蒼水の撃ち手   作:神谷萌

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第7話

「はぁ…………」

 悠二は()()()()()で、首を傾けて窓の外を見ながら、盛大にため息をつく。

 窓の外は、すでに陽が沈んでだいぶ経つ。夕焼けの見えた空だったが、珍しく天気が急変し、少し前から雨が振り始めていた。

 悠二はすでに夕食と入浴を済ませていた。

 学習机に向き合い、学習用ノート様式の自由帳を拡げている。いろいろと不可思議な模様が、少し濃い2Bのシャープペンシルで書かれていたが、今の悠二は、頬杖を突いたり窓の外に視線をやったりして、()()に身が入っていないようだった。

『気が重いですか』

「うん……」

 ヘカテーの言葉に、悠二はどこか落ち込んだような声で答える。

「そういえば……あのフリアグネってやつ、フレイムヘイズ殺しって、ヘカテーやアラストールは言ってたけど……」

『そうですね、油断できる相手ではありません』

 悠二が、天井を見上げながら思いついたように訊ねると、ヘカテーがそれに答える。

『彼は、所有する数多の宝具を駆使して、多くのフレイムヘイズを殺して来たのです。単純な力のぶつかり合いというのは排除しておいたほうがいいでしょう』

「宝具を駆使して…………だから “狩人” って呼ばれてるのか。──……あれ?」

 悠二は納得した言葉を発したが、その直後、それに気付いた。

「でも “真名” って、 “紅世の徒” の本名みたいなものだろう? それって易々と変えられるものなの?」

『さすが悠二ですね、気が付きましたか』

 悠二が問いかけるように言うと、ヘカテーはそう言う。

『“狩人” がそう呼ばれる所以は、彼のコレクターとしての一面が元になっています』

「コレクター……」

『ええ、狙ったものを手に入れる、その本質に由来した名前なのです』

 悠二は、ヘカテーの説明を聞きつつ、右手を上げて『ニーベルンゲン』を見る。

「それだとすると、 “この世” に渡り来たのは……」

『はい。最初の動機がどうだったかは解りませんが、現在は “この世” に存在する “宝具” を収集しています』

「それで “狩人” か……だから、アラストールにああ言われて言い返してたんだな」

 悠二は、フリアグネの言葉を思い出してそう言った。

 パタッ、と微かな音がして、QN401がPM10:12を表示した。

「…………」

 気配を感じて、悠二は天井を見上げる。と、

「はぁ……」

『“炎髪灼眼” ですか』

 悠二が深くため息をつき、ヘカテーが訊ねるような声をかける。

「うん……なんであんなきつい言い方しちゃったんだろ」

『私は、悠二ならああ言うと思っていましたが』

 バツが悪そうに言う悠二に対し、ヘカテーは少し意外そうな口調でそう言った。

「でも……僕も人のことを言えた義理じゃないしさ……」

 悠二はそう言って、自嘲気味に苦笑した。

『悠二……』

 

 

 ────フリアグネの去った後の教室。

()()()()()()()()使()()って、ただ、 “徒” を討滅することだけが目的なのか……?」

 悠二は、低い声で言う。

『なに……』

 悠二の言葉に対して、反応する声を上げたのはアラストールの方だった。

『“徒” が “存在の力” を喰らい、それを行使することで “この世” の “(ことわり)” が()()のを防ぐ。それが()()()使命だったのではないのですか? “天壌の劫火” 』

「たまたまフリアグネがこの場で派手なことをしなかったから良いけど、こんな数百人単位で人が集まる場所に “徒” をおびき寄せて、喰い荒らされたらどうするつもりだったんだ!?」

 ヘカテーがアラストールに言うと、悠二は堰を切ったように、批判的に険しい表情をして、手振りを加えながらそう言った。

「お前だって!」

 シャナは歯を剥くようにしながら、声を荒げて言い返す。

「今まで “徒” を放置してきたじゃない! こんなにトーチが増えているのに!!」

「望んでそうしてきたわけじゃない!!」

 シャナが声を張り上げると、悠二も即座にキツく言い返す。

「僕が未熟で、今までフリアグネを見つけ出せず、犠牲を出しているのは認めるよ」

 悠二は、一旦は語気を緩めて、少し気弱そうに言ったが、

「でも、こんなやり方は認めない! 僕は! 絶対に!!」

 と、すぐにシャナを睨むような表情に戻り、そう声を張り上げた。

『“天壌の劫火” 。これが、あなた達が求めるものだったんですか』

『…………』

 落胆したようにヘカテーが言うが、アラストールは答えない。

 封絶が緩み始めているのを感じると、悠二は『トライゴン』を()()し、力を抑えて、髪と瞳を()の色に戻した。

 閉ざされていた空間が元通りに世界の因果と繋がる。封絶の中にいた生徒や教師は何事もなかったかのように()()を再開する。

「あ、あれ? 坂井君?」

 シャナの席のある場所にいたはずの悠二が、視界の中から消えていて、ゆかりが戸惑った声を出す。

「も、もういいよ、ゆかりちゃん……」

 一美が、立ち止まったゆかりの手を引いて、戸惑いがちな声でそう言った。

「それじゃ、僕は帰るから」

 悠二は、シャナに向かってそう告げて、自分の机から通学鞄を手に取り、教室を後にした。

 シャナはただ、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 陽が沈んだ頃に降り出した雨は、しとしとと長く続く様相を呈してきていた。

