蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第2話

「んくっ!?」

 カップの中身を口に含んだ途端、少女は目を白黒させて、腕を伸ばしてカップを口から離しながら、激しくむせる。

「だ、大丈夫!? なにかあった!?」

 少女の様子に、悠二は慌てて身を乗り出すようにし、声をかける。

「ゲホッ、ゲホッ……ぁに……こぇ…………苦……ぁ……」

 少女は涙目で、子供が半べそをかいたような表情で、震えながらそう言った。

「こ、コーヒー飲んだことないの!?」

 それまでのイメージが崩れた様子の少女の姿に、悠二は慌てたような口調のまま聞き返す。

「こ、こんなに苦いの、飲んだこと、ない……」

「ええっ、砂糖はだいぶ入れておいたはずなんだけど!?」

 少女の言葉に、悠二は更に驚いた様子で声を出した。

「え、えっと待ってね、予備の砂糖、予備の砂糖と……」

 言いながら、悠二は着ていたジャンパーのポケットを弄り、そこから外装袋の封が切られた状態のスティックシュガーを取り出す。

「はいっ、って、あっ」

 悠二がそれを差し出すと、少女は、3、4本、ひったくるように抜き取って、封を切り、カップの中のコーヒーにその中身を落とす。

 悠二はその光景を見て、ゴクリと喉を鳴らした。

「スプーン!」

「あ! はいはい」

 少女がそう言って、悠二に向かって手を伸ばす。悠二は砂糖を出したのとは反対側のポケットから小さめのコーヒースプーンを取り出して、少女に手渡した。

少女は、渡されたスプーンで丁寧にカップの中身をかき混ぜてから、恐る恐るといった様子で、それを口に運んだ。

「くすっ」

 それを見て、悠二は、思わず、といった感じで微笑む。

「何がおかしいのよ」

 それに対して、少女は、決まり悪そうにしながら、悠二に、睨むように目を細めて視線を向けた。

「いや、そう言う表情もできるんだなと思って」

「なによ……フレイムヘイズだって元は人間でしょ」

 微笑ましそうに少女を見る悠二に、少女はぷいとそっぽを向いた。

「ところでさ……」

 悠二は、話題を変えるように切り出した。

「僕を見張るのは解るけど、夜の間ずっと屋根の上にいるつもりなの?」

「そうよ」

 悠二が、微かに表情を険しくして訊ねると、少女は、まず短くそう答えた。

「さっきも言ったけど、外で寝るのは慣れてるし、なにかあったらアラストールが起こしてくれるはずだから」

「でも、……『零時迷子』の事でそうしているのは解るけど、僕だって一応はフレイムヘイズだし、四六時中張り付いててくれなくても、自分の身を守ることぐらいはできるけど……」

