北太平洋、水深800メートル。
そこは、永遠の夜と絶対的な静寂が支配する世界だった。太陽の光は遥か上方の水面で乱反射を繰り返し、この深淵にまで届くことは決してない。全てを押し潰さんと襲い来る、平方センチメートルあたり80キログラムという凄まじい水圧。あらゆる生命を拒絶する、暗黒と沈黙の領域。
だが、その静寂は侵されていた。音もなく光もなく、ただ巨大な影だけが、まるで深海に棲む古代のクジラのように悠然と滑空していた。
全長171メートル、鋼鉄の黒い鯨──コロンビア級戦略原子力潜水艦(改)「サイレント・アビス」。
その流線型の船体は最新鋭の吸音タイルで覆われ、革新的な推進機関は周囲の海水と完全に同化するほどの静粛性を実現している。その存在を探知できるものは、この地球上にはいない。
その周囲、数キロの範囲には見えない護衛のように三隻のバージニア級改良型攻撃原潜が、完璧な菱形の陣形を組んで随伴していた。彼らは「サイレント・アビス」の目となり、耳となり、そして牙となって、この深海の闇に潜んでいる。
艦内は青白い予備灯だけが灯り、水圧そのものが具現化したかのような、重く張り詰めた空気に満ちていた。
司令室CIC。艦長席に深く腰掛けた海賊部のアレックス05は気だるそうに足を組み、その視線を眼前の巨大なホログラフィック・モニターに注いでいた。その美しい顔立ちは、普段の軽薄さを微塵も感じさせない、冷徹な艦長のそれだった。
モニターに映し出されているのは今この瞬間、数千キロ離れたアメリカ大陸で繰り広げられている、人類の存亡を賭けた死闘。これは統括01から直接転送されているゼノゲリオンのパイロットたるコハクの視点映像と、戦場を俯瞰する偵察ドローンの映像をリアルタイムで合成したものだ。
乗員である選抜されたマインクラフターたちはそれぞれの持ち場で、無言で計器を監視している。物理的には静かだが、彼らの間で交わされる念話の回線は、地上の戦況に対する様々な感情で、熱くざわめいていた。
モニターの中で紫色の巨人が、獣のように舞っていた。デストロイヤーが放つ必殺の弾幕を、神業のような動きで回避し、的確に反撃を加えていく。艦内に、歓喜の念話が弾けた。
──おお! 圧倒してるぞ! 圧倒的ではないか、我が軍は!
──それ言いたいだけだろw
──地上組のクラフト力もパイロットの腕も、規格外だな!
──このまま押し切れそうだ!
乗員たちの興奮を、海賊部のアレックス05はどこか冷めた目で見つめていた。彼女は、この「もしも作戦」──ゼノゲリオンによるデストロイヤー撃滅作戦が失敗した場合のバックアッププラン──の指揮官。希望的観測は、彼女の役割ではなかった。
そして、戦況は一変する。モニターの中のゼノゲリオンがデストロイヤーの罠にかかり、視界を奪われ一方的に嬲られていく。美しい機体が無様に損傷し、活動限界が迫る。先ほどまで楽観的な念話で満たされていた艦内の空気が、一瞬にして凍りついた。
──マズい…! 完全に動きを読まれてる!
──エネルギーも、もうほとんど残ってないぞ…!
