蒼水の撃ち手   作:神谷萌

9 / 25
第8話

 ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ……

「ん……」

 悠二は手を伸ばし、QN401のアラームを止める。

 身体を起こし、腕を広げて伸びをした後、ベッドから降りる。一旦、ベランダに繋がる掃き出しの窓に歩み寄り、クレセント錠が外されたままになっているのを確認する。

「シャナはやっぱり、夜明け頃に?」

『はい。出ていきましたよ』

 悠二が着替えながら言うと、ヘカテーが答える。

 QN401は、AM5:32を示していた。

 

 

「何、あれ」

 シャナは、坂井家から少し離れた、公営の集合住宅の、階段の踊り場から、坂井家の庭を見ていた。

 その視線の先で、悠二は、Tシャツにジャージのズボンという姿で、『トライゴン』に近い大きさの角材の棒を手に、それらしく構えをとったり、なにかに打撃を与えるように振ったりする。

『体術の鍛錬のつもりであろう』

 アラストールが言う。

「あんなの、実戦で役に立たないわ」

 しかし、シャナはバッサリと切り捨てるように言った。

『仕方あるまい。あれが、あの者ができる精一杯の努力なのだ。フレイムヘイズに武術を教えられる者はそう多くはない。お前が特別なのだ』

「ふん」

 アラストールが嗜めるように言ったが、シャナは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 

 坂井家の庭で、悠二は、棒を構え、打ち下ろしたり、引いて受け止めるような姿勢を取ったりしつつ、自分でつけた目印に沿って円を描くようにステップを踏む。

 それを数回、繰り返したところで、ちらり、と、動きを止めつつ、坂井家からは少し離れているが、その間に高い建物がないために、視界に入る公営住宅の方に視線を向けた。

『“炎髪灼眼” ですか』

「うん……」

 ヘカテーの言葉に、悠二は、最初に煮え切らない返事をしてから、

「一昨日もそうだったけど、シャナ、ほとんど気配を隠してないよね……僕以外のフレイムヘイズって、みんなそうなの?」

 と、問いかけた。

『いえ、普通は気配を抑えますよ。フレイムヘイズも、 “徒” に逃げられてしまいますから』

「そっか……そうだよね」

 ヘカテーが答えると、悠二は、そう言いつつ、立ち姿ながら緊張を解いた姿勢になった。

『悠二、今は “炎髪灼眼” に気を取られている事態ではないのですが』

 ヘカテーは、わずかに声のトーンを低くして、指摘するように言う。

「それは……解ってるけど」

 言われた悠二は、フリアグネの事を思い出し、一瞬表情に緊張を走らせるものの、

「でも、ヘカテーだって昨日、アラストールに変なこと言ってたじゃないか」

 と、棒から右手を話し、その甲の側から『ニーベルンゲン』に視線を向けて、そう言った。

『私だって幻想を砕かれたんです。あれぐらい言わせてください』

「幻想?」

 ヘカテーの答えに、悠二は気が抜けたような様子で訊き返す。

()()()()()()()()()()()()をです』

「ふーん……」

 ヘカテーはそう答えるが、悠二はどこかキョトン、とした表情のまま、曖昧な調子の言葉を返した。

「ゆうちゃーん、朝ご飯できたわよ」

「あ、今いくよ」

 濡れ縁のある掃き出しの窓の向こうから、リビングに居る千草の声が聞こえると、悠二はそう返事をした。

 

 

「おたくのクラス、なんとかならんのですか」

 御崎高校、1号棟職員室。

 自分のデスクにいた大峰が、キャスター付の事務椅子に腰掛けたまま振り返ると、複数の教師が大峰に詰め寄るように集まっていた。前日、シャナに言い負かされてメンツを潰された教師たちばかりだった。

「あの転校生ですよ、近衛とか言いましたか」

 事態を理解していない様子の大峰に、英語教師が最初にそう言った。

「教師に対してあの傍若無人な態度……あの様に好きにさせていたのでは、他の生徒にも悪い影響が出ます」

「はぁ……そう言われましても、転校初日ですし、私もどうこうとは……」

 大峰は、ただ困ったようにそう言うしかなかった。

 が、

「私は、面白い生徒だと思いましたがね」

 と、割って入るように、大峰の背後側、通路を挟んで反対側から、そう声がかけられた。

 事務椅子に行儀悪くもたれかかるように腰掛けたまま、その教師は、キャスターを転がして、大峰たちの傍に寄る。

 年の頃は青年期と壮年期の境い目ぐらい、髪は特別長くもなく短くもなく、顔立ちは整っているものの、あえて美男子と言うほどでもない。黒に近い紺のスーツを着用したその姿は平凡と言ってよかったが、その割にはこの場に些かそぐわない雰囲気をまとっている。

