蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第13話

 …………い君、……かい君!

「坂井君ってば!」

「えっ?」

 自らを呼ぶ声で、悠二は我に返った。

「もう……ヒトが話してるのに、なんだか上の空でさ」

 ゆかりが、いささか憤りつつも、わざとらしくむくれた表情を作る。

 御崎市を東西に分ける真南川にかかる、この東京の衛星都市にしては不釣り合い気味な、立派な3連ハープ橋、御崎大橋。

 御崎高校の放課からは、すでに小一時間が経過している。しかし一般企業や官庁の終業までには少し間があることもあって、御崎大橋の通行量は、少なくもないが、渋滞していると言うほどでもなかった。

 そして、悠二とゆかりは、その河川敷上の、橋脚の近くに来ていた。

「ごめん……それで、なんだっけ?」

「やっぱり聞いてなかったんだ」

 悠二が取り繕うように苦笑しながら問いかけると、ゆかりは、目を見開きつつ、呆れた様子で声を上げた。

「ごめん……もう一度言ってくれるかな?」

 再度悠二が謝りながら言うと、ゆかりは軽いため息をついてから、改めて悠二に視線を向ける。

「だからさ、態度ははっきりさせておいたほうが良いわよ、ってこと」

 まだ少し不機嫌そうな様子を残しつつ、ゆかりは、年少者に言い聞かせるかのようにそう言った。

「態度…………?」

 悠二は、ゆかりの言葉の意図がわからず、キョトン、としたような表情で、鸚鵡返しに聞き返していた。

「一美と近衛さんのことよ」

「近衛さんと吉田さんのこと……?」

 ゆかりがじれったそうに言うが、悠二は、それを聞いてもすぐには理解できず、再度訊き返すようにしてしまう。

「だって坂井君、近衛さんと、なんだか前から付き合いのある態度じゃない」

「え、えぇ?」

 ゆかりに指摘され、悠二は、軽い驚き混じりに困惑した声を出してしまう。

「シャ……近衛さんとは、ただ前からの知り合いってだけで、別に特別な関係とかじゃないから!」

 悠二は、思わず赤面してしまいつつ、少し荒い口調でそう言った。

「ふーん……」

 しかし、ゆかりは鼻を鳴らすようにそう言ってから、

「それじゃあ、一美のことは、どう思ってるの?」

 と、訊ねる。

「ま、まだ体育の時の事言ってるの!?」

 悠二にとっては唐突にそう言われ、驚きつつも少し呆れ混じりにそう言った。

「それもあるけど……一美、結構前から坂井君の事、気にしてるの! ()()()()()()で!」

「え…………」

 振り絞るようにはっきりと言ったゆかりの言葉に対し、悠二は、目を(まる)くして、一瞬、言葉を失った。

 ── 吉田さんが、僕の事を……でも、今の僕は……

「やっぱり、気付いてもいなかったって顔してるわねー……」

 悠二が、複雑な気持ちで、言葉には出さずに胸中でつぶやいていると、その沈黙と表情を見て、ゆかりは、腰に手を当てたポーズでそう言ってから、そのまま小さなため息をついた。

「うん……よく鈍いって、言われてるよ」

 悠二は、右手で自分の後頭部を撫でるような仕種をしながら、決まり悪そうに苦笑した。

「……言われるぐらいの自覚はあるんだ」

 ゆかりは、ちょっとだけ驚いたような視線を有事に向けて、そう言った。

「まぁ……そこまで言われれば、ね……」

 悠二は、気まずさ半分誤魔化し半分に苦笑する。

『…………』

 ヘカテーは、ゆかりに聞こえないようにしつつも、深く重い溜息をついた。

「正直に言うと……近衛さんをそう言う相手だと思ったことはないし、吉田さんも今はそう言う目では見れないかな」

 悠二は、苦笑を申し訳無さそうなものに変えて、そう言い、

 ── 僕は……もう()()()()()()()()()ではないから……

 と、声には出さずに付け加えた。

「あー……うん、私の方こそ、なんかごめん」

 それを悠二の表情から、ある程度読み取ったのか、今度はゆかりの方が申し訳なさそうに言う。

「こればっかりは、坂井君の気持ち次第だから、しょうがないけど…… でも、そう言う事なら、変に一美に気を持たさせるようなことはしないほうが良いよ?」

「そうだね、うん、これからは気をつけるよ」

 悠二は、苦笑しつつも、ゆかりに感謝するような態度でそう言った。

 

 

「何やってんだろうな、あの2人」

 ガーター橋を電車が通過するジョイント音とモーターの音が遠ざかっていくと、啓作が言い、それに対して、

「さあ……」

 と、栄太が相槌を打つようにそう言った。

 御崎大橋から100mと離れていない位置に建つ、常磐真南川橋梁のガーター橋部、河川敷上の橋脚。その影に隠れるようにして、啓作と栄太、それに真竹が、悠二とゆかりの方を覗き込むようにしていた。

