蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第6話

 大爆発を起こした縫いぐるみ型の燐子だったが、シャナが『贄殿遮那』の切っ先を上げると、そこにはほつれてボロボロになりながらも、まだ燐子は存在していた。

「ふ……ふ……ふふ……」

 燐子は不気味な笑い声を発する。パリパリと、静電気のような微弱な放電が、燐子とシャナの周囲を取り囲む。

 すると、ほつれる前の燐子の姿をした縫いぐるみが無数に、シャナを取り囲むように現れた。

 シャナが脚を引いて緩く構え直すと、現れた縫いぐるみは踊るようにして、燐子本体を中心に集まる。

「!」

 集まったそれは、姿はそのままに、天井に当たるほどの巨大な縫いぐるみへと変化して、先程まで燐子を刺し貫いていた『贄殿遮那』の刀身を、逆に巨大な手でつかむ。

『悠二、後ろです!』

 ヘカテーが告げる。

「もらったわよ、 “頂の座” のフレイムヘイズ!」

 燐子は巨大縫いぐるみでシャナの動きを止めつつ、悠二に向かって突進する。

 そちらに気が向いていない様子の悠二だったが、振り向き様に左手を掲げて、速射の炎弾を放った。

「爆ぜよ!」

「フギャァッ!!」

 炎弾は燐子の目前で炸裂し、 “明るすぎる水色” の炎に飲み込まれ、悲鳴を上げながら壁に叩きつけられた。

「!」

 悠二が身体を向き直させつつ見上げると、シャナが、『贄殿遮那』を、その刀身を掴んでいる巨大縫いぐるみごと、振り上げたところだった。

(アステル)よ!」

 『トライゴン』を構えて遊輪を鳴らす。無数の光弾が撃ち出され、シャナが振り払おうとしていた巨大縫いぐるみをずたずたに貫く。

 悠二は素早くシャナの隣に立つと、シャナとすれ違うような体勢から、自身の目前に攻性防壁を出現させ、教室の天井・壁・床に沿ういっぱいまで広げる。

 ずたずたになった巨大縫いぐるみが爆発を起こす。炎と爆風は防壁に阻まれて、すでに破壊されていた窓から外へと逃げていった。

「ぐ…………」

 爆煙の流れ去った後に、焦げた床に叩きつけられ、先程にも増してボロボロになった縫いぐるみ姿の燐子がうずくまっている。

「…………!」

 シャナがそうするより先に、普段の温厚そうな様子からは想像もできないような険しい表情の悠二が前に出て、燐子を睨みつけながら、『トライゴン』の錫杖頭を突きつける。

「君の、主人の名は?」

 普段とは半オクターブ低い声で、悠二は強圧的に燐子に問いただした。

「わ……たしが……言う……とおも……う? ……フレイ……ムヘイ……ズ」

 燐子は、途切れ途切れながらも明らかな拒絶の意思を口にする。

「いや、ただの確認。いずれにせよ本人は討滅するけどね」

 悠二は、怒気をはらんだ口調のまま、言う。

『燐子ごときに宝具を持たせて隠れ潜んでいるような臆病者は、悠二の敵ではないでしょう』

 ヘカテーが挑発するかのような言葉を発した。

「っく! うぐぐっ……」

 主人を侮辱され、燐子は悔しそうに呻き声を出す。

 

「うふふ……有益な威力偵察といって欲しいね」

 

「!」

 不意に、窓の外側、上方からかけられた声に、悠二とシャナはそろって窓の外に視線を向ける。

「こんにちわ、おちびさん。それに宝具の蔵の君」

 そこに、白いタキシードスーツを着た、長身の優男が空中に()()()いた。

 