「この学校の生徒は受験のための丸暗記ばかりで、打てば響くという様子がほとんどありませんから」

 苦笑というか、飄々とした様子で、その教師は言う。

「松野先生は、去年まで実業系の高校に居られたから、そんな危機感のないことが言えるんですよ」

 前日、シャナが最初に言い負かした、岡田という英語教師が、松野と呼んだ、その理科教師にそう言った。

「確かにお世辞にも学力は良いとは言えませんでしたし、品行方正でもありませんでしたがね、人として交流できる関係であれば会話から引き込ませることもできますし、その方が教え甲斐もありましたが」

 以前の教え子を侮辱されたと感じたか、松野はその時だけ憮然とした表情になって、そう言い返した。

「生温いですな!」

 大峰を挟んで松野と対峙していた岡田らが何か言おうとした時、それより先に、強い語気の、低い声の言葉が割り込んできた。

 松野や大峰を含め、教師たちはその声の主の方を振り向く。

「近藤先生」

 その視線の先には、がっしりとした体格に強面、スーツではなくジャージの上下を着た、いかにもと言った感じの体育教師だ。

「そんなことだから生徒に舐められるのです! 一度ビシッと解らせてやればいいんですよ」

「は、はぁ……」

 高圧的な様子の近藤に対し、大峰は唖然としたような様子で、気まずそうに曖昧な声を出した。

 松野は、何を考えているのか、顎に手を当てて、天井を見上げていた。

 

 

「なんだ、機嫌悪そうだな」

 昇降口。

 体育の授業を控えた1年2組の生徒達が、体育着姿で、靴を上履きから運動靴に履き替えて、屋外へと出ていく。

 そんな中、速人は、丁度運動靴を履こうとしていた()()()()()()()()()()()()()()()()が、やたら難しそうな表情をしているのを見て、そう話しかけた。

「あ…… ああ、ええと……そんな顔してた?」

 悠二は、はっと我に返り、取り繕うように苦笑を浮かべながら、速人に対してそう返す。

「ああ……──、いや、気分でも悪いのかと思ってな」

 速人は、妙な言い回しをしてしまいつつ、悠二に向かって少し心配したような言葉をかける。

「そ、そう?」

 悠二は、少し焦ったように引きつった笑みになってしまいながら、誤魔化すように言う。

「昨日、近衛さんと何かあったのか?」

 速人は、少しだけ表情を険しくしつつ、声を潜めてそう言った。

「シャナと……」

 速人に言われ、悠二は、自分でも反芻するように呟く。

 その途端、悠二の脳内に、フリアグネの襲撃で破壊された教室の光景がフラッシュバックする。その中で、目の前の相手、速人もその中で、血塗れになって倒れていた。

「おい……坂井!?」

 突然、表情を強張らせて動きを止めた悠二に、速人が、心配したような、怪訝そうな表情で声をかける。

「あ……い、いやなんでもないよ、そう、なんでもないって」

「…………? それならいいけどな」

 焦ったように言う悠二に対し、速人は、訝しげな様子を残したまま、ひとまずという感じでそう言った。

「はぁ……」

 速人の視線が離れたところで、悠二は居心地悪そうにため息をついた。

 1年2組の生徒達は、体育に使うグラウンドに向かい、そのトラックの内側、校舎側に向かう形で、男女別に整列する。

「よーし、全員集まってるなー!」

 授業開始のチャイムとともに、高圧的に声を上げながら、片手に竹刀を持った近藤が、その正面に歩いてくる。

「いいかお前ら、今日の授業は持久走だ!」

 竹刀を右肩に抱えて生徒を威圧しながら、近藤は、凄むように声を張り上げる。

 当然というか、何も聞かされていない生徒達からは、「えー何それー」とか「聞いてないよー」とか声が上がる。

「先生」

 学級代表である速人が、手を上げて質問の声を発する。

「今日は体育測定の、走り幅跳びの測定をするって言っていませんでしたか?」

 ダンッ!

