アレックスとヘロブライン
皆さんごきげんよう! わたしは、マインクラフターのアレックス! 嘘なんてついたことが無い、清廉潔白にして完璧な美少女ちゃんである。外道の性格がないだなんてわたしはイイ女だとは思わんかね? 全次元の全てのアレックスが等しくクズではない……嗚呼なんて素晴らしいんだ♡!
自分で言っておいてなんだが、少し胃が痛くなってきた気もするが、きっと気のせいだろう。マインクラフターは常に正しい。世界を創造する側なのだから、多少の破壊や整地は必要経費なのだ。そうだ。そうに決まっている。
『…貴様らは、何がおかしい?』
目の前にはヘロブライン。そうだ。わたしアレックスは距離をおいて、この伝説の魔王と対峙している!
ありゃ、まさか実在するとはな。都市伝説か二次創作の存在だと思っていたが、目の前の男が放つプレッシャーは本物だ。白一色の瞳。発光する身体。そして周囲に漂う、バグのようなノイズ。
彼はやってくれた。ホワイマンから借り受けたであろう、あのドデカイV字戦艦からの爆撃でわたしたちの希望であるロケットや発射台を粉々に吹き飛ばしやがった。罪深い男だ。万死に値する。
だが不幸中の幸いか。「ヘロブライン来るかもしれんから避難してね作戦」を事前に発動してて、本当によかった。ロケット発射台付近で作業していた「マインクラフターではない千空たち科学王国民」は全員、技術開発部が試験的に開発した「第二世代の黒曜石ブロック」のシェルターに避難済みだ。
通常の黒曜石に「泣く黒曜石」の成分と、更に異界の硬化技術を混ぜ合わせた特注品だ。あそこは安全だ。たとえ戦略兵器の直撃を受けようとも、核攻撃に晒されようとも。中の人間はカスり傷ひとつ負わないよう、設計されているからな。
『……破壊したはずだ。人間の希望を。それなのに、何故絶望しない? 何故、笑っていられる?』
何故だか知らんが、ヘロブラインは激怒してらっしゃる。怒っている内容は3つ。「ロケット」と「人間」。これらは分かる。ホワイマンの刺客として、文明の象徴を憎んでいるのだろう。だが最後の一つ…「アレックス」。これが意味不明だ。
彼はわたしを見て、わたしの周りに展開する02、04、05のアレックスたちを見て明らかに動揺しそして激昂した。
『アレックス…! 貴様、なぜ増えている? なぜ笑っている? あの時、お前は不良騎士として、俺の家族を…っ』
不良騎士って何だ? 不良騎士のアレックス……そんな奴いたか? マインクラフターのアレックスなら、ここに売るほどいるが…騎士なんてジョブについた覚えはないぞ?
この場に集う02〜05の美少女アレックスsに、念話で聞いてみた。03は音信不通だ。出ろやゴラ。
「おい、お前らの中に元ヤンの騎士だった奴はいるか?」
『ノン。私は軍人だ』
『弁護士だよ』
『海賊に決まってんだろ!』
……あっ知らない? そうかァ。
どうやらこいつは、わたしたちと「別の世界のアレックス」を混同しているらしい。人違いも甚だしいが、話が通じる相手ではなさそうだ。
『…答えぬか。ならばいい。偽物だろうが成れの果てだろうが、関係ない。その顔を持つ者は、一人残らず俺が葬る』
やる気満々のようだ。全身からバチバチと紫色の雷を放ち殺気を膨れ上がらせている。おいおい。わたし達を殺そうとは……いい度胸だ! こっちだってタダでやられるつもりはないぞ!
「全アレックス! 戦闘配置! ダイヤ防具フル装備だ! 予備の金リンゴも忘れるなよ! 最大級のエンチャント装備で、ヘロブラインを倒すぞ! 物理が効くなら、神だって殺せるのがマインクラフターだ!」
わたしの号令と共に、全員がインベントリから最強装備を取り出す。全身を包むエンチャントの紫光を帯びたダイヤモンドアーマー。手には「ダメージ増加Ⅴ」「火属性Ⅱ」「ノックバックⅡ」が付与されたダイヤモンドの剣。
さあ戦争だ。創造主vs魔王。ファイッ!!
