蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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Prologue

 ──── その日

 

「どう? アラストール」

『いずれもただの “燐子(リンネ)” だ。 “(ともがら)” の気配は感じない』

 

 その時まで、

 

「そう……」

『上手く気配を隠しているようだな』

 

 私は ──

 

『しかし……この人通りで()()()()わけには行かないな』

「やる……」

 

 これまで過ごして来た戦いが ────

 私にとっての “日常” が、

 

『待て、我らの他にもいるぞ』

「なに……あいつ」

 

 ────── 永遠に続くと思っていた。

 

 

 御崎市。

 それなりの都市機構と、ベッドタウンが同居する、日本にはありふれた衛星都市。

 私鉄駅を中核とした商店街、バスが通る駅前通りの一帯を、異様な空間が覆っている。

 切り取られたかのように、世界から因果を切り離された空間。

 本来であれば、17時前の夕刻、帰宅ラッシュには早いが、買い物の主婦や下校途中の学生で賑わっている時間帯。だが、その空間だけは、雑踏の賑わいが消える。

 誰も認識できない空間の中で、蠢く者達がいた。

 某大手食品メーカーがその商標に使っているそれを模した、三等身の巨大な人形。

 人の顔が無数に集まった、グロテスクな首球。

 時間と因果の歪められた空間の中で、我が物顔で闊歩している。

「うわぁ…いただきまぁす!」

 三等身の巨大人形が言うと、動きを止められていた人間が、まるで立ち上る炎となり、それを、人形や首球が吸い上げていく。

 その異形の存在の前に、1人の少女が立っている。

 この空間の中で、やはり動ける少女は、また、生身の人間ではなかった。

 炎と見紛う鮮やかな紅くれないの髪、燃えるが如き鮮やかな真紅の瞳。

 ライダースーツのようなツナギの衣装の上に、マントのような黒衣を纏っている。

 そして、手には少女の身長ほどもありそうな、古風な大太刀。

 少女がその刀の束を握り、構えようとした時。

 異形と、少女の他に、動く者がいた。

 

 

 流星が光ったかのように、鋭い炎の矢が、巨大人形の肩口を貫いた。

()ぜよ!」

 その声とともに、炎の矢によって貫かれた巨大人形の肩が、爆発を起こす。

「ん? あ……」

 ドスン、と、肩を破砕された人形のその腕が、地面に転がる。

 巨大人形は、破壊された自らの肩口を見て、一瞬間抜けな声を出してから、

「うっぎゃぁあぁぁぁぁぁぁ!!」

 と、悲鳴を上げた。

「同業者か」

 刀を構えたまま、周囲の状況を再確認するようにして、少女は呟く。

『しかし……この炎の色は』

 先程から、少女自身から発されているような、低い男性の声が、渋い声を出す。

『気を許すな』

「……?」

 ── 気を許すな? 気を抜くな、ではなくて?

 少女が一瞬、その言葉を怪訝に思い、気を取られかけた。

「ちっくしょぉおぉぉぉっ!!」

 三等身の巨大人形が、その原型のイメージとはかけ離れた、歪な憎悪の表情になり、その視線を、その炎を放った相手のへと視線を向ける。

「よくも、よくも僕の腕をぉおぉぉぉ!!」

 三等身の巨大人形の足下に、いつしか、1人の少年が立っていた。

 少年は、この国ではありふれた、しかし近年急激に廃れていっている、黒い上下の学生制服に身を包んでいる。背格好も中庸。だが、その輝くような髪と、澄んだ色をした瞳は、おおよそこの国の住人のそれとは、かけ離れていた。