 それでも、坂井家の屋根の上で、こうもり傘をさしたシャナが、その頂点の辺に腰掛けていた。

「…………はぁ」

 シャナもまた、憂いを帯びた表情で、ため息をつく。

「今まであんな考え方、したことなかった」

 誰にともなく、シャナはそう言った。

「あいつは…………あいつは生意気なやつ、だけど……」

 悠二に対する不快感を口にするものの、口調にはいつもの強気さが感じられない。

『“頂の座” の言うことには一理あった、か』

 アラストールが、自身も呟くような口調で、そう言った。

「うん、それもある」

 シャナはこくんと頷き、肯定の返事をした。

『フレイムヘイズの使命の本来の目的は、この世を乱す乱獲者の手によって世界の理が歪むことを抑止する事……その意味において、 “頂の座” の言葉は正しいと言えよう』

 アラストールは、自省も含むかのように言う。

「でも、 “徒” を討滅しなきゃ、犠牲は増え続ける……──」

 シャナは、困惑混じりにそう言って、ため息をつく。

『それもまた、真理ではあるのだ』

 アラストールは、特別シャナを慰めるという様子ではなく、どこか淡々としてそう言った。

『方法論か結果論か……難しい問題だ』

「アラストールでも?」

 アラストールの呟くような言葉に、シャナは意外そうに聞き返した。

『うむ。中世ならいざしらず、現代、ことこの国のような先進国では、永遠に結論の出ないジレンマであろう』

 アラストールは、悩ましげな口調で言った。

「そんなこと、ヴィルヘルミナは教えてくれなかった」

 シャナは、自分の “師” であるフレイムヘイズの名を出して、呟くように言う。

『だが、そのヴィルヘルミナを犠牲にしなければならないとなった時、それを実行できるか?』

「できる。それがフレイムヘイズの使命だもの」

 アラストールの問いかけに、シャナは即答する。が……

『だが、心で苦しむことになるであろう?』

「それは……」

 アラストールが再度問いかけると、シャナは言い澱む。

「するかもしれない……」

 視線を伏せがちにしつつ、シャナは弱気そうにそう言った。

 沈黙がわずかに続き、周囲を柔らかな雨音が支配する。

「!」

 シャナが顔を上げる。

  “明るすぎる水色” の光を放つ自在式の紋様が、シャナのその下から、広がっていき、深夜の住宅街を覆っていく。

『封絶か』

 アラストールが呟く。

 シャナはこうもり傘を片手に、軽く飛び上がりつつ、ベランダの軒を手で掴んで、降下の軌道を変えて、そのベランダに降り立つ。

 悠二の()()から、 “明るすぎる水色” の光が漏れてくる。シャナはこうもり傘をたたむと、その室内を伺うように屈み込む。

 5分程その状態が続いた後、シャッとカーテンが開かれ、悠二が姿を表した。悠二がサッシの鍵を外し、掃き出しの窓をカラカラと開けた。

「あの、やっぱり気になるんだけど……」

 悠二は、気まずそうな苦笑を浮かべながら、シャナに向かってそう言った。

「ふん、お前の知ったことじゃないわ」

 シャナは、そう言いながら、不機嫌そうにそっぽを向いた。

「その……」

 それでも、悠二は取り付く島を掴もうと、苦い顔をしたまま話しかける。

「学校での事……言い過ぎたと思う……ごめん」

「別にそんなこと、どうとも思ってないわよ。私は私の使命を果たすだけ」

 悠二は少し申し訳無さそうに萎縮したように言うが、シャナは視線も向けずに言い返す。

「けど、……その、こんな雨の中、女の子を1人で外に出しておくなんて、落ち着かないっていうか、やっぱり気が咎めるって言うか……」

 悠二は頬を掻く仕種をしながら、気まずそうにそう言った。

「お前の都合なんか知ったことじゃない」

 シャナは頑なな様子のまま、険のある顔で言い返す。

「でも……僕の事見張るんなら、部屋の中の方が都合がいいだろ?」

「…………」

 シャナは、むすりとしたままだったが、一瞬だけちらりと悠二に視線を向けた。

『私は反対なんですが、このままでは悠二の鍛錬にも身が入らないので』

 ヘカテーが淡々とした口調でそう言った。

『鍛錬?』

 アラストールが、問いかけるというか、疑問を口に出すように言う。

「寝る前に炎と自在法の」

 悠二が、恥ずかしそうに苦笑しながら答えた。

「朝は体術の方もやってる。まだフレイムヘイズとしては半人前だし」

 悠二は謙遜の意味も込めてそう言ったのだが、シャナがその言葉にぴくり、と反応したことに、悠二は気が付かなかった。

『昨日は気絶させられたせいで流れてしまいましたが』

「ヘカテー! わざわざ挑発しなくてもいいじゃないか」

 淡々とした口調がどこか憮然とした様子を感じさせるヘカテーの言葉に、悠二は、慌てたように『ニーベルンゲン』に視線を向けて、そう言った。

