蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第21話

 シャナ自身、生まれて初めて上げたと思えるほどの絶叫を上げる。

 悠二の姿が、マネキン型燐子の爆発によって発生した、(はげ)しい爆炎に包まれる。

「ウフフ、ハハハハ、アハハハハ、ハハハハハ……!!」

 シャナとは対象的に、フリアグネは狂気じみた歪んだ笑みで、あたりに響くほどの哄笑を上げる。

 だが……────

 爆発の煙が、風として肌には感じられない程度の気流にのって、晴れていく。

「うぁ、ぁぁ……」

 『バブルルート』に絡みつかれたシャナは、フリアグネの背後で、フリアグネがマリアンヌ、と呼ぶ花嫁姿の燐子にぶら下げられた状態で、愕然とした表情で悠二が爆発に飲み込まれていった方を凝視したまま、悲壮な呻き声を漏らす。

「なに…………?」

 フリアグネの方も、怪訝そうな表情をした。

 爆煙が晴れた跡には、僅かな残滓だけが残されていた。

「なにも残っていないだと……中の宝具まで、いや……()()()()()()()で完全に破壊してしまったというのか……?」

 フリアグネは、疑念を口にし、その口元を手で覆う仕種をしながら、険しい表情で爆発のあった場所を注視する。

「いや、そもそも、彼は……────」

「ご主人様!」

「爆ぜよ!!」

 フリアグネがさらなる疑問を口にしかけた時、マリアンヌの叫び、そして唱える声が、立て続けに聞こえてきた。

 マリアンヌは回避しようとするが、捕まえていたシャナが重りとなって一瞬遅れ、炎の矢がその肩口に命中していた。その炎の矢が唱える声に応じて爆発を起こし、マリアンヌの肩を砕く。マリアンヌの右腕は、肩口からキレイになくなっていた。

「悪いけど、これも返してもらうよ」

 片腕を失ったマリアンヌから、シャナを『バブルルート』もろとも、そして、左腕で持っていた、『コキュートス』と『贄殿遮那』が(くる)まれた状態の『夜笠』も、ひったくっていった。

 ドンッ

 “明るすぎる水色” の炎の羽根が生えたスニーカーの踵で、同じ色の炎が爆ぜ、フリアグネを後ろから追い越すようにして、シャナは勢いよく離されていった。

「なんだと……どういう……ことだ……!?」

 フリアグネは、理不尽だと叫び出すかのような表情で、問い質すように言う。

「僕はお前ほど気配を隠すのは上手くないけど、それでも()()()()ぐらいのことはできる」

 『バブルルート』を解いてシャナを立たせて下ろしつつ、澄んだターコイズブルーの瞳でフリアグネを睨みつけるようにしながら、声を上げる。

「はっきりしない気配の近くで、見た目だけ僕そっくりの存在があったら、それが偽物だってわからないだろう!?」

 私服のシャツにデニムパンツというラフな姿だったが、その髪色は紛うことなき “明るすぎる水色” に染まり、仄かに輝いている。

「それじゃあれは、燐子だったの?」

 シャナは、悠二から『夜笠』を受け取り、マントとして羽織りながらそう訊ねる。

 悠二は軽く頷いてから、

「その亜種みたいなもの。意思は持たないから、予め行動をプログラムしておくか、一時的に誰かの意識の()()だけ被せて使う。僕は『傀儡(クグツ)』って呼んでる」

 と、シャナに説明する。その間も、険しい視線はフリアグネを捉えていた。

 そして、右手を伸ばし、

「来い、『トライゴン』!」

 二等辺三角形の輪の錫杖頭に、同じ形の遊輪を持つ、大杖を()()()()、握る。

「シャナをなんとか引き剥がして、できればシャナの持ち物もひったくる、その隙が欲しかったんだけどね。まさか、ここまでうまくいくとは思わなかったよ」

 険しい表情でフリアグネを睨むようにしつつ、悠二は挑発するかのような口調でフリアグネに告げる。

「っ……!」

 悠二の言葉に、フリアグネは屈辱に満ちた表情をするが、それも一瞬のこと。

「クククク……流石は、 “祭礼の蛇” の巫女様を “内なる王” とするだけのことはある、ということか……」

 右手で顔の半分を覆うようにしつつ、フリアグネは、まるで狂喜したかのような表情になって、言う。

「いいだろう、2人纏めてこの場で消し去ってあげるよ!」

 フリアグネの言葉とともに、無数のマネキン型燐子が一斉に、剣を構えて悠二とシャナの方へと向かってくる。

 だが、

 しゃりん

 フリアグネの言葉の次の瞬間には、『トライゴン』の遊輪が鳴らされていた。

(アステル)よ!」

 事ここに至っては手加減無用、とばかりに、悠二は無数の光弾を撃ち出す。薙ぎ払うかのように、何体ものマネキン型燐子が一瞬で破壊される。

「ひゅっ」

 次の瞬間、光弾の横殴りの霰をすり抜けてきたマネキン型燐子に、シャナが斬りかかる。まず正面に捉えた1体を真っ二つにすると、返す刀でもう1体を下から上へ斬り上げる。さらに、横に回り込んできた1体を横薙ぎに斬った。

