蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第18話

「ヘカテー」

『気付いています、ですが、これも “狩人” の策かも知れません。口には出さないでください』

 悠二が問いかけるようにヘカテーの名を呼ぶと、ヘカテーはそう答えた。

 ── なんで……

 フリアグネの ──── 燐子と思われるマネキンに取り囲まれながら、悠二は、その存在を見て ──── その様子に疑問を抱いていた。

 ── なんで、このマネキン達に、トーチと同じ灯りが見えるんだ!?

 悠二は戸惑いつつも、視界に入る限りのマネキン型燐子に向かって、『トライゴン』の錫杖頭を鳴らす。

(アステル)よ!」

 瞬時に無数の光弾が迸り、複数のマネキン型燐子を薙ぎ払うように貫く。光弾が命中したマネキン型燐子は、ボワッと爆発して、文字通り霧散していく。

 ── シャナには見えていない……のか!?

「はぁっ!」

 悠二は、靴の踵で “明るすぎる水色” の炎を爆ぜさせ、破砕されたマネキン型燐子の残滓が漂う方へ突き抜けながら、身体の前後を入れ替える。

 靴でコンクリートの床を削りながら、それまで自身の背後にいたマネキン型燐子と対峙する姿勢に入る。

 ── ほう……

 悠二の動きを見て、フリアグネは声に出さずに、心の中で感心する。

「なるほど……」

 フリアグネは、気障な笑みを浮かべたまま、目を細めて言う。

「それでは、せっかく招待を受けたことだし、ささやかだがパーティーを楽しませてもらおうとするか」

 フリアグネはそう言うと、両手から、シャナを狙って炎弾を放つ。

「!」

 同時に、悠二の視界に捉えられていたマネキン型燐子の手にも、炎弾が収束しつつあった。

 しゃりん

 『トライゴン』の錫杖頭から光弾が迸り、シャナに向かって炎弾を放とうとしていたマネキン型燐子の大半を薙ぎ払う。

「たぁっ!」

「はっ!」

 悠二とシャナが、同時に靴の踵で炎を爆ぜさせる。

 悠二によって破壊されたマネキン型燐子の残滓の霧をかき分け、シャナはフリアグネのいた空間を『贄殿遮那』で上段から斬りつける。

「!」

「流石だね……でも、突進するだけじゃぁ私には届かない」

 シャナには確かに手応えがあったが、斬り裂いたのはマネキン型燐子だった。真っ二つになった状態から、砕けるように霧散して掻き消える。

「おっと……」

「え!?」

 フリアグネがシャナを挑発した瞬間、 “明るすぎる水色” の炎弾がフリアグネめがけて撃ち出されてきていた。それは完全にフリアグネを捉えているように見えたが、フリアグネのすぐ横で掻き消える。

 悠二が、残っていたマネキン型燐子を一掃しながら、クイックの炎弾でフリアグネを狙ったが、その結果だった。

『火除けの結界……ですか』

 炎弾が掻き消える瞬間、フリアグネの周囲を、透明な球形の何かが覆っているように見えた。それに対して、ヘカテーがそう言った。

「防御は君の専売特許ではないよ…… “頂の座” のフレイムヘイズ」

 文字通りに気障な笑いを浮かべながら、フリアグネは言う。

「とは言え、突進だけが能のおちびちゃんよりは、 “蔵の君” の方が油断ならないようだね」

 そう言って、フリアグネは視線でシャナを見下す。

「なんですって!?」

 フリアグネの挑発に、シャナが瞬時に構え直し、激昂の声を出しながら、その時にはフリアグネに向かって跳躍し、斬りかかる。

 フリアグネは、そのシャナを迎撃するように、両手からバスケットボールサイズの炎弾を放つ ────

「シャナ!」

 ──── 悠二が反射的に声を上げる。フリアグネは同時に、術式を展開していた。

 悠二の声が響いたときには、シャナは、『贄殿遮那』でフリアグネの炎弾を斬り払い、霧散させたところだった。

「!」

 シャナの視界には、自分との間合いを取ったフリアグネとの間に、4体ほどのマネキン型燐子が出現しているのが捉えられた。

 ── でも、並びはほぼ一列。となれば、人形もろとも斬り進んで……

「駄目だシャナ! 止まれ!!」

 背後から悠二が声を張り上げた時、シャナはすでに2体の人形を斬り捨てていた。

「──── っ」

 シャナは『贄殿遮那』の切っ先を床に突き立て、急制動する。

「却焰の緞帳!!」

 シャナとマネキン型人形の僅かな間に、 “明るすぎる水色” の炎の壁が出現する。

 チリーン……

「!?」

 ドクン……

 悠二とフリアグネが、ほぼ同時に怪訝そうに顔を歪めた。

 ドゥッ!!

