「ふっ、話すとしよう。我が生まれ、なぜ貴様らを石化させたのか。その大いなる歴史の真実を」
そう言って、ホワイガールは虚空に、一枚の巨大なホログラムウィンドウを展開した。そこには古代の文字でびっしりと書き込まれた、テキストデータが表示されている。
「これは、我がアトランティス時代に記していた、個人的な日記のデータだ。これを読めば、我がどれほど崇高な目的を持って行動していたかが、理解できるはずだ」
彼女は胸を張り、ドヤ顔でそう宣言した。千空たちは油断なく武器を構えたまま、そのホログラムの翻訳データを読み進めていく。
以下は、そこに記されていた内容である。
■□■□■□
〇の月 ×日
全く、今日も煩い有象無象どもだ。我を誰だと思っている? 偉大なる科学文明アトランティスの王位継承者、その栄えある第1位だぞ? 輝く白銀の髪と瞳を持ち、類稀なる頭脳を宿した、将来このアトランティスを統べる王女なのだぞ?
それなのに、周りの官僚どもは口うるさく小言ばかり言ってくる。父も父だ。我が少しばかり画期的な兵器開発の予算を申請しただけで、「自重しろ」だの「他国とのパワーバランスが崩れる」だのと…。
実に忌々しい。凡人どもは、天才の思考というものを全く理解していない。
〇の月 △日
城がやけに騒がしい。魔導科学省の連中が、ついに異世界からの召喚実験を成功させたらしい。何でも、遥か別次元から大いなる知識を持つ賢者を呼び出したのだとか。
我は早速、その召喚された男を謁見の間に呼びつけた。
ふん、貧相な男だ。度の強い眼鏡をかけ、ヨレヨレの服を着ている。だが、我はその男に「博士」と呼ばせることにした。知識人には相応の称号を与えてやるのが、王族の務めだからな。
〇の月 □日
博士とは気が合う。驚くほどに波長が合うのだ。彼から身の上話を聞いた。どうやら彼の元の世界では、彼は「ニート」とかいう、特別で誇りある種族だったらしい。労働という下等な行為から完全に解放され、己の趣味と探求のみに全時間を費やすことが許された、選ばれし貴族階級なのだろう。
素晴らしい。我がアトランティスの王族と似たようなものだ。彼もまた、周囲の愚か者どもに理解されず、自室に引き籠もって真理を探究していたという。我々は親友になれるかもしれない。
△の月 〇日
博士は、軍事面に非常に詳しいそうだ。元の世界では「ミリタリー」と呼ばれる分野の権威であり、様々な兵器のシミュレーションゲームで連戦連勝を誇っていたらしい。
せっかくだから、我が構想していた新兵器の設計図を書かせてみよう。アトランティスの防衛を絶対のものとする、最強の無人兵器の設計を。
△の月 ×日
設計は順調そうだ。博士は自室に引き籠もり紙とペン、そして我の用意した端末に向かっている。「モチベが上がってきた」とかなんとか、よく分からない呪文を唱えながら徹夜で作業をしている。
やるじゃないか。彼が要求する「エナジードリンク」なる怪しげな液体の代用品を作らせるのが少々面倒だが、有能な部下には報酬が必要だ。
△の月 □日
設計図が完成した。……蜘蛛だな見た目。完全に蜘蛛だ。八本の機械脚に、巨大な球体の頭部ユニット。なぜこの形にしたのかと問うと、博士は「多脚戦車は男のロマンだから」と力説した。
ロマン。良い響きだ。実にアトランティス的である。その名も、『機動要塞デストロイヤー』。我はこの圧倒的なフォルムを、一目で気に入った。よし、次は建造だ。我が王家の権限で、国庫の予算を横流ししてでも作ってやる。
×の月 〇日
建造は進んでいるが、肝心の動力源が上手くいかないらしい。デストロイヤーを稼働させるには、莫大なエネルギーが必要なのだ。
様子を見に行くと、博士は「ガチャで爆死した」とか意味不明な供述をして、仕事放棄して鼻をイジっていた。…汚い。念入りに手を洗えよと言ってやった。天才とはいえ、少し生活態度に難がある。我を見習って、もっと優雅に振る舞ってほしいものだ。
