クラフトは不滅である   作:最高司祭アドミニストレータ

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復活液の完成、ということは〜?


復活液の完成/創造主と、アダムとイブ

 やはりというべきか。ワイン作りは一筋縄ではいかなかった。

 

 まず立ちはだかったのは、強度不足による蒸留土器のご臨終だった。一度ならず二度までも。その度に熱いワインが派手に飛び散り、全員の衣服をびしょびしょにした。もしアレックスが予備の衣類をクラフトしていなければ、全員がスッポンポンな身体を晒す羽目になっていただろう。彼女の場合は、無事な下着姿をだが。

 

 アレックスは一度だけ、成り行きでスッポンポンな身体を披露したことがあった。その時、大樹は顔を真っ赤にして背を向けたが、科学少年である千空は表情一つ変えず無反応だった。

 

 三度目の正直で、蒸留土器のご臨終は回避された。なぜなら三回目のクラフトは、アレックスが担当したからだ。彼女が作った土器は、見た目こそ不格好だったが、マイクラの法則に則った頑丈さを誇っていた。

 

 季節は巡る。秋を越えれば、冬が到来する。千空と大樹が着ている原始的な衣服では、この世界の厳しい寒さからは身を守れない。何よりも凍死してしまうだろう。

 

 しかし己は違うと、アレックスは断言した。防寒着は必要ない。そもそも凍死などしないのだ。まだ文明が滅んでいない頃、雪が降りしきる真冬に夏服で過ごせるかどうかという、無謀な検証を彼女はしたことがある。

 

 

『ちょっと何をしてるのじゃ!?』

『おぉ先生どうして我が家に?』

『もう忘れたのかの? 家庭訪問に決まっておろう。それよりもアレックス…凍死してしまうぞ!?』

『大丈夫。わたし、マインクラフターだから』

『そういうものではない。そもそも創造主を自称するでないわ!!』

『本当なんだけど…ちょっと先生? 痛い痛い』

 

 

 あの日の恩師シルファの必死な形相が、まざまざと蘇る。結果は平気のへっちゃら。全く以て寒くなかったのだが、常識人である彼女には理解しがたい光景だったのだろう。

 

 だが、アレックスの奇行じみた検証はそれで終わらなかった。彼女の探求心は留まることを知らなかったのだ。後日再び、家庭訪問に訪れたシルファが見たものは、こたつでぬくぬくと暖まりながら、窓の外で雪景色を眺めるアレックスの姿だった。

 

『( ´ー`)フゥー、暖まるのじゃ〜。…ん?』

『やぁ先生』

『うむ元気そうで何よりじゃ。…いやいやいや!?』

『先生慌ててどうした?』

『なぜ下着姿なのじゃ!?』

 

 シルファの目が驚愕に見開かれる。なんと、アレックスは下着姿で、雪の舞うベランダに立っていたのだ。

 

『いやさ、アレなんだ。夏服が平気なら下着もイケるんじゃね? …と思い至り』

『凍死してしまうぞ!?』

『大丈夫だ、問題ない』

『問題なくない! 世間体もあるのじゃ!? 社会の目じゃぞ? 動画撮影もやめんか!! 見てみるのじゃアレを!』

 

 シルファが指さす先では、通行人たちが阿鼻叫喚の騒ぎとなっていた。

 

『?』

『見てはいけません! って幼子の目を塞いでおるじゃぞ? 中学生の男子が鼻血を出して、気絶してるのじゃぞ? そなたは恥ずかしくないのか?! そなたは年頃の女子なのだぞ!?』

『せっ先生…!』

『おぉわかってくれたか…!』

 

 ようやく自分の過ちに気づいてくれたかと、シルファが安堵したのも束の間だった。

 

『検証と動画撮影の邪魔をしないでくれ』

『全然わかってくれてなかった!!』

 

 結果はやはり平気のへっちゃら。全く寒くなかった。当時流行っていた◯ouTubeとやらのために検証動画を撮影し、投稿までしたところその反響は凄まじかった。

 

『ありがとうございます!』

『おぉ神よ…!』

『こっこれは…尊い!?』

『退けオレはお父さんだぞ…!!』

 

