蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第15話

「…………」

「…………」

「…………」

「……それで」

 シャナが、どこか不服そうな、気まずそうな、そんな低い声を出す。

 坂井家のダイニング。

 そのテーブルに、悠二とシャナが、向い合せに座っていた。シャナはもちろん、悠二までもその場に居辛そうに、蹲るように肩を竦めたポーズになりつつ、そのテーブル上に並べられたものに視線を向けている。

 大皿に盛られた焼き餃子、白身魚のソテー、レタスとトマトが主役のサラダに、鶏唐揚げと、できたてのそれらが、ところ狭しと並べられている。

「……なんで、こうなるの?」

「母さんの悪い癖……」

 シャナの問いかける言葉に、悠二は、頭を抱えるようにしたまま、呻くように答えた。

 ()()()()()()()、坂井貫太郎(かんたろう)は単身で海外赴任の身、従って、この家には普段、悠二と千草しかいない。だが、今テーブルに載っている料理の分量は、明らかに2人分を凌駕する ──── というか、3人分だとしてもかなり多すぎる量だった。

「お前の母親……」

 シャナが、絞り出すような声で言い始めると、そこから堰を切ったように声のテンションを上げ、

「なんで! ()()と! 庭先で! 言い争ってた! その相手を! 夕食に!! 招待したりするわけ!?」

 と、一気にまくし立てるように言った。

『千草の主義ですから、仕方ありません』

 重苦しくため息をつく様な様子の悠二に代わって、右手の『ニーベルンゲン』から、ヘカテーが答える。

『私も初めて巻き込まれたときは、正直困惑しましたが、今の私があるのは、千草のおかげでもあります』

『!』

 ヘカテーの言葉に、アラストールがその事に気がつく。

『“頂の座” は、奥方と面識があるのか? 顕現した姿で?』

『ええ…………あれ、説明していませんでしたか?』

 アラストールの指摘に、ヘカテーは肯定の返事をしつつ、彼女にしては珍しく、どこか間の抜けた反応をしてしまう。

『まぁ……これほど強烈では、 “頂の座” がその印象に振り回されるのも仕方あるまい』

 アラストールも、どこか唖然とした声で、そう言った。

「それにしたって、ヘカテーはまだしも、どうやったらこのちびっ子にそう言う解釈ができるんだよ……」

 悠二は、上半身を捻って背後のキッチンの方を振り向くようにしながら、苦い口調で言った。

「ちびっ子とは何よ!」

『私はまだしもとはどういう意味ですか!?』

 悠二の迂闊な一言に、シャナとヘカテーが同時に抗議の声を上げる。

『一昨日といい昨夜といい、貴様、本当に()()()()趣味を持っているのではなかろうな?』

 アラストールが、低く、凄みのかかった声で、悠二に迫る。丁度、悠二は姿勢を元に戻し、シャナと向かい合ったところだった。

『いい加減、悠二をシュドナイの様に言うのは止めて欲しいのですが』

 そのアラストールの言葉に対し、ヘカテーが不機嫌そうに言い返す。

「あのね、2人とも……」

 悠二も流石に不快感が隠せず、軽く震えながら言い返そうとする。

「ちょっとゆうちゃん、これ、運んでくれない?」

 悠二がどう言い返そうかと言葉を選んでいると、キッチンの方から、千草が悠二を呼ぶ声をした。

「あー……はいはい……」

 悠二は、どこか自棄気味にそう言って、ため息交じりに立ち上がり、キッチンの方に向かう。

 シャナは、身体を傾けて、キッチンの方を覗き込む。

「なっ、オムライスまで、作りすぎだろ!」

「良いじゃない、秘密の隠し味が入ってて美味しいわよ」

「いや、そうじゃなくてさ……」

 呆れ顔の悠二とニコニコ笑顔の千草のやり取りの隙間から、キッチンのアイテムを見る。

 ガステーブルはビルトイン式ではなく、家庭用のテーブルトップタイプとしてはもはやここしか造っていない(と言っても主要部品がリンナイのOEMだったりするが)、(すい)(ひん)ガス燃焼機器株式会社、LaSGa(ラスガ)製の回転式器具栓ツマミ型の両面焼グリル付きガステーブル、少し使い込んだ感のあるリンナイ製の電気保温付ガス炊飯器、同じく卓上型のガスオーブン『電子コンベック』……

