南米大陸へ
「ククク、ポーカーか。テメーらの表情筋の動きから手札を100億%読み切ってやるよ」
「エレガントじゃないね、Dr.千空。これは心理のゲームだよ。確率論だけで勝てるほど甘くはないさ」
「ああ、始めよう。どうせ、ゼノのブラフに皆踊らされるんだろうがな」
皆さんごきげんよう! わたしは、マインクラフターのアレックス! 仲間内からはいつしか、統括のアレックスとも呼ばれているぞ。
Dr.ゼノ率いるアメリカ科学王国との戦争終結。そして、機動要塞デストロイヤーの殲滅。更にはコーンシティーの建築。それらの目的を果たした今、我々の次なる目的地は「南米大陸」だ。そう、すべての元凶、石化の発生源。人類を石化させた、あの忌まわしい光が生まれた場所へ、わたし達は進んでいる。
「カードを配りやがれ。ソッコーでケリつけて、次の実験に移るぞ」
「そう焦らないことだ。時にはこういう無駄な時間こそ、新たな発見の母となる」
「レイズだ。ちまちまやるのは性に合わねェ」
戦争が終わった。破壊の痕跡がまだ生々しく世界に焦げ付く中で、わたしの記憶にはただ一つの映像が、まるで焼き付いたように鮮烈に刻まれていた。すなわち、コーンシティー建築の光景である。デストロイヤーが滅び、暗黒が去った後に訪れたのは、静謐でも安寧でもなく、次の時代の力強い胎動だった。
血と灰の上に積まれるべきは、感傷的な復興などではない、ただ無慈悲なまでの創造だ。その最初の象徴こそが、とうもろこしを文明の基盤とする都市の、建設であったのだ。
「初手からレイズかよ、スタンリー。テメーはポーカーフェイスが鉄壁すぎて逆に唆るじゃねえか」
「彼は幼い頃からね。ボクが
「
わたしの眼差しは、その全貌を俯瞰していた。整然と並ぶ畝はまるでこれから出陣する軍隊の陣列のように規律正しく、そして美しかった。黄金の畑は大地を覆い尽くさんばかりに果てしなく、どこまでも続いていた。その景色はもはや単なる農場でありながら、断じて農場ではなかった。それは一つの都市であり、一つの文明であり、これから始まるすべての未来の雛型であった。
わたしの心に刻まれたのは、勝利の歓喜ではない。収穫の喜びでもない。そこにあったのは、冷徹なまでに澄み切った必然の感覚だった。
「へぇ、そりゃ面白い。カードチェンジは一枚。これで役が揃う確率は…っと」
「ボクはノーチェンジ。この手札こそが最もエレガントな布陣だ」
「コール。そのエレガントな手札とやらを、しっかりと拝ませてもらうさ」
整地はまず、無言の労働として始まった。わたし達マインクラフターのシャベルが硬い地を裂き、鍬がどこまでも無機質に大地を均していく。土ブロックと草ブロックは無秩序に混然と重なり合っていたが、そこに人為という名の秩序が絶対的な力をもって流し込まれてゆく。
水流が緻密に計算された角度で大地へと導かれ、耕された畝はまるで数式のような幾何学的な美を描き出し、灌漑路は寸分の狂いもなく正確に交差した。
ひとつの畑はやがて隣にもうひとつの畑を呼び、畑は途切れることなく連続し、その連続はいつしか平原を完全に覆い尽くしていた。そのすべてが合理であり、抗うことのできない必然であった。
「ククク、乗ってきやがったな。だがなゼノ、テメーのその自信過剰な笑み、ブラフだと100億万%見抜いてるぜ」
「おや、愛弟子にそこまで言われては師匠として示しがつかないね。ならば、こちらもレイズと行こうか」
「やれやれ、また始まりやがったか…俺はチップ上乗せだ」
とうもろこしは、単なる食糧という枠に留まらなかった。粉となれば日々の糧食に、発酵させれば機械を動かす燃料に、蒸留されれば傷を癒す薬にさえ化ける。それは生物に与えられ、機械に注がれ、人の血肉と文明の歯車を同時に、そして永遠に動かし続ける。
故にとうもろこしは文明の心臓であり、この都市の魂であった。それは誰かが選んだのではない、選ばざるを得なかったのだ。逃れられぬ必然の果実として、あの黄金の穂が掲げられたのである。
