「何やってんのよ、2人とも」
悠二が軽く天を仰いでいると、その背後からハスキーな女性の声がかけられた。
「緒方さん」
悠二が手を下ろしながら反射的に振り返ると、先程近藤に対してシャナを真っ先に煽った1人、緒方真竹が、ボーイッシュな中にも愛嬌のある、快活そうな笑顔で立っていた。
それに、やはり明るく笑っているゆかりと、恥ずかしそうにもじもじとした様子の一美も、真竹の背後にいる。
3人共、弁当包みを手に持っている。いずれも買い物袋の類ではなく、弁当箱の形がはっきりと解る布包みで、出来合いのものではない事が解る。
「みんなお弁当手作りなんだ。偉いな……」
「坂井くんは?」
悠二の感心したような声に、真竹が訊き返す。
「あ……うん、自分で作れば節約にはなると思うんだけどね」
悠二は、一瞬気まずそうな顔でミニエコバックを見てから、苦笑気味に笑って言い、頭越しにミニエコバッグを後ろにぶら下げる姿勢になる。
「ああ、一美とゆかりはね~……──」
「緒方さん!!」
真竹が、妙に思わせぶりな言葉遣いで、まるでそうすると解っているかのようにゆっくりと言い始めると、一美が顔を少し紅らめつつ、慌てて真竹の言葉を遮るように声を上げた。
真竹は、悪びれているんだかいないんだかという様子の苦笑で、身体ごと一美とゆかりの方を向く。
一美とは対象的に、ゆかりは妙に余裕気に腕組みをした様子で、
「だいたいそう言うオガちゃんも……──」
「わーっ! わーっ! わーっ!!」
ゆかりがすました顔で言いかけると、今度は真竹が、浅く日焼けした顔でも解るぐらい赤面しながら、声を上げてゆかりの言葉を遮る。
ゆかりは、真竹を見ながら悪戯っぽく笑ってウィンクした。
「?」
真竹達が何を言い合っているのか、悠二は察することができず、ただ苦笑交じりに薄く笑っていた。
「あ、そうそう、これ、可愛いでしょ、近衛さん」
ゆかりが、コロッと表情を変えて、腕組みをほどきながら、悠二の背後の方、シャナの背後に移動し、そう言った。
「へへ、あたし達でやったんだ」
ゆかりの動きを追ってシャナの方を振り返った悠二に、斜め背後から真竹がやはり、ニカッと笑いながら言う。
「へぇ……」
悠二は、素直に感心したように声を出す。
「……ほら、一美! 近衛さんに言いたいことがあるんでしょ?」
真竹と笑い合っていたゆかりは、今度は軽くムッとしたような表情になると、シャナや悠二達から見て反対側にいる真竹の背中に隠れがちな一美に、ゆかりはシャナの机から身を乗り出すような姿勢で声を上げる。
「う、うん……」
ゆかりにハッパをかけられ、一美はおずおずと、シャナの机の傍に寄ってくる。
「あ、あの…… 近衛さん、さっきの授業、あ、ありがとう」
一美は、俯きがちな様子でそう言って、シャナに向かって軽く頭を下げた。
シャナは、ちらっ、とだけ、一美を見る。
「…………別に、私は私の邪魔をするやつを片付けただけだし、それに ──」
そこまで言うと、シャナは視線で悠二を指す。
「お前を運んだのは、コイツでしょ?」
「そ、そうだけど……」
シャナの、静かなようではっきりと聞こえる声での物言いに、一美は怖気づいたように萎縮しかけてしまう。
「ば、バカ」
その様子に、悠二が荒い声を上げる。
「せっかくお礼を言っているんだから、『どういたしまして』ぐらい言えよ!」
「まぁまぁまぁまぁ、お2人さん、痴話喧嘩はその程度にしておいて」
悠二が興奮した様子で声を荒げると、真竹が、まるで先程の松野のように、C調な物言いで手を振りながら、悠二のシャナの間に割って入る。
「痴話喧嘩じゃないって」
悠二は、少し困ったような表情で、真竹に言い返す。
「でさ、近衛さん、私達と一緒にお弁当食べようよ」
シャナは、明るい笑顔でシャナに向かって言う。
「…………、好きにすれば」
シャナは、ちらりと真竹を見て、どこか煩わしそうに、ぶっきらぼうな口調で答えた。
「もう少し言葉があるだろ!」
シャナのそっけない態度に、悠二は反射的に、声を荒げてしまう。
言ってしまってから、悠二は、はっとなって右手で口元を押さえた。視線を向けると、ゆかりと真竹が、ニヤニヤと笑っている。
一美は、そのゆかりの後ろで、少し気落ちしたように視線を伏せていたが、悠二にはそれは認識されなかった。
『相変わらず甲斐性なしですねー……』
右手を顔に近づけたことで、他の生徒には聞こえない程度の大きさの声のヘカテーのつぶやきも、悠二には聞き取れた。
── ヘカテーまで言わなくたって……
悠二が口元に手を当てたまま、そう思っている間にも、真竹やゆかりが、傍の机をシャナの周囲へ集めてくる。