×の月 △日
政務は嫌だが、父や元老院に監視されている以上はするしかない。今日も退屈な会議に出席し、適当に頷いておいた。やはり政務は嫌いだ。我はもっとクリエイティブなことに時間を使いたいのだ。早くデストロイヤーを完成させて、我の偉大さをあの老害どもに知らしめてやらねば。
□の月 〇日
動力源の問題は解決したらしい。
なんでも、ムー大陸の秘境で見つけて来たらしいのだ。我がアトランティスの末端組織に所属する、名もなき冒険者4人組が献上して来たんだとか。謎の光を放つ、無限のエネルギーを秘めたコア。これがあれば、デストロイヤーは永遠に稼働し続けることができる。
□の月 ×日
博士が「ヤベーヤベー」と喚きながら、我が部屋に飛び込んできた。話を聞くと、彼はあの冒険者たちに「どうせ見つかる訳ないだろう精神」で、適当な伝説のアイテムを探してこいと依頼したらしいのだ。それが本当に見つかってしまい、しかも規格外のエネルギー量にビビり散らかしている。
フハハハ! 愚か者め。だが結果オーライだ。我が王女としての運命力が、この奇跡を引き寄せたのだからな。
◇の月 〇日
ついに完成した! そして我の天才的な手腕により、アトランティスやムーを初めとした大国で、次々と「機動要塞デストロイヤー」が量産・配備されている。
他国への技術供与という形を取ることで、莫大な利益と発言権を得た。素晴らしい功績となった。これで我のアトランティスの王位継承は揺るがないだろう。
父も元老院も、我の足元にひれ伏す日も近い。
◇の月 ×日
機動要塞デストロイヤーが暴走した。それも、世界各地で同時多発的にだ。味方の都市を焼き払い、無差別にレーザーを撒き散らしている。
理由は分かっている。我が「この退屈な世界、いっそデストロイヤーが全部ぶっ壊してくれないかなー(チラッ)」と、メインコンソールの前で願ってしまったからだ。
暴走する訳ないだろ精神で、ほんの冗談で言っただけなのだ。まさか音声認識のAIがそれを「絶対命令」として承認してしまうなんて、誰が想像できる? セキュリティがガバガバすぎるだろう!
博士は「ヤベーヤベー! 俺のせいじゃないからな!」と喚きながら、次元転移装置を強引に起動させて、元いた世界に帰ってしまった。あの装置、まだ未完成だったはずだが…自分の力で帰還した訳ではなさそうだ。途中でブラックホールにでも、吸い込まれていればいい。
◇の月 △日
状況は最悪だ。デストロイヤーの暴走は止まらない。我はこの事態を隠蔽、もとい鎮静化するため、極秘に建造していた「試作品の超弩級宇宙戦艦(V字型のあれ)」を投入した。衛星軌道上からの精密爆撃で、デストロイヤーだけを破壊する完璧な作戦だった。
が、うっかり攻撃目標の座標入力を間違えてしまった。アトランティスの首都の中心部に、極太の対地レーザーが直撃してしまった。
…あちゃー。
◇の月 □日
もう駄目だァ、お終いだァ。アトランティスの科学技術は失われるだろう。いや、国そのものが海に沈みかけている。ムー等の大国も例外ではない。デストロイヤーの暴走と、我が放った宇宙戦艦の誤爆によって、この星の文明が滅びることは確定しているのだ。
どうしよう。お父様に怒られる。元老院に処刑される。責任追求されたくない。絶対に嫌だ。
そうだ。月に逃げよう。
たまたま城の地下に、脱出用のシャトルがあることだし。荷物をまとめて、あれに乗ろう。そして衛星軌道上にある試作品の宇宙戦艦に着艦して、月で暮らすのだ。
月なら誰にも文句は言われない。優雅な引き籠もり生活の始まりだ。
☆の月 〇日