「うるさいっ、口答えするなぁっ!」

 速人は、素直に疑問を口に出した形だったのだが、その途端、近藤は、竹刀の先を地面に叩きつけて鳴らして威嚇しつつ、粗暴な口調で怒鳴り上げる。

「でっ、でもっ……」

「全員、今から俺がいいと言うまでランニングを続けろォ!」

 速人は、更に抗議というか、問いただそうとするように言うものの、近藤は、再び竹刀を打ち付けて、威嚇しながら怒鳴る。

「オラァ! 始めろ!!」

 もともとガラは悪いなと思いつつ、普段にも増して理不尽な物言いをする体育教師な対し、生徒達は不満を表しつつも、渋々とトラックの中に入ろうとする。

 だが、近藤は、その視界に衣装の色合いが違う生徒数名を捉えると、竹刀を振りかざしながら、さらにヒステリックに怒鳴る。

「オイ、そこの女子! 誰がジャージ着用を認めたァ!? すぐに脱げ!!」

 季節的には、長袖を着て運動をするには少し暑過ぎる時期に差し掛かっていたが、白い体育着に下着が透けることや、御崎高校では未だに採用されている絶滅危惧種の女子体操着用下衣の外観、といったものに抵抗のある女生徒は、長袖長ズボンのジャージをその上に着けていた。

 普段はそれでまかり通っていたのだが、今日に限って近藤はそれを理不尽なほど強く咎めた。

 数名の女生徒が、軽く赤面しつつジャージに手をかけ、「何よアレ」「サイテー」と言い合いながら、一旦トラックを出てグラウンドの端に小走りに駆けていく。

 近藤は、視線をシャナに移した。

 ── フン、他の教師はねじ伏せたつもりのようだが、俺はそうはいかんぞ……!!

 別にシャナがそう考えて行動しているわけではないことも知らずに、近藤は、勝手に妄想しながら、声には出さずに胸中で言葉にする。

 ── 俺の授業で思い知らせてやる!!

 一方。

「やれやれ、いったいどうなっているんだろうな」

「ああ……」

 小声で囁くように声をかけてくる速人に対し、悠二はため息を付くような曖昧な返事をしつつ、共にランニングを始めた。

 ── 体力づくりだと思えばいいんだろうけど……でも、本気出すわけにもいかないからなぁ……

 そう思いながら、速人と同じペースで、並んで走り始めたつもりの悠二だったが、

 ── やっぱり、シャナが原因でなんかあったのかな?

 と、鼻でため息をつきつつ、昨日、一昨日の出来事も合わせて色々と考え事をしながら軽く走っているうちに、手加減が緩んでしまい、徐々に速人を離してしまう。

 その時、シャナの方は、最初から自分の、高校生の長距離走にしてはかなり速いペースで黙々と走っていた。とは言え、やはり本気を出していたわけでもない。

 やがて、身長差からくる歩幅の違いから、後方にいた悠二が、それに気付かないままにシャナを追い越してしまう。

「…………!」

 シャナは、悠二に抜かれると、不機嫌そうに表情を険しくしつつ、ペースを上げて、即座に抜き返した。

「あ、シャナ!」

 悠二は、その時点でシャナに気付き、シャナに合わせてペースを上げつつも、走りながら声をかけようとする。

「…………」

 だが、シャナは、言葉には出さず、ちらりと一瞬、悠二を振り返ると、追いつかれまいと更にペースを上げた。

「待てってば!」

 それを追いかけようと、悠二もペースを上げる。

 すると、シャナも更に速度を上げる。

 それが数度、繰り返された。

「お、おい、あの2人……」

「あ、ああ……」

 栄太がそれに気付いて声をだすと、敬作も唖然とした様子で言う。

「長距離走のピッチじゃねぇぞ……」

 視界の中、短距離走とまでは言わないものの、かなりの速度で追いかけっこを続けている2人に、呆然としつつ視界でそれを追う。

 多くの生徒が、敬作と栄太と似たような感想を抱いた。

 そして、誰より衝撃を受けた人物は ────

 ── な……なんだあの2人は……

 ムキになって、プロ張りのランニングポーズで飛ばすシャナと、それを後ろに傾いた姿勢で追いかける悠二。

 ── ランニングであのペース、しかもろくに息も上がってないだと!?

 外部に意識が向かなくなった2人が、更に増速するのを見て、近藤は、顔色を失くし、蒼白にさえなった。

 トラックにばらけて走っていた他の生徒達は、2人の追いかけっこを見て白けてしまい、ペースを落としてダラダラと格好だけで走っている様子になってしまう。その生徒達を、シャナと悠二は何度もごぼう抜きにしていく。

 だが、そのまま近藤の面目を潰しての追いかけっこが継続されるかと思われた時、状況の変化は別のところで起こった。

 ドサッ……

「かっ、一美!?」

 ゆかりが慌てた声を出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。