「…………」

『どうか、したのか?』

 妙に黙って坂井家のキッチンを覗き込んでいるシャナに、アラストールが言った。

「ううん……多分、なんでもない」

 シャナはそう言って、身体を元の位置に起こした。

 悠二と、それに続くかたちで千草が、ダイニングスペースの方に来る。

「ゆうちゃんがガールフレンド連れてくるなんて、春の旅行の時以来だものねー」

「なっ、そっ、それは……今は関係ないだろ!」

 悪意の欠片もないような笑顔で言う千草に対し、悠二はドキッ、と虚を突かれたような様子で、ムキになった口調で言い返す。

「でも……ヘカテーちゃんはあれっきりになっちゃったし、せめて近衛さんにはウチにいい印象を持ってもらわないと困るでしょ?」

「何に困るんだよ!? って言うか、シャ……近衛さんとはそう言う関係じゃないから! 真面目に!」

 悠二は、荒い声でいいつつも、辟易したような表情になる。

「あら、ヘカテーちゃんのことは否定しないのね」

「う……」

 千草の言葉に、悠二は一瞬、言葉を詰まらせてしまう。

 まさか、ヘカテーはこの場に、自分の中に居る、とは言えない。

「い、いい加減にしてくれよ」

 うんざりしかけていた悠二は、少し強い口調で言い返した。

 その間にも、悠二と千草の手で、更に追加のメニューが、シャナの目の前に並べられた。

 悠二が先ほどと同じ様に、シャナの対面の席に座り、千草がその隣の椅子に座った。

「さぁ、召し上がれ」

 千草は、妙に楽しそうにしつつも、柔和な笑顔で言う。

「…………」

「遠慮しないで、たくさん食べて行っていいのよ?」

 千草は、すぐに手を付けようとせず、黙りこくっているシャナの様子を見て、シャナが気後れしているのだと感じ ──── それは、必ずしも誤りではなかったが ────、改めて、努めて優しげな口調で、シャナを促す。

 シャナは、視線を千草に向けつつ、そのまま目の前の料理に手を付け始めようとする。

「?」

 そのシャナの態度に、千草は少し不思議そうにする。

 一方、悠二は、敢えてシャナからは視線を逸しつつ、軽くため息をついてから、自分も料理に手を付けようとしていた。

「ゆうちゃん、そんな顔してるから近衛さんが困ってるでしょ」

「はぁ……」

 千草にやんわりと咎められるように言われ、悠二は、ため息をついた後、視線を逸らし続ける態度をやめるものの、どこか冴えない表情のままだった。

 一方のシャナも、どこか警戒したような態度を緩めようとしない。

「…………?」

 千草は、この歳まで産んで育てた()()が、千草の踏み込んだ発言は抜きにしても、相手にこう言う態度をとる人物だったか、なぜだか曖昧な感じがして理解できず、ただ不思議そうに、悠二とシャナを見ていた。

 

 

 ベッドに仰向けに、寝るというより身体を放り出すように横たわり、手に持っていたスマートフォンを見上げる。

 ディスプレイを点灯させると、何件かの着信があった事が表示されていた。

 相手はいずれも同じ人物。

「はぁ…………」

 重い溜息をついた後、ゆかりはスマホを操作もせず、そのままディスプレイを消灯させた。

 ゆかりの顔は少し紅くなり、熱に浮かされたかのような息をする。

 しばらくの間、その息を整えるように、瞑想するように目を閉じる。

 そして、ぱちり、と目を開いた。

「らしくないぞ、ゆかり」

 そう言って、ぴょこん、と、跳ねるようにベッドの上で身体を起こす。

 そうして、再度スマホのディスプレイを点灯させた。

 

