蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第17話

 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ……

「ふぁ……ん……」

 床に敷かれている布団から、悠二は起き出すと、立ち上がって、アラームを鳴らすQN401のアラームのスイッチを押し、止めた。

 すると、寝ぼけていた悠二の視界に、ベッドで寝ているシャナの姿が浮かび上がってきた。

「なんだ……結局なんだかんだ言ってきてたんだな」

 悠二は、穏やかな笑みで言う。

 昨晩、悠二は22時頃まで自在法の “鍛錬” をしていたが、今日のことを考えて、日付を跨ぐよりはだいぶ前に就寝した。

 その時、シャナはまだ来ていなかった。

『うむ、(ワレ)が勧めたのだ』

 悠二は、誰に言うわけでもなく呟いたつもりだったが、アラストールの声が返ってきた。

「アラストールが?」

『うむ。だいぶ遅くになって屋根の上まで来たは良いが、そのまま微睡(まどろ)み始めたのでな。我が下に降りるように言ったのだ』

「ふうん」

 アラストールの言葉に生返事をしつつも、悠二は、穏やかな表情でシャナの方に手を伸ばす。

「朝の鍛錬の間は、寝かせといてあげるか」

 悠二は、そう言いつつ、あくまで親切心で掛け布団を直そうとしたのだが ────

『悠二! 迂闊に手を伸ばさない方が ────』

「えっ?」

 慌てたようなヘカテーの言葉に、悠二は間の抜けたように訊き返す。 ──── と、ほぼ同時に、シャナがパチリ、と目を覚ました。

「わっ!? と……」

 悠二は、驚いて身を起こし、上半身をシャナから離す。

 だが、問題はそこからだった。

 シャナは、まだ寝ぼけた様子で、むくり、と身を起こす。

「わ、わわわっ!?」

 悠二が慌てた声を出し、狼狽えて後ろに飛び退き、シャナから少し距離を取る。

 掛け布団の中から出てきたシャナの上半身は、似合っていないわけではないがシャナのイメージからは少し離れた、薄手のインナーキャミソール姿だった。

『だから止めなさい、と言おうとしたのに……』

 ヘカテーが言うが、もう遅い。

 シャナは、まだ完全に覚醒しきっていない様子で、腕を上に向かって伸ばし、上半身を左右に捻るようにして()()をする。

「何? もう、朝?」

 シャナは、まだ周囲の状況を把握仕切っていない様子で言う。

『起きたか』

「おはよ、アラストール。ん~……」

 アラストールの言葉に、シャナは、撫でられた猫のように心地よさそうな様子で、言う。

 考えてみれば、このあたりでさっさと部屋を飛び出しておけばよかったのだが、悠二は身体が膠着してしまい、シャナに視線を向けたまま、その場に立ち尽くしていた。

「ん?」

 ようやく状況を認識し始めたシャナが、不思議そうな、しかし見た目の年齢通りの少女のような声を出す。

「……はれ? なんで私、ベッドで寝てるの?」

 まだ掛け布団の中にある、自身の下半身の方に視線を向けて、シャナは問いかけるように言う。

『我が勧めたのだ』

「ふーん」

 アラストールの言葉に、シャナは、一旦は生返事をしたが、

「…………」

 と、ようやく場所と状況を把握した。

 悠二の方は悠二の方で、その時点になって、ずるずると足を滑らせるように、部屋の扉の方へと移動していたが、

「…………」

「…………」

 視線を動かしたシャナと、悠二のそれとが、逢ってしまう。

「…………」

「あの……シャナ、さん?」

 悠二の中で激しく警鐘が鳴っていた。別に疚しい事をしたつもりはない。そりゃ確かに多少は眼福だと思ったし、でもどうせならヘカテーぐらいはとか、考えなかったと言われれば嘘になるが、状況はかなり不味い。こう言う場合、今のこの国ではたいてい、その経緯にかかわらず、男性の有責となる。

「…………一度ならず二度までも……」

 悠二には、ゴゴゴゴゴ……と、室内の空気が響くような声が聞こえる気がした。その空気を空気を震わせる音源のように、シャナの髪がその瞳とともに(あか)に染まり、振動している様に感じられた。

 次の瞬間、シャナは抜き身の『贄殿遮那』を、峰打ちにしつつも激昂した表情で悠二に振り下ろす。瞬時に悠二も髪を “明るすぎる水色”、瞳をそれを濃くした澄んだターコイズブルーにしながら、『贄殿遮那』を真剣白刃取りする。

