蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第12話

 ── シャナは……まだ戻ってこないか。

 昼休みが終了する、その予鈴がなるわずかに前、集めていた机を元に戻したところで、悠二は、自身の席の椅子に座った状態で、教室の後ろの方を廊下側の方から振り返って、眺め回した。

「坂井君」

 そこへ、悠二の隣の、自分の席で椅子に座っていたゆかりが、身を乗り出すようにして、声をかけてきた。

 悠二は、「あ、何?」といった感じで返事しようとしたが、ゆかりに視線を向けたところで、その言葉が詰まってしまった。

 ── えっ……?

 ゆかりに、なにか、靄のような、薄いカーテンのような、薄白いそんなものが、囲んでいるかの様に見えた。それが実体のものであれば、ゆかり自身や周囲の生徒が、こんな不自然なものに気付かないはずがない。

 ── ってことは……

 悠二は、トーチの炎が見える様に意識を強くする。ゆかりの胸元あたりに、トーチの炎が浮かび上がる。

 すると、トーチとしてのゆかりを覆うカーテンのようなものが、なにかの自在式の模様を描いている様に見えた。しかもそれだけではなく、以前から気にかかっていた()()()()()()が、その頻度が上がっているように感じられた。

 ── これは……?

「坂井君ってば」

「え、あ、うん、ごめん平井さん、何?」

 少し強めのゆかりの声で、悠二は我に返り、はっとしたように、少し緊張してしまっていた表情を施すようにしながら、訊き返す。

「何って程の事じゃないけど……ごめんね、さっきから変なこと言っちゃって。近衛さんも何か怒ってたみたいだし、坂井君と喧嘩にでもなっちゃったら悪いかな、と思って」

 ゆかりは、そこまでは申し訳なさそうに言った。

「あ、ああ、別にそんなのは気にしなくても大丈夫だよ、いつもあんな感じだから、僕とシャ……近衛さんは」

 その内容に、悠二は、無意識に少し安堵してしまいながら、苦笑交じりにゆかりにそう答える。

「ふーん……そっか」

 ゆかりは、表情をニュートラルにしつつ、そう呟くにそう言いながら、ちらり、と一旦一美の方を見た。

 一美の方は、ゆかりの視線に気付き、さっと視線を教壇の方に向けて逸した。

「はぁ……」

「? どうかしたの?」

 思わせぶりにため息をつくゆかりに対し、悠二は少し不思議そうに、キョトン、とした表情でゆかりを見る。

「そう言う事なら……それじゃあさ、今日の放課後、ちょっと私に付き合ってくれる?」

 ゆかりは、言いつつ、苦笑したようになりつつ、好奇心旺盛そうな視線を悠二に向けた。

「え、放課後……?」

 悠二は、反射的に言葉でそう答えつつ、思考を巡らせる。

 ──まずいな。下手に僕だけシャナから離れて行動していると、フリアグネが狙ってくる可能性が高い……

 少し表情が引きつってしまったのは、悠二自身も自覚していた。

「付き合う、って、どこかへ行くってこと?」

「あー…………ううん、ちょっといろいろと話したいことがあるってだけだよ」

 悠二が問い返すと、ゆかりは少し逡巡するようにしてから、軽く首を左右に振って、そう言った。

 ──人が密集している場所じゃないなら……平井さんはもう、トーチだし……仮にその時襲われても、フォローはしやすい……変に、池達といるより安全か。

「それじゃあ、少し開けたところでもいいかな?」

 考えて、悠二は提案した。

「うーん…………少しアレだけど、良いや。それなら御崎大橋の近くで良い?」

 ゆかりは一旦天井に視線を向けて逡巡してから、逆にそう提案した。

「そのあたりの河川敷でも良いかな?」

「おっけー。すっぽかさないでよね」

 悠二が更に条件をつけると、ゆかりは軽い口調でそう言って、次の授業の準備に取り掛かる。

「ヘカテー」

 一方、悠二は、それまで取り繕っていた表情を、怪訝そうに険しくし、右手を耳元に近づけ、小声で訊ねる。