月面に基地を建てた。V字戦艦の居住ブロックを拡張し、快適なマイルームを構築した。ソファもテレビも完璧だ。素晴らしい居心地だ。地上ではまだデストロイヤーが暴れ回り、人類が逃げ惑っているのが見えるが、ここからは遠い対岸の火事だ。
うん。我は何も悪くない。悪いのは、あんな物騒な設計図を書いた博士だ。そして、我の冗談を真に受けたAIが悪い。我は被害者なのだ。可哀想な王女なのだ。
さて、ゲームでもしよう。
△の月 〇日
あれから一万年の年月が流れた。…驚きだ。まさか、これほど長い時間が経過していたとは。やはり、我らアトランティス王族の血筋は特殊らしい。細胞の老化が完全に停止しており、永遠にも等しい時間を生きられるのだから。
それにしてもびっくりした。旧世界の遺物であるこのゲームとやらは、恐ろしい時間泥棒だ。『箱庭の中でブロックを積み上げるだけ』の単純なゲームのはずが気づけば一万年だ。
流石はゲーム。この偉大なる我の意識をここまで完全に集中させてみせるとは…褒めてつかわす!
しかし…うむ、流石に飽きた。何か、別の暇つぶしを考えなくてはならない。
☆の月 ×日
ふと、思いつきで新しい兵器の設計図を引いてみた。対象を破壊するのではなく、『石』という無機物に変換し、活動を停止させる魔法のような装置だ。
名付けて石化装置。暇だったので実際に作ってみた。
しかし、プロトタイプだからなのか、とてつもなく見上げるほどデカいものができてしまった。
仕方がないので地球の裏側のジャングルにでも、投下して隠しておいた。
□の月 △日
気づけば、さらに二千年の年月が経過していたらしい。肩が凝るはずだ。
あのバカでかい石化装置。実は全部が全部この我の尊い手作業で組み上げていたのだ。部品の一つ一つを削り出し、回路をはんだ付けし…。途中で気づいたのだが、地下格納庫に全自動の製造プラントが存在していた。
完全に存在を忘れていた。プラントを使えば一瞬で完成したものを、二千年もかけて手作りしてしまった。
我の貴重な二千年間を返してほしい。まあ、良い暇つぶしにはなった。
〇の月 □日
地上の観測データを更新した。今は西暦2019年の春らしい。かつて我が滅ぼしかけた地球だが、残された原始人どもが細々と繁殖を続けていたようだ。
まだまだ我の基準からすれば、原始的ではある。が、よくぞここまで、自力で文明を発展させてきたものだ。ビルが立ち並び、空には飛行機が飛んでいる。
少し興味が湧いてきた。引き籠もり生活の息抜きとして、下界の空気を吸いに行くのも悪くないだろう。
×の月 〇日
ここが日本の東京という都市か。光学迷彩シャトルでこっそり降り立ち、街を歩いてみた。
偉大なるアトランティス王女が直々に遊びに来てやったというのに、すれ違う人間どもは誰も我に跪こうとしない。不敬な奴らだ。
ただ男どもからは、すれ違うたびに「おっふ」という奇妙な声と共に、熱視線を浴びせられている。この高貴なる白銀の髪と、体に張り付くぴっちりスーツの魅力に平伏している証拠だろう。
我の美しさは、時代と種族を超えるということだ。誇らしい。
△の月 ×日
街を歩いていると、奇妙な看板を見つけた。…らーめん? なんだその、気の抜けた文字列は。泥水をすすっているような、不味そうな名前だ。アトランティスの美食を知る我には、無縁の食べ物だろう。
□の月 〇日
路地裏を歩いていると、品性の欠片もない男どもに囲まれた。服装からして、この国の学生のようだ。彼らはヘラヘラと笑いながら、「金を出せ」と言ってきている。
困ったな。我は月から来たのだ。地球の紙幣などという、無価値な紙切れは一文も持っていない。無一文だから無いんだが…。
あっ、そうだ。こいつらから貰えばいいんだ。
我は軽く指を鳴らし、彼らの顔面に王族としての鉄拳制裁を加えてやった。物理的な指導だ。数秒後には全員が地面に這いつくばり、財布を差し出してきた。
素直でよろしい。
☆の月 △日
