「よくも私の彼氏を!!」
目が覚めると私は…あの世にいた!! アレックスという心も体も綺麗な私が元の世界に舞い戻れば、また私の命が狙われる。私はマインクラフターとなり、別バージョンの私と創造主が存在する〈オーバーワールド〉に転生することにした。
これでもう、狙われることはない。見た目も心も綺麗な私…その名も! マインクラフターのアレックス! クラフトは、不滅なり!!
キャップを開ける乾いた音が、ボクたちの新たな遊びの開始を告げるゴングだった。ボクとスタンは互いに目配せすると、一息に透明な液体を呷った。舌先にピリリとした微かな刺激。直後、脳髄を直接掴まれて揺さぶられるような、強烈な覚醒感が全身を貫いた。
世界が変わる。ラボラトリーを照らすLED照明の明滅が、これまで認識できなかったフリッカー現象としてスローモーションに見え、サーバーラックから聞こえるファンの回転音は、一つ一つの羽根が空気を切り裂く個別の音として分離して鼓膜に届く。
ボクの思考は、まるでオーバークロックされたCPUのように、凄まじい速度で回転を始めた。視界に入るすべての情報が、瞬時にデータ化され、解析されていく。
「は、はは…素晴らしい…! これが、ブーストされたボクの知覚か!」
目の前に立つスタンもまた、同じ現象を体験しているはずだった。彼は驚きを見せるでもなく、ただ静かに、ゆっくりと目を閉じ、そして開いた。その琥珀色の瞳の奥で、先ほどとは比較にならないほどの膨大な情報が処理されているのが見て取れた。もはや彼は人間ではない。才能そのものが形を成した、戦闘生命体だ。
「さあ、始めようか、スタン。第二ラウンドを」
ボクがエアガンを構えた瞬間、世界は再び動き出した。いや、ボクと彼だけが、静止した世界の中で唯一、光速で動くことを許されたかのように。
スタンが動く。ソファの背を蹴り、側転するようにして培養装置の影へと滑り込む。常人ならば目で追うことすら不可能な、まさに電光石火の動き。だが、今のボクの目には、その全ての筋肉の収縮と関節の動き、そして着地後の予測座標が、完璧な弾道計算として見て取れた。
「無駄だ!」
ボクは叫び、彼の着地点、そのコンマ数秒先を予測した位置へBB弾を連射する。弾丸は、加速したボクの思考が生み出した完璧な未来予測の軌道を描き、彼が姿を現すはずの空間へと突き進む。
しかし、ボクの完璧な予測は、彼の光速の直感によって再び凌駕された。培養装置の影から飛び出した彼の動きは、ボクの計算よりもさらに0.03秒早かった。彼は壁を蹴り、物理法則を無視したかのような軌道で宙を舞う。空中で体勢を反転させながら、彼はボクに向かって正確無比な射撃を放ってきた。
「くっ…!」
これも計算のうちだ! ボクは彼の反撃を予測し、身を翻して実験台の陰に隠れる。彼の放ったBB弾が、ボクがほんの数瞬前までいた空間を、蜂の群れのように通過していく。ガラス器具に当たって砕け散る音が、スローモーションで鼓膜に響いた。
心臓が、早鐘のように高鳴る。だがそれは恐怖ではない。歓喜だ。ボクの科学が生み出したポーションが、ボクたちの戦いをここまで異次元の領域へと押し上げた。ボクの超高速計算と、彼の超光速の直感。どちらが上か。これほどエレガントな実験が、他にあるだろうか。
だが、ボクは知っていた。このまま真正面からやり合えば、いずれボクの計算は彼の直感に追いつかれ、敗北する。彼の才能は、ボクの数式が定義する物理世界の、さらにその外側にある。だからこそ──科学者として、ほんの少しの「ズル」を用意していた。
「エレガントな戦いには、エレガントな備えが必要だろう?」
