クラフトは不滅である   作:最高司祭アドミニストレータ

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モグモグ、チョコ美味しい。


vs ホワイマン
黒き板/震える元魔王


 そこは、物理的な場所の概念が希薄な空間だった。壁も床も天井もなく、ただ無限の漆黒が広がっている。宇宙空間のような真空の寒々しさではなく、どこか人工的で演劇の舞台裏のような静けさに満ちていた。

 

 その暗闇の中に、五つの巨大な石板──モノリスが浮遊していた。

 

 中央に位置する、『01』の刻印が刻まれたモノリスが重々しく明滅した。その声はボイスチェンジャーで加工された威厳ある響きを帯びていたが、抑揚の端々に隠しきれない高揚感が滲んでいた。

 

 

『いよいよこの時が来た。我々が待ち望み、そして準備してきた瞬間──科学王国が月に攻め込む日が』

 

 

 統括のアレックス01。このふざけた、しかし壮大な計画の立案者であり全ての元凶。彼女の宣言に呼応するように、周囲を取り囲む四つのモノリスもまた次々と明滅を開始した。01の言葉に対し、他のモノリスたちが応える。右手に浮かぶ『02』のモノリスが、軍事的な硬さを孕んだ声で語り出した。中身は、あの軍服を纏った軍事部のアレックスだ。

 

 

『肯定する。戦力の拡充は完了している。それにしても…まさか〈神聖時間軸〉の再現を、本当に実現させるとはな。「アッセンブル」と呟き、全軍が突撃するシーン。あれだけの演出のためだけに、どれだけのリソースを割いたことか…が、その価値はあった。士気は最高潮だ』

 

 

 彼女の声には、満足げな響きがあった。効率よりもロマン。戦術よりも演出。それがマインクラフターの流儀であり軍事部としての誇りなのだ。これに対し、左手の『04』のモノリスが冷静かつ知的な声で同意する。中身は黒スーツの裁定部アレックス。

 

 

『ははっ。全くだ。法と秩序の番人たる私としても、あのカオスな戦場は頭痛の種だったが結果オーライとしよう。契約の履行と正義の執行。舞台は整った』

 

 

 その隣で『05』のモノリスが激しく明滅し、野卑な笑い声を上げた。海賊部のアレックスだ。

 

 

『ギャハハ! 難しいことはいいんだよ! 要はあのホワイマンとかいう、月面の引き籠もり野郎を殴れるってことだろう!? 最高じゃねえか! ずっとウズウズしてたんだ! あの電波野郎のツラをダイヤの剣で…おっと失敬。またもや、口調が乱れてしまった。コホン。…敵対的勢力の排除、及び制圧作戦に賛同する』

 

 

 無理やり取り繕った敬語が逆に不自然さを際立たせていたが、誰も突っ込まない。それがこの会議の暗黙の了解だからだ。

 

 そして最後に『03』のモノリスが静かに、しかし力強く語りかけた。技術開発部のアレックス。この世界における、科学とクラフトの架け橋となった存在。

 

 

『我々の目的を確認しよう。単なる勝利ではない。単なる生存でもない。我々は…ハッピーエンドにしようとしている』

 

 

 その通り。その言葉こそが彼女たちの共通認識であり、絶対的な指針だった。01のモノリスが再び強く輝き、宣言した。

 

 

『そうだ。我々はハッピーエンドを目指す。誰かが犠牲になるトゥルーエンドや、絶望に終わるバッドエンドではなく…ホワイマンを除いての全員生存大団円を』

 

 

 思い返せば、自分たちは傲慢だったのかもしれない。転生者としての余裕。マインクラフターとしての万能感。何より「死んでもリスポーンできる」という特異体質が、時間感覚を狂わせていた。エルフのように悠久の時を生きる彼女たちにとって、3700年という歳月は単なる「待ち時間」に過ぎなかった。

 

 しかし、人間にとっては違う。

 

 石神千空にとって。そして石化させられた全人類にとって。それは途方もない断絶であり文明の死だった。千空に指摘されるまで、その重みを理解していなかった。

 