「どう?」

 少年は、誰にともなく、といった様子で、問いかけたが、

『すべて “燐子” ですね。 “徒” 本人は含まれていないようです』

 少女の方から発されるそれと同じように、また、別の女性の声が、少年の問いかけに答えた。

「そっか……」

 女性の言葉に、少年は、落胆したように肩を落とした。

『それと ── 同ほ……、フレイムヘイズが近くにいます』

 その女性の声は、言いかけて、途中で言い直した。

「そっか、これが他のフレイムヘイズの気配なんだ」

『はい、気を抜かないでください。それと、迂闊に私の名前を出さないように』

 声だけの女性とやり取りしながら、少年が周囲を一瞥した時、正面の巨大人形が、憎悪の表情で、少年に向かって突進し始めた。

「お前なんか、潰れちゃえぇぇぇっ」

 ドガンドガンと、アスファルトの舗装を踏み抜くかのように、少年に迫る。

「そ、そんな事言われても」

『この状況では、難しいですか』

 少年は、声だけの女性に対して慌てた声を出しつつも、巨大人形が彼を踏み潰そうとした足を躱して、跳躍する。

「えっ?」

「爆ぜよ!」

 巨大人形は、少年が自分の顔の至近に迫ったことに、再び間の抜けた声を出してしまう。次の瞬間、少年が突き出すようにかざした右手から、炎が爆ぜ、それが巨大人形の頭部を一瞬包み込んだかのように、砕いて吹き飛ばした。

「──── ォオォォォォォン……」

 頭部ごと口を失った状態で、人形は呻くような声を上げながら、路上に倒れ込み、砕けていく。その破片は、青みがかったようにも見える薄白い炎になって、あたりに飛び散った。

「何度やっても、慣れないな」

『悠二、まだ気を抜いてはいけません』

 炎の飛び散った跡を見つめながら、苦い顔をして呟く少年を、彼をゆうじ、と呼ぶ女性の声が、嗜めるように言った。

 直後、少年はハッと顔を上げる。

「フレイムヘイズがぁぁぁっ!!」

 首球が、悠二に向かって、怨嗟の混じった言葉を、不協和音のかかった声で叫びながら、突進してくるところだった。

「───── !!」

『いけません! 今は ──』

 悠二が、首球に対してアクションを起こそうとするが、声だけの女性が、それを制する。

 その一瞬の隙をつくかのように、首球が悠二に襲いかかろうとする。

 バシィッ!!

「ぶげぇっ!」

 その瞬間、細いながらもしなやかな脚が鋭い蹴りを放ち、首球を文字通りに一蹴した。首球は商業ビルのショーウィンドゥに強烈に叩きつけられ、ガラスを破り、その展示台に叩きつけられる。

