ドクン、ドクン、ドクン、ドクン…………
やたら大きく聞こえる心音は、むしろ自分が衰弱していることを感じさせていた。
悠二は、気がつけば旧依田デパートの屋上に横たわっていた。
フリアグネに撃たれ、ビルから転落し、水路に落下した、らしい、という事までは覚えていたが、そこから先はどうなったのか解らない。無我夢中で上ってきたのかもしれないが、それにしては服が濡れていない。
「シャナ……無事……?」
悠二が視線の向きを傾けると、シャナが少し離れたところで、何かを拾っているのが見えた。悠二が声をかけると、シャナは、神妙な面持ちで、悠二の近くに寄ってきた。
「どうやら……限界、みたい、だ……」
悠二は震える右手で、自分の胸を押さえる。
「ヘカテー……」
悠二は、右手の中指にするはずの『ニーベルンゲン』を意識しつつ、空を見上げて、言う。
「なんとか……開けたところ、まで、飛んでいけない……かな…… そうじゃなかったら、高い、ところ、まで……」
悠二の “器” としての力が尽きようとしている。尽きれば ──── それは、『トリガーハッピー』で撃たれたのと、基本的には同じだ。休眠しているヘカテーの力が解放され、周囲に大量の炎がまき散らされる。
『無理ですね』
御崎市に被害を出さないように考えた悠二の言葉に、しかし、ヘカテーは淡々とした口調で、あっさりとそう答えた。
『例えやったとしても、そこまで持ちません。このあたりは大陸と違い、他に人口密集地がいくらでもあります。高く飛んでも、それほど高度は取れないでしょう』
「そう、か……結局、僕、は……守れなかったんだな……」
── フリアグネは倒したけど、この街は……
悠二は、弱々しい声でそう言って、自嘲するように笑う。
「悔しい、よ……」
「…………」
それまで、シャナは、じっと悠二を見下ろすように立ち、黙って悠二とヘカテーのやり取りを聞いていたが、不意に顔を上げ、視線を空に向ける。
「封絶」
右手を軽く挙げたシャナの足元から、紅蓮の紋様の自在式の円が広がっていき、ビルの屋上を包んだ。
「シャナ……」
「これで大丈夫。悠二が消えても、炎は街を
手を下ろしながら、シャナは視線を悠二に向け直して、そう言った。
「ありがとう……」
悠二は安らかな笑顔になって、そう言った。
「…………勘違い、しないで。ここでお前が爆発すると、過ぎた力を抱え込んでいるトーチが連鎖反応を起こして、甚大すぎる被害が出る可能性がある。そうなると、この街は矛盾で歪んでしまう。 “この世” の
「シャナ……」
シャナは、淡々とそう言ったが、言っている最中から、視線を悠二から逸した。それはまるで、目元を悠二に見せないようにしているかのように。
「ありがとう、シャナ…………」
悠二は、再度シャナに礼を言うと、動かない身体を動かそうとするのをやめ、真上を向いて身体を横たえる。穏やかな表情で、軽く目を閉じる。 ────
────……ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
「!?」
悠二は、急速に身体が回復していく、それどころか
悠二は驚いて目を見開き、飛び跳ねるように身体を起こす。
「!?」
それを見て、シャナも目を
『…………ぷっ……うっ……く……くく…………くすくすくすくす……』
押し殺した笑いが、『ニーベルンゲン』から漏れてきた。
「へ、ヘカテー?」
『くすくすくすくす、ふふふ……あはは、あははははははは…… もう、ダメです、悠二。流石の私も、もう苦しくって』
普段感情を露わにしないか、表してもネガティブな方向である事の多いヘカテーが、腹を抱えて笑い転げている姿が見えるかのような、爆笑の声を上げていた。
「ひょっとして、今、午前0時……?」
悠二は、自分の四肢を見回しつつ言う。
『そうですよ。そもそも、それを期待してこの時間に合わせたんじゃないですか。くすくすくすくす……』
ヘカテーは、まだ笑いが止まらないといった感じで、そう言った。
「そ、そりゃそうだけど、こんなタイミングで、ちょっとしんみりした感じだったのに、いや、そりゃ、別に死にたかったわけじゃないけどさぁ……!」
悠二は、あまりにも決まり悪すぎて、言い訳するような言葉を出す。
『ふふふ……なるほど、来る時間が遅かったのは、本当はそう言う理由だったのだな』
アラストールまでもが、可笑しそうにしながら、言う。
「か、かっこ悪い…………って」
なんだか自分が凄まじく情けないような気がして、ゆるく足を伸ばして座り込んだまま、ため息交じりにそう言った悠二だが、突然、傍から殺気が放たれているのを感じ、ビクッと軽く身体を跳ねさせて、そちらの方へと振り向く。
「あ、あの……シャナ、さん…………?」
シャナはわなわなと震えていた。いつの間にかその手に『贄殿遮那』が握られている。
「本当に……死になさい!」
「うわっ!」
シャナは死ねと言いつつも、峰を悠二の脳天に打ち下ろそうとする。それを、悠二は真剣白刃取りした。……と、くれば、続く言葉は ────
「は、話せば解る!」
「良いわよ」
慄いて切羽詰まった様な表情で言う悠二に対し、シャナはそう言いながら、『贄殿遮那』を引いた。
「へ?」
これまでとあまりに落差のある反応に、悠二は、キョトン、とした表情で、間の抜けた様な声を出してしまう。
「その代わり、お前がくれたこの名前……これからも、使わせてもらうから」
『贄殿遮那』を『夜笠』に収めながら、シャナはむっつりとしたままの表情で、そう言う。