 初めての投稿にもかかわらず、チャンネル登録者は瞬く間に二千人を超え、視聴再生数は百三十万を突破した。先生も人気者になれて良かったなと純粋な善意で褒めたのに…。

 

『よくないわ!!』

『痛くない。何かやったか?』

『こんの…!! 自称創造主、反省文五十枚を提出せい!!』

『自称ではないんだけど…』

『シャラップじゃ!!』

 

 思い切り殴られた挙げ句、五十枚もの反省文を書かされた。今思い出しても解せぬ。そんな馬鹿げた過去を思い出しつつ、アレックスは防寒着を完成させた。これであの二人も、冬を乗り越えられるだろう。

 

 さて、ワイン作りに話を戻そう。確かに一筋縄ではいかなかった。実験対象である石化したツバメは、何度試しても欠片の変化すらなかった。焦りと諦めが、研究室の空気を重く支配していた。

 

 だが、彼らは決して諦めなかった。

 

「教えてやるよテメーら。科学では分からないこともあるじゃねえ」

 

 千空の静かながらも力強い声が、研究室に響く。今まさに、その奇跡の瞬間が訪れようとしていた。

 

「分からねーことにルールを探す。そのクッソ地道な努力を──科学って呼んでるだけだ」

 

 その言葉は、アレックスの胸に深く突き刺さった。何でも一瞬で作り出せる、自分のクラフト能力とは全く違う。仮説と検証を気の遠くなるほど繰り返し、ほんの僅かな可能性に賭ける。その地道さこそが、科学の本質なのだ。

 

 そして今、彼らは目撃している。3700年ぶりに訪れた生命の奇跡を。

 

「うっ、うぉぉおおお…!!!」

 

 大樹の魂の叫びがこだまする。彼の指し示す先石の殻を内側から破り、小さな生命が姿を現した。それは紛れもなく、一羽のツバメだった。その羽は小さく震え、やがてゆっくりと力強く羽ばたき始める。揚力と推進力を兼ね備えたその翼で、ツバメは研究室の窓から外の世界へと舞い上がっていった。

 

「意外と早かったなァ。フッ、地道なもんだ」

 

 千空はそう呟き、満足そうに空を見上げた。その横顔には長きに渡る苦労が、報われた達成感が滲んでいた。

 

(今日は記念すべき日だ! ついに復活液のクラフトに成功したのだ!)

 

 アレックスはその光景を胸に焼き付けながら、仲間たちと共に成し遂げた偉業の喜びを、静かに噛み締めた。

 

(さて、と)

 

 復活液のクラフト成功という偉業を成し遂げた興奮も冷めやらぬまま、ツリーハウスでは次の重要議題が持ち上がっていた。誰を最初に復活させるか、という会議が開かれていたのだ。

 

「それで千空、誰から復活させるんだ?」

 

 大樹がまるで子供のように目を輝かせ、期待に満ちた声で問いかける。その視線は千空の一挙手一投足を見逃すまいと、真っ直ぐに注がれていた。

 

「あ"〜? どうせ全員叩き起すんだ。誰からでもイイわそんなもん」

 

「…そうか」

 

 千空はわざと、興味なさげにそっけなく答える。その言葉に、大樹はしょんぼりと子犬のように肩を落とした。しかし、アレックスには分かっていた。それはこの科学少年なりの照れ隠しであり、心の中ではとっくに答えは決まっているのだということを。

 

「最初の人間決めんのめんどくせぇなー。大樹、テメーが選べ」

 

 千空はわざとらしく、頭をガシガシと掻きながら言った。その粋な計らいに、アレックスは内心で拍手を送る。友の想いを最大限に尊重する、最高の采配だ。

 

「ありがとう千空! 答えはもう決まっている!」

 

 大樹の顔が、ぱあっと明るくなる。その答えはもちろん、杠である。三千七百年間ただ一人の女性を想い続けた彼の心は、一切揺らぐことがなかった。

 では早速杠を運んでこよう。

 

 アレックスは研究室に入ると、杠を固定していた縄を丁寧に解いた。そしてその石像にそっと触れる。ポンという軽い音と共に、彼女の姿はインベントリの中へと収納された。重い石像を運ぶ手間を考えれば、これが最も合理的だ。

 

 千空たちの元へ戻ると、アレックスは再びインベントリから杠の石像を取り出し、ツリーハウスの太い幹にそっと背中を預けさせた。

 

(よし、これで大丈夫だ)

 

 復活液の入った土器を固く握りしめる大樹に、アレックスは力強く頷きGOサインを送った。

 

「さ、復活液を」

 

「ああ!」

 

 大樹は覚悟を決めた顔で杠に駆け寄り、いつでも復活液を掛けられる態勢をとる。その姿は、まるで眠れる姫を救い出す騎士のようだ。

 

(さあ大樹。今こそ復活液を杠に掛けるんだ!)

