蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第22話

 ドォオォォォ……ン…………

 

 マリアンヌのそれは、他の燐子のそれとは、比べ物にならない規模のものだった。

「マリアンヌ……」

 フリアグネは、眼下で行われている破壊を、直視できないでいた。それが衝撃的なものだったからではない。涙を流しながら、嗚咽を漏らしていた。

「ぐぅっ!!」

 シャナは、塔屋部の看板素材に叩きつけられた。それらは一瞬衝撃を吸収してくれたが、シャナの落下した上に更に瓦礫が落ちてくる。フレイムヘイズの強靭な肉体にとっては致命打ではなかったが、その瓦礫の下に埋もれてしまう。

「がぁっ!!」

 悠二は、屋上の床にめり込まされた。爆発は一瞬の出来事のはずなのに、悠二の意識には数分間、途方もない程の重量物がのしかかってきた様に感じられた。悠二の周囲に沿って、屋上の床を構成するコンクリートの表面が剥がれる。

 

「う……ううう…………ううううううう……」

 爆発による耳鳴りが止むと、哀しみの嗚咽の声が、近づいてきた。

「うう……マリアンヌ……私のマリアンヌ……」

『悠二!』

 それがフリアグネの声だとはっきり感じられた時、ヘカテーが声を上げた。

「大丈夫……意識はあるよ……」

 言いつつ、悠二は、痛みで軋む身体を無理矢理にでも動かし、起き上がろうとしながら、視線を上げる。

「!」

 その、上げた視線の先で、フリアグネが古典的なリボルバー拳銃を、悠二に向けていた。

 しかし、その表情は、闘志を表すものでも、いつもの伊達者気取りの気障なものでもなかった。まるで、母を亡くした子供のように、顔をくしゃくしゃにしながら、すすり泣いていた。

「ああ……できるとも……するとも……マリアンヌ」

 涙を止め処なく流しながら、誰にとも無く呟くように、フリアグネは言う。

「ここで得られる力……全てを使ってでも、君を蘇らせてみせる。そして…… “この世” で1個の存在にして見せる!!」

 すすり泣き混じりに呟くその口が、薄っすらと笑う。だが、それは、引きつった、哀しみのあまりに現れた、歪んだ笑みだった。

「そして……いつまでも2人で生きよう……2人で……」

 そう言ったフリアグネの口から、笑みが消える。

「…………だから、まず、死ね。フレイムヘイズ」

 涙は止まることのないまま、フリアグネは、激しい ──── プライドを傷つけられた、などという生易しいものではない、純粋な憎悪の表情を悠二に向ける。

「目の前の宝具などという些事に囚われ、マリアンヌを失ってしまった! 私が愚かだった!!」

 言いながら、引き金に力をかけようとする。

「悠二!!」

 瓦礫の中から這い出してきたシャナが、それを見て、声を上げる。

「最早その中身に興味などあるものか! むしろ、目障りだ!! 消えろ、フレイムヘイズ! “頂の座” もろとも!! 所詮貴様も、討滅の道具だ!!」

 これまで見せていなかった、激情した声を上げながら、悠二に向かって『トリガーハッピー』を撃ち込もうとする。

 

「封絶」

 

 ドンッ

 

 悠二の体の下から、 “明るすぎる水色” の光を放つ円形の術式が、波紋のように水平に広がっていく。このビルの敷地面積より少し外側まで広がったところで、悠二を中心にして、球形に、内側の空間が、一時的に他所との因果を切り離される。

「なッ……」

 フリアグネが、狼狽えるように周囲を見ながら、愕然とする。

「まさか……私の計画を見破ったというのか……」

 そう言って、立ち尽くしてしまう。

「やっぱり……それが、トーチに干渉する道具だったんだね……」

 悠二は、ようやく身体を起こしながら、フリアグネに言う。

 トーチの揺らぎ、共振。

 トーチを逃すまいとするかのように現れた、自在式のカーテン。

 『零時迷子』に干渉する音。

 そして ──── 燐子が全て失われても、必殺の武器であろう銃 ──── 悠二は(トリガ)(ーハ)(ッピー)を知らない ──── とともに、なぜか手放さないハンドベル。