「坂井くんも一緒に、いいよね?」
ゆかりが、好奇心旺盛そうにそう言う。
「え? ああ、うん……僕もこれからだし」
悠二はそう言うが、一拍置いてから、
「坂井ー、自分だけ好い目見ようってのはないよなー」
と、悠二の肩に腕をかけながら、そう声をかけてきた。
「なっ……池……」
悠二が驚きながら振り向くと、そこには速人の他に、啓作や栄大も立っていた。
「緒方さん、平井さん、俺達も坂井と一緒に、良いかな?」
速人がそう持ちかけると、それまで、悠二に対してどこかからかい混じりだった様子の真竹とゆかりも、どこか照れたように、少しもじもじした様子になる。
「えっ、あっ……」
「良いんじゃない? ねぇ、一美?」
真竹は一瞬、言葉に詰まり、ゆかりは話を逸らすように一美に同意を求める。
「う、うん、私は別に……」
「……?」
急に歯切れが悪くなった真竹とゆかりの様子に、悠二は不思議そうな視線を向ける。
その右手で、ヘカテーが悠二にも聞こえない程度に、しかし重くため息をついた。
机が並べられてほぼ正方形のテーブル状になり、それぞれの辺に、悠二とシャナ、真竹とゆかり、一美と速人、啓介と栄大が着く。
女子がシャナを除いて全員手作り弁当なのに対し、男子は悠二も含めて、コンビニや購買部のパン、おにぎり、弁当と言った出来合いばかりだ。
「ねね、近衛さんって、中学の時、何かスポーツでもやってたの?」
真竹が、好奇心旺盛そうな表情をシャナに向けて、弾むような声で問いかける。
「確かに……あの蹴りは凄まじかったな」
栄太が、顎を手で支える姿勢で、少し考え込むようなポーズをつけつつ、そう言った。
「そんな事があったんだ」
その場にいなかった3人のうちの1人であるゆかりが、どこかキョトン、とした表情で、キョロキョロとするように、シャナと真竹の顔を交互に見る。
「ああ、あれはかなりの威力だったぜ」
「そうだな」
啓作が肯定の言葉を出すと、ゆかりの視線が啓作の顔を向いて止まる。さらに続けて、速人が同意の声を出した。
「けど、すごいって言やぁ、坂井も相当なものだったな」
「ああ」
啓作が言うと、栄大が同意して頷く。
「むぐっ!」
シャナを呆れたようにチラチラ見つつ、コンビニおにぎりをぱくついていた悠二だったが、突然啓作に言われて、喉が詰まったかのようにくぐもった声を出す。
「坂井くん、大丈夫?」
机の角を挟んでシャナと反対側に座っていたゆかりが、驚いたような声を出しつつ、はっと気づいたように、悠二のココアをその手に持たせようとする。
「近藤のやつ、完全に坂井にビビり入ってたしな」
「俺は坂井のことを、そう言うように記憶していない……と思うんだがな」
啓作が言うと、速人は少し怪訝そうな顔になって、視線を伏せがちにしながら、呟くように言ってから、
「でも、俺は塾とかが多くて、四六時中一緒にいたわけでもないしな。俺が知らないだけで、やっぱり何か、格闘技でもやってるのか?」
と言い、視線を上げて、真剣そうな表情を悠二に向ける。
「べ、別に……特に何もやってないよ」
悠二は、少し焦った様子で、誤魔化すような口調で気まずそうに言う。
「はー、何もやってなくてもあんな凄みができるもんなんだなぁ、田中?」
「そうだな」
啓作は、感心したように言いつつも、どこかにやけた表情で、田中と顔を合わせる。
「?」
悠二は最初、啓作達の意図を掴みかねて、キョトン、としていた。すると、啓作と田中の視線が、一美に向く。
「そうそう、凄かったもんねー、いきなり一美を軽々と “お姫様抱っこ” してさ」
真竹が、啓作の言葉を継ぐかのように、しかしその意図はあまり気づいた様子ではなく、悠二を見て興奮気味にそう言った。
一方、名前を挙げられた一美は、顔を伏せがちにして縮こまってしまう。
悠二はそれを見て、2人の意図を理解して、そして慌てるように声を上げた。
「って、そんなのじゃないって!」
「別にまだ何も言ってないぞー坂井ー」
声を上げる悠二に対し、栄大は惚けるような、間延びした口調でそう言った。
一美は縮こまったまま、気恥ずかしから逃れるように、弁当の中身を口に運ぶ。と言っても、勢いよくかきこむわけではなく、顔をうつむかせた状態でちょびちょびと箸で運んでいる程度だが。
それを見ていた啓作が、軽くため息をつく。
「しっかし……池から聞いちゃいたが、本当に鈍いのな、坂井」
「そ、それってどういう意味?」
啓作が呆れて言うと、悠二は、ムッとしたように、軽く口を尖らせる。
ガタッ
悠二と啓作が言い合いになりかけたと思ったところで、シャナが突然、椅子から立ち上がった。
「近衛さん?」
「なんでもない! トイレ!!」
