── 確か、気配はこっちから……
ベンチから立ち上がったシャナは、軽くなったビニール袋を手に、跳躍するように駆け出す。
「ちょ、ちょっと待って……」
悠二は、慌ててシャナを追う。
「なに、こいつら?」
シャナは、クラブ棟近くの生け垣の裏側に、3人の男子生徒がいるのを見つけて、訝しさ半分、呆れ半分といったような様子で言う。
「ぶっ」
悠二はそれを見て、1970年代末から1980年代前半に大ブレイクした某アニメシリーズのようなノリで、派手にずっこけた。
「佐藤に田中……」
生け垣の裏側から、先程まで悠二とシャナがいたベンチの方を覗き込んでいるその姿に、悠二は、疲れたような呆れたような様子で言う。
「池まで……いったい何やってんだお前ら……」
悠二は、右手で頭を抱えるようにしながら、軽いため息まじりに、呟くように言う。
『私達の会話を盗み聞こうとしていたようです』
その右手から、ヘカテーがどこか呆れたような声が聞こえてくる。
『まぁ、この距離なら、会話の内容までは聞かれてはいないだろう』
アラストールは、断定的な口調でそう言った。
「念のため、移動するね」
『うむ』
シャナはそう言って、校舎の中に入ろうと歩き出した。
「あ、ちょっと……」
悠二は、それを追うように続いていく。
「これってまずい……よね」
悠二は、教室に向かって、シャナに続くように歩きながら、右手の甲を耳元に近づけつつ、少し憔悴した様子で言った。
『はい』
ヘカテーが答える。
『おそらくこちらに察知されることを承知で、探索の自在式を使ってきました。多分あちらから仕掛ける気になったのでしょう』
「でも、そうしたら……」
悠二は、慄いた表情をする。
「ね、ねぇ、シャナ」
悠二は小走りで、シャナの傍らにまで迫ると、
「学校で……ここでやり合うつもりなの?」
と、緊張感のある表情で、そう問い質すように言う。
「そうよ、そいつを見つけて討滅する。そのために私はいるのよ」
「でも、だからって……それじゃ、ここにいるみんなを巻き込むことになるじゃないか!」
「…………だから、どうしたの?」
思わず声を荒げてしまっていた悠二に対し、シャナは、一瞬立ち止まって悠二の方を向くと、当然の事の様にサラリと言い、むしろ悠二が何を言っているのか解らないといった表情をしていた。
『これが “天道宮” のフレイムヘイズのやり方なんですか、 “天壌の劫火” 』
『そうだ』
ヘカテーの問いかけに、アラストールは即答した。
『そうですか……』
ヘカテーは、明らかに落胆したような声を出した。
「もういいかしら、封絶を解除するわよ」
シャナはそう言って、右手の指を振った。
世界は元の位置に戻り、因果は再び回り始める。構内の周囲の生徒や教職員が何事もなかったかのように動き始める。
「ヘカテー、僕はどうすればいい……?」
悠二は立ち止まり、やはり右手を耳に近づけて、困惑しつつも険しさのある表情で問いかける。
『悠二が考えているようにするべきだと思います』
「できると……思う?」
ヘカテーの言葉に、悠二は不安さを隠さない様子で問い返す。
『できます』
ヘカテーは断言した。
悠二は、ヘカテーとの会話に気を取られて、1年2組の教室前の廊下で、歩みを止めてしまっていた。シャナはさっさと教室内に入ってしまっている。
悠二が廊下で立ち尽くした状態でいると、バタバタと複数の足音とともに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「げ……」
声のする方を振り返って、悠二は反射的に小さく漏らしてしまってから、
「い……池、佐藤、田中、みんな一緒だったのか?」
と、半ば誤魔化すかのように、作り笑いを浮かべつつ、自分の方から声をかけた。
「い、いや、まぁ……」
自分達も少し負い目のある3人は、言葉を濁す。
「それより坂井、お前よくあんな騒ぎの後で張本人とメシが食えるな」
速人が表情を真顔に戻して、悠二に向かって問いかける。
「え……」
「ホント勇気のあるやつ。中学ン時の俺でも近衛さん程の度胸はなかっただろっていうのに」
啓作が感心したように言う。
「大体、転校してきていきなり知り合いだってのも変な話だし」
栄太が言うと、啓作と速人もウンウンと頷く。
「どこであんなに仲良くなったんだよ、白状しろや」
「い、いや……仲良くというか、そんなんじゃ……」
啓作の言葉とともに、詰め寄る3人に対し、悠二は少したじろぎながら、きまりの悪そうな苦笑をする。
「2人っきりで、食事して、話して ──」
速人が腰をくねらせる妙なポーズをしてそう言うと、急に表情を険しくして悠二に視線を向け、
「充分『そんなの』だろう!?」