「テメーら準備もしねえで何遊んでたんだ」という無言の、あるいは有言の圧力を感じた時、初めて自らの罪深さを自覚したのだ。この世界が過酷なストーンワールドだったことを忘れ、それに対する準備すら忘れて、呑気に建築や冒険を楽しんでいた自分たち。

 

 

 もし、もっと早く準備していれば。

 もし、もっと効率的に動いていれば。

 

 

 防げた悲劇があったかもしれない。救えた命があったかもしれない。その贖罪の念が、彼女たちを突き動かしていた。これ以上の犠牲は出さない。誰も死なせない。

 

 そのためなら、どんな過剰戦力も、どんな技術も惜しみなく投入する。それに対する償いはしなければならない。何よりすべてが終わった後に、千空たち科学王国民から「使えねー創造主だな」と説教されるのは、死んでも嫌だからだ。

 

 その時だった。静寂を切り裂くように、無機質な電子音が鳴り響いた。それは、オペレーターからの緊急入電だった。

 

 

『報告します。先遣隊及び本隊、月軌道への到達を確認。降下シークエンスへ移行。現在時刻を以って、〈クラフターズ〉が月面に到着しました』

 

 

 来た。ついに到達した。人類がかつて見上げ手を伸ばし、そして一度は諦めた場所。静かの海。そこに今、科学とクラフトの旗を掲げた船団が降り立とうしてしている。

 

 

『そうか』

 

 

 01のモノリスが震えた。それは武者震いか、あるいは歓喜か。彼女は深く息を吸い込むような間を置いて、全アレックスの意思を代弁するように厳かに告げた。

 

 

『時は満ちた。シナリオは最終章(クライマックス)へ。…それでは始めようか』

 

 

 漆黒の空間に『SOUND ONLY』の文字が、赤く激しく点滅する。他の四つのモノリスもまた、同意を示すように強く輝いた。

 

 

『──逆侵攻(カウンター)の始まりだ』

 

 

 舞台は整った。

 視点は、漆黒の宇宙へ。

 月面へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆さんどうもごきげんよう。私は、不良騎士のアレックス。なんやかんやあって、人間からマインクラフターに転生した存在だ。

 

 かつての世界では剣を振るい、友と共に鉱山を駆け回っていた一介の冒険者だったが、気がつけば異世界に渡り神話級の戦いに巻き込まれ、今や鉄の箱に詰め込まれて宇宙空間を漂っている。人生というのは、本当に何が起こるか分からないものだ。冒険者ギルドの依頼書に、「月面着陸」なんてクエストは無かったはずなんだがな。

 

 静寂。この船内には、地上での喧騒が嘘のような静けさが満ちている。それもそのはずだ。この船には、あの騒がしい連中は乗っていない。統括だの軍事部だの海賊部だのと名乗る、「私と同じ顔をした別のナニカ」たちは、それぞれ別のロケットに分乗しているからだ。

 

 通信モニターすら切っている。あいつらの顔を見ないで済む。あいつらの奇声を聞かないで済む。これこそが、本当の平穏というものだ。神よ感謝します。

 

 私は座席に備え付けられたテーブルを展開し、そこへインベントリから焼きたてのステーキを取り出した。さらに、純銀製のナイフとフォークをセットする。これだ。食事とはこうあるべきだ。マインクラフターというのは、得てして野蛮だ。ステーキだろうがパンだろうが素手で鷲掴みにし、咀嚼音などという下品な音を立てて食べる。

 

 私は違う。私は騎士だ。不良と呼ばれようとも、最低限の品位とマナーは忘れていない。私はナイフを入れ、肉汁が溢れるのを楽しみながら一口サイズに切り分けた。フォークで刺し口へと運ぶ。美味い。実に美味い。宇宙空間で眺める地球を肴に、優雅にステーキを食す。これぞ勝者の余裕。文明人の証だ。

 

 窓の外を見る。そこには漆黒の闇と針で突いたような無数の星々、そして眼下には圧倒的な存在感を放つ巨大な球体が浮かんでいた。地球だ。

 

