『……ご! ……大悟! 戻ってこい!』

 大悟を引き戻したのは少年の声だった。

 沼の中から引き上げられたように光を感じる。

『闇に引きずられるな!』

 大悟は目を強く瞬いて、今見た光景を振り払う。

 開けた目に見えたものは、鬼の中からずるりと抜け落ちる旺太郎だった。

 ツルギは確かに貫通して壁に刺さったままなのに、旺太郎だけが床に横たわる。

「え、なんで?」

『よく見ろ』

「ちゃんと、鬼だけを消し去ったでしょ?」

 貫かれて動けずにいるのは赤い鬼。

 ツルギは旺太郎の中の鬼だけを刺したのだ。

 刺したところから青白い炎が上がり、赤鬼の体に広がっていく。

 赤鬼は自分の手で引き抜こうとツルギを触るが、その手も炎に包まれた。

 みるみるうちに全身を炎に飲み込まれ、鬼は跡形もなく消えてしまった。

 残された旺太郎は傷一つなく、寝息を立てて眠っている。

 いつもの旺太郎の姿だ。

「き、消えた」

「どうやら、鬼が元々生きる場所、異界に帰ったみたいね」

「兄ちゃんの記憶が……心が、見えた」

『鬼を祓う事は、その人間が心に持つ闇を祓う事。

 闇の正体が明かされた時、人は鬼と闇から解放される』

「じゃあ、誰かから鬼を剝がすたびに、オレはその人の心を……闇を見るって事か」

『そういう事だ』

「つまり、鬼は人の心の闇に取り憑く存在……ってわけね。この人の場合は、嫉妬か」

『今の鬼はお前が注連縄を切った時に出てきた別の鬼だろう。比較的小物でよかった』

「小物? あれで?」

 大悟は鼻で笑った。

 悪い冗談にしか思えない。

 大悟の手はまだ恐怖で震えているのだ。

 旺太郎の闇を見たせいで気持ちも暗く沈んでいる。

 固く握った手を広げ、ツルギを無造作に床に落とし、金属音が響いた。

「もう、ギブ。ギブアップ。意味分かる? オレには無理」

「馬鹿じゃないの? だとしたら、あなたは困っている人を見捨てたいってわけ?

 じゃあ私が、代わりに鬼退治をしてもいい?」

「……頼む」

 大悟が少女にツルギを渡すと、ツルギを炎が包み、慌てて少女はツルギを返す。

「あちち……持ち主以外がこれを持ったら拒絶するみたいね。

 私は風の呪術は使えるけどそれっきり。ツルギを使えるのは、あなたしかいないのよ」

「……」

 少女はこのツルギを扱えない事を知り、大悟は仕方なく、ツルギを握り直した。

「でも、どうして鬼が出てきたんだ?」

「発端は、関守石を破壊された事だ」

「誰が壊したんだ」

「分からぬ」

「分からぬって、犯人の目星もついてないわけ?」

「そうだ」

「勘弁してくれよ」

 大悟はわしわしと頭をかいた。

「破壊されたせいで関守石の力は弱まり、境界が揺らぎ始めた。

 それに気づいた鬼どもが集まり、境界を越えて人界に出ようとしていたのだ。

 私は阻止するために尽力していたが……。人界で注連縄が切られ、ついに境界に穴が開いた」

 少女は無言で大悟を見つめる。

「切ったのは、オレだ……。でも、オレは一つ目に騙されたんだ。やりたくてやったんじゃない」

「お前がやらなくても誰かが鬼に誘われて切らされていただろう」

 大悟をフォローしてくれたのだろうか。

 ちらりと見るが、少年と少女の表情に変化はない。

「鬼と戦ってるって事は、お前ら、関守なのか?」

「んー、私は関守じゃないけど、こいつもまた、関守よ。

 ただし鬼の世、異界から境界を守る関守だけど」

「オレは人の世の関守?」

「そういう事だ」

「じゃ、お前も使い手なの? ツルギを持ってないみたいだけど?」

「私は使い手ではない」

「私もよ。私の武器は風の呪術なんだから。……さあ、鬼退治をするわよっ」

 少女が張り切ると、階段がガタガタと揺れて、類の顔がにょきっと出てきた。

「よかった! 辿り着けた!

 信じられないと思うけど、僕、今まで家の中で迷子になってたんだよ!?

 めちゃくちゃ怖かった……って、旺太郎さんどうしたの?

 この天井、一体どういう事!?」

 目の前の事態についていけず、類は一人で淡淡としている。

「いや、その、でかいタヌキが屋根裏から出てきてさ。兄ちゃんをノックアウトしたんだ」

 苦しい言い訳をした時、玄関を開ける音が聞こえた。

「やべ! 父さん帰ってきた! 類、天井のこと説明してくれ!

 お前が言えば大人は納得するから!」

「詐欺師みたいに言わないでよ。僕はでかいタヌキなんて見てないし」

「とりあえず兄ちゃんの足持ってくれ! オレの部屋に入れよう!」

「何だか死体を隠す犯罪者みたいだね」

「そうね」

 類にはすぐ傍の烏面の少年が見えていないようだ。

 

「ねえ、知ってた? 遺体の第一発見者が殺人犯の確率は凄く高くて……」

「分かったから! 頼むよ類!」

 旺太郎を引きずる大悟の横で、少年が我関せずといった顔でふわふわと浮かんでいた。

 少女は、くすくすと笑っているが、その表情から徐々に笑顔が消えていく。

 いつも笑顔でいる人でも心の中には闇がある。

 それが一体どんなもので誰に向かう闇なのか、それは本人にしか分からない。

 いや、ひょっとしたら本人すら分かっていないのかもしれない。

 大岩の注連縄を切った時に大悟が見た鬼の影は、一体いくつあっただろう。

 あの全てをツルギで斬るとして、同じ数だけ人の闇を見る事になるのだ。

「マジで勘弁してくれよ」

 大悟は暗澹たる思いだった。

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