「逢魔が刻に相応しい出会いだ」

 青年は何が可笑しいのか、くっくっと気障な様子で笑いながら言う。

 悠二は言葉を発しかけたが、それを制するようにシャナがずい、と前に出る。

「あんたが主?」

「そう、フリアグネ。それが私の “名” だ」

 シャナの、相手を睨むような表情での問いかけに、白衣の青年はそう答えた。

『フリアグネ……?』

 芝居がかって名乗った青年を、睨みつけているシャナの胸元で、『コキュートス』からアラストールが反芻するように声を発した。

『そうか、フレイムヘイズ殺しの “狩人” か』

「その意味で真名を呼ばれるのは、些か不本意なのだけどね」

 フリアグネ、と名乗った青年は、気障ったらしく笑いながら言う。

「そういう気味は “紅世” に名を轟かす、 “天壌の劫火” アラストールだね。直接会うのは初めてだけど。君のフレイムヘイズも初めて見たよ」

 言いながら、シャナを値踏みするような視線を向ける。

「なるほど、()()が君の契約者、 “炎髪灼眼の討ち手” か。噂に違わぬ美しさだ。でも、少し輝きが強すぎるな」

 シャナは嫌悪感を覚えたのか、それとも単に敵愾心か、『贄殿遮那』の柄を握り直し、構えを取る。

「せっかく名高い “炎髪灼眼” に出会ったところだけれど、残念ながら今、私がより興味を惹かれるのは、そっちの “蔵の彼” だね」

 そう言って、フリアグネは視線を悠二に向ける。

 悠二は、緊張した面持ちで『トライゴン』を握り直し、自身もフリアグネに対して構えた。

 しかし、悠二は、張り詰めるほど緊張はしているものの、言うほどの恐怖心は抱いていなかった。逆に、敵愾心のほうが勝って、自然と睨みつけてしまう。

「最初に君の事を聞いたときは、自身の燐子の言葉を疑ってしまったよ、 “頂の座” ヘカテー」

 目を細めつつ、口元に笑みを残したまま、フリアグネが大仰な手振りを加えながら、言う。

『“紅世の王” である限り、フレイムヘイズの “内なる王” になる可能性はあります、 “狩人”』

 悠二が『トライゴン』を握る、その右手の『ニーベルンゲン』から、ヘカテーの声が反論した。

「しかし、君は “祭礼の蛇” の眷属のはずだ。その君が、彼の宿敵たるフレイムヘイズの “内なる王” になるというのは、俄には信じられるものではないよ」

『またその説明ですか……』

 フリアグネの芝居がかった言葉に、ヘカテーは呆れたような声を出す。

『私と悠二の因果が交差し、絡み合った。その結果として、[仮装舞踏会]()()()()()から裏切り者として扱われることになっただけの事です。盟主への忠誠心まで失ったわけではありません』

 ヘカテーは淡々とした口調になり、そう説明する。

「つまり、君の自由意志が状況を作り出してしまった、というわけか。くく」

 気障ったらしくも、興味深そうな視線を悠二に向けながら、フリアグネは言う。

「だとしてもだ、眷属が隷下の組織と敵対する事態を許してしまうとは、全く()らしい甘さだ」

 失笑するように、フリアグネは言う。

『盟主への侮辱は許しませんよ、 “狩人”』

 ヘカテーの語気が、俄に険しくなる。

『どのみちあなたの事は、悠二が許さないと思いますが』

 悠二はヘカテーに喋らせたまま、温厚そうな彼のイメージとはかけ離れた様子で、フリアグネを睨みつけていた。睨んでいるのはシャナも同じだったが、悠二のそれは明らかな敵意や憎悪が混じっている。

「ふふ……そんな怖い顔で睨まなくても……」

 その険しい視線に慄く様子もなく、フリアグネは言いかけたが、ふと、半壊した教室の焦げた床に転がるそれを見つけて、途端に表情を変える。

「まっ……マリアンヌ!?」

 ボロボロにほつれて焦げた、その縫いぐるみの少女を見つけて、フリアグネは頭を抱えて嘆き叫ぶ。

「ああっ、ごめんよ私のマリアンヌ、こんな怖い子らと戦わせてしまって!」

 首を振りオペラのように芝居がかりつつも、フリアグネは取り乱したように、その縫いぐるみの燐子を優しく抱き上げた。

「!」

 悠二がはっとする。教室中に散らばっていた、焦げたカードが、舞い上がり、緩く渦を描くようにしてフリアグネの手元に収まっていく。

「私の自慢の『レギュラーシャープ』を、ここまで減らすとはね」

 フリアグネが言う。マリアンヌ、と呼ばれた縫いぐるみ姿の燐子を抱く腕とは反対側の手に収まったカードは、スペードのエースの1枚に戻っていたが、焼け焦げて、半分以上欠けてしまっている。

