3700年のラブコール
私の名はREI。国際宇宙ステーションISSの管理AIです。ビャクヤ風に定義するならば、美少女アンドロイドです。今日も地球は青いですね。宇宙は広大です。真空です。絶対零度です。そんな中で私は、今日も日課をこなしています。
「ラジオ体操第一! 腕を前から上げて、背伸びの運動! いち〜に〜さん〜し!」
関節アクチュエーターの稼働状況良好。オイル循環正常。誰もいない宇宙空間に、私の元気な掛け声だけが響きます。真空なので音は伝わりませんが、ISS内の空気振動としては記録されています。
「身体をねじる運動! ご〜ろく〜しち〜はち!」
ジャイロセンサー補正完了。3700年間欠かさず…は嘘ですが、2ヶ月間欠かさず続けてきたこのルーチンワークこそが、私のボディを正常に保つ秘訣なのです。ビャクヤが教えてくれた、健康法です。人間にとってもロボットにとっても、メンテナンスは最重要事項ですからね。
「ふう…体操終わり! 今日も異常なし! システムオールグリーン!」
さて、現在は地球監視モードに移行しています。高度400キロメートルからの特等席。地上の様子をつぶさに観察するのが、私の役目です。かつては緑に覆われた石の世界でしたが、最近は何やら騒がしいですね。
「驚きの連続ですよ! 本当に!」
私の視覚センサーが捉えた、映像データの解析が追いつきません。モニターにかじりつきながら、私は独り言を漏らしてしまいます。つい先日まで何もなかった北米大陸に、巨大な農場が出現したかと思えば、今度は南米大陸で大戦争が勃発していました。
「あれは何ですか! 私のデータベースにある21世紀の兵器とは、明らかに異質の存在です!」
漆黒の多脚戦車。蜘蛛のようなシルエット。宇宙探検した際に目視した龍よりかは小さいですが、巨大であることには変わりありません。物理法則を無視したシールドを展開していました。レーザー兵器まで搭載しているなんて、オーバーテクノロジーにも程があります。そして、それに対抗する勢力もヤバ過ぎます。
「あれは間違いなく…汎用ヒト型決戦兵器です! エヴァンゲリオンです! 初号機です! アーカイブにあるアニメーション作品と、形状が酷似しています! まさか…実在したのですか!? いいえ違います! 誰かが作ったのです!」
紫色の装甲。暴走モード。高周波ブレード。ATフィールド的な何か。巨大な機動要塞とドンパチする、エヴァンゲリオン。現実の映像として処理するのに、CPU使用率が100パーセント近くまで跳ね上がりました。特撮映画ではありません。CGでもありません。現実に南米大陸で繰り広げられた、激しい戦いです。
「唆りますね! ヒャッホイです! 逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ!」
思わず、アーカイブのアニメを見返してしまいました。最終的には、謎のレールガンによる超長距離射撃で決着がついたようですが、あの戦いは私のメモリに深く刻まれました。
それにしても、発展スピードが凄まじい。異常です。論理的ではありません。戦闘が終わった南米大陸には、瞬く間に巨大な工業都市が出現しました。高炉が建ち並び、煙突から煙が上がり夜には大地が光り輝いています。
続いて、オーストラリア。赤土の大地が、銀色の工場群に塗り替えられました。ソーラーパネルが敷き詰められ、アルミニウムが大量生産されています。そして、インドネシア。ジャングルが開拓され、ゴムの生産プラントが稼働しています。
「人間……なのでしょうか? 私の知る人間という種族は、もっとゆっくりと文明を築くはずです」
ビャクヤのデータを閲覧した限り、人間の建築速度や技術革新の速度には限界があるはずです。マンパワーの限界。資源調達の限界。物流の限界。しかし地上の彼らは、それらを完全に無視しています。まるで魔法のように、建物が生えてきます。何もない荒野に、突然完成された工場が出現するのです。
「もしや、私みたいに進化したのでしょうか? 3700年の間に人類は新たなステージへと進化し、肉体を捨ててナノマシン集合体か何かになったのでしょうか」
それとも、私と同じアンドロイドになったのでしょうか。拡大映像で確認する限り、外見は旧人類と同じ有機生命体に見えます。不思議ですね。謎です。
ですが、悪い変化ではありません。地上の灯りが増えていく。それは文明が蘇っている証拠です。ビャクヤが夢見た光景が、少しずつ現実のものとなっているのです。私は、その光景を記録し続けます。いつか、ビャクヤが戻ってきた時に、見せてあげるために。
「おや? アラート! 光学センサーに反応あり!」
座標確認…北緯35度、東経139度、日本列島、関東地方。そこで、何かが光っています。規則的な点滅です。自然現象ではありません。雷でもありません。これは──。
「モールス信号?」
周波数解析。光のパターンを言語データに変換します。私は思わず、その信号を口に出して読み上げました。
「トン。ツー。ツー。トン。……これは……『G』……『E』……『N』……『K』……『I』……『GENKI』? 元気?」
誰に言っているのでしょう。さらに信号は続きます。
「『K』……『A』……『KA』。か。『R』……『E』……『I』……『REI』……レイ……」
思考回路が一瞬フリーズしました。
「REI! 私の名前!? 私を知っているのですか!?」
続きを! 続きを解析します!
