蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第20話

「ふむ…………」

 フリアグネは、シャナの胸中を理解しているのかいないのか、どこかつまらなそうな声を出す。

「“蔵の君” も、君を探して追いかけてくると思ったんだけど……まだ来ないんだよ」

 フリアグネは、シャナが動きを止めたのを、単純な戦意喪失と捉えた様子で、ふふ、と笑いながらそう言った。

「! そうだ」

 良いことを思いついた、というように、フリアグネは明るい表情になった。

「暇潰しに、私のコレクションの一部を見せてあげよう」

「!」

 「誰がそんなものを……」と、シャナはそう言いかけて、咄嗟に飲み込んだ。

 ── こいつの手の内を知っておくのも、悪くないわね……

 そう思いつつ、ゴクリと喉を鳴らして息を呑み、険しい表情だが、睨みつける視線を弱めて、真摯に見つめる目つきになる。

 フリアグネは、シャナから取り上げた物を、傍らにいた燐子に持たせる。そして、ふわり、と浮かび上がるように立ち上がり、シャナを取り囲んでいる燐子達に、自分の正面を開けさせる。

「まずはこれ! なんだか解るかい?」

 フリアグネは、芝居がかった大仰な動きをして、シャナに右手の甲を見せた。その中指に(みどり)がかった青い宝石を戴き、リング全体に紋様が彫り込まれている。

 僅かな装飾が彫り込まれただけの、シンプルなシルバーのリングの『ニーベルンゲン』とは、見間違えようもない。

 シャナは、アラストールや師であるフレイムヘイズの先達から教えられた、記憶の奥にしまい込んでいた知識を引っ張り出す。

「…………『アズュール』?」

「そう! 流石だね! 火除けの結界を張る指輪だよ」

 シャナは素っ気なく答えたが、フリアグネは妙に嬉しそうに、はしゃぐような声を上げる。

「コレがあるから私は爆発の中でもそれに巻き込まれることはないし、フレイムヘイズの炎も防ぐというわけさ。もっとも、炎も満足に出せないおちびちゃんには、あまり必要ないかもしれないけどね」

「!」

 シャナはあることに気付いて、はっと目を(まる)くする。

 ── 悠二の防壁も炎の属性を持つ、すると、すり抜けることができる……?

 シャナは、その思考をフリアグネに気取られないうちに、表情を取り繕う。

「そして!」

 それに気付いていないのか気付いていて惚けているのか、フリアグネは、やはり芝居がかった動きで、()()を取り出した。

 古典的なスタイルのリボルバー拳銃に見えるその銃口を、フリアグネはぴたりとシャナの額に向ける。だが、シャナはぴくりともせず動じない。ただ、フリアグネに強烈な視線を向けている。

「いくらフレイムヘイズとは言え、銃を突きつけられて動じないとは、大した度胸だよ……」

 感心したような、あるいは不満だったのか、フリアグネは、口元で不敵に笑いながらも、声を幾分低くして、そう言った。

「でも、これはただの拳銃じゃない。『トリガーハッピー』と言ってね、数多い私のコレクションの中でも、真打ちと呼べるものさ」

 そう言うと、フリアグネは銃の回転式弾倉を飛び出させる。蓮根型の弾倉の穴越しに、向こう側が見える。

「ご覧の通り()()は無い。銃の形は “撃つ” という行為を表す為の様式さ」

 フリアグネはそう言うと、いつものような、伊達者や、子供のようにはしゃぐ様子のそれから一転、怜悧で酷薄そうな笑みを浮かべる。

「弾丸なんか要らない」

 弾倉を戻しつつ、説明を続ける。

「撃つ意思を持つ者が使えば、いくらでも撃てる。その効果は……なんだと思う?」

「…………フレイムヘイズ殺しの、道具?」

 シャナは、その名前までは知らなかったが、そう言った能力を持つ宝具が存在していることは、やはりアラストールや先達から聞かされていた。

「はははっ、ははははっ!! その通り! いや、おちびちゃん相手だと、話が通じやすくて実に良いね!」

 フリアグネは、なにかに満足した様子で、愉快そうに笑い声を上げる。

「釈迦に説法だろうが ────」

 フリアグネは笑みを消し、憎々しげに歪んだ表情で言う。

「──── “フレイムヘイズ” は、契約者が自分で占めるはずだった “現在” ・ “過去” ・ “未来” の全てを “王” に捧げ、代わりに “王” が空っぽになった契約者という “器” に力を満たす事で出来上がる」