 悠二やシャナには気障で不敵な笑みを向けたフリアグネだったが、燐子に対しては、気障ったらしく芝居がかりつつも、いたわるような態度を見せる。

「ああ、マリアンヌ。まったくフレイムヘイズは酷い事をする」

「申し……訳……ありま……せん……ご……主人……様……」

 マリアンヌは、弱りきった途切れ途切れの言葉で応える。

『酷いことをしているのはどちらでしょうか?』

 ヘカテーが呟いた。悠二が、一瞬だけ意外そうな表情をして、視線を『ニーベルンゲン』に移すが、すぐにフリアグネを睨み直す。

「謝らないでおくれマリアンヌ、君を行かせた私も悪いんだ」

 ヘカテーの呟きは意に介しなかったように、フリアグネは自分の世界に浸ったかのように言う。

 悠二は、ちらりとシャナの方に視線を向けた。

 ── シャナは、なぜ動かないんだ?

 悠二はフリアグネに敵意を向けつつも、頭の片隅にそのことがよぎった。悠二がしかけないのは単純だ。ここで更に戦闘となったら巻き添えを増やすからというだけだ。フリアグネがしかけた時に、防御に備えている。

「剣1本の “炎髪灼眼” と、フレイムヘイズになりたての子供に、ここまで酷いことをされるとは思っていなかったんだよ」

 そんな悠二の思考をよそに、フリアグネはマリアンヌを慈しむように撫で、仕上げというように息を吹きかけると、マリアンヌは元通りの愛らしい縫いぐるみの姿に戻った。

「さあ、これで元通り。慣れない宝具なんて持たせてごめんよ」

 フリアグネは表情を崩し、嬉しそうに締まりのない笑みになって、マリアンヌに頬擦りする。

「うふふ……」

 フリアグネは左腕でマリアンヌを懐に抱きながら、酷薄そうな笑みをシャナに向けた。

「昨日と今日ので解ったよ。どうやら “炎髪灼眼” のおちびさんは、フレイムヘイズのくせにろくに炎をまともに出せないようだね」

 フリアグネが言うと、シャナがピクリとこめかみを震わせた。

「戦いぶりがいかにもみみっちいな。かの “天壌の劫火” との契約者だ。どんな力があるかと警戒していたのに……」

「なんですって……?」

 シャナはムッとして、不快感を露わにする。

「その、かなりの業物らしい刀の力を借りて、ようやく内なる炎を呼び出している程度とはね」

 シャナの威嚇にも構わず、フリアグネは文字通り()()に笑う。

「…………!」

 その2人の視界の外で、悠二は一瞬、はっと何かに気付いたような表情になり、ちらりとシャナに視線を向けた。

「違っているかな? 私の宝具への目利きはかなり確かだと自負しているのだけど」

 フリアグネが挑発するように言うと、シャナはさらに不快感を露わにし、柄に力を握り直す。

『なるほどな、燐子にばかり活動させ、身を隠していたのは、我らの力の程を見極めるためか。噂通り姑息な狩りをする』

 睨むばかりのシャナに代わって、アラストールが声を発した。

「我ら……か。ふふ……」

 フリアグネは、癪に障るような笑い声を漏らしながら、視線をシャナから悠二に移す。

「確かに値踏みをさせてもらったよ。もっとも君の…… “炎髪灼眼” ではなく、 “頂の座” の彼の方だけどね」

 フリアグネに視線を向けられると、悠二もフリアグネを睨み返す。

「対照的に君はフレイムヘイズになって日が浅すぎる。この平和な国の少年が突然フレイムヘイズの力を得たとしても、使いこなせはしまい。故に “頂の座” が伝え得る自在式が頼みということだね」

