フレイムヘイズの多くは、 “紅世の徒” の討滅
建前はある。 ──── “この世” に渡り来て、 “存在の力” を喰らい、それを用いて “この世” の法則を乱し、 “
だが、 “内なる王” はその目的のために、 “この世” の人間の強い感情を利用する。具体的に言ってしまえば、負の感情、復讐心だ。
故に、彼らと対峙する “徒” は、侮蔑の意味を込めて、彼らをこう呼ぶ。
「討滅の道具」
と ────
──── 私は…… “天壌の劫火” のフレイムヘイズ。
契約通り、ただ使命の為に、戦っていく存在。
誰とも交わらず、誰を大切に思うわけでもなく、誰から大切にされるわけでもなく。
だから、入り込まれてくる人間にとっては、その “世界”、あるいは “
誰に知られるわけでもなく、そこへ行き、討滅して、誰に知られることもなく離れていく。
苦痛だと思ったことはない。
寂しいと思う感情もない。
人のぬくもりを恋しく感じたこともない。
多くのフレイムヘイズは、そう言う存在。
私の “内なる王” にその事を聞かれれば、咎められてしまうけれど、
結局、フレイムヘイズの “内なる王” も、また “この世” に勝手に渡り来て、勝手に討滅をしていく、自分もそういう見方があると、感じてはいた。
だから、アイツ ────
同じフレイムヘイズでありながら、アイツはあまりにも異質で、
その存在の理解を、自分は拒みかけてさえいた。
“守護者たるフレイムヘイズ”
たった1人で、 “この世” 全てを護れるわけがない。
そんな事は、アイツ自身も理解しているはず。
ただ、それでも。
自分の、目が届く範囲だけでも。
自分の、手が届く範囲だけでも。
自分の、 “世界” だけでも ────
復讐に至る前の段階で、自身が世界から
そして、討滅を目的として、この世に渡り来たわけではないが故に、寄り添い、支えることのできる “内なる王”。
それなのに。
それなのに。
私は、アイツに、あのフレイムヘイズに。
自らが護る “世界” を侵す、 “紅世の王” を目の前にして、
自らが護る “世界” の乱入者でしかない私を庇って、
その手を止めて、なお傷ついた。
フレイムヘイズのそんな姿、見たくなかった。
私の在り方を、否定される気がして。
本当に、邪魔なやつ。
…………でも、今の私は、これからの、私は ────
「あちちちちちち……」
火傷のような擦り傷のような傷痕をさすって、悠二はぼやくかのような雰囲気の混じった声を出す。
商店街の外れの低層ビルの屋上で、胡座をかいて座っている。
『はぁ…………』
その傷痕をさする右手の、『ニーベルンゲン』から、ヘカテーが一度、ため息をつくのが聞こえてきた。
『相手が “炎髪灼眼” であるにも関わらず、と言ってしまうのは、私の正直なところですが……』
ヘカテーは、珍しく、逆に悠二がいつもそうなりがちな、葛藤の混じった言葉を出し、
『ですが、よく止めました。流石です、悠二』
と、今度ははっきりした口調で、そう言い切った。
「それに、これであっちこっち探す必要はなくなったわけだし。シャナの安全が気になるけど……」
悠二は軽く、街の喧騒が昇っていく空を見上げながら、呟くようにそう言った。
『……それに囚われるのは、私としては不本意ですが』
「ごめん」
ヘカテーの言葉に、悠二は軽い謝罪の言葉を口にする。
『ですが、しばらくは大丈夫でしょう。 “炎髪灼眼” を殺してしまえば、こちらも手段を問わなくなることも、計算した上で、連れ去ったのでしょうから』
「そう……かな?」
ヘカテーの説明に、悠二は小首をかしげるようにしながら、自信なさげに言う。
『はい。そうでなければ、あの場で2人とも殺されています』
「そっか……」
ヘカテーの言葉に、しかし、悠二は気落ちしたかのような声を出した。
「結局、僕はまだまだ未熟だってことだよなぁ……フリアグネが
『…………』
悠二の独白のような言葉を、ヘカテーは敢えて黙って聞く。
「正直、フリアグネは “王” って言われるだけの事はあるよ。強いって解る。正直言えば、怖いって思う」
そう言う悠二だったが、その表情は、逆に精悍に引き締まっていく。
「でも、逃げない。そして、負けない」
左の拳を目の高さに上げて、意思を固めるように強く握る。
「この街を護ってみせる。シャナも、助けてみせる」
その断固とした決意を、自分に聞かせるように、言った。
── 悠二の交わってきた、そして、これから交わるはずだった “人の輪” ──── 悠二の住まう “世界” を護る、それが、私との誓いでしたね……
ヘカテーは、声に出さずに言う。
── “炎髪灼眼” も、すでにあなたの “世界” の一部なんですね……それは、私は、あまり本意ではありませんが……
悠二にも聞こえない程度に、しかし、ポジティブなため息をつく。
