蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第23話

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン…………

 

 やたら大きく聞こえる心音は、むしろ自分が衰弱していることを感じさせていた。

 悠二は、気がつけば旧依田デパートの屋上に横たわっていた。

 フリアグネに撃たれ、ビルから転落し、水路に落下した、らしい、という事までは覚えていたが、そこから先はどうなったのか解らない。無我夢中で上ってきたのかもしれないが、それにしては服が濡れていない。

「シャナ……無事……?」

 悠二が視線の向きを傾けると、シャナが少し離れたところで、何かを拾っているのが見えた。悠二が声をかけると、シャナは、神妙な面持ちで、悠二の近くに寄ってきた。

「どうやら……限界、みたい、だ……」

 悠二は震える右手で、自分の胸を押さえる。

「ヘカテー……」

 悠二は、右手の中指にするはずの『ニーベルンゲン』を意識しつつ、空を見上げて、言う。

「なんとか……開けたところ、まで、飛んでいけない……かな…… そうじゃなかったら、高い、ところ、まで……」

 悠二の “器” としての力が尽きようとしている。尽きれば ──── それは、『トリガーハッピー』で撃たれたのと、基本的には同じだ。休眠しているヘカテーの力が解放され、周囲に大量の炎がまき散らされる。

『無理ですね』

 御崎市に被害を出さないように考えた悠二の言葉に、しかし、ヘカテーは淡々とした口調で、あっさりとそう答えた。

『例えやったとしても、そこまで持ちません。このあたりは大陸と違い、他に人口密集地がいくらでもあります。高く飛んでも、それほど高度は取れないでしょう』

「そう、か……結局、僕、は……守れなかったんだな……」

 ── フリアグネは倒したけど、この街は……

 悠二は、弱々しい声でそう言って、自嘲するように笑う。

「悔しい、よ……」

「…………」

 それまで、シャナは、じっと悠二を見下ろすように立ち、黙って悠二とヘカテーのやり取りを聞いていたが、不意に顔を上げ、視線を空に向ける。

「封絶」

 右手を軽く挙げたシャナの足元から、紅蓮の紋様の自在式の円が広がっていき、ビルの屋上を包んだ。

「シャナ……」

「これで大丈夫。悠二が消えても、炎は街を()かない」

 手を下ろしながら、シャナは視線を悠二に向け直して、そう言った。

「ありがとう……」

 悠二は安らかな笑顔になって、そう言った。

「…………勘違い、しないで。ここでお前が爆発すると、過ぎた力を抱え込んでいるトーチが連鎖反応を起こして、甚大すぎる被害が出る可能性がある。そうなると、この街は矛盾で歪んでしまう。 “この世” の(ことわり)が歪むのを阻止する、フレイムヘイズとしての使命に従っているだけよ」

「シャナ……」

 シャナは、淡々とそう言ったが、言っている最中から、視線を悠二から逸した。それはまるで、目元を悠二に見せないようにしているかのように。

「ありがとう、シャナ…………」

 悠二は、再度シャナに礼を言うと、動かない身体を動かそうとするのをやめ、真上を向いて身体を横たえる。穏やかな表情で、軽く目を閉じる。 ──── ()()()()の、最期の時を待つ。

 

 ────……ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

 