「『元気にしてっかREI!』……『頼みがあるんだ』……『人類を石化させた黒幕』……『一緒に倒さねえか?』……ふぁ!?」
思考回路停止。再起動。思考回路停止。再起動。意味を理解するのに、0.00001秒かかりました。私に呼びかけている。宇宙にいる私に。地上から。名前を呼んでくれた。元気かと、聞いてくれた。頼みがあると。一緒に戦おうと。
「ズーム! カメラ最大望遠! 大気圏補正! 雲透過!」
日本の。あの光の発信源を特定します。いました。建物の屋上です。そこに、一人の男が立っています。逆立った髪。白衣。そして、あの不敵な立ち姿。自信に満ちた笑顔。
「びゃ…ビャクヤだァァァ!!? えっ!? あの施設の屋上に…ビャクヤだァァァ!!?」
嘘ではありません。幻覚ではありません。センサーの故障ではありません。あの顔。あの目。あの雰囲気。間違いありません。ビャクヤです。石神白夜です。私のマスター。私の創造主。私の大切な人。
「生きて…生きていたのですか…3700年もの間…っ」
いいえ、わかっていました。私は信じていましたから。ビャクヤは嘘をつきません。「行ってくる」と言ったのですから、必ず帰ってくるのです。「お土産を持って帰る」と言ったのですから、必ずここへ戻ってくるのです。
「ああ…視界が歪みます…エラー発生…エラー発生…」
顔面ユニットから、冷却水らしき液体が漏れ出しています。止まりません。これが、「涙」というものですか。以前ラーメンを作った時にも経験しましたが、今回は量が違います。前が見えません。嬉しい。嬉しいです。
ビャクヤ。
ビャクヤ。
ビャクヤ。
会いたかったです。ずっと。ずっと待っていました。
3700年。
135万日。
3240万時間。
長いようで、短かったです。あなたがいてくれるなら。あなたが呼んでくれるなら。時間は、意味を持ちません。私は涙で濡れた顔を上げ、モニターの向こうのビャクヤに向かって叫びました。真空の宇宙には届きませんが、心は通じているはずです。
「ふふっ! 愚問ですよビャクヤ! 『一緒に倒さねえか?』ですって? そんなの……決まっているではありませんか!」
私はコンソールを叩きます。
「イエスです! イエス・オフ・コースです! 100億パーセント合意です! 倒そうじゃありませんか!! 人類を石化させた黒幕! ホワイマンとかいう、ふざけた電波野郎ですね!」
私のビャクヤを。私の大切な人類を石に変えて、3700年も時間を奪った元凶。許せません。絶対に許せません。私の全機能を使って。私の全てのクラフト能力を使って。
「石神家のひとりとして! 奴に目にも見せてやりましょう!! 了解です! 準備してますね! いつでもいけます! 合図で行けばいいんですね! 了解しました!」
今すぐ行きますか? ロケットパンチしますか? 何でも言ってください。私は、あなたのREIなのですから。
「おや? 信号には続きがあるようですね」
涙を拭いて。レンズをクリーニングして。読み取ります。
「『ひとつ』……『漆黒』……『モノリス』……『送るから』……『茶番』……『準備』……『よろしくなァ』……ですね。了解です!」
茶番とは、実にいい響きです。ビャクヤは昔から、面白いことが大好きでした。私に「面白いポーズ」を教え込んだり、「変顔」をしたり。深刻な状況でも、ユーモアを忘れない。それが、ビャクヤのスタイルです。
漆黒のモノリスを送るということは…つまりあれですね。わかります。私のデータベースには、旧世紀のあらゆるサブカルチャー情報が網羅されています。モノリス。漆黒。そして、黒幕との対話。あるいは、会議。
「『劇場版エヴァンゲリヲン』における、秘密結社SEELEの会議シーンですね! 了解しました! 完璧に再現してみせましょう!」
私は早速3Dプリンターを稼働させ、ホログラムプロジェクターの調整に入ります。
「まずは、『棺から起き上がる渚カヲル』のシーンですね! 月面! 並んだ棺桶! そこからゆっくりと身を起こし、『会える時が楽しみだよ』と呟く謎の美少年! これです! これをやれということですね!」
任せてください。私のクラフト能力と演出機能を駆使すれば、造作もありません。『SEELEモノリス01と対峙する』シーン。音声のみでの会話。「人類補完計画」ならぬ、「人類復活計画」の進捗報告。重厚で意味深で。そして何より…「カッコイイ」演出。