──やってしまえ! デストロイヤー! …おっと、間違えた。テヘペロ
絶望的な観測結果が、乗員たちの脳裏をよぎる。アレックス05の表情から、気だるそうな色が、完全に消えた。彼女は足を組み直し、その鋭い視線でモニターの中の半壊したゼノゲリオンを睨みつける。
(統括01の計算より、デストロイヤーの方が一枚上手か。あるいはパイロットがまだ、あの巨人を完全に乗りこなせていないか)
彼女は静かながらも確かな意志を持ち、艦内の全乗員に念話を飛ばした。その声は、深海の冷たさそのものだった。
──お前ら、おしゃべりはそこまでにしとけ。
その一言で、ざわついていた念話の回線が、完全に沈黙する。
──…“もしも”の時間が、近づいてるかもしれねえ。
その言葉は彼らがこの深海に潜む唯一にして最大の理由を、改めて突きつけるものだった。地上の英雄たちが光の中で戦うのであれば、自分たちの役目は闇の底で最も唆る引き金を引くこと。艦内の誰もが自らの役割を再認識し、覚悟を決めた。
アレックス05はゆっくりと立ち上がると、艦長席の隣に設置された、特別なコンソールへと向かった。そこには、カバーで覆われた、二つの物理的なキーシリンダーが存在する。一つは、この艦に搭載された12基のICBMを発射するためのもの。
そして、もう一つは──
彼女はただ無言で、そのコンソールを見下ろしていた。モニターの中ではゼノゲリオンの活動限界を告げる、無慈悲なカウントダウンが始まっていた。
『活動限界まで、あと10秒…9…8…』
司令室のメインモニターに映し出される、冷酷なカウントダウン。それは、地上の英雄機の終焉と、この深淵に潜む悪魔の覚醒を同時に告げる、運命の時報だった。艦長アレックス05の命令を受け、艦内は既に完全な戦闘態勢へと移行していた。青白い平時の照明は、血のように冷たい赤色の戦闘灯へと切り替わり、乗員たちの顔に不気味な陰影を落としている。
ミサイル管制室では選抜された担当クラフターたちが、静かにコンソールに向かっていた。彼らの脳内には、もはや私語はない。ただプロトコルに従って、一つ一つの手順を正確に実行していくための、無機質な思考だけが流れていた。
モニターに表示された【SPECIAL PAYLOAD -CODE: BLACK SPEAR-】の項目が選択され、画面全体が警告の赤に染まる。複数の認証と、後戻りのできない最終警告のウィンドウが、次々と表示されていく。
これは統括01からの直接命令がなくとも特定のトリガ──すなわち、ゼノゲリオンの活動停止信号をこの艦が検知した場合、即座に発射態勢へと移行するための、冷徹な自動化プロトコルだった。
──サイロ1番、スタンバイ完了。
──目標座標、アメリカ大陸西部。最終ロック、待機状態へ移行。
──発射承認キー、アクティベート。艦長の最終判断を要求します。
──敬語はイイね。村人が生み出した文化の極みだよ。そうは思わないかい? いk…あっ、彼はいないんだった。
電子音声と念話が、淡々と艦内に響き渡る。司令室の空気が、水深800メートルの水圧よりも、さらに重く、張り詰めていく。アレックス05は、自らのコンソールにある「発射承認キー」に、静かに手を置いた。その指先が、冷たい金属の感触を捉える。これを捻れば、全てが終わる。そして、全てが始まってしまう。
彼女は最後の瞬間を見つめていた。デストロイヤーの巨大な脚が活動を停止したゼノゲリオンへと、ゆっくりと振り下ろされる。パイロットであるコハクの、諦めと無念に満ちた表情が、クローズアップで映し出される。
誰もが、敗北を覚悟した。誰もが自分たちがこの後、取り返しのつかない「悪魔役」にならなければならないことを、静かに受け入れた。
05の指に、力が込められる。キーが、ミシリと音を立てた。彼女の脳裏に、様々なものが駆け巡った。この「黒い槍」を使えば、デストロイヤーはその存在の痕跡すら残さず完全に消滅するだろう。だが、その代償は?
この星に新たな、そして永遠に消えない傷跡を刻むことになる。科学の力で仲間たちと未来をクラフトしていくという、この世界の美しい物語に、決して消せない汚点を残すことになる。
(…ったく、こんな役回り、割に合う…ンン! ねえよなァ)
彼女の口元に、自嘲的な笑みが浮かぶ。
(地上でドンパチやってる方が、よっぽど性に合ってる。だが、これが“海賊”の仕事ってわけか。誰かがやらなきゃならねえ、一番最高でハッピーな…ゲフンゲフン! き、汚え仕事…)
彼女は、覚悟を決めた。たとえ歴史に汚名を残そうとも、仲間たちが生きる未来を守れるのなら、それでいい。
(ハッ、だが、あの化け物を野放しにするよりは、100億倍マシだ!)
千空の口癖を借りて、自らの決断を肯定する。彼女の指が最後の力を込めてキーを捻ろうとした、その永遠にも思える一瞬。
モニターの片隅で、信じられない光景が映った。何の前触れもなく、一条の光が画面を横切ったのだ。そしデストロイヤーの巨体が、不自然に動きを止める。絶対的だった青いバリアがノイズを発して、ガラスのように砕け散った。
──な…!?
──バリアが消えた…? なぜだ!?