面倒なことになった。昨日ボコボコにしてやった男どもが、我の後をついて回るようになったのだ。姉貴姉貴と慕って来て、非常に煩い。ひどい時は、番長とまで呼ばれる始末だ。
我は王女であって番長ではない。あまりの鬱陶しさに、息の根を止めてやりたい衝動に駆られる。…が、彼らが財布代わりとなり、道案内をしてくれるおかげで、この街で遊び放題だ。
利用価値があるうちは生かしておいてやろう。
〇の月 ×日
舎弟どもがどうしても食べてほしいと懇願するので、あの「らーめん」とやらを食べに来てやった。店主のこだわりが強いらしく、店の前には長蛇の行列が出来ていた。王女である我を待たせるとは不届き千万だが、舎弟どもが代わりに並んでくれたので許す。
着丼したそれは豚の骨を煮込んだという、白濁したスープだった。さて味の方は…。
えっ!? 美味いんだが!? なんだこの濃厚な旨味は! 小麦の麺がスープと絡み合い、口の中で爆発的な幸福感を生み出している! アトランティスの宮廷料理すら凌駕する、このジャンクな味わい!
信じられん! 原始人は、こんな美味いものを毎日食べているのか!
△の月 □日
らーめん巡りが楽しい。醤油、味噌、塩、豚骨。スープのバリエーションが無限に存在する。麺の太さも硬さも、店によって全く違う。これは奥が深すぎる。
決めた。目指せ、らーめん全覇! 我が全てのらーめんを喰い尽くしてくれる!
×の月 〇日
らーめん以外のグルメ巡りも実に楽しいものだ。
新鮮な魚を米に乗せたスシ。
熱い鉄板で肉を焼くヤキニク。
甘くて冷たいパフェとかいうスイーツ。
どれもこれも、我の舌を大いに喜ばせてくれる。舎弟どもの財布は常に空っぽだが、彼らは深夜のアルバイトをしてまで我に食事を貢いでくれる。
忠誠心の高い良い臣下を持ったものだ。
□の月 △日
食事の合間に立ち寄った、ゲームセンターなる施設。…ここのゲームが楽しすぎる!?
巨大な筐体に乗り込み、ロボットを操縦するゲーム。
画面の指示に合わせて、音を奏でるゲーム。
家庭用ゲーム機のRPG。
これは…アトランティスの娯楽を完全に超越しているぞ。一万年プレイしたあのブロックゲームも最高だったが、地球人の想像力は底知れない。徹夜でコントローラーを握りしめる日々が続いている。
☆の月 〇日
漫画にアニメ。素晴らしい。アトランティスには無い文化だ。二次元のキャラクターたちが織りなすドラマに、我はすっかり心を奪われてしまった。毎週発売される雑誌が待ち遠しくてたまらない。深夜に放送されるアニメの録画予約は完璧だ。美味しい食事と終わらない娯楽。
今の地球は最高だな! もう月になんて帰りたくない。ずっとこの街でらーめんを食べて、アニメを見ていたい。
〇の月 □日
最近ニュースで少し騒がれている。鳥のツバメが世界中で石に変わっているというのだ。テレビのキャスターが深刻な顔で、未知のウイルスか伝染病かと騒ぎ立てている。
嗚呼、思い出した。月を出発する前に、改良型の手のひらサイズの石化装置を沢山作って、地球にばら撒いたんだった。それが正常に作動するかどうかの試しに、ツバメをターゲットに指定して起動させたんだったな。
すっかり忘れていた。まあ、ただの鳥だ。問題ないだろう。それよりも、今日の夕食のステーキの方が重要だ。
△の月 ×日
やってしまった。人類を石化させてしまった。
その日、我は銀座の高級店で、最高級の和牛ステーキを堪能していたのだ。肉の旨味に感動し、ナイフとフォークを動かしていた。
だが、ステーキを食べている時…なんか静かだなと訝しんだ。店内の客が誰も動いていない。店員も固まっている。窓の外を見ても車が止まり、人々が彫像のように静止している。空からは、飛行機が墜落していくのが見えた。人類は石化していた。原因は明白だ。