「最大級エンチャントのダイヤ剣、抜剣……ヒャッハー!!!」
『消えろ。バグ共』
先陣を切ったのは海賊部のアレックス05だ。「お宝はいただくよォ!」と叫びながらエンドラすら怯ませる勢いで突撃する。彼女の剣技は荒々しいが威力は絶大だ。
だがヘロブラインは動かない。剣が彼の首を刎ねようとした、その瞬間。
ズンッ。
音が消えた。05の剣が空を切り、彼女の身体が慣性でつんのめる。テレポートだ。エンダーマンのそれよりも速く予備動作が全くない。
『遅い』
背後に出現したヘロブラインの手が、05の背中を軽く撫でるように触れた。
ドガァァァン!!
ただの接触ではない。衝撃波だ。05の身体が砲弾のように吹き飛び数百メートル先の大岩に激突して岩を粉砕した。
「05ッ!?」
軍事部のアレックス02が即座に援護射撃を開始する。手にしたのは弓ではない。技術開発部製のフルオート・クロスボウだ。雨のような矢がヘロブラインに殺到する。けれど、彼は視線だけでそれを迎撃した。
カッッ!!
虚空から雷撃が落ち、全ての矢を空中で焼き尽くす。
「馬鹿な…!? 反応速度が異常だ!」
02が驚愕する隙を与えず、ヘロブラインは再び消失次は02の目の前だ。
『人間ごっこか。くだらん』
彼が腕を振るう。その手には、いつの間にかダイヤモンドのツルハシが握られていた。
ガギィィィン!!
裁定部のアレックス04が割り込み、盾でその一撃を受け止める。ナイスカバー! しかし、盾が悲鳴を上げている。耐久値が一撃で赤ゲージまで削れていく。
「ぐぅ…ッ! なんだこの重さは…!? 鉄ブロックの塊でも振るっているのか!?」
04が歯を食いしばる。
わたしも加勢する。「隙ありィ!」と叫びながらポーションを投擲。毒、鈍化、弱体化。デバフのフルコースだ。
直撃。紫色の粒子が彼を包む。
『…ぬるい』
効いていない!? ステータス異常無効か!? いや、常時回復(リジェネ)が上回っているのか!? ヘロブラインがツルハシを地面に突き刺す。
『雷よ』
その詠唱と共に、周囲一帯が光に包まれた。
バリバリバリバリバリッ!!!
全方位への落雷。回避不能の広範囲攻撃。
「ぎゃああああッ!!」
わたしたち全員が雷に打たれ吹き飛ばされる。ダイヤ防具の「ダメージ軽減Ⅳ」がなければ即死だっただろう。煙を上げて転がるわたしたちを見下ろし、ヘロブラインは無傷で立っていた。
強い。強すぎる。これが「あのお方」か。PvPの次元が違う。チートを使っているとしか思えない性能差だ。
『…ほう。即死しないか。あの雷を受けて立っていられるとは。…少し驚いた』
負けてしまったァ。完敗だ。HPは全員レッドゾーン。金リンゴをかじって回復しているが、ジリ貧だ。物理で勝てない相手がいるとは想定外だった。
だが、まだ終わらんよ!
マインクラフターの武器は剣だけじゃない。口だって立派な武器だ! 戦ってダメなら話し合いだ。これぞ高度な知性を持つ美少女の戦術!