艦内に、驚愕の念話が飛び交う。05の指がキーの上で、ミリ単位で停止した。彼女の瞳が信じられないものを見るように、大きく見開かれる。
モニターの中では、好機を逃さなかったコハクが、最後の力を振り絞り、デストロイヤーへと突撃していた。そして、その刃が、デストロイヤーの胸部を貫く。
艦内の誰もが、息を飲んだ。時間にして、わずか数秒。その数秒後、モニターの中でデストロイヤーが声もなく、巨大な爆炎となって四散した。
司令室は、完全な沈黙に包まれた。誰一人、言葉を発することができない。ただモニターに映し出された勝利の光景を、呆然と見つめているだけだった。数秒か、あるいは数分か。その沈黙を破ったのは、一人の乗員の、震えるような念話だった。
──や…やった…?
その一言を皮切りに、艦内はこれまでの重圧から解放されたかのような、爆発的な歓喜の念話で満たされた。
『やった! やったぞォォォ!!』
『マジかよ! あの化け物を、地上組だけで倒しやがった!』
『俺たちの出番が、無し? …フザケルナァー!!!! 撃たせろー!!!!』
アレックス05はその歓喜の渦の中心で、キーに置いていた指をそっと離した。まるで全身の力が抜けたかのように、深く深く艦長の椅子に座り直した。彼女の顔には極度の緊張から解放された安堵と、大暴れする機会を奪われたことへの、ほんの少しの残念さが入り混じった複雑な笑みが浮かんでいた。
彼女は騒がしい乗員たちに、どこか楽しげな静かな念話を飛ばす。
──…ハッ、やれやれだ。出番なしかよ。つまんねえの。
その言葉と共に艦内を支配していた赤色の戦闘灯が再び、青白い平時の色へと戻っていく。艦内にいつもの、深海ならではの絶対的な静寂がゆっくりと帰ってきた。
コロンビア級戦略原子力潜水艦「サイレント・アビス」は、その恐るべき力を、再び深淵の奥底に秘めた。そして、何事もなかったかのように、音もなく、暗黒の海を滑空し続ける。彼らの存在は、地上の誰も知ることはない。輝かしい勝利の裏にあったもう一つの「最後の切り札」の物語は、ただ深海の闇の中だけに静かに記録されたのだった。
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皆さんごきげんよう! わたしは、マインクラフターのアレックス! ふっ、永遠の17歳でもあるぞ。断じて、おばあちゃんではない。ないったらない。
「ゼノ、テメー…」
「ち、違うんだ。ボクはその、ね。ただ遊び心を加えたというか…」
「遊び心で自爆機能を付けるやつがいるか!!!」
さて、今は千空によるお説教が行われている。もちろんというべきか、科学少年だけではなかった。幼馴染スタンリーもだ。そして、アメリカ科学王国の全員も参戦。これにはゼノ、涙するしかない。わろた。
さてさて〜っと。突然だが、ここで自爆機能が付与された「あの機体」について語らせていただく。
「一言だけ言わせて貰うぜ、ゼノ…あんたアホか??」
「そ、そんなハッキリ言わなくても…」
「「「そうだそうだ ゼノはアホだ!!!」」」
「スタンすらも…ボクの味方はどこにいる…」
汎用ヒト型決戦兵器。通称、ゼノゲリオン初号機。千空とゼノとクロムの発想力&科学、そして天才にしてチート職人カセキとブロリーの超絶技巧によって建造された、対デストロイヤー用の決戦兵器。主導力源の不安定さなど多くの問題を抱えたまま実践投入された、ワンオフの試作機である。
全長80メートル。基本重量は7500t、特殊合金による軽量化がされている。装甲材質は「タングステン・チタン複合装甲。一部にカーボンナノチューブを組み込んだ強化プラスチックを使用し、軽量化と柔軟性を両立。
主導力源は、S²機関(Super Solenoid Engine)プロトタイプだ。千空とゼノが理論を構築し、そして応用した超伝導コイルを利用した準永久機関。一度起動すると周囲の環境から莫大なエネルギーを組み上げるが、現代の技術では安定制御が不可能。
活動限界、というものもある。5分だ。S²機関の出力が機体制御の限界を超え、暴走またはメルトダウンの危険性が生じるまでの安全マージン。よく自爆機能したよなゼノ。とてもヒトのすることではない。異常者だな間違いない。