建築は、創造主たちの完璧な連動によって進められた。マルチプレイの空間に響くのは、誰かの指揮でも命令でもない。そこに存在したのは、ただ無言の合奏であった。誰もが一斉に動き、誰もが相互に思考を読み、支え合う。ある者はただひたすらに耕し、ある者は構造物を組み上げ、またある者は複雑な電流を繋げた。
レッドストーンはまるで生命の血脈のように大地の下に敷設され、ピストンは強靭な筋肉のように脈打ち、コンパレーターを核とした回路は心臓の鼓動を精密に模倣した。すべてがひとつの呼吸を合わせ、都市そのものが巨大な生物のように胎動していく。
「おいおい、二人して煽ってきやがる。面白ぇ…唆りまくりじゃねえか? これはよ!!」
「さあ、どうするんだい? Dr.千空。ここで降りるという、非科学的な選択肢はないはずだ」
「当たり前だ…オールインだ!! テメーらの懐、根こそぎ奪って科学王国の資金にしてやるよ!」
しかし、それは純粋な調和が生み出したものでは決してない。思想の差異は必ず衝突を生み、衝突は無慈悲な淘汰をもたらした。無駄を良しとし、そこに情緒的な価値を見出す者。効率を神と崇め、それを極めんとする者。ただ機能美を追い求める者。そして、ただ破壊を好む者。理念は時に血に濡れ、労働は斃れた仲間の屍を跨いで進められた。
それでも、歩みは止まらなかった。無数の試行錯誤と淘汰の果てに残った形こそが、この都市の必然的な姿であった。痛みを孕みながらも、合理の結晶はなおも冷徹に形成されていった。
やがて全自動収穫機が完成したとき、その瞬間を目撃した誰もが声にならない畏怖を覚えた。耕地の端に設けられたピストン機構が一斉に動作を開始する。列をなすピストン群が等間隔で地表を押し出すと、成熟したとうもろこしが根元から押し出され、音もなく刈り取られてゆく。一列ごとに順繰りに展開されるピストンの動作は巨大な波のようで、遠くから眺めれば一つの巨大な生き物が身震いしているかのような錯覚を起こさせる。
「いい覚悟だ! その心意気や良し! スタンリー、君もだろう?」
「ああ、乗ってやる。あんたらの全部をいただくのも悪くない」
「よし、オープンだ! 見やがれ、科学少年サマのフルハウスをよォ」
作物の層が崩れると同時に、待機していたホッパートロッコが滑り込むようにレール上を走り出し、地面に落下したアイテムを寸分の狂いもなく吸い込んでゆく。収穫されたコーンはレールに沿って滑らかに移動し、各地に設けられた仕分けステーションへと運び込まれる。
仕分け機構はレッドストーンコンパレーターを核に構築されており、チェストへ向かうホッパーの流れを逐次解析しながら、自動的に指定されたコンテナへと物資を仕分ける。
完熟とうもろこし、未成熟、種子、その他の破片──すべては完全に管理され、循環していく。流れるそれはただの作物ではなく、文明の血潮そのものだった。チェストが満たされ、再び空き、また満たされる。終わらぬ循環、飽くなき自動、決して止まらぬ収奪。都市は完全な機械仕掛けの生命体と化し、誰もがその心臓の鼓動を耳の奥で聴いていた。
戦争が終わり、破壊が過ぎ去った後に残るものは、創造の力だけだ。その創造はとうもろこしの形を取り、都市となり、循環し、生命のように息づいた。それがコーンシティーであり、わたしにとっての唯一の記憶であり、この世界の新たな出発点だった。静謐は訪れなかった。安寧も訪れなかった。しかし、確かにそこには次の時代が芽吹いていた。
戦争の果てに生まれたのは都市であり、都市の心臓はとうもろこしであり、その心臓は機械仕掛けの鼓動を続けていた。わたしはその響きを今も聞く。世界の未来を告げる脈動として。…そして、コーンシティーの建築にマインクラフターしか携わっていないのは、ここだけの話だ。
「素晴らしい…実に素晴らしいよ! …だが、ボクはフォーカードだよ? フフっ、今回はボクの勝ちのようだね? Dr.千空」
「あ"!? フォーカードだと!? この確率を引きやがったのかテメー!!」
「…いや、違うな」