 先程までとは異なり、ヘカテーのそれを思わせるかのような淡々とした口調で、フリアグネは言う。

「持てる()()()()()で、 “王” の力をこの世に引き出す」

 その説明にフリアグネが進んだ時、シャナは、胸の内が重くなったように感じ、少しの動揺を見せた。

「契約に際して、 “王” は己が存在を、 “器” たる人間の内に収まる程度に収縮し、休眠した状態になる……ここまでは、君もよく知っているはずだ」

 フリアグネは、シャナの微かな動揺を見て取ったが、その意味を正しく認識はしていなかった。

「この『トリガーハッピー』は、その “王” の休眠状態を破ることが出来るんだ」

「!」

 今度は、フリアグネの期待している意味で、シャナはわずかに動揺した。

「休眠が破られたら……フフフ……」

 フリアグネは、左手をシャナの視界の中に持ってくると、手のひらを上に向け、軽く握り、それを開くという、 “爆発” の簡単なジェスチャーを見せた。

「ボンッ、と割れて、契約者は爆死する、と言う訳だ」

 フリアグネの表情が、怜悧さ、酷薄さを残したまま、口の端を吊り上げ、狂気じみた様な笑みになる。

「楽しいだろう? ははははははは」

 シャナの表情から、明らかに血の気が引いていくように見えた。フリアグネはそれに満足したかのように、笑い声を上げる。

「“器” を失った “王” は、 “この世” に顕現することになる。普通、フレイムヘイズの “内なる王” 足らんとする “王” は、普通、両界のバランスを崩すことを恐れて “紅世” に帰ってしまうんだけど、あの[()()(・マ)()()]の巫女様がどうするかは解らない ────」

 「()()()」という単語に、若干、(あざけ)りのニュアンスを絡めた発音をする。

「──── けど、フレイムヘイズたる “器” を破壊された直後では、己が顕現するために最低限の力を確保するだけで精一杯だろう。つまり」

 フリアグネは銃口をシャナから逸し、狂気じみた笑みを更に強める。

「私の完勝、というわけさ」

「…………」

 シャナはフリアグネに視線を向け続けていたが、妙に喉が渇く気がして、何度もゴクリ、と唾液を嚥下する。

「でも、いきなり “蔵の彼” を撃ってしまうわけにはいかないんだ。どうやら、彼の中には、とても珍しい宝具が蔵されているようだからね。如何に巫女様の炎でも、コレで “器” を破壊された時の爆発で、その宝具は破壊されてしまうだろうからね……」

 フリアグネは、一旦視線を、市街地の方へと向け、その挑戦的な笑みに満足した様子を混ぜつつ、そう言った。

「そして、おちびちゃん、君もね」

 そう言って、視線をシャナに戻す。

「君の中にいるのは、 “紅世” の “真正の魔神”、 “天壌の劫火” だ。迂闊に街の中で割れば、せっかく作ったトーチが大爆発で吹き飛ばされてしまう。だから、戦いの場所を高い所に指定した」

「…………」

「炎を喰らわず、一撃で必殺する私が、確実に勝利するのは間違いない。だけど、それでは彼の中の宝具を、みすみす手に入れ損なってしまう。だからそれを解決するために、おちびちゃん、君を連れてきた」

「…………」

 フリアグネは、シャナがみせる()()の様子を、()()に対するものだと捉えていた。

「彼が君を殺せないのは、先程よく解ったからね。だから、君を盾にして、彼の中身を抜き取らせて貰う。その後は……ふふ、フフフフフ……」

 フリアグネの歪な笑みから、狂気じみた笑い声が漏れる。

「いずれにせよ、それだけでは物足りない……これまで散々、私の邪魔をしてくれた報いを、苦しみながら味わうのを見なければ気がすまない。フフ、フフフフフ……」

 言い終えると、フリアグネは「余興は終わった」と言わんばかりに、シャナに背を向けて元の位置に戻ろうとする。先程までフリアグネがいた位置を、再びマネキン型燐子が占め、シャナを取り囲む。