『……? 何だその構えは。命乞いか?』
わたしは剣を収め、両手を上げてみせた。敵意はない。白旗だ。降参だ。恥じてはいない。これは戦略的撤退であり、高度な外交フェーズへの移行なのだ。物理で勝てない相手には、言葉で勝つ。
ペンは剣よりも強し。
舌は雷よりも鋭し。
これこそが高度な知性を持つ文明人たる、わたしたちの戦い方だ。
「待て待てヘロブライン君! ちょっと落ち着こうじゃないか! 暴力反対! ラブ&ピース! もう十分だろう? 君のその圧倒的な強さは、骨の髄まで理解したよ。わたしたちの負けだ。完敗だ。ぐうの音も出ない。だがな。殺し合いなんて野蛮なことは、もう終わりにしよう」
わたしは一歩前に出た。背後で「正気か?」「自殺志願者か?」「自殺志願者じゃね?」「いやこれ、ブーメラン返ってくるぞ? 他人事ではないのでは…」と騒いでいる気配がするが無視だ。今のわたしは、交渉の女神。カリスマの化身。
この白目の魔王とて元はスティーブ。同じマインクラフターの端くれだ。話せば分かる。いや分からせてみせる。
「君が何に怒っているのかは詳しくは知らんが、わたしたちは君の敵じゃない! 君は、家族を失った悲しみで暴れているんだろう? 同情するよ。本当にね! 心の底から同情する! 愛する者を失う痛み。それは想像を絶するものだろう。わたしだって、もし大好きな牛乳がこの世から消滅したら、世界を半分くらい焼くかもしれない。だから君の気持ちは、痛いほど分かるんだ」
まずは共感だ。相手の懐に入る。心理学の基本だ。ゲンから教わったメンタリズムの極意をここで披露してやろう。ヘロブラインの動きが止まった。やはり効果はある。彼は今、わたしの言葉に耳を傾けている。チャンスだ。畳み掛けるぞ。
「だがな。過去に囚われていても仕方ないだろう? 死んだ人間は生き返らない! それがこの世の摂理だ! どんなに泣いても叫んでも、時間は巻き戻らないんだよ。君ほどの力があれば、世界の一つや二つ滅ぼせるかもしれない。でもそれで、君の奥さんや娘さんが帰ってくるわけじゃないだろう? むしろ逆だ。君の奥さんや娘さんも、夫や父親がこんな破壊魔になって喜ぶと思うか? 『嗚呼、あなた!』『パパやめて!』って、草葉の陰で泣いてるぞきっと! 天国で悲しんでるぞ!」
どうだこの正論。完璧な論理構築だ。誰も反論できない真理だ。愛する人のために、愛する人が悲しむことをしてはいけない。道徳の教科書に載せたいくらいの名言だ。彼の肩が震えている。図星なのだろう。後悔と懺悔の念に震えているに違いない。
「だからさっさと自分の時間軸へ帰って、新しい人生でも歩んだらどうだ! 君のその顔。よく見ればスティーブじゃないか。あの世界で最もポピュラーで最も愛されている英雄の顔だ。髭を剃って白目をカラーコンタクトで隠せば、かなりの男前だぞ! 君はイケメンなんだから! やり直せるさ! 再婚だって余裕だろ!? 君にふさわしい素敵なパートナーが、きっと見つかるはずだ!」
よし。未来への希望も提示した。建設的なアドバイスだ。過去を捨て未来を生きる。これこそが人間の強さだ。創造主たるもの破壊ではなく、創造に生きるべきなのだ。
そしてもう一つ。彼が気にしていた「アレックス」という存在についても触れておかねばなるまい。彼はわたしたちの顔を見て激昂した。「不良騎士」と呼んだ。つまり彼には過去に浅からぬ因縁を持つ、「アレックス」がいたのだ。
そしてその彼女はおそらく…。
「それにな。君がさっき言っていた『不良騎士』のアレックス。彼女のこともそうだ。君は彼女を恨んでいるようだが本当にそうか? 君のその執着。その怒り。それは裏返しの愛情じゃないのか? 不良騎士のアレックスが可哀想だ。あの状況だ。もう殺されているかもしれない。君は嫌いだと言ったが本当は違う……彼女のことも大切だったんだ。ハハっ、君は嘘つきだ」
わたしは慈愛に満ちた聖母のような微笑みを浮かべて、彼に語りかけた。
自分の気持ちに素直になりなさいと。
憎しみで自分を誤魔化すのはやめなさいと。
友を失った悲しみを怒りに変えてはいけないと。
全てを受け入れ許しそして前へ進むのだと。
「名案が浮かんだぞ。もしパートナーで悩んでいるのなら、わたしが君のお嫁さんになってやろう。君の愛情を、私は受け入れよう。さっ、過去はドブに捨てて、新しい人生を歩み出そう」
なんて素晴らしい演説なのだろう。自分で自分が怖い。これならノーベル平和賞も夢ではない。
見てくれ。ヘロブラインは完全に沈黙している。雷も収まった。ただ静かに俯き、わなわなと震えている。きっと感動のあまり言葉も出ないのだ。溢れ出る涙を堪えているのだ。わたしの言葉が彼の荒んだ心に染み渡り、浄化していくのが目に見えるようだ。
『フッ、フフフフ…』
どうだ! この完璧な正論!