操縦システムは、ダイレクト・ナーヴ・コネクションだ。パイロットの神経系と機体を直接接続。思考による操縦を可能とするが、機体が受けたダメージの一部が精神的な苦痛とフィードバックされるリスクがある。
コックピットは球体慣性中和。とどのつまり、エントリープラグ内に設置された、球形のユニットだ。高性能ジャイロと磁気サスペンションにより、機体の激しい動きからパイロットを保護する。
「ロマンだからクラフトしてもイイじゃないか!?」
「気持ちは100億パーセント分かるが、流石にやり過ぎだぜ?」
「「「分かるんだ…」」」
武装についても、語らせていただく。プログレッシブ・ナイフ。両前腕部に格納された、超高周波振動ブレード。分子レベルの振動により、あらゆる物資を切断するナイフだ。エネルギー消費が激しいため、多用は出来ない。そのため『殴り合いじゃァァァァ!!!』が標準だ。
格闘は、最大の武器だ。S²機関から供給される莫大なパワーを乗せる攻撃は、凄まじいほどの破壊力を誇る。ちなみに『ATフィールド…全開!』も出来る──は『出来たらいいな』なので、「そもそもATフィールドすら展開不可能」である。
「びーすともーど、とは何なのだ?」
「おお、コハク。よいところを突くね。それは──『パイロットの精神状態が極限にまで達した場合、あるいはダイレクト・ナーヴ・コネクションが暴走した場合、本来の性能を解放する「ビーストモード」に移行する可能性がある。この状態では活動限界を無視して活動出来るが、パイロットの生命そのものは保証していない』──だね」
「……は?」
「ふふっ、どうだい? 実にエレガントじゃあn『フン!!!』…ぇ」
「ハッ! 外してしまったな! ならばもう一度…チャレンジしなくてはなァ?」
「」
そんな超ヤバい機体だが、その中身の正体は人間。つまり「白き巨人」だ。魂が無い状態として、技術開発部が〈くらふたーのせかい〉でクラフトしたものを流用したのだ。…ん? 生物開発部ではなかったか? そもそもあったか? そんな部門…??
……まっ! 何にせよだ。凄いなと、今でも思う。わたしが語ったあとのゼノも、ビックリして興奮していたものよ。そのゼノゲリオンの元ネタとなった旧作アニメや旧劇場版を観賞した技術開発部は、こう考えた──
『作らねば…!!!』
──っと。使命感に動かされた彼らは300年という少し長い時間をかけて、科学的に創造せしめたという訳だ。
ゼノゲリオンは失われたが、悔いはない。わたしの魂に、マインクラフターの創作魂に残り続ける。永遠に。
…さて、語ったところでだ…わたしは今、何をしてると思う?
「何か言い遺すことはないか? アレックス」
「やめてくれ! 彼女は無実だ! ボクを罰しろ!」
「おお! そうかそうか! …では死のプールにドポンしたいと?」
「彼女は有罪だね。ボクは無実。ハッキリ分かんだね」
「「「ゼノも有罪だろ…」」」
永遠の17歳のわたし、死刑執行されようとしております! 真下には即席で作られた、マインクラフター製のマグマプールがある……ドウシテ? どうしてだよォォォォ!!! わたしがいったい何をしたというんだ…ただICBMで吹っ飛ばそうとしただけなのに…〈くらふたーのせかい〉に保管していた遺産たる潜水艦を持って来た意味がないじゃないか!!
さて、いつ落ちるんだ? 怖い。死ぬのか? 目も見えないし、首も動かない。目隠しと首縄されているから…はは、当然か。
……おい? いつやるんだ?! おい、聞いてんのか! 聞けよ、おい! この創造主殺し! 殺されるんだぞ、無実なる女の子が! し、死にたくない! 死にたくない!! 許して! 怖い! わたし今どこ行くんだ?! 降ろして! 降ろしてよォ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい本当にごめんなs
「ふぅ、スッキリした」
「クククッ、俺もだぜコハク。100億パーセントな」
「あの世で達者でね…さて、これでボクの容疑は晴れたわk」
「何を言っているのだ? 君には『特別なお仕置き』がまだだろう?」
「ゼノ、幼馴染からの『特別お仕置き』…喜んでくれるよな? スタンリー、やれるか」
「ああ、出来るね」
「タスケテ」
ぎゃあああー!!!!
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