ボクは実験台の陰で、左手首に装着したデバイスのスイッチを密かに起動した。これは、このラボラトリー内に設置した、人間の目には見えない赤外線レーザーを利用したトラップシステムだ。ボクの脳と直結したARグラスには、今やこの部屋全体に張り巡らされた、不可視のレーザーグリッドが表示されている。
そして、スタンがこのレーザーに触れれば、彼の位置情報がリアルタイムでボクの脳内マップに送信される。彼の直感がどれほど鋭くとも、この不可視の蜘蛛の巣を完全に避けて動くことは不可能だ。これは、彼の才能という非論理的な領域に、ボクの科学という絶対的な法則を強制的に介入させるための、ボクだけの切り札だった。
「さあ、本当のチェックメイトの時間だ、スタン」
ボクは笑みを浮かべ、再び銃を構えた。ARグラスに表示されるマップ上で、赤い光点──スタンが、サーバーラックの裏を高速で移動しているのが分かる。彼の次の動きは、冷却装置のダクトを足場にして天井近くに駆け上がることだ。そこからなら、ボクのいるこの実験台は完全に死角となる。普通の人間なら、絶対に彼の位置を特定できない。
だが、ボクには見える。ボクは天井の一点、彼が姿を現すであろう、何もない空間に向かって銃口を向けた。
「そこだ!」
ボクは、彼がダクトに足をかけた瞬間にトリガーを引いた。放たれたBB弾は、ボクの計算と、レーザートラップが提供した絶対的な位置情報に基づき、完璧な迎撃コースを描く。今度こそ、彼の直感ですら介入する余地のない、科学的な必中の一撃だ。
天井裏から、スタンが姿を現す。その琥珀色の瞳が、驚きに見開かれるのがスローモーションで見えた。ボクの放った弾丸が、彼の眉間へと寸分たがわず吸い込まれて──
いくはずだった。
パキン、という乾いた音。ボクの弾丸は彼の眉間に当たる直前、彼が咄嗟に放った別のBB弾によって空中で撃ち落とされていた。
「相殺した、だと…!?」
信じられない光景だった。ボクの完璧な不意打ちを、見てから反応し、撃ち落とす。ポーションの効果を考慮しても、それは人間の反射速度を超えている。いや、そもそも彼は、ボクがなぜ彼の位置を知り得たのか、そのこと自体に気づいていないはずだ。では、なぜ?
ボクの思考がコンマ数秒、フリーズした隙を、彼が見逃すはずがなかった。天井から飛び降りた彼は、壁を蹴り、床を滑り、ボクの視界から完全に消える。ARグラスのマップが、彼の高速移動を示す赤い光点を必死に追いかけるが、その動きはもはや予測の範疇を超えていた。彼は、ボクが張り巡らせたレーザーグリッドそのものを利用している。
一度触れたレーザーの位置から、次のレーザーの位置を瞬時に割り出し、それをガイドラインにするようにして、この部屋を三次元的に駆け巡っているのだ。
「馬鹿な…! ボクのシステムを、逆用しているというのか!」
彼は、ボクの仕掛けた「ズル」の本質を、戦闘の最中に瞬時に見抜き、そして完全に掌握していた。ボクが彼を捉えるために作った蜘蛛の巣は、今や彼が自由に飛び回るための、最高の遊び場と化していた。
焦りが、ボクの超高速思考にノイズを走らせる。計算に、ほんのわずかなブレが生じる。その一瞬の隙を、彼は見逃さなかった。死角。ボクの背後。ARグラスのマップが警告を発するよりも早く、彼の気配がすぐそこに現れた。
振り返る。だが、遅い。ボクの目に最後に映ったのは、静かに、そして冷徹にボクの胸元を狙う、漆黒のエアガンの銃口と、その奥で、満足げに細められた彼の琥珀色の瞳だった。
パシッ。
三度、BB弾がボクの白衣の胸を撃ち抜いた。今度は、エンブレムの文字の一角を、ピンポイントで。それは疑いようのない、完璧な敗北宣言だった。
