「ふぁ~あ」
結局あの後、鍛錬については有耶無耶になってしまったが、身体が軋むような感覚がとりきれていない悠二は、生欠伸をしながら、登校するために歩いていた。
『悠二、ちゃんと前を見て歩かないと危険ですよ』
「解ってるよ……」
御崎高校へ向かう道。県道まで出ると、市街地のようにごみごみとはしていないが、時間帯もあって、クルマの通りはかなりある。
悠二が、らしくなくダラダラとしていると、いきなり背後から、ドンッ、と、何かが背後からぶつかってきたような衝撃を受ける。
「うわっ!?」
「おっはよー! 悠二君」
いきなりの事に悠二が目を白黒させていると、元気な少女の声が聞こえてきた。
「ひ、平井さん?」
悠二が振り向くより早く、自分の前に回り込んできた少女の姿を見て、悠二は驚きの声を発する。
「あはは、流石にいきなり過ぎたかな」
ゆかりは言いつつ、照れくささを誤魔化すように、その満面の笑みをほんのり赤面する。
「いきなりすぎるって、え?」
悠二は未だに状況を理解しきれず、一旦周囲を見回した後、ゆかりを凝視するようにしながら、その言葉を反芻するようにして、聞き返す。
── はぁ……
ヘカテーが、声に出さないようにしてため息をついた。
「だから! その……」
そこまでハキハキしていたゆかりだったが、急に言葉の歯切れが悪くなり、視線を悠二から逸らしがちになってしまう。
「えっと……つまり、付き合うことにしたんでしょ。私と……その、悠二君……」
「え……あ! そ、そっか、そうだったね、うん……」
ゆかりに言われて、悠二は、ようやくその事に思い至り、慌てふためいて、微かに引きつった笑顔になってしまいながら、なんとかと言った様子で、肯定する返事をする。
こんな言い方では、またゆかりが怒っても仕方がないところだが、
「ひっどーい!」
と、ゆかりは悠二を見据えてそう言うが、むくれた表情はわざとらしく作ったもので、顔の紅さは、明らかに怒りからくるものではなかった。
「ご、ごめん……まだなんか、夢を見てるみたいでさ」
悠二は、誤魔化すように苦笑しつつ、そう言った。
「クスッ」
悠二の態度を見て、ゆかりは笑い声を漏らす。
「実を言うと私も。なんだか夢を見てるみたい」
ズキッ……
ゆかりが無邪気そうに言った言葉に、悠二はキュッと胸が強く締め付けられる感覚を覚えた。
── 夢の続き、か。
快活に、飛び跳ねるような様子で歩き出すゆかりに対し、悠二は逆に、昏い気持ちが胸を重くする。
── 今の平井さんにとっては、夢の続きを見ているようなものかもしれないな……
罪悪感と無力感が綯い交ぜになったような感情が、頭をもたげる。悠二はため息をつきかけたが、
「悠二くーん、置いてっちゃうぞー」
と、ゆかりの声に、俯きかけた顔を上げる。視線の先で、ゆかりが振り返り、悠二の方を見ている。
「あ、うん、待って」
悠二はそう言いながら、小走りでゆかりに追いつく。
今度は、2人並んで、ゆっくりと歩きだす。
「ねぇ」
ゆかりは、視線を悠二に向けながら、明るくも穏やかな声をかける。
「手、繋いでもいいかな?」
「え!?」
ゆかりの提案に、悠二は一瞬ドキッとして、反射的に戸惑ったような声を出してしまった。 ──── してしまってから、
── え、今の……
と、
「や、やっぱり恥ずかしい、かな? 学校も近いし……」
ゆかりは、自分で言っておいて、顔を更に紅くしながら。照れ隠しに苦笑しながら言う。
「え、あ…………」
『それに……悠二、あなたはそんなに器用な人間ですか?』
ヘカテーの、その言葉がリフレインする。
「そっか、僕、平井さんの事、可愛いと思ってたんだ……」
悠二は、微かな声で漏らすように呟く。
「え? 何?」
聞き取れなかったゆかりが、悠二に聞き返す。
「なんでもないよ、えっと……」
悠二は、少し晴れやかな気分になって、そう言い、ゆかりの右手を、自身の左手で優しく握った。
「あっ……」
ゆかりは、軽く驚いたように小さく声を漏らした。
「あ、嫌だった?」
悠二は、ゆかりの方から提案したことだったのに、ゆかりの驚いたような様子に、心配気な表情になって、聞き返す。
「う、ううん。ちょっとびっくりしただけ」
ゆかりはそう言うと、ニカッと、嬉しそうに笑う。
「えへへへへ……」
軽く開き直ったのか、ゆかりは悠二の手を握り返しつつ、顔を余計に綻ばせる。
悠二の視界の中、ゆかりの胸元で強く燃え盛るトーチの炎が、ゆかりの感情に連動しているかのように見えた。
── 護っていこう、平井さんも、他のみんなも、この街も……
悠二は、自然体でゆかりに微笑みを向けつつ、改めてそう決心した。
── やれやれ。少しは、
ヘカテーは声には出さずに、感心したように呟いた。
── 私としては、少し微妙に思うところもありますが、とりあえずは良しとしましょう…………
── “頂の座”、貴様は気付いているのだろう?