 

「杠待たせたな」

 

(姫たる杠が、騎士である大樹の帰りを待っているぞ!)

 

「オレは…」

 

 ……。

 大樹の動きが止まる。その手は、微かに震えていた。

 

「オレは…」

 

 ……。

 ゴクリと固唾を飲む音が聞こえる。

 

「オレは…!」

 

 遅い! 遅すぎる! この感動的な瞬間に水を差すようで申し訳ない、アレックスの忍耐は限界だった。彼女は待ちきれずに、大樹の手から復活液の容器をひったくると、杠の頭から躊躇なくバシャッとかけてしまった。

 

(よし完璧だ)

 

「え?」

「うおお!? いきなりバシャッと!? 何かもっとこうあるだろう…!?」

 

(知らんがな。待たせすぎな方が悪い)

 

 アレックスは、大樹に冷たいジト目を送る。効果はかなり薄かったようだが。

 

「何も起きんな。大丈夫か?! いや大丈夫だから杠! でも大丈夫なのかー!?」

 

 大樹はパニックに陥り、一人で騒ぎ立てる。

 

(…確かに何も起きない。何の反応もない。どうなっているんだ? ツバメの時はすぐに効果が現れたのに…)

 

 アレックスも少し不安になり、もう一杯掛けてみるかとインベントリに手を伸ばしかけた。

 

「落ち着けデカブツ。アレックスもだ。一杯分で充分だかんな」

 

 二人は、冷静な千空の声に止められた。

 

「反応にちぃっと時間が掛かるんだよ」

 

 千空は語り始めた。体の微量金属元素で作られた保護膜のようなものが、謎の原理で元素の位相をずらし、石化状態をキープしているのだと。

 

「とてつもなく難しいな!」

 

 大樹が頭を抱える。

 

「ただの仮説だがなァ」

 

 千空曰く、これは一種のコールドスリープのようなものらしい。その分かりやすい例えにアレックスは、なるほどと頷いた。

 

「まっ、要はその膜をナイタール液でシミシミにして、一部でもブチ破れりゃ──」

 

 千空が説明を終える前に、それは起こった。その奇跡の瞬間がやって来たのだ。

 

「うっうぅ…!」

 

 パキパキパキッ…!! 何の変哲もなかった石像の表面に、蜘蛛の巣のような白いヒビが一気に走る。

 

「そっからカスケードを起こして、一気に全身に波及し石化が解除されるんだ。…クククッ、不思議なことに──お涙が止まらねぇなァ」

 

 千空の目にも光るものがあった。やがて石の殻は完全に砕け散り、中から現れた杠は、大樹の腕の中に抱き抱えられるようにして──3700年の長い眠りから復活した。

 

「ゆっ、杠…杠! おっ、オレがわかるか! 杠!!」

 

 杠の目がゆっくりと開き、その潤んだ瞳が大樹の姿をはっきりと捉える。

 

「──大樹、くん…?」

 

「すまん、3700年も待たせてしまった! 本当にすまん!」

 

 彼女の意識が完全に覚醒する。

 

「わかんないよ何も。私、起きたばっかだもん」

 

 杠は戸惑いながらも、ふわりと微笑んだ。

 

「でも……フフッ、大樹くんが助けてくれたんだね。ワァオ……ありがとう」

 

 3700年ぶりに再会した、両片想いの二人。勝手に両想いにして悪いとアレックスは、内心で謝罪しつつも思った。だが、その確信は間違っていなかった。大樹は男泣きに泣きじゃくり、杠は愛おしそうに彼を見つめながら微笑んでいる。

 

(間違いねぇこりゃ──純愛だ!)