 さらに、3人の背後には、速人と一美の姿もあった。一美は場違いな空気を感じるようにもじもじとしつつ、速人はそれを気遣うような表情を向けている。

「ここからじゃ声までは聞き取れないわね……電車の音もあるし」

 真竹が言った先から、下り線を、御崎駅から発車した電車が、加速のためにモーターを唸らせ、ガーター橋を渡る激しい音が響く。

「けど、隠れる場所なんて、他にないぜ?」

 啓作がそう返す。

「解ってるわよ、あー、まだるっこしい」

 真竹は、焦れったそうに、不快感を表しかけながらそう言った。

「誰か、読唇術とかできないの?」

「無茶ゆーな」

 真竹の言葉に、栄太が少し呆れたようにしつつ即答した。

 

 

「あーあ、一美かわいそー」

「ごめん……」

 ゆかりの言葉に、悠二は、自分が冷酷なことをしている気がして、謝罪の単語を口に出してしまっていた。胸が締め付けられるように感じて、無意識に左手で胸元を押さえていた。

「私に言ったってしょうがないよ、それに、さっきも言ったけど、坂井君の気持ちがそうならないんじゃしょうがないよ」

「そうだね、ごめん……」

 自身も困惑したようなゆかりが、悠二をフォローするように言うが、悠二はまた、その言葉を口にしてしまう。

「もう……」

 ゆかりは、わざとらしいため息をつきつつ、悠二を何処か穏やかな苦笑で見ていた。

「でも……」

 悠二は、顔を上げて、ゆかりの方を見る。

「平井さんは、何だってこんな話を、僕に?」

「えっ?」

 悠二が問いかけると、それまでとは打って変わって、今度はゆかりの方が、コロッと自身の方が、焦ったような、余裕なさげな様子になり、視線を伏せさせてしまう。

「い、いや、それは……その、なんて言うか」

 ゆかりは、歯切れ悪そうに言いつつ、伏せた視線の先で、両手の人差し指同士を突き合わせる。

「いわゆる、ギブ・アンド・テイクってことでね?」

「ギブ・アンド・テイク……?」

 ゆかりの言葉に、悠二は、最初はその意味が理解できず、キョトン、とした様子でゆかりを見たが、

「もしかして……」

 と、思い当たる節を見つけて、訊き返す。

「池のことで……」

 悠二が言うと、ゆかりは、それを肯定して頷いたかのように俯く。

 ── 自分の事以外だと、鋭いんですね。

 ヘカテーが、声に出さずに呟いた。

「っ……まま、まぁ、それは……」

 ゆかりが、恥ずかしげに俯いたまま、途切れ途切れの言葉で、言葉になっていない言葉を口から漏らす。

 だが、悠二は、

「っ…………」

 と、苦しそうに表情を歪ませ、奥歯を噛み締めた。

 

 悠二が思い当たったのは、2日前の出来事だった。

 悠二は洋楽が趣味で、日本語で配信されていないややマイナーな輸入盤を吟味しようと、レコードショップに赴くことがある。

 その日も、進学塾の授業がある速人と別れた後、悠二は、御崎駅前商店街のレコードショップへ行った。

 そして、そこでゆかりと居合わせた。

 そして ────

『池君って、彼女いないのかなー、とか、ちょっと思って』

『え、そりゃ……いないと思うけど』

『そっか……』

 このやり取りをした時点で、悠二は、ゆかりが速人に好意を持っているのか、と、漠然と気付いていた。

 その後、関係のない会話を短く交わした後、ゆかりは帰宅すると言い、悠二は駅前モールの輸入盤主体の中古レコードショップに行くと言って、そこで別れた。

 燐子達の襲撃 ──── シャナとの出会いとなったその戦いは、その直後だった。

 

 ── あの時、まだ平井さんは生きていた。あの戦いに巻き込んだ……

 ゆかりは、気まずそうに苦笑しつつ、紅い顔をなんとか上げて、照れ隠しに苦笑している。悠二は、そのゆかりの胸元に視線を向けて、 “存在の力” に焦点を切り替える。

 悠二の視界の中で、トーチであるゆかりの炎は、()()()()()を飛び散らせながら、薄白い色で力強く燃え盛っている。

 ── 僕の送り込んだ “存在の力” で、平井さんは生き続ける。たとえトーチであっても、その本質は本人のそれがあって、成立するんだから……

 思い悩むような様子で自身を凝視している悠二に対し、ゆかりは、キョトン、とした表情を向ける。

 ── でも、もう()()()()()とも違う…… “紅世” とかかわり合いを持たない普通の人間と深い中で付き合えば、後々起こる矛盾に苦しめられることになる……

 息が苦しくなるほどに胸を締め付けられ、胃が焼け付くような感触を感じる。

「どうしたの……?」

 悠二の様子に、ゆかりは、少し心配気に声をかけた。

「なんだか、怖い顔して……坂井君?」

 ゆかりの声を聞いて、悠二はますます思考が深く沈んでいく。

 どうすればいいのか。思考がスパイラルして混乱した状態となった悠二は、目先の認識すら怪しくなってきた。

「平井さん!」

「ひゃっ!?」

 悠二は、ゆかりの左腕を自分の右手でつかむ。その行動と気迫に、ゆかりは小さい悲鳴を上げつつ、とっさに行動を取れずに立ち尽くしてしまう。

「ぼっ、僕、 ……ひ、平井さんの事が好きなんだ!」

「えっ?」

 ── えっ?