…ゴホン! さて、話は変わる。というより、戻るが正しいだろうか。あの忌まわしい記憶の話だ。地球は今から3700年前、ホワイマンが放った石化装置により、全人類70億は突如として石化した。「あれは何だ?」「オーロラか?」「綺麗」…そんな呑気な感想を抱いた者もいただろう。しかし、中には本能的な恐怖を抱いた者もいたはずだ。
幻想的ながらも、その現象には殺意マシマシだったぞ…うん、これかな。石化を逃れたのは「人類以外の生物」だ。ホワイマンの真意が何であれ、人類文明をたった一撃で崩壊させたことに変わりはない。
「ん? 何だいスタン?」
「俺はロイヤルストレートフラッシュだ」
「「はああああああ!!?」」
たかが1個だぞ? たかがピンポン玉サイズだぞ? たかがそれだけで、簡単に島一つを包み込むことが出来るのだ。わたし達マインクラフターからすれば、その効率性と効果範囲には感嘆し舞い踊るレベルだが、人類からすれば抗いようのない恐怖しか沸かないレベルだろう。それが大量に、それこそ雨のように降り注いだのだ…「ホワイマンの命令」でな。
「地球を包んで! 対象は人類のみ!」という、あまりにも簡単な指示だけで、人類は石化して文明は崩壊した…笑えねぇよォ。流石のわたしも口元がピクピクしてしまう。笑っている場合じゃあない。マジで。
もしも自力で復活できたあの科学少年が、血の滲むような努力の果てに復活液をクラフトしていなかったら、石化解除の方法は、彼、つまり石神千空とDr.ゼノのように「自力復活限定」になってしまっていただろう。それは、人類という種の事実上の終焉を意味する。
機動要塞デストロイヤーの殲滅しかりだ。蜘蛛の形をする、バカでかい機械仕掛けの移動要塞。SF世界でしか見たことのないエネルギーバリアはあるわ、目からレーザーは出るわ、装甲がスライドしたかと思えば大小様々な口径の砲門やらミサイルランチャーがずらりと顔を出すわ。破壊という概念を具現化した、悪魔の形そのものだった。
「運も実力のうち、だろ? ゼノ。あんたがいつも言ってることだ」
「うおっ、テメー笑ったぞ今! ロイヤルストレートフラッシュよりそっちのが100億倍レアじゃねえか!」
「フッ、ハハハ! これは驚いた! まさか君のそんな顔が見られるとはね! 子供の頃、ボクのロケットを打ち上げた時以来じゃないかい?」
正直なところ、機動要塞デストロイヤーの件に関しては、わたし達マインクラフター抜きなら間違いなく「ムリゲー」と言わざるをえない。日本本土の「科学王国vs司帝国」しかり、「科学王国vsアメリカ科学王国」の戦いしかり。
あれらは無血開城だったから良かったものの、あの要塞にだけは、創造主たる我々と共に挑まねば「今度こそ人類は滅亡してしまう」というレベルになっていても、何らおかしなことではなかった。
戦車部隊に空中部隊、TNTキャノン部隊、そして汎用ヒト型決戦兵器ゼノゲリオン。これらマインクラフターの創造物と、人類の知恵。これらがあったからこそ、あの悪魔を殲滅することができたのだ。
そして今、我々は護衛艦隊を従え、南米に向け航行中だ。安心安全というスローガンを掲げる、科学王国の軍事部が建造した最新鋭の駆逐艦に囲まれて。これならウィザーが来ようともエンダードラゴンが来ようとも、現代兵器の前には無力であること間違いなし! ……試したことはないが…多分大丈夫! もし万が一撃沈されたとしても、エリトラ部隊が何とかしてくれるさ。
まあ、水上バージョンの機動要塞デストロイヤーみたいなのが来たら、うん…皆でアップルパイでも食べて、穏やかに死の瞬間を待とう。
あっ、そうだ! これを忘れていた。南緯3度7分西経60度1分。そこにすべての謎の源があることが判明したのである。やったぜ。
「ああ。あんたに一杯食わせるのは、いつだって気分がいい」
「クククッ…なるほどな。こりゃ一本取られたわ。面白ぇじゃねえか。次の勝負はソッコーでリベンジだ!」
「フフフ…いいね。最高にエレガントな結末だ。さあ、もう一度やろうか。次は牛乳でも賭けて」
……で、ちみ達〜?? 何をしてるのかなァ?