慈愛に満ちたアドバイス!
これで彼の凍りついた心も少しは溶け──
『黙れ』
──空気が凍りついた。いや沸騰した。物理的な温度の話ではない。空間そのものがヘロブラインの怒りによって飽和し、臨界点を超えたのだ。わたしの鼓膜がキーンという、不快な高音を拾う。
これは殺気だ。純度100パーセントの混じりっ気なしの殺意だ。ヘロブラインの白目が限界まで見開かれ、そこからドス黒い闇が溢れ出した。それは涙のようにも見え、彼が流したであろう血のようにも見えた。
『再婚だと? 過去だと? 死んだ者は戻らないだと?』
彼の声が地響きのように、低く重く響く。やばい。何かがおかしい。わたしの完璧なロジックが通じていない。むしろ逆効果だ。ガソリンを注ぐどころか、ニトロを投げ込んだような反応だ。
『貴様。何も知らぬ分際で。俺の愛を。俺の絶望を。そして俺が捧げた誓いを……侮辱するなァァァァッ!!!』
ゴゴゴゴゴゴゴ…!!
大気が震え圧力が空間を軋ませる。彼を中心にドス黒い紫色の雷撃が渦を巻き、天へと昇っていく。それは悲しみではない。世界そのものを呪う慟哭だ。
『そうだ! その通りだ! あいつを! アレックスを! 俺は嫌いじゃない! それなのに…!』
彼は虚空を掴むように腕を伸ばした。その手は震えていた。届かなかった過去を。救えなかった友を。今もまだ求め続けているかのように。
『あいつは俺の光だった! 家族を守れなかった俺に残された最後の絆だった! だが世界はそれさえも奪った! 奪い尽くした! それなのに貴様は! その顔で! その声で! 忘れろと言うのか! 新しい女と笑って生きろと言うのか!』
どうやら彼の「家族」そして「友」という琴線は、絶対に触れてはいけないタブー中のタブーだったらしい。わたしは反省した。それはもう、先生の家を燃やしてしまったくらい反省した。例えは悪いが、とにかく反省しているのだ。
だが、後悔はしていない。わたしは常に最善の手を尽くしたのだ。ただ相手の愛が重すぎただけだ。そして、わたしの美しさと知性が、今回は少しだけ空回りしただけだ。
うん。そういうことにしておこう。それにしても、このプレッシャーは尋常ではない。彼の怒りは、もはや対話で鎮められるレベルを超越してしまっている。
「「「言わんこっちゃない。あっ、リスポーンしちゃうかも」」」
「ひとりにしないでもろて…」
ヘロブラインの家族のことを盛大に煽ってしまったらしい。残念。わたしのコミュ力をもってしても無理だったか。むしろ逆効果だった。ヘロブラインは攻撃の手を止め、大きく距離を取った。逃げるためではない。
わたしたちを「敵」としてではなく、明確に「排除すべき汚物」として認識し直した距離だ。彼はこちらに対して、絶対零度の視線で睨み続けていた。
『貴様と結婚するぐらいなら、あいつと結婚する方が遥かにマシだ!』
その背後には、再びあの巨大戦艦の影が迫りつつあった。あ、これ……詰んだかも?
アレックスは本当に「善」なのかとツッコミしたくなる今日この頃。