 ゆかりの声と同時に、悠二自身も、意識が自分の言葉に聞き返していた。

「えっ……えっ?」

 しかし、戸惑う様子のゆかりに、悠二の口は、自身の意識の冷静な部分が追いつく前に、言葉を続けてしまう。

「だから……池の事、紹介しろって言われても、正直困る……」

「坂井君……」

 その瞬間、悠二の視界の中で、ゆかりは満面の笑顔だった ────

 

 

 武蔵御崎駅は、追加料金のかからない快速までは停車するが、急行列車は通過する。

 主力路線の常磐線と、もう一方のドル箱路線の日光線から直通する中禅寺線に、それぞれ非電化区間があって、基本、自社では特急形と急行形は気動車しか新製しておらず、区間運転用には国鉄時代に譲ってもらった電車を使い倒している。

 元国鉄165系……と名乗っているが、それだけでは不足するので交直流用の455系・475系から交流設備を下ろしたそれが、グリーン車込みの6両編成で、110km/hでカッ飛ばしながら橋梁に差し掛かってくる。

 丁度その時を演出するかのように、轟音を響かせながら、真竹や一美たちの頭上を通過していった。

 

 

『ホントに、いったいあなたは何を考えているんですか』

 悠二が、見事に紅い紅葉模様が出来上がった左頬を撫でていると、反対側の右手から、ヘカテーの呆れ返った声が聴こえてくる。

「自分でもよく解らない……気がついてたら言ってた……」

『もう、バカとしか言いようがありませんね』

「もう、なんとでも言ってよ……」

 反論する気力もないといった感じで、悠二は帰宅の道を、肩を落としながらトボトボと歩いていた。

「ねぇ、ヘカテー」

 しばらく歩いていると、悠二は、ふと思い出したように呼びかけるが、

『なんでしょうか?』

 と聞き返してくるヘカテーの言葉は、不機嫌そうにしている姿が、見て取れるような声だった。

「ヘカテー、怒ってるの?」

『ええ怒ってます』

 悠二が肩をすくめる様にしつつ、少し困惑したように訊き返すと、ヘカテーは勢いよく即答した。

「じゃあ怒りついでに、シャナのことなんだけど……」

『こんな事があった直後で、今度はまた別の女の話ですか。あなたという人はホントに ────』

「だあっ、人聞きの悪い事言わないで!」

 ヘカテーが半オクターブ低くした声で言うと、悠二は、傍目には自分1人で騒いでいるかように手をばたつかせて、慌てた言葉を出す。

「フリアグネの事……『都喰らい』が本当だとしたら、彼女たちにも報せた方がいいと思うんだ。その……僕1人じゃ少し不安なこともあるし」

『……すべてに同意はできませんが、教えることに反対することはできませんね』

 ヘカテーは、いつもの淡々とした口調に戻しながら、同意の言葉を出した。

 ヘカテーが認められなかったのは、「僕1人じゃ少し不安」という点だった。

『“天壌の劫火” が知れば、たとえ僅かな可能性であっても潰そうとするでしょう』

「アラストールが……」

 ヘカテーの言葉に、悠二は軽く息を呑みながら、反芻するように呟く。

「でも ────」

 ふとそこに考えが至って、悠二は言葉に出す。

「『都喰らい』が本当だとして、フリアグネはそうまでして手に入れた力で、何をするつもりなんだろう……?」

『解りません……ただ、悲劇しか待ち構えていない事は確かです』

「悲劇」

 ヘカテーの言葉に、悠二は鸚鵡返しするように、短く言葉を出す。

『先程言ったように、フレイムヘイズが本格的に増加し、 “徒” との対立が激化させていったきっかけが、 “棺の織手” が使ったこの秘宝です』

「…………」

『そして、 “棺の織手” 率いる[とむらいの鐘]と、数多のフレイムヘイズとが戦い、最終的に “棺の織手” は討滅されました』

「つまり、フリアグネが『都喰らい』を達成したとしても、いずれは討滅される…… って事か」

 悠二は、呟くような口調でいい、哀しげな小さいため息をついた。

「なんだか、可哀相だな……」

『悠二』

 呟いた悠二に対し、ヘカテーが、はっきりとした言葉で悠二の名前を呼ぶ。

『あなたの守りたいものはなんですか? 私との契約の誓いは何でしたか?』

「解ってる、それに迷いはないよ」

 ヘカテーの問いかけの言葉に対し、悠二は表情を引き締めると、はっきりとそう言った。ぐっと、左手の拳を握る。

「あっ!?」

 悠二が、()()の門から中に入ろうとした時、目の前に、相変わらずムスッとした様子のシャナがいた。左手に大きく膨らんだ、スーパーのビニール袋を持っている。

「別に、私はお前の助けを必要としていないし、お前を助けようとも思っていないから」

『ただ……』

 まず不機嫌そうにシャナが言った後、アラストールがその後の言葉を継いだ。

『捨て置けぬ単語を聞いたのでな。話を聞かせてもらおうか』

 

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