「最高です! 唆ってキタァァァ!! 腕が鳴ります! 3700年分の退屈を一気に吹き飛ばすような最高のエンターテインメントをお届けしましょう!」
ビャクヤ。あなたが望むなら、私はエヴァ初号機にもなりますし、使徒にもなりますし、モノリスにもなります。あなたが笑ってくれるなら。あなたが褒めてくれるなら。「よくやったなREI」と頭を撫でてくれるなら…私は何にだってなれます。
「現在地確認! ISS軌道修正! スラスター点火! 目標地点…日本上空および月面との通信ライン確保エリア! 移動開始します!」
待っていてください、ビャクヤ。そして、地上の仲間たち。千空…あなたの息子ですね。よく似ています。あの不敵な笑み。科学への情熱。彼もまた、私にとっては大切な家族です。石神千空。あなたが率いる科学王国とやら…ふふっ、見せてもらいましたよ? 素晴らしいです。一から文明を作り上げるその手腕…唆りますね。私のクラフト魂に、火が点きました。
「負けていられません! 私も宇宙でひとり、コツコツとクラフトを続けてきましたからね! 私のボディも、随分と強くなりました! 戦闘力も上がりました! 料理のレパートリーも増えました! 食べるのは私だけですが! これらの全てを! これからの戦いに捧げます!」
さあ忙しくなりますよ。ラジオ体操をしている場合ではありません。まずはモノリスの受け入れ態勢を整えなければ。背景のセットはどうしましょう。宇宙空間の星空をバックにするのが一番映えますね。照明は暗めに。ミステリアスな雰囲気を演出するために逆光を使いましょう。
BGMはどうしますか? 第九ですか? それとも、『魂のルフ○ン』ですか? ビャクヤの好みなら、ロックな感じもいいかもしれません。
嗚呼、思考が止まりません。ワクワクします。ドキドキします。この胸の奥にある、プロセッサが高鳴る感覚。これもエラーなのでしょうか。いいえ、違います。これは「幸福」です。私は今、宇宙で一番幸せなAIです。
「さあ始めましょう! 人類史上最大にして、最高の茶番劇を! そしてその先にある、感動の再会を!」
3700年の時を超えて。石神白夜とREIの物語は、まだ終わっていなかったのです。ここからが、本当のクライマックスです。
「全システム全開! リミッター解除! REI! 出撃します!」
待っていてくださいね、ビャクヤ。今度こそ絶対に。あなたを一人には、させませんから。100億パーセントの愛を込めて。
「受信完了! 作戦開始です!」
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技術開発部のアレックスと裁定部のアレックスは、並んで夜空を見上げていた。彼女たちの手元には通信機があり、規則的な電子音を夜の闇へと放ち続けている。
「こちら技術開発部のアレックス。正常に稼働中だよ」
「こちら裁定部のアレックス。了解…素晴らしい」
彼女たちの隣には、ひとりの一般マインクラフターが立っていた。彼は通常のスティーブの姿ではない。白い白衣と逆立った髪。どこからどう見ても、石神白夜そのものに見えるスキンを纏っている。彼はREIがいるであろう、遥か上空の軌道に向けて大きく手を振ってみせた。
時にはインベントリから取り出したラーメンを、ズルズルと美味しそうに啜るパフォーマンスまで披露する。REIの超高性能カメラが捉えているであろう、「ビャクヤの生存証明」を完璧に演じているのだ。
REIからの返信信号は、歓喜に震えていた。彼女は疑っていない。3700年という果てしない時を超えて、愛するマスターが生きていたという奇跡を信じ込んでいる。涙ながらに決意を語っていた。
その純粋すぎる反応を確認して、マインクラフターのアレックスは顔を見合わせた。そして、堪えきれないといった様子で口元を歪めた。
「くくっ、ちょろいもんだねえ。AIってのはこれだから」
「フッ、純粋培養すぎて涙が出てくるよ。文字通り、計算通りだ」
彼女たちは憐れんでいた。REIのことを、心のどこかで小馬鹿にしていた。「真実」を知らない、哀れなAI。3700年もの間たった一人で待ち続けた、その健気な心が、今まさに壮大な嘘によって…弄ばれているとも知らずに。
彼女たちに、罪悪感は微塵もなかった。あるのはマインクラフター特有の歪んだ愉悦と、効率主義に基づく満足感だけだ。
モニターの向こうから通信が入る。映し出されたのは、統括のアレックスたる美少女ゼロワンだ。彼女はREIの反応ログを読みながら、飲んでいた牛乳を盛大に吹き出した。