 悠二は、手振りを加えながら、少女を気遣うように言う。

『それが、並みの “徒” であればな』

 アラストールが、重い口調で言った。

「それって……[仮装舞踏会]のこと?」

 悠二は、更に表情を引き締めつつ、そう言った。

『“頂の座” の言葉が真実であったとしても、[仮装舞踏会]が「零時迷子」の探索を諦めたわけではあるまい』

「それは……確かに」

 アラストールの言葉に、悠二は少し戦慄したような表情になる。

『現に貴様がそうしているように、「零時迷子」は紅世に関わる者にとって、万能の力を得るに等しい秘宝中の秘宝。欲しているのは[仮装舞踏会]だけではない!』

「現に今、この街にフレイムヘイズが居ると知って、逃げもせずに潜んでいる “徒” がいる」

 勢い語尾が荒くなってしまったアラストールに続いて、少女がそう言った。

「それは……可能性としては考えていたけど」

『むしろ[仮装舞踏会]以外の方が危険とも言えますね。 “壊刃” あたりは手の内は知っていますが、完全な放蕩派となると、私の知っている相手かどうか』

 悠二が息を呑むようにして言い、それにヘカテーが続いた。

『それに、正直なことを言えば、我らとしてはまだ “頂の座” を完全には信用していない』

「だから、お前自身がどうするのか、何をするのか見張るのも私達の使命」

 アラストールの声に続いて、少女が険しい視線を悠二に向けて、そう言った。

「うーん……やっぱりそうなっちゃうのかぁ……」

 少し脱力したようにしつつも、困惑した表情で、悠二がそう言った。

『ある程度のことは仕方がないとは解っていますが』

 ヘカテーは淡々と言うが、語尾にため息をつく様な抑揚になった。

『特にやましいことがないのであれば、別に見張られていても問題はなかろう』

「いや、別にそれはそうなんだけどさ」

 アラストールの言い種に、悠二は決まり悪そうな苦笑で言う。

「いくらフレイムヘイズだと解っていても、女の子が屋根の上で野宿してると思うと落ち着かなくて。まだ明け方近くは冷える時期だし」

「……中に入れっての?」

 少女はじろっと悠二に視線を向けて、少し訝しげな様子でそう言った。

「夜空の下で一晩中座ってる女の子を放っておくってのは、ハッキリ言って安眠妨害だと思うんだけどな」

 悠二は苦笑したまま、少し言葉を選ぶようにしつつ、問いかけるような語尾でそう言った。

「お前の安眠なんて知ったことじゃない」

 少女はそう言って、また、視線をそらしてそっぽをむこうとしてしまう。

『しかし、 “頂の座” が何かを企んでいるのなら、できる限り視界に入れておいた方がいいのも事実』

「け、結局そこに行き着くの?」

 アラストールの言葉に、悠二が更に脱力したように肩を落とす。

『当然だ。何を考えているのかわからないというのは、明らかな敵意より恐ろしいからな』

「ぐぬぬ……」

 アラストールの言い様に、悠二は無理やり口元で笑いながら呻くような声を漏らした。

「アラストールがそう言うなら仕方ないけど」

 少女は立ち上がりながら、至極真剣な表情で、悠二に視線を向けて言う。

「変なことしたら、ぶっ飛ばすわよ?」

「…………」

 その言葉に、一旦姿勢を直した悠二が、ぽかん、として少女を一瞥してしまう。

『安心して下さい。悠二はそのような特殊な趣味はしていませんから』

 悠二が言葉を出せずにいると、代わりにヘカテーがすっぱりとそう言った。

「っ……うるさいうるさいうるさい!!」

「って、うわっ、ちょっ……」

 少女がムキになって声を張り上げつつ、悠二にカップを投げつける。カップは悠二には命中しなかったが、それを受け止めようとして、バランスを崩しかけた。

 

 

「えっと、正式な自己紹介がまだだったと思うんだけど……」

 悠二は、少女とともに一旦ベランダに降り立つと、そこで、少女と向かい合って借り出した。

「今更かもしれないけど、僕は “頂の座” のフレイムヘイズ、名前は坂井悠二」

 自分の胸元に手を添えるようにしてそこまで言い、そこで少し困ったように苦笑した。

「称号は多分、まだない。呼ばれたこともないし、自分で名乗るのもなんか気恥ずかしくて」

『まぁ、 “頂の座” がフレイムヘイズの “内なる王” になろうとは、誰も考えていなかっただろうからな』

 アラストールが、どこかため息交じりのような口調で言う。

「私は “天壌の劫火” アラストールのフレイムヘイズ、称号は “炎髪灼眼の討ち手”」

 少女は、悠二の胸元ぐらいから見上げるようにして、そう名乗る。いささか険しい表情ではあるが、先程までよりは和らぎ、真摯な表情で自己紹介をしたように見えた。

 しかし、少女の言葉がそこで止まってしまうと、悠二は不思議そうな表情で小首を傾げた。

「……それだけ? 君自身の名前は?」

「私は、 “天壌の劫火” を “内なる王” とするフレイムヘイズ、ただそれだけ。他に名前なんてない」

 少女が『コキュートス』のペンダントを、そのチェーンに指をかけるようにして持ち上げながら、どこか憮然とした表情でそう言った。

「え…………」

 それを聞いた悠二は、一瞬、呆然と立ち尽くしてしまう。

「他のフレイムヘイズと区別する時は、 “炎髪灼眼” とか “天壌の劫火の” 、あるいは “『贄殿遮那』の” 、って呼ばせてはいるけど」

「ニエトノノシャナ?」

 少女が発した最後の “呼び名” に、悠二はオウム返しに聞き返す。

「『贄殿遮那』。私が持っている古太刀の名前」

「あ、そ、そうなんだ……」

 少女の言葉に、悠二はそう言って、一瞬置いてから仄かなため息をつく。

「とりあえず……中に入ってよ」

 悠二は、掃き出しの窓から自室に向かって、少女に入室するように促した。

 少女は、悠二の部屋に入ると、軽く首を振って、室内を一瞥する。

「…………」

 そして、ベッドの枕元のある一点を注視して、はっと何かに気づいたような表情をする。

 パタッ……と微かな音を立てて、QN401がPM10:12を表示した。

 少女はそのQN401を注視していたが、その動作だけで、特に言葉として何かを発することはなかった。

「ああ、それ、珍しいでしょ? 今どき……」

 一度少女に背中を向けて、サッシを閉じて、そのクレセント錠を鎖錠した悠二が、少女の背中越しにその様子に気づくと、苦笑しながらそう言った。

「なにせ、ヘカテーも珍しがってたぐらいだからなぁ」

『ええ、それが造られた時代、[仮装舞踏会]でも、この島国には迂闊に近づけませんでしたから』

 悠二が苦笑しながら言うと、ヘカテーがそれを受けた言葉を発した。

『“天目一個” か』

『はい、そう言うことです』

 アラストールの言葉に、ヘカテーが肯定の返事をした。

 悠二はそれ以上は気に留めず、少女の背後を通過するようにして、部屋の扉の方へと歩いていく。

「ベッドは君が使っていいから、僕はリビングのソファででも寝るから」

 ドアノブに手をかけながら、振り返る姿勢で悠二がそう言うと、それまでQN401に気を取られていた少女が、険しい表情をして振り返って、

「何を言ってるの、お前を少しでも近い場所で見張る為に中に入ったのに、部屋が別々じゃ意味がないじゃない」

 と、少し荒い口調でそう言った。

「いやでも、それは……」

『諦めてここで寝ろ』

 何か反論しようとした悠二に対して、アラストールは静かながらも重く強い口調でそう言った。

「やっぱり……そう言われると思ってたよ」

 悠二は、一度身体を少女の方に向けて、乾いた苦笑をしながら、困ったような顔でそう言った。

「と、とりあえず床に敷く布団を持ってくるからさ、もし着替えるんならその間に。あ、寝間着が必要なら、ベッドの下の(ひき)(だし)に僕のジャージが入ってるから、それ使って」