「は、話せば解る!」

「問答無用!!」

 シャナの一撃を受け止めたと思ったのも一瞬、シャナが一度『贄殿遮那』を引くと、悠二がバランスを崩す。そこへ、素早く繰り出されるシャナの次の一撃が打ち付けられた。

 昨日と違ったのは、それで気を失わなかったことぐらいだった。

 

 

 僅かに時間を下った頃 ────

 吉田一美は、自宅の、自室のベッドで目を覚ました。

 寝起きに血圧の上がりにくい体質の身体を覚醒させると、枕元でアラームを鳴らし続けている、シャープ製のピンク色のスマートフォンを手に取り、アラームを終了させた。

 そのままAndroidの通知を見ると、キャリアメールの着信があった。発信元は『ゆかりちゃん』と表示されている。

 PINを入力し、メールを開く。

 発信日時は、日付が変わるより少し前。一美でも起きている事がある時間だったが、昨日は速人と電話した後、妙に身体の力が抜けて、ベッドに横になっている内にウトウトとしてきたため、そのまま早目の時間に寝てしまった。受信音で目が覚めることはなかったらしい。

 そして本文には、ただ一言だけ、短く書かれていた。

『ごめんね、一美』

 ── そっか。

 それだけだったが、ゆかりが何に対してそう言っているのか、何をしたのか、一美には理解できてしまった。

 ── ゆかりちゃん、結局OKしたんだ……

 少し気怠げに、ベッドから出て、立ち上がる。

「はぁ……」

 窓のカーテンを開くと、爽やかな朝の陽の光が、窓から室内を満たす。

 だというのに、一美の心は、乱れつつも重くなり、それを吐き出すように深くため息をついた。

 

 

「はい、それほど熱があるわけじゃないんですが、頭痛と寒気が酷くて……咳は激しくないですが」

 悠二は、スマホで御崎高校に電話を入れていた。

「すみません、今日は休みます」

『おお、無理するなよ』

 大峰が、心配しているんだかいないんだか、そんな感じで電話越しに返してくる。

「はい、すみません」

 悠二はそう言ってから、ハードウェアキーの終話ボタンを押した。

「はぁ……」

 深くため息をつく。

 今まで、体調不良を大げさに言って学校を休んだことが皆無というわけでもなかったが、母親の()()の目を盗んで、しかも家の外に出ながら堂々と仮病を使ったのは、初めてのことだった。

 悠二にとっては、普段学校に出席するのは当然の事だったが、啓作に言わせると悠二は “品行方正な優等生” ということらしい。が、それを思い出しても、悠二の気分は晴れなかった。

「ついにやっちゃったなぁ……」

 悠二は、ぼやきつつ、スマホの時計を見る。午前8時。それを確認してから、スマホのディスプレイを消灯させ、スライド式のハードウェアテンキーを格納して、胸ポケットにしまった。

 悠二とシャナは、御崎市の市街地の中枢を構成している、駅直結のショッピングモールの屋上にいた。

 悠二は、給水タンクの台座に、力が抜けた様子で腰掛けている。シャナはその隣に、妙に威風堂々とした様子で立っていた。

「シャナは、学校に連絡入れなくていいの?」

 悠二は、すっきりしない胸の内に遣る瀬無さそうにしながら、シャナを見上げて、そう訊ねた。

「私は別に、無断欠席でも構わない。元々、お前を傍で見張ることが目的なんだし」

「あっ、そう……」

 シャナが悠二に視線を向けて、サバサバとした口調でそう言うと、悠二は短く(こた)えつつ、更に脱力した様子になった。

 しかし、すぐに気勢を取り戻すと、悠二は立ち上がり、フェンスの側に寄る。

 古くからの商店街と、タワーマンション、中低層の商業ビルが雑然として、街を構成している。首都圏のベッドタウンの衛星都市にはありがちな光景だ。

 悠二は、すっ、と右腕を肩の高さで外側に伸ばし、その手を、何かを掴もうとするように開いた。

「『トライゴン』!」

 悠二の呼びかけに応えるように、『トライゴン』が出現し、その右手に握られる。それと同時に、悠二の髪と瞳の色が、ネィティブジャパニーズとしてはやや明るめの色から、 “明るすぎる水色” と深いターコイズブルーに変わる。