 悠二が推測を確信に変える要素は、ふんだんにあった。

「くっ!」

 半ば勢い、半ば腹立ち紛れといった感じで、フリアグネは再び銃口を悠二に向ける。

「シャナ! ハンドベルの方だ!!」

 悠二が声を上げる。距離的には目前だが、まだ自分の身体は思うように動いてくれない。

 ドンッ

 シャナが、紅蓮の炎を靴の踵で爆ぜさせる。『贄殿遮那』を浅く構え、悠二とフリアグネの間を、まるで自身が刃であるかのように突き抜けた。

「う…………」

 シャナの一閃が、フリアグネの左手を斬り裂いていた。 ──── 『ダンスパーティー』ごと。

「あ…………」

 斬り裂かれた『ダンスパーティー』は、更に床に落下し、砕けて破壊された。

「『都喰らい』が……」

 それを見て、フリアグネは一瞬自失し、立ち尽くす。

「マリアンヌ……!?」

 だが、それも一瞬の事だった。

 その表情が絶望に染まるとともに、フリアグネは『トリガーハッピー』の銃口を、今度はシャナに向けた。

 そう、封絶でも抑えきれない程の爆発を起こさせるために。

 高いところなら安全というのは、本来の意図を隠すための方便だった。本来、航空爆弾で都市を破壊する場合、高度10~100mで炸裂させた方が、むしろ爆風と弾片が拡散して効率が良い。

 フリアグネは、悠二から宝具を取り出した後、余計なトーチを分解して調整し、『都喰らい』を発動させるつもりだった。2人のフレイムヘイズを、絶望を味わわせながら死んで逝かせる為に。

「! シャナ!!」

 悠二は、フリアグネの意図など解らなかった。ただ、シャナが撃たれる、ということを目前にして、それを防ぐべく、軋む身体に最後の力を振り絞らせた。

 ── 『却焔の緞帳』 ──── は、駄目だ!

 悠二は『アズュール』の正体は知らなかったが、その効力は知っていた。フリアグネは、炎弾はそれで受け止めたが、光弾は必ず避けたからだ。

 それに、『トライゴン』が手の中になかった。目前ならまだしも、遠隔で展開するとなると、どうしてもその媒介としての力が要る。

 ── これしかないじゃないか!

「ごめん、ヘカテー」

 悠二は立ち上がると、スニーカーに炎の羽根を出現させ、靴の踵で炎を爆ぜさせた。シャナと、シャナを狙うフリアグネとの間に、躍り出る。

 その瞬間、フリアグネは『トリガーハッピー』の引き金を引いてしまっていた。

「悠二っ!!」

 空中で撃たれた悠二は、そのままフェンスを外れて、ビルの下へと落下していく。

 シャナに一瞬見えたその顔は、なぜか、満ち足りた笑顔だった。

 

 

 悠二が張っていた封絶が消える。

 こうなれば、それがシャナの、アラストールのものである必要はなかった。ヘカテーの炎でも、市街地一帯を破壊し、フリアグネの支配下にあったトーチをすべて吹き飛ばしてしまうには、充分だった。もちろん、シャナの殺害も含めてだ。

「こわれてしまえ! ばくはつしろ! すべて! すべてぇえぇぇぇ!!」

 絶望から生まれた狂気に駆られ、フリアグネはすべてのものを嘲笑うかのように叫ぶ。

 だが ────

 

 ざぶん

 

 ── 爆発……しない……?

 フリアグネが怪訝に思う。悠二の身体は、ただ、建物の裏手を流れる、真南川への流水路のひとつへ落下して、水音をたてただけだった。

「!?」

 フリアグネが、その落下していった先を覗き込んだ、次の瞬間。

 ゴォ……ォオォ……ォォォ……ッ

 そこを中心に、自在式の描く円が、大地に広がった。それは御崎市全体を覆い、更には隣接自治体の一部にまで達していた。

 かと思うと……────

「なんだ、これはっ!?」

 空はまるで快晴の昼間のように、澄み切った光を降り注がせていた。まるで昼間のように照らされ、これで市街地が賑やかなら、まさしく日中そのものの光景だった。

「まさか……まさか、昼夜を逆転させたというのか!?」

 信じられないと言った様子で、フリアグネは空を、周囲を見渡す。

『いや……違うな』

 シャナの胸元に戻っていた『コキュートス』から、アラストールの声が発される。

「これ……は…………封……絶…………?」

 シャナも圧倒された様子で、空を見上げている。

『空が燃えているのだ。 “明るすぎる水色” の炎でな。 ──── “頂の座” だ』

 

 

「その通りです」

 その声に、フリアグネが振り返り、シャナが視線を向ける。

 それは、シャナはすでに聞き慣れていたが、若干の違和感があった。例えば、普段オーディオ機器で聞いている歌手の歌を、アンプを通さない、全くの()で聞くような。

 2人が視線を向けた先に、悠二の実年齢と、シャナの見た目年齢の中間ぐらいの年格好の、宗教装束を思わせる白い衣装を着た少女が立っていた。手には二等辺三角形の輪の錫杖頭に、同じ形の遊輪がついた大杖。髪の色は “明るすぎる水色”、瞳は、それを濃くしたような、澄んだターコイズブルー ────