「舐める、なぁっ!」

 ドンッ

 靴の踵に紅蓮の炎を爆ぜさせ、シャナは、燐子の包囲を高く跳躍して飛び越える。そのまま、徒手空拳の構えで、フリアグネに迫る。

「ご主人様!」

 そう言って躍り出たのは、先程フリアグネの傍らにいた花嫁姿の燐子だった。

 その手に握られる『バブルルート』が、シャナを空中で絡め取り、再び自由を奪いつつ、一本釣りの要領でシャナを床に打ち付け、転がした。

「ぐぅっ……!!」

 シャナが、くぐもった苦悶の声を漏らす。

「すまない、マリアンヌ」

 フリアグネはしかし、不敵に笑いながらそう言って、シャナの方を振り返り、侮蔑するように見下ろす。

「多少は身をわきまえたかと思ったけど、所詮子獅子は子獅子か…… 馬鹿正直に、襲いかかることしか知らないようだね……」

 シャナは、表情に屈辱を表しながらも、どうにか拘束を解こうと足掻く。見てくれの麗しさなど、どうでも良かった。シャナが抱える()()に比べれば。

「心配しなくても、 “蔵の君” から宝具を奪って殺すまでは、君は生かしておいてあげるよ……ふふふ……」

 フリアグネは言う。だが、シャナの恐怖は、それとは別のところにあった。

 ── あいつの…… “坂井悠二” と “頂の座” の、戦う力の根源が……私の為に、悠二が護ろうとした “世界” が……────

 まだ、はっきりとは解らない。だが、それを思考し始めると、ゆかりや一美、真竹、速人や啓作、栄太、それに千草の顔が ──── 自分を称える、あるいは対等の存在として、または人の親として、自分に接してくる、悠二の周囲の人間達 ──── それと()()になるように、自分を育ててくれた、師たるフレイムヘイズや、その周辺の先達の姿が、シャナの頭に蘇る。

 そして、最後に脳裏をよぎったのは、自身を盾にされて、戦意を欠き、『トライゴン』の錫杖頭を逸らした、悠二の愕然とした表情。

 ── 私のせいで、悠二のフレイムヘイズとしての意味を消してしまう。悠二が消える、護ろうとした “世界” も消えてしまう!!

「う、うう……」

 それを理解しようとしなかった。ほんの一部でも理解できた時には、遅かった。後悔の念が、シャナの口から呻き声となって漏れる。

 目頭に、何か熱いものがこみ上げてきた。シャナは、それが涙だとは気付かなかった。

 

 

「それにしても、 “蔵の君” は来ないね……」

 フリアグネは、『バブルルート』に雁字搦めにされたシャナを視界の片隅に捉えながら、少々退屈した、あるいは興醒めしたといったような口調で、そう言った。

「怖気づいて、逃げてしまったのかな? 君を置いて……」

「そんなの、あり得ないわ」

 シャナは、自分でも、意識して確信があるわけではなかった。だが、否定しなければならないと思った。

「ほう」

 フリアグネは、好奇心旺盛そうに、ケレン味を含んだ笑みで、シャナを見る。

「あいつは確かに、失うことを極端に恐れる、フレイムヘイズにあるまじき臆病者だけど」

「ふん?」

「それでも、来る。お前がこの街にいる限り、そして、お前が私をここに縛り付けている限り、絶対に、来る」

 ──そして、殺される……

 フリアグネに対しては、(たぎ)るほどにではないにせよ、しっかりとした言葉で言ったシャナだったが、言外に、絶望する一言が続いていた。

「たとえ髪の毛の先程でも、望みがあるのなら、諦めない。それが、フレイムヘイズよ」

 フリアグネに毒されたか、今度はシャナの方が、些か芝居がかった口調で言う。

 そしてそれが、シャナ自身の奮起も呼び起こした。

 ── そうだ、自分もこのまま、おめおめと盾にされるつもりはない。悠二がやってくれば、そこに勝ち目はある!

 先程までの絶望が、逆に希望へと転じ、そしてシャナが、今まで本来のそれを感じることができずにいた、その感情が湧き上がってくる。

「お前こそ、覚悟を決めて待っていたら? 悠二の光弾が、お前の(はらわた)を貫くのを」

「フン……だと良いけどね、フフフ……」

 シャナの挑発に、しかしフリアグネは全く臆することもなく、嘲るように笑った。

 ちょうど、その笑いが途切れた時。

「来てやったぞフリアグネ!」

 “明るすぎる水色” の髪と、それを濃くしながらも澄んだターコイズブルーの瞳の、フレイムヘイズの少年の声が、辺りに響き渡った。

 

 

 ピィィィーッ!!