我だ。ステーキの美味さに気を取られ、ポケットに入れていたマスターデバイスの誤作動を引き起こしてしまったのだ。「全人類を石化させろ」なんて命令、出したつもりはなかったのだが。音声認識の暴発か、あるいは操作ミスか。
またやってしまった。アトランティスを滅ぼした時と同じミスだ。
どうしよう。お気に入りだったらーめん屋のオヤジも舎弟どもも、みんな石になってしまった。アニメの続きももう作られない。ゲームの新作も出ない。
絶望だ。
□の月 〇日
月に戻った。静かだ。誰もいない。テレビも映らない。我は一人ぼっちだ。
だが仕方ない。不可抗力だ。我は悪くない。悪いのは、誤作動を起こしたデバイスだ。そして、こんなにも我を夢中にさせたステーキが悪いのだ。
何も悪くない。我は被害者なのだ。我は可哀想な王女なのだ。そうだ。これは人類に対する救済なのだ。争いの絶えない愚かな人類を、永遠の静寂によって平和へと導いたのだ。
我は神に等しい行いをしたのだ。そう思うことにしよう。
…暇だな。また一万年くらいゲームでもして寝るとするか。
△の月 〇日
石化事件から3700年が経った。なんということだろうか。あの美しかった地球の科学文明は、完全に風化し崩壊してしまった。高層ビルは朽ち果て、鉄の橋は崩れ落ちてしまった。鎌倉大仏は例外だが、それは非常に稀なケースだ。青銅の塊だけが残る、大自然の星になってしまったのだ。
ハァ…全く、誰だ? 人類を石化させるという、こんなにも残酷なことを引き起こしたのは? 是非とも、その邪悪な顔を拝めてみたいものだ。我は月面から地球を見下ろしながら、そんな正義感に溢れた憤りを覚えた。
まあ、石化のスイッチを押したのは我の誤作動だが、過ぎたことを気に病む必要はない。
☆の月 ×日
訂正しなくてはならない。人類が滅んだことは、悲劇ではないかもしれない。なぜなら、下界の者たちが石化する前に作り上げた、創作物は面白いからだ。漫画もアニメもゲームも、幾千年分のストックがある。
存分に楽しめる。アトランティスにも劣らぬ性能を持つ、あの人工知能『REI』にバレない程度に光学迷彩のドローンを飛ばして、下界の創作物のデータを回収しておいて大正解だった。
彼女は国際宇宙ステーションで、ずっと地球を見張っているからな。見つかったら、面倒なことになっていただろう。
おかげで、我の引き籠もり生活は潤っている。
□の月 △日
誰だこの男は?
突如として、月の裏側である我が基地の近くに、空間の裂け目が生じた。そこから現れたのは、白目を発光させた不気味な男だった。
ヘロブラインという名らしい。彼の目的は、「妻を蘇らせる」ことか。
ふっ。我の超科学を使えば、有機生命体の蘇生など造作もないことだ。だが、この男は明らかに狂っている。得体の知れないエネルギーを、その身に宿しているのだ。
正直関わりたくない。しかし、ここで拒否して我が基地を破壊されてはたまらない。
ふっ。ここは知恵を絞って、ヘロブラインを利用しておくか。タダで働く便利な番犬を手に入れたと思えばいい。
〇の月 □日
地上から電波が放たれた。3700年の沈黙を破り、ついに下界の人間どもが活動を再開したらしい。発信場所は日本の某海か。とりあえず、定型文となっている「WhyWhy」のモールス信号を送ってみよう。
……なんだ? もう返信が来たのか。しかも、モールス信号ではなく音声データだ。何々。
『クッフフ! よう……テメーか? 人類石化の黒幕は……ようやく会えたな? 待ちくたびれたぜ3700年……唆るじゃねえか!!!』
…怖いんだが。言葉の端々から、尋常ではない憎しみが込められているんだが。石化の恨みを100億パーセント晴らしてやるという、執念を感じる。
ん? 音声の後に、音楽のデータが添付されているのか? とりあえず再生して音量を上げてみよう。
ギャアアアアア!! 耳がァァァァ!?!?