「…………」

『中を伺わせてもらおうか』

 シャナは軽く睨むような視線を悠二に向けていたが、アラストールが促すように言うと、シャナは悠二の傍らをすり抜けるようにして室内に入る。

「それじゃあ、僕は下でなにか夜食でも用意してくるから」

 悠二は、後ろ手に掃き出しの窓を閉めると、そう言ってから、シャナの背後を通り過ぎて、一旦部屋を出ていく。

 シャナはベッドの枕元にあるQN401に視線を向ける。

『それが気になるのか?』

「うん……どうしてかしら」

 アラストールが訊ねると、シャナも自分でも不思議そうにそう言った。

 シャナがQN401を見つめていると、悠二が部屋に戻ってくる。

「ごめん、こんなものしかすぐに用意できなくて……」

 シャナが顔を上げて悠二を振り向くと、その手には2つのチーズデニッシュが入った樹脂製のボウル皿を持っていた。

「…………」

「い、いや、別に恩に着せる気はないからさ……」

 シャナに視線を向けられ、悠二はどうしてか慌てたように、言い訳をするようにそう言った。

 シャナは悠二の顔を見つめてから、悠二が手に持っているボウル皿からチーズデニッシュをひとつ手に取り、それを口に運んだ。

 一口齧って、シャナの表情が綻んだ。

「美味しいでしょ? サンディエス・ミレ・ヴィクトワーって、駅近くのパン屋さんのなんだ」

 悠二の言葉が耳に入っているのかいないのか、シャナは夢中になってチーズデニッシュに齧りつく。

 悠二の張った封絶が緩む。しとしとと、外から雨の降る水音が聞こえ始める。

「…………えっと……、ひとつ聞きたいことがあって」

『聞きたいこと?』

 悠二がとっかかりにくそうに言うと、アラストールが聞き返した。

『まぁ、宿賃程度のことなら教えてやろう』

「その……フリアグネにトーチにされた人達の事なんだけど……」

 悠二は、シャナに対する気まずさとは別の困惑を表情に出しながら、切り出した。

「トーチの炎が、たまに何かに共鳴するように揺れるんだ」

『何?』

 悠二の言葉に、アラストールは、驚いたような訝しんだような様子で聞き返した。

「最初は偶然かと思ったんだけど……明らかに一定のタイミングで震えているんだ」

 手振りを加えながら、悠二は説明する。

『そんなものが見えるか?』

「んっ…………私には、見えてない」

 アラストールが問いかけると、シャナは、口の中身を嚥下してから、答えた。

「そんな物、見たこともない」

「そんな、参ったな……」

 悠二は、困惑を表情に出して、言葉を出す。

「ヘカテーに聞いても解らないって言うから、アラストールなら知っているかもと思ったんだけど……」

『悠二、それは、私はとても不快です』

 ヘカテーが、いつもより半オクターブ低い声で、そう言った。

「ごめん。でも、ヘカテーだって『どちらかというと、良くないモノの気がする』って言ってたじゃないか」

『それは、そうですが……』

 悠二が慌てたようにしつつそう言うと、ヘカテーも口調を困惑気に揺らした。

『残念だが、我も寡聞にしてそのような現象は聞いたことはない。おそらく、普通の “徒” やフレイムヘイズには見えていないのだろう』

 アラストールが言う。

「普通の、って……」

『「零時迷子」の影響で見ることができる、と、そう推測するしかありません』

 悠二が面食らったような様子で聞き返すと、それにはヘカテーが答えた。

「ああ……」

 悠二は、納得したように声を出しつつも、期待が外れたように肩を落とした。

『前例のなかったことだ。我にも “頂の座” にも答えようがない』

「そっか」

 アラストールの言葉に、悠二は、視線をシャナから天井に逸らして、軽くため息をつく。

『だが、「良くないモノ」、これは “頂の座” の言葉が正しいと思った方が良いであろうな』

「アラストールも……?」

 アラストールの言葉に、悠二は、シャナの方に視線を向けてそう言った。

『ああ、他に異変が起きないか、油断せず観察しておいたほうが良い』

「わ……わかった」

 パタッ……

 QN401が、AM0:12を示した。

「そろそろ……寝たほうがいいかな」

 悠二は、QN401を見てそう言った。

 まだ冷える春の夜雨の中から部屋に入ったからか、腹が軽く膨れたからか、シャナは少し微睡むような様子になっていた。

「電気、消すよ」

 悠二が言うと、シャナは言葉で答える代わりに、ベッドに手足を投げ出した。

 悠二は照明のスイッチ紐を2度引き、照明をオレンジ色の保安球だけにしてから、自分も床に敷いてある布団に潜り込んだ。

 

 

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