 場違いなベルの音が響いた瞬間、透けて見える炎の壁の向こうで、シャナの行く手を阻もうとしていたマネキン型燐子2体が、榴弾のように爆発して炎を撒き散らした。

 爆風と爆炎は、炎の壁に阻まれて、シャナには届かずに霧散していく。

 ── 私の『ダンスパーティー』の力を見破った……だと!?

 ── 今の……心臓じゃない、『零時迷子』に!?

 しかし、悠二はそう思いつつも、身体の方は動いていた。

「星よ!」

 『トライゴン』の錫杖頭から放たれた光弾が、フリアグネを狙う。

「おおっと……」

 フリアグネは、戯け混じりに声を出しつつ、それを急機動で回避した。

 ── こいつの中にある宝具が気付かせたのか?

 表面では余裕を保ちながら、フリアグネは悠二を値踏みする。

 一方、シャナは、隙きの無いように構えつつ、愕然とした表情をしていた。

 シャナの目前の床に、悠二が張っていた『却焰の緞帳』にそって月のように欠けた、クレーターが、床に穿たれていた。

 ── あのまま突っ込んでいたら……こいつが防壁を張ってくれていなかったら……

 その予想に戦慄しつつ、奥歯を噛みしめる。

「ふっ」

 シャナの視界の正面に捉えられたフリアグネは、険しい表情をしていたが、それはすぐに余裕気な笑みに変わった、かと思うと、

「くくく……ははは……ははははははは!!」

 と、狂ったような哄笑を上げた。

「そうか、 “蔵の君”、その中にあるのは、相当に珍しい宝具らしい!」

「っ!」

 気障に芝居がかってはいるが、同時に無邪気に喜ぶように、フリアグネが言う。悠二はそれを聞いて、思わず左手で自分の胸を押さえてしまっていた。

「なるほど、ね……普段群れぬフレイムヘイズが、『(アウ)()宿(ロー)』も介さずに共にいるのは、そういうわけか」

 その悠二の動きを見て取ってか、フリアグネはくっくっと、癪に障るように笑う。

 ── これ以上は、その素性を知られるわけにはいかない……

 シャナは、『贄殿遮那』を()()()構えにすると、

 ドンッ

 と、靴の踵に炎を爆ぜさせ、一気にフリアグネに迫る。

 それを予期していたかのように、フリアグネがつくり出した複数のマネキン型燐子が、その行く手を阻むように、横に並んで広がる。

 だが、

 ── 正面からが駄目ならっ

 ドンッ!

 マネキン型燐子がシャナへ襲いかかる体勢に入った瞬間、シャナは再び踵で炎を爆ぜさせ、ほぼ垂直に跳躍した。

 そのまま、落下に移る過程で、『贄殿遮那』をフリアグネに突き立てる姿勢を取る。

「星よ!」

 マネキン型燐子が、シャナを迎え撃とうとした瞬間、光弾が迸り、マネキン型燐子を貫き、シャナへ攻撃する前に破壊する。

 光弾の一部はフリアグネ本人に向かっても放たれていたが、フリアグネはステップを踏むようにそれを回避する。

 しかし、シャナはそれも想定したように、急降下の軌道を微調整しつつ、フリアグネに迫った。

 ── ()った!

 シャナがそう、確信した瞬間。

「残念」

 フリアグネはなおも余裕気なまま、指でコインのようなものを弾いた。

「!?」

 それは不自然な軌道を描いて、まるで『贄殿遮那』に絡みつくかのように、まとわりついた。かと思うと、その描かれた軌道に鎖が出現し、コインを先端の錘にしたチェーンウィップとなった。