「確かにその姿、 “頂の座”! だが……だがこの炎はなんだ!? この威圧感は!!!?」

 その姿を見て、フリアグネはヘカテーの真名を呼びつつも、なおも納得出来ないという声を上げる。

「解りませんか、 “狩人”。これが “坂井悠二” の “器” の力です」

 ヘカテーは、目線の高さは低いにも関わらず、フリアグネを圧倒する視線を向けながら言う。その周囲から炎が立ち上り、頭の上で渦を巻いて、天へと立ち昇っていく。

「ばかな! こんな平和な国の、平凡な少年に、これほどの力が……」

「平凡、だからこそです」

 信じられないといった様子で、反論するように言うフリアグネに対し、ヘカテーは、低く、しかしはっきりとした口調で、そう言った。

「財力、技巧、武力、いずれも世界で5つの指に入るこの民主主義国家に生まれ、暮らしている平凡な少年が、どれほどの可能性を秘めているか! この時代、どれほどの影響力を世界に轟かせることができるか! 世界の有り様を見ているのならば自ずと解ることです」

「な ────」

 言葉を失うフリアグネに対し、ヘカテーは破壊された『ダンスパーティー』の残骸に視線を向ける。

「成る程……己の欲するままに宝具を弄び、それを自身の実力と勘違いしましたか、 “狩人”。その結果が、これです」

 ヘカテーは無表情で、だが、それがどこか荘厳さと酷薄さを感じさせるように、言いながら、再び視線をフリアグネの正面に戻す。

「黙れ!」

 フリアグネは、半狂乱の様相を呈しながらも、激昂の声を返す。

「貴様らのせいで……私は……マリアンヌは……」

 だが、ヘカテーに容赦はない。

「“この世” の(ことわり)にない “命” を生み出し、 “この世” の新たな創造主になるつもりでしたか? “狩人”。これは当然の結果です」

「貴様が言うのか! “祭礼の蛇” の眷属、神属の巫女であるお前がそれを言うのか!!」

 ヘカテーの淡々とした言葉に、フリアグネは激昂し、声を荒げて怒鳴り返す。

「…………確かに、私もあなたと同じ側の “王” でした……」

 それに対して、ヘカテーはまず、少し声のトーンを落とし、語りだすように言う、が、

「ですが、私は知った、知ってしまった! “この世” が、なぜ美しいのかを。私を満たしてくれる “この世” の美しさの正体を!」

 と、一気に張り上げるような声になる。

「あなたは考えたことがありますか? 人間が何故糧である獣に憐憫の意を覚えるのか、尊厳を感じるのか!」

 フリアグネを威圧するかのように声を張り上げると、そこからは逆に、慈しむかのような、軽く目を閉じたような表情になる。

「それは命を犠牲にして命を繋ぐという行為に対する畏怖と感謝の念。それはあまりにも醜くて、あまりにも美しい光景。 “この世” の輝きの根源なのです」

 そして、ヘカテーは再び、鋭い視線をフリアグネに向けた。

「人間如きに感銘を受けたというのか、仮にも “紅世の王” が!? 愚かな!」

「お黙りなさい!」

 フリアグネは、唾棄するかのように言うが、ヘカテーは即座に言い返した。

 その怒りを表すかのように、ゴォッ、と、渦巻く炎が一瞬、勢いを増し、音が轟く。

「人間だけではない。 “この世” の美しさすべてが、私に感銘を、感動を与えてくれるのです。私を満たしてくれるのです。これ程世界は素晴らしいものだというのに……」

 ヘカテーは、声を張り上げつつも語るようにそこまで言うと、一気に険しい視線をフリアグネに向ける。

「貴方は “この世” に在ろうとしながら、 “この世” の命を無為に喰い散らかし、世界の理を捻じ曲げ、その力を自らの享楽にのみ使い果たした! 身の程を弁えなさい!!」

 ゴワァッ!!

 先程よりもさらに、猛々しく炎が噴き上がり、轟く。

 そのあまりの威圧感に、フリアグネは言葉を失ったかのように、呆然と立ち尽くしてしまう。ゴトリ、と、『トリガーハッピー』を、取り落とす。

「さぁ、裁きの時間です、 “狩人”」

 言うと、ヘカテーは『トライゴン』を両手で持ち、構える。

 

私は “祭礼の蛇” が眷属の1人

 神属の巫女“頂の座” ヘカテー!

 その名を以て涅槃で悔いなさい!!

 

 しゃりん

 

 ゴッ

 

 それは、悠二が振るっていた時より、その数も、1発の威力も、文字通り桁違いだった。

 シャナは激しい余波を受けている筈なのに、あまりに激しすぎて、最初の瞬間以外、無音になったかのような感覚を受けた。

 計り知れないエネルギーを帯びた無数の光弾が、老朽化したコンクリートの床を削り、周囲の大気を震わせ、無数の小爆発を伴いながら、真正面からフリアグネを捉える。強烈な光の中で、フリアグネは “この世”、 “紅世” 、世界の全てから、永遠に消え去った。

 

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