「シャナ! 一歩下がって!」

 シャナが刃を向けた方とは反対側から接近してきた1体を、左手での炎弾のクイックファイアで弾き飛ばしながら、悠二が叫ぶ。すでに、右腕は準備動作に入っている。

 シャナは、くるり、と身体を旋回させつつ、身体ひとつ分悠二側に退く。その(きわ)にも、完全にではないが1体、斬りつける。

「却焔の緞帳!!」

 チリーン……

 ほぼ同時。フリアグネが『ダンスパーティー』を鳴らし、悠二が自分から見てシャナの向こう側に “明るすぎる水色” の炎の壁が出現する。

 2体程はそのまま突っ込んで炎に灼かれ、残りは『ダンスパーティー』の音とともに爆発を起こすが、それも防壁に阻まれて、爆炎と爆風は逸らされる。

 その煙が晴れる瞬間に、シャナがまだ残っていた2体を続け様に斬り捨てた。

 一方。

 ── やっぱり、そうだ……

 悠二は、自らも、フリアグネが追加で出現させたマネキン型燐子を、光弾で撃ち抜き破壊しながら、半ば意識して、()()()()()()()()()の左手で自分の胸を押さえた。

 ── あれは、あのハンドベルは、燐子だけを爆発させるんじゃない。もっと、複雑な形で、 “存在の力” に干渉してくる……!

 シャナがフリアグネに向かって突進する。フリアグネは新たにマネキン型燐子を出現させて、シャナに向かわせる。その姿が確認できた瞬間、ひゅっ、と、()()()()()()()()ように、垂直に跳躍した。その空間を光弾がすり抜け、フリアグネが作り出したばかりの燐子を貫き、破砕した。

「くっ!」

 フリアグネが、たまらないといったように身を捻って躱す。流れ弾になった光弾が、一瞬前までフリアグネが存在した空間を突き抜け、フリアグネが作り上げていた結婚式場のようなセットの舞台に着弾し、破壊した。

 ── ()()に戦う存在がある、こんなのは久しぶり。それも、メリヒムやヴィルヘルミナ以外の相手と。でも……──

 シャナは着地すると、脚を踏ん張るようにして構えつつ、睨みつけるような視線をフリアグネに送りながら、口元で不敵に笑う。

 ── 悪くない…………!!

「どうしたの、もう人形遊びはおしまい?」

 先程までの意趣返しだ、とばかりに、シャナも挑発するような言葉をフリアグネに投げかける。

「なにを……────」

 フリアグネは、バスケットボールサイズの炎弾を無数に収束させ、シャナめがけて撃ち出す。

 その着弾の、薄白い爆炎の直後、 “明るすぎる水色” の光弾の応射が返ってきた。たまらない、といったように、フリアグネは飛び上がり、回避して、そのまま空中に立つ様に浮遊する。

 フリアグネは炎弾でシャナを牽制しながら、新たに燐子を出現させる。しかし、その端から、悠二の放つ(アス)(テル)によって破壊される。すり抜けた僅かな数を、シャナが斬り捨てる。そしてその隙ができたところへ、悠二が直接、炎弾の速射を放つ。炎弾は火除けの結界で打ち消されるが、その最中は、フリアグネも僅かに動きを阻まれる。

 ── 駄目だ、焦るな……!

 悠二は、自分に言い聞かせる。

 あと一瞬、フリアグネが隙をつくってくれれば、直接、フリアグネに光弾を撃ち込める、と思ってしまうのを、自制する。

 ── フリ()グネ()のやろうとしていることの本質を、掴むんだ ────!!

 

 

「強い ────」

 フリアグネの傍らにいる、隻腕の花嫁姿になってしまったマリアンヌが、呟く。

 普通のフレイムヘイズなら、仕掛けてきた炎の攻撃を火除けの指輪で防いだ隙に、『トリガーハッピー』を撃ち込んでカタがつくのに……

()()()()は違う! 圧倒的な剣術と、攻防両立の自在法での戦闘!」

 マリアンヌの胸中での言葉は、途中から実際に声に出ていた。

 “蔵の君” 、そう彼らが呼ぶフレイムヘイズが撃ち出す光弾が、フリアグネが出現させたばかりの燐子を破壊し、さらに、逸れた1発が流れ弾となってフリアグネを掠めた。

「ご主人様!」

「大丈夫だよ、マリアンヌ」

 不安気に声を出す花嫁に、フリアグネは微笑みをつくって答える。しかし、先程までの余裕を失い、わずかに引きつっていた。

「──── ご主人様」

「駄目だ、マリアンヌ」

 マリアンヌの訴えるような声を、しかしフリアグネは遮るように声を出し、退けようとする。

「しかし、このままではご主人様の命まで……」

「駄目だ!」

 不安気に気遣うマリアンヌの声を、フリアグネは更に語気を強めて撥ねつけた。

「用意できる燐子の数も残り僅か……それ以上は、時間と “存在の力” に余裕がない。逃げるにしても、あの2人を前にしては至難の業……────」

 マリアンヌが言う間にも、2体の燐子が、光弾に貫かれて爆散した。更に、残った1体を、 “炎髪灼眼” が斬り裂いた。

 更に残っていた1体を、 “炎髪灼眼” に絡みつかせて爆発させようとするが、 “炎髪灼眼” が着地した瞬間、迫る燐子との間に “蔵の君” の、炎の攻性防壁が出現し、飛び込んでいった燐子は、爆発させるまでもなく灼かれて砕かれる。