「なっ!?」

 シャナは軽く振り回され、スマートに脚を伸ばしつつも滑るように動くフリアグネから、間合いの開いたところに着地させられてしまった。

 だが、その瞬間、

「炎よ!」

 悠二は、左手を振るようにして、3発ほどの炎弾を、フリアグネめがけて撃ち込んだ。

「やれやれ……おちびちゃんだけかと思ったが、 “蔵の君” もなかなか好戦的なようだ……」

 フリアグネは薄く開いた口の端を釣り上げたまま、一度悠二に視線を向ける。悠二の放った炎弾は、 “火除けの結界” に阻まれ、霧散した。

 フリアグネは言いながらも、チェーンウィップに力を込め、シャナがそれを振りほどこうとするのを妨害する。

「どうだい、私の『バブルルート』は」

 『バブルルート』とフリアグネが呼んだそのチェーンウィップは、シャナがどれだけ振り払おうとしても、そのまま固まったかのように、解くことができない。

『“武具殺し” の宝具か!?』

 アラストールが言う。

「そう。その刀がどれほどの業物でも、こいつを斬ることはできないよ」

「ぐっ……」

 ── ならば……

「そのまま振り回せ!」

 シャナが自身で判断する直前に、悠二の声が割り込んできた。

「星よ!」

 それまでフリアグネから距離を取っていた悠二が、光弾を放ちながらフリアグネとの間合いを詰めようとする。

「くっ!」

 フリアグネの表情が一瞬歪む。フリアグネが光弾を躱そうとしてステップを踏むが、逆にシャナに引っ張られて、その動きが限定される。

 だが。

「惜しい、な」

 フリアグネにゼロ距離射撃を叩き込めるまでに、あと一歩、というところで、その行く手を阻むように、フリアグネはマネキン型燐子を2体、出現させた。

「!?」

「そう簡単に、道は開けないよ」

 言って、フリアグネは手に持っているハンドベルを揺らそうとする。

 その音が響くより一瞬早く、悠二は目前に “明るすぎる水色” の攻性防壁を展開する。

 ハンドベルの、場違いな澄んだ音が響く。悠二に迫ってこようとしていたマネキン型燐子が炸裂し、防壁越しに閃光と爆煙が、悠二の視界を一時的に遮る。

「!!」

 それが晴れた時、フリアグネは、悠二の目前にまで迫ってきていた。

「この『ダンスパーティー』で ──── 燐子を爆発させる、私の必勝の攻撃を、ほぼ無力化するとはね……実力を多少、見くびっていたことは認めようか」

 ── 駄目だ!

 左手で、クイックで炎弾を放とうとするが、フリアグネは “火除けの結界” を纏っている。

「さぁて……中に、何が、あるのかな……?」

 一方のフリアグネは、余裕綽々の表情で、更に悠二に近づいてくる。

 ── この距離なら!

 悠二は光弾を、フリアグネにほぼゼロ距離で叩き込もうと、フリアグネに『トライゴン』の錫杖頭を向ける。

 だが ────

「ぐぅっ!?」

「!?」

 その瞬間、フリアグネと、『トライゴン』の錫杖頭の間に、シャナの身体が割って入ってきた。

 それはシャナの意思ではない。『バブルルート』に、『贄殿遮那』ばかりではなく、シャナ自身の首にまで絡みつかれた状態で、フリアグネに後ろ首を掴み上げられていた。

「はは……はははははっ!」

 フリアグネが哄笑を上げる。

「ぐっ、ぐぅっ……!」

 シャナは、苦しそうに表情を歪め、首元に左手を伸ばしてもがくが、それが返って『バブルルート』を食い込ませ、力を失っていく。

 もがきながらも薄く目を開いたシャナの視界に、愕然とした表情の悠二が、『トライゴン』の錫杖頭を、横に逸らせるのが見えた。

「“蔵の君” の宝具を手に入れたところで、 “炎髪灼眼” に生き残られたのでは厄介だからね……しかしまさか、まさか本当に、フレイムヘイズが、所詮同じフレイムヘイズの為にその手を止めてしまうとは!」

 フリアグネは、シャナから悠二に視線を移すようにしながら、嘲笑するかのように声を上げる。

 ── 私が……邪魔をした? あいつの……

 薄れかけた意識で、シャナは悠二を見つめる。

「はははは、 “蔵の君”、いや “頂の座” のフレイムヘイズ!」

 ── あいつが、私の為に手を止めた? 私の為に、あいつの “世界” の乱入者でしかない私の為に?

「そんなにこのおちびちゃんが惜しいなら、街の一番高いところまで来るが良い!!」

 フリアグネが、シャナをぶら下げたまま、緩く上昇を始める。

 ── 私が、あいつなんかの邪魔に……あいつが、私なんかを庇って……

「楽しい “舞踏会(バル)” を、用意して待っているよ」

 フリアグネは、そう言い残すと、見上げながら立ち尽くす悠二に対し、去り際にその手に持っていた『ダンスパーティー』を一振りした。

「ははははは!! はははははははは!!」

 フリアグネの哄笑とともに、悠二の周囲に無数の爆発が起きる。爆煙がシャナの視界から、悠二を遮った。

 

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