ポーションの効果が、ゆっくりと薄れていく。加速していた世界が、徐々に元の速度を取り戻し、ボクの思考もまた、人間の領域へと帰還する。どっと疲労感が押し寄せ、ボクはその場に膝をついた。エアガンが、カランと音を立てて床に転がる。
「…なぜ、分かった」
ボクは息を切らしながら、目の前に立つスタンに問いかけた。
「ボクの、レーザートラップの存在を」
彼はタバコに火をつけながら、短く答えた。
「あんたの目だ」
「ボクの、目?」
「ああ。さっき、あんたは天井の何もない空間を見ていた。だが、あんたの視線は空間そのものじゃなく、その手前に存在する『何か』のラインをなぞるように、ごく僅かに動いていた。まるで、見えないグリッドでも見ているみたいにな」
ボクは絶句した。ボクのARグラス越しの、無意識の眼球の動き。そんな、ナノメートル単位の情報を、彼は戦闘の最中に読み取っていたというのか。
「…ボクの科学はまたしても君の直感に敗れた、というわけか」
自嘲気味に笑うボクに、彼は静かに首を振った。
「違うな、ゼノ」
彼はボクの足元に転がったエアガンを拾い上げると、それをボクに手渡しながら言った。
「あんたの科学があったから、俺はここまで動けた。あんたのポーションと、あんたの仕掛けたトラップがあったから、俺は自分の限界を超えられた。…ただ、それだけだ」
その言葉は無愛想で、飾り気もなかった。だが、ボクの心には、どんな賞賛の言葉よりも深く、温かく響いた。そうだ。ボクたちは、決して競い合っているわけではない。
「…ふふ、そうか。ならば、次はもっとエレガントな『遊び』を用意しなくてはな。君のその直感ですら、見抜けぬほどの、完璧な科学の迷宮を」
ボクは膝をついたまま、恍惚とした表情で呟いた。敗北感など微塵もない。あるのは、新たな探求への尽きることのない渇望だけだ。すでにボクの頭脳は次の、さらに高度な挑戦の計画を組み立て始めていた。
するとボクの視界に、無言で大きな手が差し出された。スタンだった。その手を見て、ボクの脳裏に、ある光景が鮮やかにフラッシュバックした。
15年前。あの乾いた大地で出会った、一人の少年。
『握手だよ。知んねーのか?』
ぶっきらぼうに差し出された、少し土で汚れた子供の手。知識としては知っていても、実践するのは初めてだった、あのぎこちない接触。
今、目の前にある手は、あの頃とは違う。数々の修羅場を乗り越え、無数の銃を握りしめてきた兵士の手だ。骨ばって、硬く、所々に古い傷跡が刻まれている。だが、その手から伝わってくるものは、15年前と少しも変わらなかった。言葉少ない、しかし絶対的な信頼。ボクという科学者への、揺るぎない期待。
ボクは顔を上げ、彼の琥珀色の瞳を見つめ返すと、ふっと笑みをこぼした。そして、その手を、今度は少しの迷いもなく、強く握り返した。彼がボクを引き起こす。立ち上がったボクたちの視線は、自然と同じ高さで交わった。
敗北は、新たな探求の始まりだ。この手に、この男に、ボクの科学のすべてをぶつける。そうやって、ボクたちはこれからも進んでいく。互いの才能を試し、高め合い、そして楽しむ。ただそれだけの、世界で最もエレガントな共犯者として。
ボクたちの邂逅の物語に、おそらく終わりはない。ボクが科学の探求をやめない限り。そして彼がボクの隣に立ち、その手を差し伸べ続ける限り。
■□■□■□
「…」
意識が覚醒する。どうやら、夢を見ていたようだ。そのことを理解するまでに、幾重もの層を持った闇を、ゆっくりと押し分けてきた感覚がある。