「あ……」

 目の前に立っている、今、首球を蹴り飛ばした少女に、今度は悠二の方が、少し間の抜けた声を出してしまう。

「あ、ありがとう」

 悠二は、その少女に向かって、少しきまり悪そうにしながら、手を差し出そうとする。

 だが、少女は、

「馴れ合うつもりはないわ」

 と、視線を合わせることもなく、ぶっきらぼうに言った。

『炎髪……灼眼…… “天壌の劫火” ……』

 先程から、悠二の右手から聞こえてくる、声だけの、女性 ── というより、少女の声が、息を呑んだかのような声を発する。

『そう言う、貴様、は……』

 今度は、少女の胸元、宝玉の嵌ったペンダントから、低い男性の声で、驚いたときのようなくぐもった声が聴こえてくる。

『! 悠二、後ろです!』

 悠二の右手の声が、緊迫した声を出す。

 背後に、もう1体の存在。それは美しい女性の姿を模していたが、全体的にどこか無機質な雰囲気を持つ。よくできた人形のようだった。

 悠二に飛びかかろうとしたのを、悠二はスニーカーを履いた踵で炎を爆ぜさせ、右に捻りながら躱す。

「『トライゴン』!」

『いけません、悠二!』

 声が悠二を制するが、今度は悠二の反射的な行動を制することができなかった。悠二が “取り出した” それは、二等辺三角形の錫杖頭に同じ形の遊輪のついた、金色の大杖。

(アステル)よ!」

 悠二は大杖を握り、人形の女性に向けて、しゃりん、と遊輪が鳴ると、その錫杖頭から無数の光弾が迸る。

「ぐはっ、がはぁっ……」

 悠二の放った光弾は、人形の女性の腹部に命中し、そこで炸裂した。2色の炎が絡みつつ、混ざり合うようにして、飛び散って霧散した。

「ぐうぅぅぅぅぅっ……」

 人形の女性は、その胸から下が消し飛んでしまっているにも関わらず、うめき声を上げながら、その場に浮かび上がる。

「ごめん。でも、今、僕の()()を抜き取ろうとしたよね?」

 幾分申し訳無さそうな口調で言いつつも、険しい表情を人形の女性に向けながら、悠二はそう言った。

「中身?」

 悠二をその左側から見る位置で、紅の髪の少女が、反芻するように呟く。

「お前……その “明るすぎる水色” ……バカな……フレイムヘイズ、だと?」

 人形の女性は、悠二を睨んだまま、呻くように言った。

『そうでしょうか? 私も “()()の王” に名を連ねる身。可能性として否定されるものではないでしょう?』

 悠二の手の中 ── 右手の中指に嵌められた、飾り気のない銀色の指輪が、先程から聞こえる少女の声を発して、そう言った。

『待て』

 紅の髪の少女が、悠二に声をかけようとした瞬間、少女のペンダントが声を上げた。

『後ろだ!』

 少女がハッとして振り返ると、そこに、先程ショーウィンドゥに向かって蹴り飛ばした首球が、少女の背後に迫っていた。

「!」

 ヒュッ、と、少女は、振り返ると同時に、こともなげに大太刀で首球を斬り捨てていた。

「ギャアァアァァァ……!!」

 他に音の止まった商業ビル街に、首球の断末魔が響いた。

「こんなことをして……私の御主人様が黙ってないわよ!」

 人形の女性が、恨めしそうに表情を歪ませて、甲高い声を上げる。

 だが、悠二の方は、それに対して動揺は見せない。

「そうだね、できれば本人に出てきてほしいんだけど……これ以上、街を喰い荒らされるのは、見ていられないから」

『こちらも隠れながらの活動ではありますが……私も悠二も、そろそろ我慢の限界に近づいています』

 悠二が、余裕さえありそうな、穏やかな口調で言うと、指輪の少女の声がそれに続いた。

「くっ」

「おっと!」

 胸から上だけになった人形の女性が、急上昇でその場から離脱しようとする。

 悠二は、『トライゴン』を握る方とは反対の左手で、炎の(たま)を放つ。それは一瞬、命中したかのように見えたが、炎に包まれたその中から、何かが飛び出して、上空に吸い込まれるように消えていった。

「今のが本体?」

『そのようです』

 悠二が、その消えていった方を見ながら、少し険しい表情になってそう言うと、指輪の声が短く答えた。

 それから、悠二は視線を下ろし、キョロキョロとあたりを見回した。

 ポツ、ポツと、なにかの残滓のように、ゆらゆらと薄白い炎が、無数に立ち上っている。

「まいったな、他の燐子が吸い上げた分まで、だいぶ持っていかれちゃったな」

『ですが、明らかに今までの燐子とは格が違いました。本人に近づいたかもしれません』

 悠二が、軽く広げた前腕を水平にするような姿勢であたりを見回しながらそう言うと、指輪の声がそう言った。

「それだと良いけど……」

「あれほど高位の燐子を作り出すとすると、かなりの大物が控えていたのは確実ね。 “王” に位する存在かもしれない」

 悠二は指輪の声に向かって言ったつもりだったが、背後から別の少女の声が聞こえてきた。

「えっと……君は……」

「私の姿を見て、そう言った戸惑い方をする “紅世” の関係者は、初めて見たわ」

 どう声をかけようかと戸惑った悠二に対し、少女はそう言った。

「うんまぁ、フレイムヘイズになって日も浅いし、色々と知らないことがまだたくさんあるんだよね」

 悠二は、きまり悪そうに苦笑しながら、そう言った。

「まだ要領も良いとはいえないし、今回の燐子の(あるじ)も、なかなか本人を引っ張り出せないでいるし……」

『悠二の未熟さだけが原因ではありません。あまり派手な所業をして、他の “徒” やフレイムヘイズを呼び寄せたくなかったというのが最大の理由です。ですから、地道に枝葉を枯らしていくことしかできなかったのです』