「解った」

 少女はまだ棘のある視線を向けながら返事をしたが、悠二はそれを聞いてから部屋を出た。

「ふぅ……」

 悠二は、廊下に出て後ろ手にドアを締めると、そこで緊張を解くように、軽くため息をついた。

 その向こう側の少女を意識するように、振り返って扉を見る。

「他のフレイムヘイズに見つかると、こうなるとは解っていたつもりだけど、実際になってみると、やっぱりあまり気持ちいいものじゃないなぁ」

『それは仕方ありませんね』

 悠二が少し疲労感を伴ってそう言うと、ヘカテーが淡々とした口調でそう言った。

「でもさヘカテー、()()()()()()()()()()()フレイムヘイズなんて、あり得るのか……?」

 悠二は、()()の千草を起こさないように、足音を抑えて階段を降りながら、悠二は右手の『ニーベルンゲン』を顔に近づけて、ヘカテーにそう訊ねた。

『あり得ません。以前説明したとおり、フレイムヘイズはその成り立ちから、自己というモノに囚われていることが普通です』

「普通じゃなかったら?」

 悠二が少しだけ表情を険しくして問い返すが、ヘカテーが答えるまでに一拍の間があった。

『…………人為的につくられたフレイムヘイズの可能性があります』

「そんなこと……可能なの?」

 悠二は内心、その内容にかなり驚いたが、声は潜めて訊き返す。

『かつて……1人の “紅世の王” がそれを実験したことがあります。結果は……決して成功とは言えませんでした』

 普段、淡々とした様子で話すヘカテーが、やや躊躇うように口調を乱しながらそう言った。

「彼女が……そうだっていう可能性があるの?」

 悠二は一度歩みを止めて、自室の方を見上げるように振り返る。

『いえ、その時に生まれた、現在も健在なフレイムヘイズは、[仮装舞踏会]にいた時に把握していましたから。その中に “天壌の劫火” のフレイムヘイズは含まれていません』

「そっか……」

 悠二は軽く息を吐き出し、緊張を解いてから、移動を再開する。

『いずれにせよ、彼女のその特異性が、悠二や私が感じている違和感の原因かも知れません』

「ふーん……」

 悠二は、ヘカテーとの会話を一旦そこまでにすると、客間にしている和室に入り、その押し入れから一組の布団を引っ張り出す。

「でも、それだとしたら……」

『…………』

 布団を抱えて階段を上がりながら、悠二はつぶやく。

 そして、自分の部屋の前まで戻ってきたところで、そのドアを開く前に、意を決したように目元を引き締める。

「よし、決めた」

 悠二は、そう口にして、左腕で軽く布団を抱えたまま、ドアを開けた。

「ねぇ……っ、て、あ?」

 悠二は、少女に話しかけるつもりでいたが、その姿を見て、絶句して、一瞬、身体も硬直させてしまう。

「…………」

 少女も、目を大きく(まる)くして、絶句して悠二を凝視してしまっていた。

 少女は着替えている最中、しかも、下着を取り替えようとしていたところだった。つまり……

「こ、これは、別に、決して見たくて見たわけじゃなくて……」

「う、うるさいうるさいうるさーい!!」

 少女は、替えの下着を取り出していたマントのような黒衣から、即座に『贄殿遮那』を取り出す。

 悠二は弁明しようとしたが、少女は髪と瞳を燃え上がる炎のような鮮やかな紅に変え、悠二に対して斬りかかろうとする。

「ひっ!」

 バシッ

 悠二も瞬時に髪を “明るすぎる水色”、瞳をその明度が暗くなった碧に染めると、布団を取り落としながら、古太刀の刀身を正面で真剣白刃取りした。

「は、話せば分かる!」

「問答無用!!」

「で、でもこの体勢……」

「何っ!?」

「丸見え……」

「…………!」

 少女は我に返ったように、一瞬自身の肢体に視線を向けるようにすると、更に顔を真っ赤に染めた。

「う、う、う、うるさいうるさいうるさーいっ!!」

「ぐぼっ!」

 刀に込めた腕の力はそのままに、少女の爪先が悠二の鳩尾に鋭く突き刺さった。

 ゴイン!

 悠二の腕の力が緩んだ瞬間、一瞬引き戻された刀の峰が、悠二の脳天に叩きつけられた。

「ぐへっ!!」

 悠二は、その衝撃でそのまま意識を刈り取られた。

 

 

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