 AW2警笛の甲高い音。既に()()は走り去り、私鉄では珍しくなった貨物列車が、日本の大型電気機関車には珍しいボンネット型のEF13形に牽かれながら、真南川橋梁を渡っていく。その不規則なジョイント音が響いてくる。

 既に、地方都市の繁華街の灯りは、コンビニエンスストアやカラオケボックス、ネットカフェ、それにわずかに存在する宿泊施設、それらのみとなっている。

 その街を眼下に、悠二は制服姿のまま、フリアグネの正面に相対する形で、虚空に立っていた。

 足元の、登校用のスニーカーから、 “明るすぎる水色” の炎の羽根が、2対4翅、煌めきながら生えている。

「ふ……ふふふ……」

 フリアグネの表情が、ぱっと明るいものに変わる。待ちわびていたモノがやっと来た、というものだが、それには邪悪な色が混じっていた。

「何をモタモタしていたのやら、ようやく来たね」

「騒ぎにしたくなかったんでね……飛ぶところとか、見られたくなかったし」

 悠二は言いつつ、ビルの屋上、その床面へと進む。マネキン型燐子の列が作る回廊の入り口のところまで来て、音も立てずに、直接足で降り立った。

「まったく君の都合ではあるが、懸念が少ないのなら、それに越したことはないね。さあ、楽しい “舞踏会(バル)” を始めるとしようか」

 ギギギッ、ギチギチギチギチ……

 不敵な笑みを悠二に向ける、フリアグネの言葉に(こた)えるように、ウェディングドレス姿のマネキン型燐子が、西洋剣を持ち上げていく。

「ああ、マリアンヌ……」

 まるでマネキン型燐子の動きを祝福の儀式として上げる結婚式であるかのように、フリアグネは傍らにいた花嫁姿の燐子を軽く抱き寄せ、その正面に立つ。

 その表情は今までとは異なり、優しげな紳士の穏やかな笑みになっていた。

「もうすぐ君を1個の存在にしてあげる事ができるよ…… そして、君と私と、いつまでもいつまでも一緒に生きよう」

「ご主人様……」

 宣誓のようなフリアグネの言葉に、燐子の花嫁は彼の顔を見上げ、至福の顔を見せる。

「さあ……」

 フリアグネは手を伸ばし、更に深く燐子の花嫁の抱き寄せると、害意を隠そうともしない笑みに変わり、それを悠二に向けた。

「“ 頂の座” の、正義の味方気取りに、その分際を思い知ってもらおうか!!」

 フリアグネの言葉とともに、マネキン型燐子が一斉に、剣を構えて悠二に襲いかかる。

「炎よ!」

 悠二は、その右手に持っていた()から、 “明るすぎる水色” の無数の炎弾が放たれる。迫ってくるマネキン型燐子を爆炎が包み込み、()き尽くしていく。

「悠二!」

「!」

 聞こえてきたシャナの声に、悠二は意識を向けながらも、ステップを踏むようにして、マネキン型燐子の剣の切っ先を躱していく。

「悠二! そいつの持ってる銃に注意して!」

 悠二の意識は目の前の戦闘に向けられけていたが、確かにシャナの言葉を聞き取った。

「解った……っ」

 悠二は、答えながらニヤリと笑う。

 この時点で、フリアグネはもちろん、そしてシャナも気付いていなかった。 ──── ──── ──── ───、──── ──── ──── ── ことに。

 

「どうした、得意の防壁は張らなくて良いのかな?」

 フリアグネは笑いながら、『ダンスパーティー』を手にする。

「!」

 マネキン型燐子の動きが変わる。遮二無二、悠二に詰め寄り取り囲もうとするように、突進してくる。

「弾けろ!」

 …………チリーン

 ハンドベルの澄んだ音とともに、悠二に迫っていたマネキン型燐子は、一斉に爆発した。

 攻性防壁、『却焰の緞帳』が張られた様子はなかった。

 悠二は炸裂したマネキン型燐子の、薄白い爆炎に飲み込まれていった。

 

「悠二 ──────── ぃぃぃっ!!!!」

 

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