なんだこの爆音は!? リリアン・ワインバーグの歌声にノイズを混ぜたような、とんでもない音波兵器じゃないか!
鼓膜が破壊されるところだった。下界の人間どもは野蛮すぎる。
×の月 〇日
観測データによると、科学王国と名乗る集団が船団で宝島に出向き、そこに住まう石化王国から戦争を仕掛けられたらしい。
嗚呼、あの宇宙飛行士たちの子孫か。石化光線から逃れた宇宙ステーションの連中が地上に降りて、繁殖していたのだな。石神村もとい科学王国は、同じ子孫だったか。
確か宝島から日本列島に向かった組の末裔だ。そして、その石神村を率いるリーダーは…石化から自力で復活したというあの石神千空。
やはりあの電波の主は彼だったか。恐るべき執念だ。
△の月 ×日
なんやかんやあって、科学王国は石化王国と同盟関係になったようだ。我は高みの見物を決め込んでいたが、実に見応えある戦いであった。ウィザーやらウィザースケルトンやら…怖かった。あんな化け物が地上で暴れまわるとは。
何が怖いって、あのウィザーの正体が石化王国の宰相イバラなのだ。黒いポーションを飲んだら、あんな怪物になってしまうなんて。あんな物騒なアイテムを渡したヘロブラインが恐ろしい。
我の番犬にしては! 少しばかり凶悪すぎる。
□の月 〇日
科学王国しかり石化王国しかり…なんだ、あの凄まじい発展速度は!? 石器時代から、あっという間に近代兵器まで作り上げている。これもすべて彼らに協力している、「マインクラフター」という連中のおかげらしい。
マインクラフターとは何だ? 辞書データを検索して日本語に直訳してみる。
『創造主』…そうぞうしゅ? 神ということか?
ふざけるな。我こそがこの星の支配者であり、神に等しい存在なのだぞ。
☆の月 △日
しまった。アメリカ科学王国の近郊に放置していた機動要塞デストロイヤーを、誤って起動させてしまった。コンソールのボタンに肘が当たっただけなのだ。ヘロブラインは「素晴らしい采配だ」「あれで奴らも終わりだ」と我を褒めまくって来るが、我の内心は全く違うのだ。
嗚呼、どうしよう。ウィザーのような生物兵器とは違い、デストロイヤーは完全無欠の無敗の要塞だ。かつてのアトランティス軍でさえ、あの装甲とシールドを破壊することは極めて難しかったのだ。
下界の人間どもが、全滅してしまうかもしれない。そうしたら、我の暇つぶしの観察対象がいなくなってしまう。
〇の月 ×日
あいつらデストロイヤーを破壊しちゃったよ。驚愕だ。まさか、あの無敵の要塞を木端微塵にするとは。敵ながら天晴れだ。褒めてつかわす…が、後処理がオーバーキル過ぎて怖い。
黒曜石で完全に囲い込んでウィザーを召喚し、溶岩で原子レベルまで消滅させるなんて。軍事部と一般クラフターの仕業らしいが、創造主とやらのやることはえげつない。サイコパスの集まりか。
さて。お気に入りの玩具を壊されて、ヘロブラインが苛立っている。ご機嫌取りをしないと、我が攻撃されかねない。
嗚呼、誰かあのヘロブラインを殺してくれないものか。いちいち、復讐だの絶望だのと叫んでいて煩いのだ。
△の月 □日
彼らは本気で月を目指しているらしい。ロケット作りのため、世界各地に製造プラントを作っているようだ。南米で超合金を作り、スペインで半導体を、オーストラリアでアルミを、インドネシアでゴムを。そして、ロケット本体は日本で作るとのこと。