 

「ゆうちゃん、ちゃんと家まで送るのよ?」

「解ってるよ」

 坂井家の玄関。

 ()()()()()()()()と、それをエスコートするよう千草に言いつけられた悠二が、その千草に見送られて、坂井家から出てくる。

「…………」

 いつもなら、「近衛さん、また遊びにいらっしゃいね」と言うところだったが、千草はなぜか、今はその言葉をかけるのをためらってしまった。

「ご馳走様」

 シャナの方から、千草を見て言い、悠二と共に坂井家を後にした。

「…………返って、悪い事しちゃったかしら……」

 バタン、と閉じられた扉を見ながら、千草は、小首をかしげるようにしつつ、軽く困惑したように呟いた。

 一方の悠二達は、千草の目の届かないところまで歩いてくると、

『奥方には、少し気の毒なことをしてしまったかもしれないな』

 と、アラストールが、重苦しい口調で言った。

「いいんだよ、母さんが勝手に勘違いしたんだし」

 悠二は、軽い口調で、なんてこともないようにそう言った。

『悠二、千草をその様に扱うのは、私は感心しませんが』

 ヘカテーが、淡々とした口調ながら、悠二を軽く咎めるようにそう言った。

「しょうがないだろ? 変な解釈されたって、シャナだって困るだろうし」

『それは……そうですが』

 悠二が、珍しく逆にヘカテーに言い聞かせるように言うと、ヘカテーはヘカテーで、口調を乱し気味に答えた。

「確かに、母さんのアレがなかったら、ヘカテーとこう言う事になっていなかったかもしれないけどさ」

『…………悠二』

「あっと、後悔なんかしていないから、その話はなし」

 ヘカテーが、思い詰めたように声を出しかけたのを遮って、悠二ははっきりとそう言った。

 それを聞いたシャナは、きゅっ、と、『コキュートス』を握った。

「まぁ、『都喰らい』に関しては、シャナと協力したいとは思ってるけど」

「…………」

 悠二は、シャナの方に視線を向けずに歩き、シャナはそれに続く。

 そうして、坂井家が直接見えなくなるところまで歩くと、

「ここでいい」

 と、シャナが言った。

「え」

 シャナの言葉に、悠二が少しあっけにとられたかと思うと、シャナはその横を追い抜くようにすり抜けると、

 ドンッ

 と、踵で紅い炎を爆ぜさせ、高く跳躍する。

「シャナ! 今夜も来るなら、窓は開けておくから!」

 聞こえているかどうか、上空に遠ざかっていくシャナの姿に、悠二はそう呼びかける。

「フリアグネのこととか、話したいんだ!」

『…………』

 悠二は、すでに星々の煌めく空の下、住宅街の家々の屋根を跳躍で伝っていくシャナを見送ってから、

「ふぅ……」

 と、息を抜く様にして、自宅へと踵を返した。

 ポケットからスマートフォンを取り出す。Android、iOSに次ぐ日の丸OS、HeROS(ヒーローズ)を搭載した、K(カネボウ)E(エレクトリック)D(デバイス)製の、青いハードウェアテンキー付きスマホだ。

 ちなみにカネボウと名乗っているが、現在のカネボウ化粧品グループとは資本関係にない。旧カネボウが電子情報機器部門を分離する際、新しい法人格を立ち上げて、別の(コン)()(ロマ)()(ット)に買収された。そのカネボウ半導体株式会社の、エンドユーザー向け製品の製造・販売を行う100%子会社が、株式会社カネボウエレクトリックデバイスである。ちなみに、真南川線を運行する常磐高速度交通網とはグループ会社だ。 ──── 閑話休題。

 ただ、悠二は、通話したりメッセージを送ったりするわけではなく、時刻を確かめる為に、ディスプレイを点灯させる。

 千草に怪しまれない程度の時間が経過したと判断してから、悠二は坂井家に入った。

 

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