「探索……と、まずは市街地を囲む程度でいいかな?」

『最初はその程度で良いでしょう』

 悠二が問いかけるように言うと、『トライゴン』を握る右手から、ヘカテーが肯定の答えを返す。

 同時に、シャナが悠二の傍に歩いてくる。

『確か、貴様と “頂の座” の出会いは、今年の春先だと、奥方が言っていたように記憶しているが?』

 悠二が自在法の術式を展開しようとした時、その直前でアラストールが問いかけてきた。

「え? そうだけど……」

 悠二は答えつつも、アラストールの質問の意図が解らず、一旦構えを解いて、キョトン、としてしまう。

『正味2ヶ月か……その割には、随分と自在法を使いこなしているように見えるが?』

「え? だって炎とか封絶あたりは、フレイムヘイズや “徒” なら基本だろ?」

 悠二は、アラストールに言われて、気恥ずかしいようなむず痒いような様子で、訊き返すように言った。

 しかし、悠二が言いながら、視線を『コキュートス』からシャナの表情に移すと、シャナがあからさまに不機嫌そうな表情になっているのが見えた。

「ま、まぁ、ちょっとチートしてるのは確かなんだけどさ。それに『(アステル)』とか『却焰(キャクエン)緞帳(ドンチョウ)』とかは、『トライゴン』の媒介としての力に頼ってるし……」

 悠二は、慌てて取り繕うように、謙遜の言葉を口に出した。

「能書きは良いから、さっさと始めなさいよ」

 しかし、シャナは、不機嫌そうな態度のまま、焦れたように悠二を急かす。

「う、うん、それじゃ」

 悠二は、再び市街地を見下ろせる方を剥いて、軽く脚を開いた姿勢で立ち、『トライゴン』をその正面に垂直に立て、左手を添える。

 その『トライゴン』の先端から、 “明るすぎる水色” の自在式が円形に描かれ、それがその高さで水平に、波紋のように広がっていく。

「流石に隠れるだろうし、1発じゃ見つからないと思うけど……あれ?」

 探索の自在法、それ自体はシャナも使える。だが、敢えて悠二がやったのは、探索そのもので見つけさせるというより、それをフリアグネに逆探知させて挑発するためだった。その目的だと、フリアグネが悠二に蔵されている宝具に注目しているので、その方が効果的だと思われたからだ。

 だが ────

「隠れてない、いる!」

 悠二の表情が一気に険しくなる。

『悠二、後ろです!』

 ヘカテーが声を上げる。悠二が振り返ると、ほぼそれと同じタイミングで、薄白い色の術式が周囲に展開され、封絶が張られた。

 シャナはすでに、夜笠を纏い、『贄殿遮那』を取り出し、構えている。

 さらに二人の視線の先に、屋上の床に近い高さから空中に薄白い炎が立ち上り、ゆらゆらと揺らめいていたかと思うと、やがて人の姿を取り、白いタキシードの青年 ──── フリアグネが現れた。

「やれやれ……折角こちらで盛大な舞踏会(バル)を用意していたというのに。まさかそちらの方から招待がかかるとは、せっかちな方々だ……」

 相変わらず、伊達者のように芝居がかった様子で、フリアグネは言う。

「しかも……こちらが手間をかけて描いている絵に、余所から無造作に油絵の具を塗りたくるような真似をされて……」

「!」

 そこまで言うと、フリアグネは憎悪の視線を、明らかに悠二に向けた。

 悠二も、それに呼応するかのように、『トライゴン』を握り直して構える。

「最悪の気分だよ……」

「フン、なら……どうする?」

 悠二より先に、シャナが、逆に挑発し返すかのように、フリアグネを睨みつけるようにしつつ、唇の端を吊り上げて言う。

「殺・ス」

「シャナ!」

 次の瞬間、悠二が反応するより早く、シャナは床を蹴って、フリアグネに斬りかかる。

 宙に浮いているフリアグネは、余裕綽々といった感じで、それを躱す。

 シャナは、ガシャン、と音を立てて、フェンスに着地した。

「シャナ!」

『悠二!』

 悠二が再度声を上げるが、その悠二の意識を引き戻すように、ヘカテーが警告の声を発する。

「!?」

 いつの間にか、悠二の周囲を、無数の人が取り囲んでいる。否、人ではなく、女性モデルのマネキンが、ふらふらと漂うように動いている、その様に見えた。

「燐子……いや、少し違う……」

 悠二は、『トライゴン』から左手を離した状態で、状況を確認しようと周囲を見渡す。

「おちびちゃんは、炎を出せない割には、剣技に自信があるようだ。さて、 “蔵の君”、君はどうかな……?」

 フリアグネは、あくまで不敵に、見下(みくだ)すように2人を見ながら、酷薄そうに笑っていた。

 

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