「ご主人様が討ち滅ぼされれば、私も生きてはいられません」

 緊迫していた様子のマリアンヌの声が、突然、穏やかに ──── 年長者が、優しく言い聞かせるかのような声になる。

「ですが、その逆は、違います」

「!?」

 フリアグネの態度が一変する。それは、ただ追い詰められたからの緊張のものではない、もっと、重大ななにかが起きた、あるいは起きかけている、それに対する狼狽の表情だった。

「だ……駄目だ!! マリアンヌ! 私は君の為に、全てを……──!!」

 フリアグネは、それまで誰にも見せたことのないような、取り乱した口調で制しようとする。

 だが、マリアンヌは、穏やかな口調のままで続けた。

「ええ、ご主人様。私も同じなのです ──── それができることを、私は嬉しく思っています」

「駄目だ……駄目だ、マリアンヌ」

 フリアグネは、憔悴と狼狽に支配された表情になりつつ、それを認めない。

「大丈夫です」

 マリアンヌは、残っていた左手を自分の胸元にあてた。

「私には、転生の自在式が刻まれていますから、『都喰らい』が無事成就すれば、修復も可能でしょう」

 今度はその手を、『ダンスパーティー』を持つフリアグネの手に添えた。

「できます ──── よね……────」

 その言葉はフリアグネに聞こえたか、聞こえないか、その瞬間に、マリアンヌは、フリアグネを突き飛ばすようにして、自らも剣を手に、屋上の2人のフレイムヘイズに向かっていく。

「やめっ……やめてくれ、マリアンヌ!」

 フリアグネの悲痛な叫びを背に、マリアンヌは、躊躇うことなく突進した。

 

 

 ── なんて、哀れなんですか、 “狩人” ……

 悠二とシャナが、燐子を屠りながら、フリアグネへの攻撃を伺っていた最中、2人のやり取りを聞いていたヘカテーが、声に出さず、呟いた。

「!」

 燐子の動きが、急に一段と良くなる。直接上空から悠二へ突進してくる燐子に対して、悠二は攻性防壁を張り、凌ぐ。

『悠二、後ろです!』

 ヘカテーの言葉。悠二は慌てて振り返るが、『トライゴン』の引き戻しまでは間に合わない。

 ヒュッ

 悠二にとって感覚的な後ろ側から、シャナが跳躍し、隻腕の花嫁を、真っ二つに斬り裂いた。

 ── きっと、修復してください ────

「しまった!」

『本体か!!』

 シャナとアラストールが声を上げる。シャナが斬り裂いた花嫁の中から、デフォルメされた少女の縫いぐるみ、()()()()()が、更にすり抜けて悠二へと迫ろうとする ────

 光弾を放つ余裕はない。悠二は、速射で炎弾を放ったが、機敏な上に小さいマリアンヌはそれをギリギリのところで躱し、僅かに焦げ目が入っただけだった。更に向かってくるマリアンヌに、悠二は、反射的に左手の手元にあった、『バブルルート』のコインを投げつけていた。

 チェーンウィップが出現する。悠二に鞭術の心得などなかったが、 “存在の力” を微かに流し込んだだけで、それは悠二の思い描くように動き、マリアンヌを絡め取った。

 ── 私も……あなたと……────

「この一瞬が欲しかったのよ、フレイムヘイズ!」

 マリアンヌが声を荒げた。

 元々丸いマリアンヌに、『バブルルート』が絡みついたところで、大した意味はない。逆に、悠二の方が咄嗟に解放できず、マリアンヌの動きに翻弄されてしまう。

「ご主人様!!」

 マリアンヌは、悠二を手繰り寄せるように上昇しながら、声を上げる。

「くっ」

 悠二は、スニーカーに炎の羽根を出現させ、僅かに足が床から離れつつも、地面を踏みしめているかのように踏ん張る。

「悠二!」

 シャナが声を上げる。

「さあ!!」

 言いながら、マリアンヌはチェーンウィップを引き上げていた力を、一瞬、緩める。

「くっ!」

 技術のない悠二は、自らを引っ張っていた力が急に喪失し、その反動を吸収し切ることができず、自らの力で床に叩きつけられる。

『悠二!』

 ヘカテーが切羽詰まった声を上げた。

 シャナがマリアンヌを迎撃しようと動く。

「今です! 御主人様!!」

 愕然としたように、空中に立っていたフリアグネだったが ────

 

()()()()()様!!」

 

 チリーン…………

 

 ──────── 閃光。

 

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