「くっ」

 フリアグネの言葉に図星を突かれた形の悠二は、口元を歪ませて、呻くような声を微かに出した。

「よって、その驚異は……」

 フリアグネは口元で笑ったまま、急に、悠二に向けるその視線を険しくする。

「君に内包された宝具ということか、貧弱な契約者が “頂の座” の力を、自在法のみとは言え発揮させる程の」

『貧弱かどうか、試してみますか?』

 ヘカテーがサラリと言う。

「ヘカテー!」

 悠二が、驚いた声を出して、視線を右手の『ニーベルンゲン』に移す。

「大した自信だね、 “頂の座”。よほどその宝具が素晴らしい物なのだね」

『宝具だけではありません。悠二の器の力は貧弱ではありません』

 フリアグネが酷薄そうに言うと、ヘカテーは淡々とした口調ながら、即座に反論した。

「おやおや、ケンカの押し売りかい?」

 フリアグネは、呆れたように肩を竦めて嘲笑うように言う。

「私はそうやって、ムキになったフレイムヘイズが、力を暴走させて爆死するのを何度も見ている」

 右手で半分顔を隠しつつ、その指の隙間から2人のフレイムヘイズを見て言い、そこで口元から笑みを消した。

「それはそれで構わないが、その為に、君に内包された宝具が破壊されてしまっては元も子もないからね」

 悠二にそう言ってから、フリアグネは再び口元に怜悧な笑みを浮かべる。

「まぁ……別に急ぐわけでもなし……おちびさんはともかく、 “蔵の君” は、この場ではこれ以上被害を出したくないようだしね」

 フリアグネに言われ、悠二はドキリとした。ちらりと視線を教室の内部にやる。

「こちらとしても、もう少しやりやすい状況を作ってから伺うとするよ」

 フリアグネがそこまで言うと、その全身を、陽炎のような薄白い炎が包んでいく。

「何が入っているのかな、フフフ……」

 そのまま、陽炎が立ち上るように、フリアグネの姿はかき消えていった。

「楽しみだ」

 

 

『やはり只者ではありませんでしたね。()()変態 “狩人” とは……』

「変態って……」

 破壊された窓から、フリアグネの去った方向を見ていた悠二だったが、ヘカテーの言葉を聞いて、一気に脱力したように、右手に『トライゴン』を持ったまま、腕をだらりとさせて背を丸め、苦笑してしまう。

『あれにかなう変態は、 “徒” の中でも私が知る限り1人……いえ、2人しかいません』

 しかし、断定的に言うヘカテーの口調は、いつにも増して険しかった。

『確かに変態ではありますが、同時に、 “紅世の王” の中でも、1・2を争うフレイムヘイズ狩りのプロです。おそらく直接対決である限り、彼を明らかに上回る存在は限られるでしょう』

「確かに……すごい威圧感だった。でもどうしてだろう、()()()ほど恐怖は感じなかった」

 悠二は身を起こしつつも、まだ、窓の外を見ながら、そう言った。

『それは……()()()の悠二は、「生きながらにして『零時迷子』を内包している」という点以外、普通の人間でしかなかったからです。今は……その、中に、私がいます』

「そっか……」

 ヘカテーはその言葉の最後でわずかに言い澱んだが、悠二はその意味には気づかず、短く応える。

『悠二、封絶が解けないうちに』

 呆然としたように、フリアグネの消えていった方を見ていた悠二に対し、ヘカテーが行動を促す。

「あ、うん」

 悠二は振り返り、教室の中を見渡す。

 焦げた壁、床、天井。吹き飛ばされて破壊された机や椅子。

 そして、倒れているクラスメイト達。

「平井さん……吉田さん……池……」

 悠二は、特に親しい相手の名前を呼んでから、『トライゴン』を両手で握り、垂直に立てる。

 その錫杖頭から、薄く “明るすぎる水色” の炎が立ち(のぼ)ると、何本もの光の線になってアーチを描くようにして、降り注いだ。

「みんな……ごめん」

 教室はフリアグネが封絶を張る直前の姿に戻っていく。

 ゆかりも、一美も、速人も、他のクラスメイトも、何事もなかったかのような位置に戻った。

 

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