そういって、ずい、と、一層強く悠二に迫る。
「しかし近衛さんはたしかに可愛いけど……なんつーかマニアックな趣味だな」
啓作は、何故か顔を少し赤らめながら言う。その言葉に、速人がウンウンと頷いてみせた。
「実はロリ属性持ちだったのか! 侮れんやつめ!」
栄太は拳を握りつつ、熱弁するかのように言う。
「あ、あのな……」
悠二は流石に辟易として、気圧された姿勢からも言葉を荒らげかける。しかしそれは、開き直りと取られた。
「やっぱりやましいところがあるな」
速人が、眼鏡のリムをキラッと光らせながら、不敵な笑みを浮かべて言う。
すると、今度は妙に興奮した様子の栄太が、悠二に迫ってくる。
「こ、このムッツリが! おとなしい顔して一体どんな手管を使った!? 教え……」
「いい加減にしなっさぁあぁぁぁい!!」
さしものお人好しフレイムヘイズも、ついにはキレたのだった。
午後の授業の中。教師が板書する音、教師の声、時計が時間を刻む微かな秒針の音。それ以外は、人が30人強もいるにしては、やけに静かな空間。
悠二は、自身の鼓動が頭にまで響いてくる感触を覚えつつ、教科書にうずくまるような姿勢で、教室のあちこち、主に窓の外へ何度も視線を向けている。
教室の中、悠二は1人でピリピリと緊張していた。やったのはシャナとは言え、いつ “徒” が襲撃してきてもおかしくなかった。
『悠二、緊張しすぎています』
「解ってるよ、解ってるけど……」
ヘカテーの声に対し、何度目になるか解らないその言葉を口にする。
シャナの様子は午前中と変わらない。平然と……しているのかはよく解らなかったが、とりあえず授業を実質的に潰してくれたのは有り難かった。悠二は、ガチガチに緊張した状態で、ちらちらと窓の外に視線を向け、授業どころではなかったからだ。
『奇襲を仕掛けてくるにしても、必ず封絶を使ってくるはずです』
ヘカテーが言う、この言葉も何度目かりものだった。
「解ってるよ、解ってるけど……」
悠二は、エンドレスカセットテープのように、その言葉を繰り返した。
結果から言えば、午後の2時限分が終わっても、教室に襲撃者は現れなかった。
放課後になり、ある者は部活動に、ある者は娯楽を求めて商店街へ、あるいは早速進学塾や予備校へと向かう者もいて、教室の中はざわつきながらも、徐々に生徒の数は減っていっていた。
そしてまたある者は、しばらく自分の席に座ったまま、胸中で複雑な感情を渦巻かせていた。
── あの2人、どういう関係なんだろう……
1年2組の生徒の1人である
「こーら、一美」
不意に、横からよく知っている声がかけられた。
「あ……ゆかりちゃん?」
一美ははっと我に返って、立ちながら自分の席の机に手を突いて自身を覗き込むようにしてくるゆかりに、視線を向けた。
「一美がオクテなのは解ってるけどさ、うかうかしてると鳶に攫われちゃうよ?」
ゆかりはいたずらっぽい笑いを浮かべながら、ちらちらと悠二の方に視線を向ける。
「あ……」
一美が振り返ると、悠二は史菜 ── シャナと向き合っている。一美とゆかりの位置からは、悠二はその背後を見るかたちになり、またシャナはずっと険のある表情をしているという雰囲気なので、どういう会話をしているのかまでは読み取れない。
「でも……」
一美は寂しそうに呟き、2人から視線を外し、少し目を伏せがちにする。
「あーもう、見てらんないわねー」
ゆかりは、軽く頭を掻く仕種をすると、縮こまりかけた一美の手首を掴み、引っ張って席から立ち上がらせようとした。
「えっ……あっ、ちょっと待って……」
「シャナ」
ホームルームが終わって放課になった時点で、悠二はけるように席を立って、教室の最後尾の並びに座っているシャナの元に駆け寄った。
「なによ?」
シャナは、憮然とした表情で、キツめの視線を悠二に向け、問い返すように言う。
「早く開けたところへ移動しようって、ここじゃ巻き添えが多すぎるよ」
悠二は切羽詰まったような様子で、両腕を広げるような手振りを加えながら、急かすように言った。
「それが、どうかしたの?」
シャナは、憮然とした、と言うより、素のままの様子でそう返す。
「どうって、僕は困るんだよ」
「そう、でも……──」
泣きそうな声で言う悠二に対して、シャナがなにか言いかけた時、
「坂井くーん!」
と、悠二の背後から、別の声がかけられた。
「── もう、遅い」
悠二が、その声に反射的に振り返りかけた、その時、薄白い光を発する自在式の術式が、どこかから広がってきて、教室の床を窓側から廊下側に向かって通過する。
「封絶……っ」
悠二は、戦慄した表情で、反射的に声を出す。