 いやあ世界って丸かったのだな。この世界に来てからも太陽が丸いのを見て、「もしかしたら」と思ってはいたが…本当に丸かったとは。

 

 感動した。青く白く輝くその姿は宝石よりも美しい。私たちが命がけで守ろうとしているものの正体が、これほどまでに綺麗だと知れただけでも、この窮屈な座席に座り続けている価値はあるというものだ。私は中身がブドウジュースのワイングラスを傾け、眼下の青き星に乾杯した。

 

 ステーキを咀嚼しながら、私はドクター・ゼノから受けた講義を反芻していた。宇宙と呼ばれているものが星の数ほど存在しそれらのことを、「マルチバース」と呼称されているんだとか。

 

 並行世界。多元宇宙。その理屈で言えば、私たちがいた世界もこのストーンワールドも、数ある宇宙の一つに過ぎないらしい。そして、そのマルチバースには私──アレックスが無数に存在しているという。

 

 正直ここだけは感動しなかった。むしろ…戦慄した。今ここにはいないが、別の船でヒャッハーしているであろう連中のことを思い出すだけで、胃が痛くなる。

 

 

 海賊姿で、略奪のことしか考えていない女。

 白衣を着て、爆発のことしか頭にない女。

 軍服を着て、戦争のことしか口にしない女。

 法だの煩いくせに、自分は法を破ってる女。

 そしてそれらを統括しているとかいう、一番ふざけたTシャツの女。

 

 

 全員顔は私と同じだ。けれど、中身が決定的に終わっている。おそらく「世界広し」ならぬ「マルチバース広し」といえど、私だけが「人間性」を失っていないのではなかろうか。私だって聖人君子ではない。酒も飲むし喧嘩もするし、おふざけ心が全くない訳ではない。

 

 それでも断言できる。「私以外のアレックス」は全員例外なく、「性格に難あり」だと思う。難ありどころではない。破綻している。〈くらふたーのせかい〉という世界で、初めて彼女たちと邂逅した際は、本気で正気を疑ったものである。

 

 死んでも生き返るからといって、溶岩遊泳を競い合ったりTNTキャノンでキャッチボールをしたり。あいつらの辞書に、「常識」とか「自重」とか「倫理」という言葉は載っていないらしい。マインクラフターという知覚種族は、あそこまでぶっ飛んでいないとなれないものなのだろうか。

 

 だとしたら、私はマインクラフター失格で構わない。私はあくまで「元人間」としての矜持を持ち続け、ナイフとフォークを使って食事をする文明人でありたいのだ。

 

 ふと、隣から小動物のような気配を感じた。視線を落とす。そこにはかつて世界を滅ぼし数多の次元を渡り歩き、恐怖と絶望の象徴として君臨していたはずの魔王。ヘロブライン──いや、スティーブがいた。彼は座席の上で膝を抱え、ガタガタと震えていた。その白目はいつもの威圧感を完全に失い、涙目で虚空を彷徨っている。

 

 

『こ…怖かった…』

 

 

 スティーブは私に抱きつくと、ぷるぷると震えている。まるで雷に怯える子供のようだ。

 

 これは凄いことじゃないか。数多もの世界を滅ぼし、ホワイマンと対等の契約を結び巨大戦艦を操って、日本を焦土寸前まで追い込んだ彼が。今では「私以外のアレックス」の幻影に、ビクビク震えているのだ。

 

 無理もない。先ほどの出発前のブリーフィングでの出来事だ。ここにはいないが、02や05といった連中が出発前にスティーブを取り囲み、「へえこれが元カレ?」「白目とかマジウケる」「解剖していい?」「経験値トラップの素材にどう?」などと、好き勝手なことを言い放ちボディタッチを繰り返したのだ。

 

 スティーブにとって「アレックス」という顔はトラウマの対象であり、同時に愛執の対象でもある。

 

 その顔をした複数の女たちに寄ってたかって弄り回されたのだから、精神崩壊寸前になるのも無理はない。私はナイフを置き、無意識に彼の方を抱き寄せ、頭を撫でてやった。

 