闇はただ黒いのではない。粘性を帯び、触れれば指先にまとわりつくような濃度を持ち、なおかつ、微細な粒子が無数に舞っている。粒子は光を持たないが、確かに存在を主張している。耳鳴りのような、正体のないざわめきが、その粒子の一つ一つから滲み出しているように感じられる。
そのざわめきが遠のくにつれて、深いところに沈んでいた自分の核が、わずかに浮上を始めた。浮かび上がる、と言っても軽やかなものではない。むしろ、底なし沼から自分の身体を引き抜こうとするような抵抗感がある。柔らかくも確固たる重力が、意識の底に鎖のように絡みつき、離そうとしない。
やがて、どこかで見たこともない色が、閉ざされた視界の奥で滲む。色と呼ぶにはあまりに淡く、かといって透明ではない。灰の中に淡い金属光沢を混ぜたような、名前のない色。それが脈打つたび周囲の闇がわずかに後退し、夢の名残が断片的に砕けていく。
夢の内容は、掴もうとするほど指の間から零れ落ちる。形のない手触り、何かを見ていた感覚、何かに触れていた温度。それらが全て、曖昧な水面の波紋のように消え去っていく。
あれは確かに存在していたのに、今となっては名前すら与えられない。胸の奥に残るのは、ごく微量の余韻だけだ。それはまるで、香が焚き終わった後に空気の隙間に漂う、わずかな薫りのようで、触れようとすれば霧散してしまう。
呼吸があることに気づく。胸がわずかに膨らみ、空気がゆっくりと流れ込む。その冷たさと重さが、現実というものの輪郭を指し示している。吐き出す時、温度が上がり、わずかな湿り気が口内を撫でて通り過ぎる。その繰り返しが、一定のリズムをもって意識に刻み込まれる。
次に、重さを知覚する。自分という輪郭が、周囲の虚空に対して確かな圧を持って存在している。頭はわずかに沈み、首筋には何かが接している。背中と床との接触は、平面のはずなのに不思議な凹凸を感じる。足先は遠く、微かな痺れを帯びている。それらすべてが、夢の中では存在しなかった「位置」と「質量」をもたらしている。
音がない。しかし、それは静寂とは異なる。無音はただ空虚なのではなく、音の不在そのものが空間の密度を変えている。無限に広がる空気の粒子の一つ一つが、沈黙の中でじっと停止しているかのようだ。その停止の中心に、自分がいる。その感覚は、夢の中で無数の像に囲まれていたときよりも、はるかに濃密で、閉ざされている。
瞼を開ける直前、何かがわずかに震える。それは筋肉の微細な痙攣かもしれないし、意識そのものの波打ちかもしれない。震えと共に、視界の奥に淡い光が広がる。その光は形を持たず、色もなく、ただ存在だけを主張している。光は次第に面となり、面は空間となり、空間は厚みを持って押し寄せてくる。
そこに至って、ようやく境界がはっきりとする。夢の中で感じたあらゆるもの──音、匂い、形、感情──それらはもうこちら側には届かない。届かないという事実が、逆に現実の確かさを強めている。
そして、胸の奥で何かが確定する。「ここに在る」という感覚が、全身を貫き、張り巡らされた神経の一本一本に刻まれる。世界背景も他者も、言葉もない。あるのは、ただ自分という輪郭と、その内側で燃えるわずかな熱だけだ。
意識が完全に浮上した。夢は終わった。目覚めている。
そうだ、思い出した。自分たちは軍事部•護衛艦隊を従えて、南米大陸に向けて航行している最中だった。
「…ふむ」
さて、それよりも──
「グッドモーニング。Dr.ゼノ」
「お姫様が起きやがったか」
「やぁ、ゼノ。良い夢を見られたかな?」
どうしようかな…弟子と幼馴染とアレックスを抱きしようか。その顔…実に最高だよ…おっふ!!
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