 どこか申し訳無さそうに言う悠二に対し、反論するように指輪の声が主張する。

『そうであろうな』

 ゆっくりとした口調で、少女のペンダントの声が言う。

『やはり、この状況で貴方から正体を隠し通すのは無理でしたか、 “天壌の劫火”』

 指輪の声が、どこか諦めたような口調で言う。

『何を企んでいる。答えてもらうぞ』

『……良いでしょう、その結果、お互いのフレイムヘイズが相容れなかったとしても ──』

「僕はこう言う形で争いたくないんだけどなぁ……」

 ペンダントの圧迫するかのような口調の声に対し、指輪の声が応えるが、悠二は、それに続いて、苦笑しながら困ったように言う。

「ここまで闘争心のないフレイムヘイズも珍しいわね……」

「そう……なのかな?」

 少女がニュートラルな表情でそう言うと、悠二は困惑気な苦笑のままそう言った。

『フレイムヘイズのすべてが、単純な復讐者とは限りませんよ、 “炎髪灼眼の討ち手”』

 指輪の声が、そう言った。

『話を続ける前に、悠二、封絶が解けます』

「え……あ、ああ、そっか」

 指輪の声に、悠二が我に返ったように姿勢を起こすようにする。それから、『トライゴン』を両手で握って、掲げるようにする。『トライゴン』の錫杖頭から、 “明るすぎる水色” の炎が陽炎のように立ち上る。

 燐子、と呼ばれた存在と、2人とが暴れまわって、メチャクチャになっていた街並みが、何もなかったように、元の姿に戻る。

 それに、炎となって吸い上げられていった人間も、その見た目だけは、もとのあった場所に再生する。

「それから……っと」

『悠二……何度も言うようですが、これは目立ちます。もし、[()()(・マ)()()]の目についたら』

 指輪の声が、どこか諦観混じりの声で、言うだけ、といった感じで言う。

「解ってるよ……でも、これだけは譲れない」

 悠二はそう言うと、『トライゴン』を掲げていた両手のうち、左手を放して、胸を押さえる。

 『トライゴン』の錫杖頭から立ち上る “明るすぎる水色” の炎が、一瞬激しい炎になったかと思うと、それが無数の筋となって、()()()()()蘇った人々に、降り注いだ。

「な!? こいつ」

 どこか感情に乏しそうだった少女が、目を見開いて驚愕の声を上げる。

『“存在の力” を、トーチに分け与えただと……!?』

 ペンダントの声も、驚愕したような言葉を発した。

「これで良し、と」

 悠二がそう言って、『トライゴン』を掲げる姿勢を緩める。『トライゴン』はどこへともなく姿を消す。と同時に、日本人離れ、と言うより、人間離れしていた髪と瞳の色が、髪にやや栗色がかっているが、自然なものにかわる。その姿は、顔立ちは整っていると言って良いものの、概ね平凡と言って良いネィティブジャパニーズの少年の姿だった。

 それと同じように、少女も黒衣の中にその大太刀を納めるように姿を消させ、さらにその黒衣もどこかに隠すように姿を消した。少女の髪と瞳も、東アジア人として何の変哲もない黒に変わる。

 それにタイミングを合わせたように、あたりを覆っていた歪な空間が開放され、外れた世界は元の位置に戻る。

 人々は、何事もなかったかのようにそれぞれの()()を続けていく。

『さて、話を聞かせてもらおうか、今の行為も含めて』

 少女のペンダントの声が、そう言った。

「知り合いなの? 2人とも」

 悠二は、右手の甲から、中指に嵌められた指輪に訊ねる。

『知ってはいますが知り合いではありません。 “天壌の劫火” アラストール。 “紅世の徒” の間では有名な「同胞殺し」です。あるいは「天罰狂い」とも言われていますね』

 指輪の声が悠二に向かって、どこか不機嫌そうに答えた。

『言い種だな。今は貴様もこちらの側だろう』

 “天壌の劫火” アラストール、と呼ばれたペンダントの声が、どこか呆れたように言う。

『それとも、やはり何か企みがあるのか? そもそも何故、[仮装舞踏会]が(トリ)()(ティ)の巫女が、フレイムヘイズの “内なる王” になっている? “頂の(くら)”ヘカテー』