「それって……」
悠二は、目を円くしたまま、シャナを見上げる。
「私も自分の “世界” が欲しくなった。それだけよ」
「…………」
悠二は、僅かな間、呆けたようにシャナを見つめていたが、やがて立ち上がると、穏やかに微笑んだ。
「な、なによ……別にいいでしょ」
シャナは、悠二から視線を逸しつつ、険しい表情で、しかし、なんだかどこかきまりが悪いように言う。
「別に……」
悠二は穏やかに笑ったまま、言う。
「何も言ってないよ」
「う……うるさいうるさいうるさい!」
悠二の言葉がからかうように感じられたのか、シャナは顔を真っ赤にすると、そう言って首を振った。
悠二はそれを、微笑ましそうに見ている。
「そ……それともうひとつ」
シャナは、顔を悠二の表面からずらした状態で、悠二をチラ見するようにしながら、言う。
「え、まだあるの?」
悠二は、不満があるというよりは、単純に意外そうに、聞き返した。のだが、
「い、今からかった分!」
と、シャナは言い訳するように、声を上げた。
「別にいいけど……何?」
悠二が再度訊き返すと、途端に、シャナは口籠ったような口調になる。
「その…………自在法の……使い方を…………っ」
「え?」
ボソボソとしたシャナの言葉は、悠二に聞き取りきれず、訊き返した。
「だからだから! 自在法の使い方を教えなさい、って言ってるの!」
開き直ったのか、シャナは、正面を向いて悠二に睨むような視線を向けると、ぶっきらぼうに声を張り上げた。
悠二は、それを肯定するかのように、にこりと笑う。
「か、勘違いしないでよ、別に今のままでも困らないけど……その、射撃とか飛行とか、できたら便利だと思ってるだけなんだから!」
シャナはやはり、言い訳するようにそう言った。
「うん、あったほうが良いと思うよ」
悠二は、別に他意があるわけでもなく、そう言って微笑む。
「っ……うるさいうるさいうるさい! いい気にならないでよね!!」
シャナは、気まずさを誤魔化すかのように、激しく声を出す。
「別にそんなつもりはないんだけど…………あ、そうだ」
悠二は少し参ったように苦笑したが、はっと思いついたように言う。
「それなら、その代わりにシャナが、体術の方を鍛えてくれないかな」
「えっ?」
今度は、シャナの方が、キョトン、としたような表情になる。
「そっちの方は僕は致命的に劣ってるし……訓練してくれる人がいると有り難いんだけど……」
悠二は、自分がきまり悪いような苦笑になって、右手を後頭部に、そこに掻くように当てつつ、そう言った。
「…………」
シャナは、軽く驚いたような表情のまま、僅かに悠二のことを見ていたが、
「しょ、しょーがないわね。そこまで頼まれたら断れないし、私も教わることがあるから、その代償って事で」
気恥ずかしさを誤魔化すようにして、シャナは言った。
「それじゃあ……よろしくお願いします、先輩」
悠二は、ふざけているとまではいかない程度に戯け混じりに、そう言いながら、シャナに向かって右手を差し出した。
「先輩?」
シャナはその意図が解らず、呆気にとられたような表情で、鸚鵡返しに問いかける。
「だって、フレイムヘイズとしてはシャナのほうが長いだろ、教わる事は僕の方が多いと思うからさ……」
悠二は、苦笑しつつそう言った。
「そ、そう言う事なら、仕方ないわね」
シャナは、一旦、ぷいとそっぽを向いて視線を外してしまいつつ、そう言ったが、
「ん」
と、一旦、悠二を一瞥するようにしてから、悠二の右手を握り返した。
「よろしく」
シャナは表情の険しさを解く。
悠二は、ニコッ、と微笑んだ。
────
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────────────────
──────── ッ、ピピピピッ、ピピピピッ……
5:30。
その時刻を表示していたQN401のアラームに、悠二は布団を捲り上げる様にして、身体を起こした。腕を左右に広げ、
と ────
バシッ
爽やかに朝を迎えたはずの悠二の頭に、軽い素材ではあるが、何か角材のようなものが打ち付けられた。
「遅いっ! いつまで寝てるつもりよ!」
悠二が振り返ると、そこには、すでに着替えた ──── と、言っても高校の制服 ──── シャナが、苛ついたような表情で、左手を腰にあててそう言った。
「ええっ!? いきなり今日から?」
悠二は反射的に、不満気な声を出してしまう。
結局、後始末をして、
フレイムヘイズは、普通の人間ほどには睡眠を必要としない。単純に生理的な欲求としては、しばらくの間は睡眠を全く取らなくても保つ。
だが、昨日はあれだけの激闘、肉体にダメージを負った状態で、それを回復させるのに、3時間程度の休息は流石にきつい。
「口答えしない! やるって言ったらやるの!」
シャナはバッサリと斬り捨てるように、そう言ったが、
「てて……そう言う自分は、昨日はさっさとベッドに潜り込んじゃったくせに……」
と、悠二がぼやくように言う。流石に昨日、あの後自在法の鍛錬をやるつもりはなかったが、帰り着くなりシャナはベッドに雪崩込んでしまい、微睡み始めてしまった。悠二は、それを寝かしつけるだけで精一杯だった。
だが、その事を悠二に指摘されたシャナは、
「っ……うるさいうるさいうるさーいっ!!」
と、顔を真っ赤にしながら、逆ギレの怒声でそれを誤魔化した。
『やれやれ』
『まったく……』
その光景に、 “紅世の王” 2人は、呆れてため息をつくばかりなのであった。