「!?」

 悠二は、急速に身体が回復していく、それどころか()が漲っていくのを感じた。

 悠二は驚いて目を見開き、飛び跳ねるように身体を起こす。

「!?」

 それを見て、シャナも目を(まる)くして驚きながら、反射的に身構える。

『…………ぷっ……うっ……く……くく…………くすくすくすくす……』

 押し殺した笑いが、『ニーベルンゲン』から漏れてきた。

「へ、ヘカテー?」

『くすくすくすくす、ふふふ……あはは、あははははははは…… もう、ダメです、悠二。流石の私も、もう苦しくって』

 普段感情を露わにしないか、表してもネガティブな方向である事の多いヘカテーが、腹を抱えて笑い転げている姿が見えるかのような、爆笑の声を上げていた。

「ひょっとして、今、午前0時……?」

 悠二は、自分の四肢を見回しつつ言う。

『そうですよ。そもそも、それを期待してこの時間に合わせたんじゃないですか。くすくすくすくす……』

 ヘカテーは、まだ笑いが止まらないといった感じで、そう言った。

「そ、そりゃそうだけど、こんなタイミングで、ちょっとしんみりした感じだったのに、いや、そりゃ、別に死にたかったわけじゃないけどさぁ……!」

 悠二は、あまりにも決まり悪すぎて、言い訳するような言葉を出す。

『ふふふ……なるほど、来る時間が遅かったのは、本当はそう言う理由だったのだな』

 アラストールまでもが、可笑しそうにしながら、言う。

「か、かっこ悪い…………って」

 なんだか自分が凄まじく情けないような気がして、ゆるく足を伸ばして座り込んだまま、ため息交じりにそう言った悠二だが、突然、傍から殺気が放たれているのを感じ、ビクッと軽く身体を跳ねさせて、そちらの方へと振り向く。