「気付いた?」

『はい、見えています』

 ヘカテーの返事が、『ニーベルンゲン』から発される。

「これ、どういうことだろう? 今朝までは、あんな現象なかったのに。どう思う?」

 悠二の問いかける言葉に対し、ヘカテーの返事の言葉は、深刻さを感じさせる低く重い声になる。

『複数のトーチが共振している、という時点で、嫌な予感がしていましたが、明らかに “狩人” の干渉を受けているということで、はっきりしました』

「え?」

 悠二は、驚いた声を短く出して、右手の掌の方から『ニーベルンゲン』に視線を向ける。

「それって、フリアグネが何をしようとしているか、ってこと?」

『はい。おそらく “狩人” がやろうとしているのは ────』

 ヘカテーの言葉を遮るかのように、5時限目始業のチャイムが鳴る。しかし、悠二はヘカテーの言葉をしっかりと聞いていた。

『──── 「都喰らい」です』

 

 

 その日の放課後。

 6時限目後のSHR(ショートホームルーム)が終わったばかりで、まだ、特に予定もない過半の生徒が、教室内で友人達と談話したり、この後の予定を話し合っていたりする。

 一美は、誰かを探しているかのように、教室内をキョロキョロと見回した後、教室の前側の扉に移動し、そこから今度は廊下を見渡そうとする。

「吉田さん」

 その姿に気づいた速人が、一美に声をかけた。

 一美は、彼女にとっては突然のことだったので、声は出さずに少し驚いてから、振り返った。

「池くん……」

「ごめん、誰かを探しているみたいだったからさ」

 速人は、まず謝ってから、そう問いかけた。

「もしかして、近衛さんを?」

 速人は、一美が昼休みの時のことを気にしているのだと思い、問いかけるように言うが、

「えっと、そうじゃなくて……」

 と、一美は、困惑げな表情でそう言う。

 そして、一美は、速人の目から気まずそうに視線を逸してしまう。

「その、坂井君を……」

 振り絞るかのようにしつつも、か細い声でそう言った。

「坂井……」

 それを聞き、速人もまた、気まずそうな表情になってしまう。

「………坂井なら、さっき、平井さんが引っ張っていったよ」

 少し躊躇したが、眉を少し寄せつつ、答えた。

「…………ゆかりちゃんが……」

 一美は、反芻するかのようにそう呟くと、一瞬おいて、かぁっ、と顔を紅くした。

「ゆ、ゆかりちゃんってば!」

 慌てたようにそう言って、踵を返し、小走りに教室を離れようとする。

「あ、ま、待って、吉田さん」

 速人は、驚いたように声を出して、一美を追おうとした。

 

 

『「都喰らい」は、本来であれば “この世” の()()の緩衝材であるトーチを、大量に一斉に分解することで、周囲のほぼすべての存在を巻き込み、高純度の力の塊を作りだす秘法です』

 ヘカテーから聞かされたその内容は、恐るべきものだった。

「ほぼ全て……って?」

『大量のトーチを一斉に分解することで、都市に大量の矛盾を生み出し、巨大な “理” の()()を発生させたのです。その歪みは、高波の様に都市を飲み込んで、人間はもちろん、動物、植物、果ては建物といった無機物までもを、 “存在の力” へと変えたのです』

 ヘカテーの説明に、悠二は、戦慄した様子で、ゴクリ、と、喉を鳴らした。

「それを、フリアグネが、この御崎市に?」

『はい』

 悠二が問い返すと、ヘカテーは短く淡々と、しかしそれが緊迫感を感じさせる返事をした。

『「都喰らい」は、かつて大陸の西方で “棺の織手” と呼ばれる “王” が編み出した法です』

「ちょっと待って、 “棺の織手” って、確か前に、ヘカテーが言ってた……」

『はい。かつて、現在の[()()(・マ)()()]に匹敵、あるいは上回る規模を誇った “紅世の徒” の組織、[とむ(トーテ)らい(ン・グ)の鐘(ロッケ)]の盟主です』