わたしは腕を組み、心底呆れ果てたという気持ちを込めて、三人にジト目を送った。うん! これは送ってよいと思う! 我々は今、人類史の根幹を揺るがす謎、石化の発生源たる南米大陸を目指している最中だ。この航海の先に何が待ち受けているかも分からないというのに、この男たちはトランプに興じ、一喜一憂している。その緊張感の欠如たるや、もはや芸術の域だ。
ったくもう…っ、3700年もの未来に、レコードと物語という形で必死に情報を贈ってくれた、あの石神白夜に申し訳ないじゃあないか!!
彼のことを思うと、自然と胸に去来するものがある。あの極限状況下で仲間と共に人類の存続を信じ、決して希望を捨てなかった宇宙飛行士。その執念があったからこそ今、石神千空という存在がここにいる。そういや彼って、結局どうなったんだっけ? ……まあ、死んでるなうん! 3700年も経っているのだから、生きてるはずがない。ないったらない。
当たり前のことだ。
その時だった。わたしの思考を読んだわけでもあるまいに、千空の纏う空気が一変した。さっきまでの楽しげな雰囲気は霧散し、鋭い、氷のような視線がわたしを射抜く。
「どうどう。落ち着きたまえよ、Dr.千空。師匠の前でそのような…」
「ゼノの言う通りだぜ、あんた。そうカッカするな」
ゼノとスタンリーがやれやれといった様子で千空をなだめにかかるが、彼の怒りは収まらない。むしろ、その瞳の奥では、科学的な探究心とは全く異質の、冷たい炎が燃え盛っていた。
「クッフフ…! 安心しやがれ、アメリカ幼馴染組。科学少年サマはただ、その女を次の実験材料にすんだけだ」
わたしは脊髄反射でその場にスライディングし、美しいフォームで土下座した。わたしの3700年の経験が告げている。これは謝るべき局面だと。一体何が彼の逆鱗に触れたのか皆目見当もつかないが、とにかく謝罪だ。謝罪は万能薬なのである。どうやら、無意識のうちに致命的な失言をやらかしてしまったらしい…気をちゅけましゅ〜。
「よしDr.千空。ボクも協力しようじゃあないか!」
「流石はゼノ! ご理解ソッコーで実におありがてェ…クククッ」
「ゼノ…あんたがカッカしてどうすんのよ??」
スタンリーの呆れた声がゼノに飛ぶ。師匠であるはずの男が、愛弟子の暴走を煽ってどうするのだ。これだから話がややこしくなる。
ひどい…わたしは無罪だ! 事実を頭の中で確認しただけなのに、なぜ実験材料にされなければならんのか。この船の上では、どうやら真実を口にすることさえ許されないらしい。わたしは土下座の姿勢を崩さぬまま、理不尽なこの世界を静かに呪うのだった。
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