「あ、あの……シャナ、さん…………?」

 シャナはわなわなと震えていた。いつの間にかその手に『贄殿遮那』が握られている。

「本当に……死になさい!」

「うわっ!」

 シャナは死ねと言いつつも、峰を悠二の脳天に打ち下ろそうとする。それを、悠二は真剣白刃取りした。……と、くれば、続く言葉は ────

「は、話せば解る!」

「良いわよ」

 慄いて切羽詰まった様な表情で言う悠二に対し、シャナはそう言いながら、『贄殿遮那』を引いた。

「へ?」

 これまでとあまりに落差のある反応に、悠二は、キョトン、とした表情で、間の抜けた様な声を出してしまう。

「その代わり、お前がくれたこの名前……これからも、使わせてもらうから」

 『贄殿遮那』を『夜笠』に収めながら、シャナはむっつりとしたままの表情で、そう言う。

「それって……」

 悠二は、目を円くしたまま、シャナを見上げる。

「私も自分の “世界” が欲しくなった。それだけよ」

「…………」

 悠二は、僅かな間、呆けたようにシャナを見つめていたが、やがて立ち上がると、穏やかに微笑んだ。

「な、なによ……別にいいでしょ」

 シャナは、悠二から視線を逸しつつ、険しい表情で、しかし、なんだかどこかきまりが悪いように言う。

「別に……」

 悠二は穏やかに笑ったまま、言う。

「何も言ってないよ」

「う……うるさいうるさいうるさい!」

 悠二の言葉がからかうように感じられたのか、シャナは顔を真っ赤にすると、そう言って首を振った。

 悠二はそれを、微笑ましそうに見ている。

「そ……それともうひとつ」

 シャナは、顔を悠二の表面からずらした状態で、悠二をチラ見するようにしながら、言う。

「え、まだあるの?」

 悠二は、不満があるというよりは、単純に意外そうに、聞き返した。のだが、

「い、今からかった分!」

 と、シャナは言い訳するように、声を上げた。

「別にいいけど……何?」

 悠二が再度訊き返すと、途端に、シャナは口籠ったような口調になる。

「その…………自在法の……使い方を…………っ」

「え?」

 ボソボソとしたシャナの言葉は、悠二に聞き取りきれず、訊き返した。

「だからだから! 自在法の使い方を教えなさい、って言ってるの!」

 開き直ったのか、シャナは、正面を向いて悠二に睨むような視線を向けると、ぶっきらぼうに声を張り上げた。

 悠二は、それを肯定するかのように、にこりと笑う。

「か、勘違いしないでよ、別に今のままでも困らないけど……その、射撃とか飛行とか、できたら便利だと思ってるだけなんだから!」

 シャナはやはり、言い訳するようにそう言った。

「うん、あったほうが良いと思うよ」

 悠二は、別に他意があるわけでもなく、そう言って微笑む。

「っ……うるさいうるさいうるさい! いい気にならないでよね!!」

 シャナは、気まずさを誤魔化すかのように、激しく声を出す。

「別にそんなつもりはないんだけど…………あ、そうだ」

 悠二は少し参ったように苦笑したが、はっと思いついたように言う。

「それなら、その代わりにシャナが、体術の方を鍛えてくれないかな」

「えっ?」

 今度は、シャナの方が、キョトン、としたような表情になる。

「そっちの方は僕は致命的に劣ってるし……訓練してくれる人がいると有り難いんだけど……」

 悠二は、自分がきまり悪いような苦笑になって、右手を後頭部に、そこに掻くように当てつつ、そう言った。

「…………」

 シャナは、軽く驚いたような表情のまま、僅かに悠二のことを見ていたが、

「しょ、しょーがないわね。そこまで頼まれたら断れないし、私も教わることがあるから、その代償って事で」

 気恥ずかしさを誤魔化すようにして、シャナは言った。

「それじゃあ……よろしくお願いします、先輩」

 悠二は、ふざけているとまではいかない程度に戯け混じりに、そう言いながら、シャナに向かって右手を差し出した。

「先輩?」

 シャナはその意図が解らず、呆気にとられたような表情で、鸚鵡返しに問いかける。

「だって、フレイムヘイズとしてはシャナのほうが長いだろ、教わる事は僕の方が多いと思うからさ……」

 悠二は、苦笑しつつそう言った。

「そ、そう言う事なら、仕方ないわね」

 シャナは、一旦、ぷいとそっぽを向いて視線を外してしまいつつ、そう言ったが、

「ん」

 と、一旦、悠二を一瞥するようにしてから、悠二の右手を握り返した。

「よろしく」

 シャナは表情の険しさを解く。

 悠二は、ニコッ、と微笑んだ。

 

 

 ────

 ────────

 ────────────────

 ──────── ッ、ピピピピッ、ピピピピッ……

 5:30。

 その時刻を表示していたQN401のアラームに、悠二は布団を捲り上げる様にして、身体を起こした。腕を左右に広げ、()()をする。

 と ────

 バシッ

 爽やかに朝を迎えたはずの悠二の頭に、軽い素材ではあるが、何か角材のようなものが打ち付けられた。

「遅いっ! いつまで寝てるつもりよ!」

 悠二が振り返ると、そこには、すでに着替えた ──── と、言っても高校の制服 ──── シャナが、苛ついたような表情で、左手を腰にあててそう言った。

「ええっ!? いきなり今日から?」

 悠二は反射的に、不満気な声を出してしまう。

 結局、後始末をして、()()()()()()()に戻って来たのは、午前3時になろうとしているところだった。

 フレイムヘイズは、普通の人間ほどには睡眠を必要としない。単純に生理的な欲求としては、しばらくの間は睡眠を全く取らなくても保つ。

 だが、昨日はあれだけの激闘、肉体にダメージを負った状態で、それを回復させるのに、3時間程度の休息は流石にきつい。

「口答えしない! やるって言ったらやるの!」

 シャナはバッサリと斬り捨てるように、そう言ったが、

「てて……そう言う自分は、昨日はさっさとベッドに潜り込んじゃったくせに……」

 と、悠二がぼやくように言う。流石に昨日、あの後自在法の鍛錬をやるつもりはなかったが、帰り着くなりシャナはベッドに雪崩込んでしまい、微睡み始めてしまった。悠二は、それを寝かしつけるだけで精一杯だった。

 だが、その事を悠二に指摘されたシャナは、

「っ……うるさいうるさいうるさーいっ!!」

 と、顔を真っ赤にしながら、逆ギレの怒声でそれを誤魔化した。

『やれやれ』

『まったく……』

 その光景に、 “紅世の王” 2人は、呆れてため息をつくばかりなのであった。

 

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