 さらに、疑念混じりという感じでそう問いかけるように言ってきた。

『そうですね、言わせてもらうなら、おそらく、私はすでに[仮装舞踏会]の三柱臣ではないでしょう』

 “頂の座”ヘカテー、と呼ばれた指輪の声が、淡々と、どこかあっさりそう言った。

『おそらく……その言い方、本当に[仮装舞踏会]を裏切ったというのか、 “頂の座”』

『結果論ではありますが、そう言うことになりますね』

『にわかには信じられぬな』

『貴方に信じて貰う必要はありません、 “天壌の劫火”』

 ヘカテーとアラストールが、声だけの応酬を続ける。

『ひとつ言わせてもらうなら、私が離反したのはあくまでも[仮装舞踏会]という “組織” だということです』

 ヘカテーが、改めてという感じではっきりと言った。

『“祭礼の蛇” に対する忠誠心は失っていない、と? それこそ矛盾ではないか』

『それは、今のところは、というあたりでしょうか。ただ、今の私は人を喰わない、人を喰らう “徒” の敵である、たとえそれが[仮装舞踏会]であっても例外ではない、それが事実です』

『むぅ…………』

 ヘカテーの答えに、アラストールは、満足はしていないが、それ以上の問いかけはできない、といった感じで、くぐもった声を出した。だが、すぐに、

『ならば、先程の貴様達の行為はどう説明する?』

 と、新たに問いかけ直す。

『この街のトーチが、トーチらしからず燃え盛っているのは、貴様が原因だろう、フレイムヘイズにとっても、自身の “存在の力” を他者に分け与えるなど、自殺行為だ』

 アラストールは追求する口調でそう言った。

『あれは私もさんざんやめろと言っているのですが、悠二が聞かないのです』

「おいおい、ヘカテー」

 どこか呆れたような、諦めたようなヘカテーの声に、悠二は口元で苦笑しつつも眉間を寄せた表情で、指輪に視線を向けて言う。

『……ですが、もちろん何の策もなくやっているわけではありません。悠二の “存在の力” が尽きることはありません』

『そんな事が ──── いや、まさか』

 アラストールは微かに呆れたように言いかけて、ある事実に行きついたように、驚いたような声を出す。

「どうしたの? アラストール」

 少女の方が、アラストールの驚いた様子に、ペンダントに向かって問いかける。

「ヘカテー、それは……」

『いえ、 “天壌の劫火” 相手なら、()()()()は隠さなくても大丈夫です』

 一方の悠二も、急に表情を険しくしたが、ヘカテーは淡々とした口調で言った。

 悠二は、無意識に左手で胸を抑えている。

『「零時迷子」 ── ミステス、トーチでもない生身の人間が、宝具を内包していると?』

 少女の問いかけには直接答えず、アラストールはヘカテーと悠二に問い質す。

「そんな事が可能なの?」

 少女が、(まる)くした目で悠二の顔を見た後、アラストールに問いかける。

『理論上はな……もともと「零時迷子」自体、 “エンゲージリンク” の片割れたる人間が、 “紅世の王” と、共に在るために創り上げたものだ』

 少女の言葉に、アラストールが答えた。

『なるほど、それなら理解が行く…… 「零時迷子」の行方は[仮装舞踏会]が追っていた物だ。持ち去られるのを阻止したか』

『失礼なことを言いますね』

 アラストールが感心したような声で言ったのに対して、ヘカテーは少し機嫌を損ねたような声を出す。

「でもさ、それだったら僕だけを攫うなり何なりしても良かっただろ? ヘカテーは、僕や、僕の両親も護ってくれたし、護ろうとしてくれた」

『悠二……ま、まぁそう言うことです。私たちはお互いの信頼で契約している。それは他のフレイムヘイズと変わるものではありません』

 悠二が言うと、ヘカテーは、言いにくかったことを言われた形で少し決まり悪そうにしながら、そう言った。

『ならば我らも暫く、この街に滞在させてもらうとしよう』

「あー……やっぱり信用できない?」

 アラストールの言葉に、悠二が苦笑しながらそう言った。

「別にお前を見張るためだけじゃないわ」

 少女が言う。

「この街は、誰か、それもかなり大物の “紅世の徒” が根城にしている。私たちは、もともとそいつを討滅するためにやってきたのよ」

「ごめん……頼りなくて……」

『悠二』

 少女に言われて、反射的に謙遜してしまう悠二に対し、ヘカテーが咎めるような声を出した。