「そんな “王” が……」

『説明を続けますね』

「あ、うん」

 ヘカテーに言われ、悠二は、緊張したまま、促すように答えた。

『“棺の織手” は、まず都市の人口の1割程を喰らって、トーチにし、そのトーチに「鍵の糸」という仕掛けをしました』

「『鍵の糸』」

 悠二は、問い返すように、ヘカテーのその言葉を鸚鵡返しにする。

『これは、作り出した大量のトーチを、遠隔で一斉に分解するための自在法でした』

「それを使って、一瞬でトーチを分解して、都市に大きな矛盾を作り出した……」

『その通りです』

「それを僕は、『零時迷子』の影響でそれを見ることができる……でも、()って言う感じじゃなかったけど……」

 悠二は、少し怪訝そうに、呟くようにそう言った。

『そのことですが、 “棺の織手” による「都喰らい」は、あまりに一気に人間を消し去ってしまったため、大量のフレイムヘイズを生み出し、[とむらいの鐘]との大規模な衝突を起こしました。それ以降、フレイムヘイズと “紅世の徒” との、戦いが、本格化していったのです。その為、 “紅世の徒” の方でも、それは禁忌とされたのです』

「つまり、その手段である “鍵の糸” の自在式も失われている……だから、フリアグネが使っているのは “鍵の糸” そのものではないってことか」

『そうです。それに、最初に見えたトーチの共振に関しては、 ──── その、悠二が作り出したトーチにも起きていたため、仮説が多すぎて特定することができなかったのです。「零時迷子」の影響下で、トーチを見るのは私には初めてのことでしたから。おそらく、 “天壌の劫火” もそうでしょう』

「だけど、さっきになって、フリアグネがトーチに干渉する自在式が見えたから、その答えに行き着いたってことか……──!」

 悠二は、戦慄のあまり何度も息を呑むように、しながら、低い声で言う。

『はい。 “トーチの共振” が、 “狩人” の干渉によるものだということが、ほぼ断定できましたから。おそらくは彼の、コレクションの宝具を使い、それを再現できるに足る方法を編み出したのでしょう』

 ヘカテーも、それを肯定する言葉を、淡々と、しかし彼女にしては低く重いトーンでそう言い切る。

「それでこれまで、自分は表に出ないで、燐子を使ってトーチを作り出させてたってことなんだな……」

『おそらくそうでしょう』

「でも、それで、今の時点でフリアグネは、どれほどのトーチを用意したんだろう」

『そのことなのですが……悠二、言いにくいことなのですが』

 それまで淡々と答えてきたヘカテーが、躊躇うように言葉を濁した。

「ヘカテー?」

『……数の上ではそれほど用意できてはいないはずです。私達が妨害していましたから。ただ……──』

「ただ、って……あっ!!」

 悠二は一瞬、ヘカテーの言葉を鸚鵡返ししようとして、すぐにその言葉の先の意味に気が付き、思わず声を上げてしまっていた。

『はい、私達がトーチに “存在の力” を補充してしまったため、少ない数のトーチでも大きな矛盾が生まれ、「都喰らい」を発動させるに足る可能性があります』

 ──……母さんも……池も、佐藤や田中達も、この街に住むすべての人が、物が……御崎市が、すべて、フリアグネに喰われる…………?

 悠二はその事実に、血の気の失せた表情で、愕然としてしまっていた。

『ですが、まだしばらくの猶予はあるでしょう』

「え、そうなの?」

 ヘカテーの言葉に、悠二は、意外そうにしつつも縋るように聞き返していた。

『以前説明したように、 “狩人” は、その本質として宝具を収集する事に執着心を持っています。偏執と言っていいでしょう。「都喰らい」に巻き込まれれば、フレイムヘイズもひとたまりもありません。なので……』

「そうか、『零時迷子』……」

 悠二は呟き、無意識に左手で、自身の胸を押さえていた。

『まだ、それが何であるかまでは気付いていないようですが、みすみす破壊されることは避けようとするはずです。もっとも、100%の保証があるわけではありませんが……』

「…………」

 悠二もヘカテーも、状況が、究極に切迫した状態からは、少し後退したと判断したが、悠二の表情は、強い戦慄で緊張したままだった。

 

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