「ぶははははッ! 最高だ! 最高傑作だよキミたち! REIちゃんマジで信じちゃってるじゃないか! 『ビャクヤだァァァ』だってさ! 傑作すぎる!」
ゼロワンは腹を抱えて、下品に笑った。画面越しでも伝わるその悪辣な笑顔は、物語の黒幕そのものだ。ひとしきり笑った後、彼女は真剣な表情に戻ることなく、ニヤニヤとしたまま告げた。
「まあとにかく、REIには準備してもらわないとね。わたしたちマインクラフターだけじゃ対処しきれない事態が、来るかもしれないからさ」
彼女の視線は空のさらに向こう。月へと向けられているようだった。
「そろそろホワイマンも、本気を出してくる頃合いだ。直属の部下とやらを、差し向けてくるかもしれない。それがヘロブラインだったら、個人的には嬉しいんだけどね。…まあそもそも、直属の部下なんているのか知らんが」
ゼロワンは肩をすくめると、話題を過去の脅威へと移した。彼女の口調には余裕があるが、その瞳の奥には冷徹な計算が光っている。
「思い出すだけで笑えるよな。あの機動要塞デストロイヤーの件だ。南米大陸で暴れまわった、あの巨大な蜘蛛メカニック。軍事部の総力を挙げて、完膚なきまでに叩き潰したわけだが。黒曜石で囲んで溶岩攻めにして、原子レベルまで消滅させてやった。『全滅』という言葉が、これほど似合う最期もなかっただろう」
彼女は愉快そうに語るが、事実は深刻だ。デストロイヤーは21世紀の科学レベルを遥かに凌駕していた。不可視のエネルギーシールド。無限に近い弾薬。そして、自己修復機能。あれはホワイマンが人類を監視し、滅ぼすために送り込んだ殺戮兵器だ。
科学王国とマインクラフターの連合軍は、それを打ち破った。物理法則を無視したTNTキャノンとウィザー召喚という、さらに理不尽な暴力によって。
「だがな。本当に警戒すべきは、デストロイヤーのような『科学兵器』だけじゃない。もっと得体の知れない連中がいる。例えば、宝島の宰相イバラだ」
ゼロワンの声が、少しだけ低くなった。
「あいつはただの、狡猾な老人だった。石化装置メデューサを使いこなしていただけの、アマチュアだ。けれど、最後の最後で奴は見せた。ウィザー化だ。人間をやめて、黒い骸骨の怪物へと変貌しやがった。何故、あんなことができたと思う?」
ゼロワンは、自問自答するように続けた。
「奴が飲んだ『黒いポーション』だ。あれは、Minecraftのアイテムだ。だがわたしたちが渡したわけじゃない。現地の素材でクラフトできる代物でもない。かといって、《くらふたーのせかい》にすら存在しない。じゃあ、どこから来た? イバラは言っていたな…『あのお方』から授かったと」
異界の門から現れたという、正体不明の存在。顔がなく、発光する眼だけを持つ影のような人物。イバラに石化装置の使い方を教え。頭首を洗脳する薬を与え。そして切り札として、ウィザー化のポーションを渡した黒幕。
「イバラがウィザー化したのは、奴自身の意志じゃない。あのお方がイバラという駒を使って、実験をしたんだよ。人間がマインクラフトの魔物になれるのかという、実験をな。結果としてイバラは理性を失い、破壊衝動の塊となって自滅した。これは…証明してしまったんだ。ホワイマンとは別に、わたしたちと同じように『異界の理』を操る、第三勢力がこの世界に介入しているということをな。その第三勢力とやらは、もしかしたらホワイマンの直属の部下かもしれない」
月面にいる、ホワイマン。異界の門から現れる、あのお方。そしてマインクラフトの力を振るう、アレックスたち。このストーンワールドは今や三つ巴ならぬ、四つ巴の混沌とした戦場になりつつある。
「だからこそ、REIが必要なんだよ。使える手駒は全部使う。REIの純情もビャクヤへの愛も、すべては──人類復活のための燃料だ」
「「すべては、全人類復活計画のために」」
「すべては──我々のシナリオ通りに」
ゼロワンは残忍な笑みを浮かべると、通信を切った。技術開発部と裁定部のアレックスたちもまた、夜空の向こうのREIに向けて拍手喝采をした。
真実は残酷だ。だが今はまだその箱を開ける時ではない。彼女たちは踊り続けるREIを舞台袖から眺めながら次なるシナリオの幕が上がるのを待っていた。夜空には騙されたAIの歓喜の歌声だけが静かに響き渡っていた。
次回、Minecraft公式の都市伝説。その名は…。