── ですが、その “世界” を護るという意思。この私を満たしてくれる素晴らしい “この世” の、たとえそのひと欠片だけでも、そこへ降りかかる理不尽と戦う決意。その想いが、私を変えてしまった。もう、戻れない…………
「うっ、くっ……」
意識を取り戻したシャナは、軽く呻き声を漏らした後ばっと身を起こした。
周囲を見渡す。何処かの広い建物の、屋上の様だった。視界に入るのは、比較的簡素に作られた舞台、質素な屋台状の売店。
だが、それらは見た目からして、すでに本来の機能を果たさなくなって久しいように見えた。色褪せ、錆びつき、あるいは朽ち果て、崩れているものもあった。売店のビニールクロス地の
シャナが知る由もなかったが、ここはかつて『依田百貨店』と呼ばれた、非チェーン系の、地元百貨店の店舗だった。
一般の住人には『依田デパート』の呼び名が通りやす
以降、建物は第3セクターを設立しての活用が検討されたが、そこへダメ押しの
陽は既に地平線の彼方に沈み、空には星が瞬いていた。今が何時なのか……シャナには知る術がなかった。
「…………!?」
空は夜となっているにも関わらず、この廃屋で昼間のような光が発されている方を向く。かつて看板が掲げられていただろう塔屋部に向かって、まるで回廊を形成するかのように、白いウェディングドレスを纏ったマネキン型燐子が、2列に分かれて並び、回廊を形成している。
そして、その奥に、まるで陽炎のように漂うマントをソファの様にして腰掛け、頬杖をついているようにしているフリアグネと、その傍らに、フリアグネに傅くようにして立っているウェディングドレス姿の女性。その姿も、そのドレスの豪奢さも、マネキン型燐子とは一線を画している。
「おや、お目覚めのようだね」
シャナの覚醒に気付いたフリアグネが、歪んだ笑顔を見せてそう言った。
「…………」
シャナは、フリアグネを睨みつけるように険しい顔を向けつつ、自身の身体を、御崎高校の制服の上からまさぐる。しかし、シャナが必要としたものを得ることはできなかった。
「あ…………」
愕然とする。
「『夜笠』が……『贄殿遮那』が……」
急に、喪失感を伴った不安が、シャナの心で膨らんでいく。
「お探し物はこれかな?」
そのシャナの胸中を見透かすように、フリアグネは右手で弄ぶようにしながら、それをシャナに対して掲げて見せた。
『贄殿遮那』、シャナが纏う黒衣『夜笠』、それに『コキュートス』までもが、フリアグネの手中にあった。
「アラストール……ああ……」
フレイムヘイズの “神器” は、あくまで意思疎通の為のものであって、それを取り上げられたからと言って、 “内なる王” とのつながりが絶たれるわけではない、訳ではないが ────
今まで、不安というものを感じた事が無いわけではない。だが、その不安すらも闘志の糧とするのが、シャナの自己流の ──── あるいは、無自覚なメンタルの自己制御法だった。
それに、かつてある事件で『贄殿遮那』を手に入れるまで、シャナの格闘戦のスタイルは徒手空拳だった。
フリアグネ程の “王”、あるいはそれに匹敵する存在と、対峙したことも一度や二度ではない。
だというのに ──── 今、まさにそうすべきだと解っているのに、武具を奪われ、燐子に囲まれただけで、どうしてか脚が竦んでしまう。
「返せ!」
それを振り払うかのように、シャナは歯を剥くようにして闘争心を
だが、当然の如く、フリアグネに届くよりずっと手前で、燐子達がシャナの行く手を阻む。
「っ…………!!」
── ナニカガオカシイ。
自分でも戸惑っていた。いつもならこの時、躊躇わずに飛び込んでいたはずだ。
だが、燐子達が爆発するその光景が脳裏をよぎった瞬間、何故か脚が止まってしまった。躊躇ってしまった。
「おや、猪突猛進はやめたのかい? 血の気の多いおちびちゃん」
「くっ……」
フリアグネの、文字通りに気障な笑みとともに発される嘲るような言葉に、シャナは屈辱に奥歯を食いしばりつつ、フリアグネを睨み返す事しかできなかった。
── チガウ、ホントウハ、ワカッテイル。
最初は、あいつのその姿は、怯懦から来るものだと思った。
でも、それだけじゃない。
失うことを恐れる、だからこそ、戦える。自らの全てを捧げてでも、奮い立てる。
それは、自分の命であっても。それを失えば、二度と戦うことはできないのだから。
それに気付いてしまった時、本当の “恐怖”、 “不安”、といった感情を、少し理解ができた。 ──── 消えてなくなるのが嫌だと思ってしまった。アラストールと話ができなくなるのが嫌だと思ってしまった。ヴィルヘルミナと二度と会えなくなるのが嫌だと思ってしまった。
全て捨てたと思っていた自分でも、まだこんなにあるということに気付いた。それが、あいつには ──── “頂の座” のフレイムヘイズ、坂井悠二には、自分の何倍も存在している。
自分の感情が、捨て去ったと思っていたものが、あるいは知らなかったものが、シャナの中で大きく、重く膨らみ、その重さで、シャナの心は沈んでいった。