真竹が訊ねるが、シャナは、視線も向けずにぶっきらぼうにそう言って、ヅカヅカと歩いて教室から出て行ってしまう。
「私達……悪い事しちゃったかな……」
ゆかりが、少し気落ちした様子で言う。
「いや……そんなことはないと思うけど……」
速人がフォローするように言う。
追いかけて立ち上がりかけた悠二だが、結局それはせず、右手を耳に近づけ、囁く。
「なにか……気に障ることしちゃったかな」
『他の女性には呆れるほどしていますが、 “炎髪灼眼” が怒る要素はなかったと思います』
ヘカテーがそう答えると、悠二は右手中指の『ニーベルンゲン』を手の甲の方から凝視した。
「解らない! 解らない!! アイツ等が一体何をしたいのか解らない!!」
屋上。
創作では生徒の憩いの場になっていたりする場所だが、実際には東京23区内や大阪市内の一部などの超過密エリアを除けば、多くの教育施設は、安全のために閉鎖している。御崎高校は、そのセオリーの方だった。
だが、シャナにとっては、最上階の窓からそこへ飛び上がることは、造作もない事だった。
『……………………』
シャナに同意するかのように、最初は沈黙していたアラストールだったが、
『…………くっ……』
と、失笑するかのように、『コキュートス』から声を漏らす。
『くっ、くっくっ……』
「何よ!?」
シャナは、半ば自覚のないまま激昂したように、アラストールに対して声を荒げる。
『おおよそ近代以降、思春期の男女というものはああ言うものだ。結果ではなく、その経過が楽しいのだな』
「どういう、意味!?」
『つまり、アレ等はお前が久しぶりに、マトモに接した人間だということだ』
憤るかのように興奮した様子のままのシャナに対し、アラストールははっきりとしつつも、妙に楽しそうな口調でそう言った。
「でも、アイツだって……──」
『ふむ』
シャナが言いかけて、そのまま言い淀んだ言葉に、アラストールが少し考え込むような声を出す。
『“頂の座” は、古くから “この世” にいる “王” ではあるが ──── 伝え聞くところでは、「星ばかり見ている巫女」と呼ばれていたが……そうだな、それ故に染まってしまったのかも知れぬな。精神的にもあの者を支える立場であろうし』
「でも……だからと言ったって、私まで……迷惑、そう、迷惑よ!」
アラストールの言葉を否定まではしないものの、シャナは、己の抱くもどかしさを振り払うように、突いて出た言葉自身で強く肯定するように、反芻する。
『ならば立ち入らなければ良い……と、言いたいところだがな、現在の状況では、どうあっても邪推を招くであろうな』
「そんなこと言われたって……だいたい、アイツはフレイムヘイズなんだから! 吉田一美がどう思おうが、関係のない存在なのよ! それなのに…… どうして……」
シャナは、途中まで激しくアラストールに言い返していたが、徐々に、ムキになったままながらも、独り言を言うような言い回しになってくる。
『周囲はそう認識していないのだから、仕方あるまい』
アラストールは、まず淡々とそう言ってから、
『もっとも、事実が必ずしもそうとは限るまい。あやつが内包している「零時迷子」、あれを使えば、相手をトーチ化して永劫共に有ることも可能だ』
と、少し抑揚を上げてそう言った。
「っ…………」
アラストールが言うと、シャナは一瞬、言葉を失い、息を呑むようにした。
『もっとも、現状トーチではない “生身の人間” を、そうすることなど、あやつのぞみはしないと思うがな』
「そ、そうよ!」
彼にしては珍しく、芝居がかった口調で言うアラストールの言葉に、シャナはすがりつくように声を出す。
『くく……くっくっ……』
だが、アラストールはさらに、どうにも殺しきれないかのように笑い声を出す。
「な、何がおかしいのよ!?」
『いや、何。それではお前があやつ、 “頂の座” のフレイムヘイズに懸想しているようではないか』
「なっ!?」
アラストールに指摘され、シャナは一瞬、眉は険しいままながら言葉を失ってしまう。
「そんなはずないじゃない! アイツは敵、 ……って言うほどじゃないけど……」
『でも、こんなやり方は認めない! 僕は! 絶対に!!』
そう言いかけた時、シャナの脳裏に、前日、悠二が怒りの表情で叩きつけた言葉が、フラッシュバックする。
復讐者でも、自分のようにそれを使命として生きるのとも違う、しかし、フレイムヘイズとして確固たる信念を貫こうとする、その態度。
「アイツは……邪魔者、そう、邪魔者よ!」
シャナは、それを振り払うかのように、険しい表情で声を荒げた。
『…………』
アラストールが、さらに言葉を続けることはなかった。