 弱々しい。可愛いなこいつ食べてしまいたい…はっ!? 私は何を考えているんだ!? 一瞬思考が危険な領域に突入しかけた。食べてしまいたいって何だ。物理的にか? 意味深な意味でか? どちらにせよアウトだ。

 

 くっ、異常者に成り下がる訳にはいかない。アレックスの中では、私だけが正常な性格を持っているんだ。私が狂ってしまったら、誰がスティーブを守るんだ。誰がツッコミを入れるんだ。しっかりしろ私。これは「吊り橋効果」的な何かだ。宇宙という極限環境と過去のストレスが生み出した、一時的な錯乱に過ぎない。

 

 

「ふう」

 

 

 よく自制できたな。危なかった。自分を褒めてやりたい。冷たい水を一口飲んで、乱れた鼓動を整える。ふと、脳裏にありもしない声が響いた気がした。あの懐かしい、そして悲しい最期を遂げた親友の声。スティーブの妻であり、私の無二の友人。彼女が優しく微笑みながら、こう囁いたような気がしたのだ。

 

 

『貴女なら任せられるわ。スティーブの──お嫁さんになってあげて?』

 

 

 ……ノンノンノン。疲れているな私。百億パーセント幻に違いない。親友がそんなことを言うはずがない。彼女はスティーブを一途に愛していた。私が横から掠め取るような真似を、許すはずがないのだ。そうだ。これは幻聴だ。マインクラフトのやりすぎで聞こえる、洞窟の環境音みたいなものだ。気にしたら負けだ。

 

 私は淑女としてナイフとフォークを握り直し、ステーキの最後の一切れを口に運んだ。味は変わらず美味しいが、少しだけほろ苦く感じたのは気のせいだろう。

 

 私は頭を振って、雑念を追い払った。そして、腕の中の震える男とその後ろの座席で心配そうにこちらを見ている、彼の娘に視線を向けた。娘もまた、出発前の騒動で他のアレックスたちにドン引きし、警戒心を強めている。この親子にとって、ここは敵地よりも過酷な環境かもしれない。

 

 だからこそ、私がしっかりしなければならない。

 

 

「安心しろスティーブ。そしてお嬢ちゃん」

 

 

 私は食事を終えナプキンで口元を拭うと、努めて冷静に力強く告げた。

 

 

「私がついている。ここには、あいつらはいない。静かなものだ。到着するまで、私が君たちを守る。指一本触れさせない」

『アレックス…』

 

 

 スティーブが縋るような目で私を見上げる。その瞳に映っているのはかつての英雄としての私か、それとも母性を求めているのか。どちらでもいい。今の彼に必要なのは、絶対的な味方だ。

 

 守ってみせる。スティーブとあの子を。ホワイマンからではない。宇宙の脅威からでもない。月面で合流するであろう、アレックスたちの魔の手から…ややこしいなもう! 私は違うぞ! 私はあんな、バーサーカーやマッドサイエンティストや露出狂とは違う! 私は高潔な騎士だ! 不良だけど! 断じてあっち側の人間(?)ではない! 

 

 

「いいかよく聞け。私たちはこれから月へ行く。ホワイマンを殴りに行くんだ。だがその前に…月面に着いたら、再びあいつらと合流することになる。その時は、私の背中から離れるな。あいつらのテンションに巻き込まれたら、精神が死ぬぞ」

 

 

 私はスティーブの肩を抱き寄せ、彼を物理的にも精神的にもガードした。今この瞬間、他の船では統括のアレックス01が「宇宙キター! 無重力で牛乳飲むぞー!」と叫んでいるかもしれない。海賊船長が「宇宙海賊王に私はなる!」と叫んで、暴れているかもしれない。

 

 想像するだけで頭痛がする。カオスだ。地獄だ。だがやるしかない。

 

 私は深いため息をつきながら、覚悟を決めた。このイカれた旅路の果てに待つものが、希望であることを信じて。この震える元魔王が、いつか再び自分の足で立てるようになるまで、私が支え続けることを誓って。




本当に不良騎士なの? 作者は訝しんだ。
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