教室の中は世界の因果から切り離され、残っていた生徒達は、悠二とシャナを除いて、その動きを止める。
「来たわね」
シャナは、悠二に視線を向けることもなく、すっと立ち上がった。
「っ ────」
燐子とは異なる、これまで悠二が体験してきたよりもずっと強い威圧感が急速に近づいてくるのを感じ取り、悠二は窓の方を向いて絶句する。
シャナは、どこからともなく黒い外套、『夜笠』を取り出して羽織る。そしてそこから、大太刀『贄殿遮那』を
髪と瞳を燃え上がるような
『悠二、これは、やるしかないようです』
「解ってる!」
ヘカテーが告げると、悠二は険しい表情で声を荒らげつつ、右手に『トライゴン』を
悠二が少し力むようにすると、その髪の色は薄く澄んだ秋空のような “明るすぎる水色” に、瞳が暗い
パンッ
その乾いた音は微かなものだったが、動きの止まった空間では、聞き逃しようがなかった。
悠二がそちらに視線を向けると、窓に小さい何かが張り付いていた。
「トランプ?」
悠二の目に写ったそれは、1枚のトランプ、スペードのエースのカードだった。
だが、その直後、はらりはらりと、増殖するように何枚ものカードが現れる。
「何だこれっ……!?」
『これは宝具です、悠二! それも、武器の類です!』
軽く狼狽える悠二に対し、ヘカテーも荒い声を出した。
無数のトランプカードが、濁流となって一気に押し寄せてくる。
「!」
シャナが身構えたのとほぼ同時に、その傍らで悠二が『トライゴン』を垂直に立てて構える。
「
ガシャァアァァァン!!
ガラス窓を突き破って飛び込んできたカードの濁流が、悠二とシャナめがけて迫ってきた瞬間、 “明るすぎる水色” の炎が幕のように、2人の前に出現し、広がった。
ドワ、ドワワワワワ!!
薄い陽炎の様に見えた炎の幕が、カードの濁流を受け止め、ぶつかってきたそれらを焼き尽くしていく。
『ほう』
カードの群れに対して構えたシャナの胸元で、『コキュートス』からアラストールの感心したような声が発される。
『攻性防壁か、なかなかのものだな』
アラストールの褒める言葉に、悠二は照れる暇もない。
数をだいぶ減らしたとは言え、まだ少なくない数のカードの群れが、方向を変えてシャナに向かってくる。
「はっ!」
悠二は速射で、数発の炎の矢を放った。迸る炎の矢が、カードの群れを貫いた。
ヒュッ
更に数を減らしたカードを、シャナが『贄殿遮那』の切っ先で刺し貫いた。
「グッ……ぁ……ギャァァッ!!」
少女のような声で、しかしこの世のものとは思えない悲鳴が上がる。
焼け残っていたカードが、力を失ったようにはらはらと床に落ちた。
『贄殿遮那』を床に切っ先が向くように下ろし、刺し貫いていたそれを押さえつける。それは少女をデフォルメした姿の縫いぐるみだった。大太刀に貫かれた部分から、綿がはみ出している。
「! こいつは」
見覚えのあるその姿に、悠二が軽く驚いたように、反射的に声を上げる。
「またお前なの?」
シャナはその縫いぐるみの少女を見て、いい加減うんざりした、という感じで言う。言ってから、『贄殿遮那』に握る手に力を込め、さらに深く貫こうとする。
『いけない!!』
「だめだ、シャナ!」
ヘカテーと悠二が、慌てたその声を上げるが早いか ──
ドゴォッ!!
『贄殿遮那』からシャナが軽く “存在の力” を流し込まれ、炎というより稲光のような強烈な閃光を発し、縫いぐるみの姿をしたその燐子が、大爆発を起こした。
「ぐぁっ」
あまりに強力な爆圧に、悠二も弾き飛ばされてしまう。
ドンッ
「!?」
悠二は、背中から叩きつけられたが、その感触は机や椅子といった物にしてはずいぶんと柔らかく、そして冷たさがなかった。
「! ぁ……」
悠二は振り返って、それを見てしまう。
「平井さん! 吉田さん!」
そこには、駆け出すような姿勢のゆかりと、その手を引かれるようにしていた一美が、封絶の中で、そのままで動きを止めた姿だった。
だが、今の爆発に加えて、悠二がぶつかってきたことで、一美は深手を負い血濡れになっていた。一方、ゆかりは血が流れている様子はないが、そこかしこが砕けたように損傷している。どちらにしても変わり果てた姿だった。
悠二が周囲を見渡すと、2人だけではなく、教室中が爆発でムチャクチャになっていた。机や椅子が廊下側の壁に叩きつけられ、クラスメイトは誰も彼もが血塗れになって倒れていた。
「池!」
やはり重傷を負った様子の速人の姿を見て、悠二は声を上げる。親しくしている関係としては、啓作と栄太の姿はなかったが、悠二はそれには気づかなかった。
「甘かった……僕の考えが、全部、僕のせいで……!!」
悔しそうに、呻くような声を発する。
『悠二……』