 

「大樹くん。そっ、そのぉ〜大変申し訳ないと言いますか…」

 

「なんでも言ってくれ!」

 

「ふっ服をいただけないかなぁ…///」

 

 あっ、裸でしたね。ポンと手を叩き、アレックスは今更ながらに気づいた。杠は恥じらいで顔を真っ赤に染めている。

 

「え? …あっえっああ!? …すっ、すまない!!」

 

「うわァァア…ッ!?」

 

 羞恥で我に返った大樹の拳が、千空の顔面にクリーンヒットする。不意打ちの目潰しを食らう科学少年。

 

「すまないアレックス!!」

 

 アレックスも同様に。

 

(何故自分も目潰しを食らわねばならないのか。全くもって理解できない。解せぬ。まあ、何はともあれ…)

 

 アレックスは、心からの笑顔で二人に盛大な拍手を送った。

 

(杠復活おめでとう!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜になった。パチパチと音を立てて燃える焚き火の暖かな光が、アレックスと再会を果たした幼馴染組の顔を照らしていた。不敵な笑みを浮かべた千空が、未来を告げる。

 

「人類が石の時代から近代文明まで二百万年。そこを一気に──駆け上がる」

 

 彼の言葉が、静かな夜の闇に力強く響き渡っていく。

 

「俺たち高校生四人でゼロから文明を作り出す! このストーンワールドの──アダムとイブになってやる…!! テメーら、世界を取り戻すぞ…!!」

 

 そして最後に、彼はこう締めくくった。

 

 

「唆るぜこれは…!!」

 

 その言葉に、アレックスも胸が高鳴るのを感じていた。ここから、全てが始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 世界は、創造主によって天と地が創造された。

 

 天と地の創造後、地は形が無く荒涼としていた。また深い海の上には闇があり、水面には激風が吹いていた。創造主は七日間かけて、光や空海生き物、そして──人間を創造した。

 

 人間は男と女。

 男にはアダムと、女にはイブと名付けられた。始まりの人間である。

 

「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」

 

 尊大な声が楽園に響き渡る。その声の主は創造主。木の切り株の上に立ち、仁王立ちで眼下の二人を見下ろしていた。

 

「「ハハァー!」」

 

 アダムとイブは言われるがままに、地面に平伏した。その様子はどこか楽しげでもあった。今日もまた、この楽園でアダムとイブは気まぐれな創造主と相対していた。

 

「この私、創造主は常に見守っておるぞ」

 

「「ハハァー!」」

 

「フフ」

 

 二人の様子に創造主──アレックスは満足げに頷き、満悦の表情を浮かべた。そして懐から艶やかな赤い果実を取り出し、彼らに差し出そう…としたその時だった。

 

 

「アレックス」

「?」

 

 

 ちょんちょんっと無遠慮に肩を突かれた。なんだろうと振り返ると、そこには腕を組んで呆れた顔をした天使が立っていた。…その手はすでに、目潰しの態勢に入っている。

 

「成敗!」

 

 天使の一撃が、アレックスの両目に炸裂した。彼女は悲鳴を上げて、その場に倒れ込み左右に転がりまくった。悶絶である。

 

 

「あっああ! 目が目がァァアアー!!」

「ありゃ毒だ。やめておけよ」

 

 天使はのたうち回る創造主を一瞥すると、平伏したままの二人に語りかけた。あれは人間をダメにする危険な果実なのだと。

 

「「ハハァー! 天使さまー!」」

 

 

 こうして、アダムとイブは創造主の誘惑から救われ、禁断の果実を食べることなく、楽園で幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごっこ遊びは終わりだ! 作業に戻んぞテメーら!」

 

 天使役の千空はそう告げると、平伏していた男女は素早く立ち上がる。

 

「わかった千空!」

 

「了解であります!」

 

 アダム役の大樹とイブ役の杠は、それぞれの作業に戻っていった。その足取りは軽く、彼らにとってこの茶番は良い気晴らしになったようだ。

 

「目が目がァァアアー!!」

 

 なお創造主のアレックスは、天使の無慈悲な一撃による目潰しのダメージから未だ回復できず、地面を転げ回り作業に戻れずにいた…。その無様な姿を、千空は鼻で笑った。




「フフ」(アレックス内心:何これ楽しい


作者、最高司祭アドミニストレータでございます。

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