シャナの胸元で、やはりアラストールが声には出さずに、少し恨み言じみた呟きをする。
その時シャナは、悠二よりやや離れた後方を歩いていた。
「アラストール……」
『なっ!?』
シャナの呼びかけに、アラストールは裏返りかけた声を出してしまった。
『なんだ……?』
「私は……他人に対する感情、好意、そういうものは、フレイムヘイズとして不要なものだと思ってた」
『…………そうだな』
シャナの独白するかのような言葉に、アラストールは僅かに逡巡したが、結局は穏やかに肯定する言葉を出した。
「でも、悠二を見ていると……そうとは限らないって考えるようになってきた。むしろ、悠二はそれがあるから戦えるんだって」
『ふむ……』
実は、アラストールも考えていることだった。
「私も……別に、悠二が持っているものそのものが欲しいわけじゃない。ただ、私も自分の、周囲との繋がり ──── “世界” が欲しい。でも、その一方で、そうするべきじゃないって言う気持ちもあるの」
『……あの者とお前とでは、条件が違う。お前は恒久的にこの地に留まるわけではない』
「そう、よね……」
アラストールの言葉が意味するところを肯定しつつも、シャナは少し沈んだ声を出す。
『しかし、だからといって、その様な繋がりが成立しないわけではない。あの者のそれとは、性質が異なるがな』
「!」
アラストールの言葉に、シャナは目を拡げて、一瞬歩みを止める。
『そのつもりがあるのなら、受け入れてみることも良いかもしれぬ。この地にはしばらく逗留することになるのだから、仮初めと割り切って作ってみるのも良いかもしれぬな』
──── 圏央道、圏央厚木インターチェンジを北へと過ぎたところ。
スバル FA8型 ドミンゴ GV-S。
元々が軽自動車であるKV型サンバーがベースの、1,200ccの小型車だが、あまり女性ウケするクルマではない。しかも販売時期は平成の初期であり、今のユーザーの多くは昔のスバル車に憧れを持っている、昭和末期頃までに生まれた世代だ。
だが、その運転席に座り、ステアリングを握っているのは、女性 ──── それも、ローティーンの少女にしか見えない小柄な少女だった。少しキツめの顔立ちに、腰まで届くような長い髪。 ──── 言ってしまえば、どこかの誰かにそっくりな姿。
助手席に置かれたオーディオプレーヤー ──── KEDがセガのプライズ景品向けに生産している
「聞いたとおりだね、かなりの数のトーチがいるよ。あの街」
ドライバーの女性は、防音壁で本来見えるはずのない高速道路の外をちらっと見て、そう言った。
『どうやら、 “王” が暴れた後みたいたね。だいぶ稼げるかもしれないよ』
運転手の女性のそれとは異なる、中性的な口調だが、明らかに女性、それも少女と言えるそれのような声が、どこからともなく聞こえてきた。
「とりあえず、行ってみようか」
『うん、その予定だったしね』
言うと、左ウィンカを出し、パーキングエリアに併設されたスマートI.C.から一般道へ下り、先程ちらりと見た視線の先にある街へと向かって行った。
パタッ…………
QN401のフリップが倒れ、PM8:36を示す。
「なんか……手持ち無沙汰だな……」
悠二が呟く。夕食・入浴を終えて
『あまり気を抜きすぎても問題ですが、今日ぐらいはいいでしょう』
ヘカテーも言う。
悠二は一度立ち上がり、小物や靴下・ハンカチを入れてあるキャビネットの上に乗っている、ミニコンポを操作する。CDやメモリーには悠二のコレクションである洋楽が入っていたが、
「…………」
と、少し考えて、接続されている、バブルの余韻があった頃のスタイルのダブルオートリバースのカセットデッキの電源を入れ、再生ボタンを押した。
邦楽の、大人にとっては懐メロの部類に入ってしまうロックが流れ始める。
ダラダラしようかと、床に敷いてある布団に横になろうかと思った時、
コン、コン
と、掃き出しの窓を軽くノックする音が聞こえた。
「あ、シャナ」
悠二は、そう言ってガラス越しにシャナの向かいに行き、サッシのクレセント錠を外して、窓を開け、シャナを迎え入れた。
「約束の時間より、だいぶ早いと思うんだけど」
悠二が、僅かに困惑した様子で、シャナに問いかけるように言う。
「解ってる。今日は伝えることがあったから」
シャナは、ぶっきらぼうではないが、あまり感情のこもっていない ──── 言ってしまえば、いつも通りの口調で、そう言った。
「伝えること?」
『うむ』
悠二が鸚鵡返しに聞くと、アラストールが肯定の返事をする。
『「
「つまり、それって……他のフレイムヘイズから、僕がフレイムヘイズだって認識されたって事?」
『そうだ、それも、正統派のな』
アラストールの言葉に対して、悠二が聞き返すと、アラストールはそう加えた。
『“頂の座” の真意のすべては解らぬとは言え、今の所、言葉に偽りがあったようには思えぬしな。当面、敵に回ることはないと判断させてもらった』
「ただ、せいぜい目の前に “徒” がいる時に、利敵する事が無い程度に考えていて。『外界宿』は強い組織ではあるけど、余程の事態にならない限り、個々のフレイムヘイズを縛ることはできないから」
アラストールが説明すると、それにシャナが続いた。
「そこは、やっぱりそうなるかぁ……」
悠二はややわざとらしく、脱力したように肩を落とした。
『それから、貴様には称号がなかったであろう。それも、不躾だとは思うが、決めさせてもらった』
「称号…………」
悠二が、表情を真顔に戻し、アラストールの言葉を反芻する。
「“
「“蒼水の撃ち手” ……」
シャナが言うと、悠二はそれを噛みしめるように、自分の声に出す。
「それが、今の僕の “名前” ……」
呟くようにそう言って、意を改めて固めるように、拳をギュッと握りしめた。
以上、“狩人”フリアグネ編、でした。
続きは現在、個人ブログの方で展開しています。
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