「さっきも言ったけど、とにかく隠れ潜むのが上手くてさ……そもそも、いつの間に入り込んだのか……」

『何らかの意図があって、この街に執着しているのだと思いますが、燐子を使って “存在の力” を集めさせるばかりで、本人は正面切って仕掛けて来ないのです』

 悠二が、苦笑から険しい表情になって、あたりを見回す仕種をしつつ言う。すると、ヘカテーがそれに続いた。

「そう言う意味では、たしかに、僕より経験のあるフレイムヘイズがいてくれると、僕としても助かる ── けど」

「けど?」

 悠二が表情を緩め、友好的な様子で話しかけるが、語尾についた一言に、少女がそれを反芻するように問い返す。

『トーチのことだな』

 アラストールが言った。

「うん……99を助けるために、1を犠牲にしなければならないことがある、それはわかっているけど……少なくとも、この街、僕の手の届く範囲では、それをやらないで欲しいんだ」

 悠二は、困ったような顔をしながら、一度うつむきがちになり、顔を上げ直して、そう言った。

「お前はバカなの?」

 少女は、ただただ、悠二のほうが常識外れのことを言っている、という様子で、端的にそう言った。

「トーチにされた人間はもう死んでいる。 “存在の力” を補充したところで、それがトーチであることに変わりはないのよ」

「それは理解しているつもりだよ! でも、ただ誰の記憶からも消え去って、消えていくなんてあんまりじゃないか」

 悠二は、困惑げにしつつ、腕を広げる姿勢でそう言った。

『それに、そうとも限りません』

 割って入るように、ヘカテーが言う。

『確かにトーチは生身の人間ではないかもしれません。ですが、その本質は生前のそれがあって初めて存在するものです。それに、喰われたのは存在の力、なのですから、それと同等の “存在の力” を保持するトーチは、生身と変わらないか、それよりほんの少しだけ短い時間、存在し続けます。そうしたトーチが消える時、少なからず矛盾を残すことになるでしょう。悉く存在を忘れ去られるということはないはずです』

「ヘカテー……」

 悠二は、右手の指輪に視線を落とし、自分に代わって反証した “内なる王” の名前を呼ぶ。

『まぁ、ここは相手の言い分を聞いておくとしよう』

「アラストール?」

 自分の “内なる王” に制され、少女は意外そうな言葉を出した。

『今は、そのことは些事と受け入れておけ。それより、 “頂の座” にはまだ何か企みがあるとも知れんからな。傍で見張らせてもらうとしよう』

『悠二との約束が守れるというのでしたら、お好きなようになさってください』

 アラストールが猜疑心を含んだ声で言うと、ヘカテーはあっさりとそう言った。

「ごめん……ちょっとキツイ言い方しちゃったけど……僕としても、君みたいな女の子と敵同士にはなりたくないし」

 悠二も苦笑しつつそう言ってから、真摯な表情になって、少女を見る。

「別に……さっき言ったとおり、私は馴れ合うつもりはないわ。ただ、お前を見張る、それだけよ」

 少女は、悠二から視線をそらして、そう言った。

『悠二、そろそろ帰りましょう。千草が待ちくたびれてしまいます』

「え? まだそんなに遅い時間じゃないと思うけど……って、あれ?」

 悠二は気づかず、少女やアラストールと話していたが、先程まで鮮やかな紅に染まっていた街並みは、すでに地平線の向こうに陽は沈み、薄明かりが残っているだけだった。

「ごめん、もう少し話したかったんだけど、これ以上長居ができなくて……良ければ、また改めて話、しよう」

「私から、特に話すことはないわ」

 悠二は申し訳無さそうに言うが、少女はそっけなく言うだけだった。

『ただ、 “頂の座” には気を許すな。何かを企んでいる』

 アラストールが、悠二に告げる。

「ヘカテーは……そんなのじゃないよ」

『何をくだらないことを言っていますか、悠二。帰るといったでしょう?』

 少し拗ねたのか、ヘカテーは棘のある言い方をする。

「わかったよって」

 悠二は、そう言って踵を返しつつ、一瞬、少女を振り返った。

「それじゃあ、またね」

 

 その日、その時、私の “日常” は、

 歪に砕けて、形を変えた。

 

 水色から碧へと変え、星々が煌めきを見せつけようとする空の下、

 少女は少年と出会った ────

 

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