発展具合も驚愕だ。一瞬で巨大な工業都市が出来上がっていく。流石は技術開発部といったところか。敵の技術力ではあるが、素直に褒めてつかわす。
×の月 〇日
ついに日本でロケットを完成させたらしい。
おめでとう。よくぞ3700年の遅れを取り戻したものだ。我は自室のモニター越しにひっそりと拍手を送った。彼らが月に到着したら、お茶でも出して、話し合いの場を設けてもいいかもしれない。
□の月 △日
まずいことになった。ヘロブラインと会話している時に、ちょっとした冗談を言ったのだ。「奴らのロケットを壊したら絶望するだろうな」と。
そうしたらヘロブラインが目を輝かせて、我が試作品として作っていたV字型の巨大宇宙戦艦に乗り込み、月を離れてしまった。攻撃目標は日本のロケット発射場だ。あんな戦艦を使われたら…嗚呼、どうしよう。だが、我にはどうすることもできない。
よし、知らんぷりだ。我は何も指示していない。ヘロブラインが勝手にやったことだ。
☆の月 〇日
ヘロブラインが、科学王国とマインクラフターの連合軍〈クラフターズ〉に敗北したらしい。モニターの映像を見て、腹を抱えて笑った。ザマァ。散々我に偉そうな口を叩いておいて、あのザマだ。お役目ご苦労さまだったな。いい気味だ。
敗北して膝をつくヘロブラインに通信を繋いで、お礼として『貴様の妻は処理したったw』という情報を言ってやった。あの時の奴の絶望した顔は、最高に滑稽だった。
痛快である。
〇の月 □日
奴らが我に怒っているのは分かっている。だが復讐したくとも、どうせ月に来れまい。あの宇宙戦艦はあれで最後の一隻だし、地上のロケット発射場は完全に破壊されたはずだ。製造プラントや科学王国の居住地にも、甚大な損害があるだろう。
我は安全だ。貴様が、宇宙戦艦と部下のゾンビどもを失うのが悪いのだよ? ヘロブライン。
我に責任はない。
△の月 ×日
忘れていた。奴らの中にはマインクラフターがいたんだった。チート能力で、破壊された発射場を元通りにしやがった。それに、あのISSにいた人工知能のREI。エヴァンゲリオンみたいな機体で、宇宙戦艦を撃沈さしめた彼女。どうやら、愛するビャクヤの敵である我のことを本気で殴りたいらしい…。
怖い。AIの怒りは理不尽で、執拗だから怖いのだ。
□の月 〇日
月に来たぞ….えっ、どうしよう? モニターに映る宇宙船の数が、尋常ではない。
大部隊なんだが!? 一機だけじゃないのか!? 戦車まで持ってきているぞ! 全員の目を見ればわかる。許さない気満々じゃないか!?
アトランティス遺跡の防衛設備なんて、一瞬で突破されてしまった! あのクロムとかいう男が、適当に扉を叩いたら開いてしまった!
セキュリティはどうなっているのだ!
☆の月 △日
足音が近づいてくる。スティーブと不良騎士と、あの科学王国の連中だ。彼らはモノリスを次々と破壊しながら、最短ルートで我の玉座へと向かってきている。
怖い怖い怖い! 降伏しよう! すぐに白旗の用意だ! モノリスから白旗を出して対話を試みるのだ!
…ダメだ! スティーブの奴、話を聞く気ゼロでモノリスを破壊しやがった!
〇の月 □日
扉が開いた。終わった。我は今、事務椅子を盾にしてガタガタと震えている。目の前には殺意の塊となったスティーブと、冷たい目をした科学王国の人間たち。現在、絶体絶命のピンチ。
誰か、誰か助けてくれ! 我はただゲームをしてステーキを食べて、アニメを見ていただけなのだ! ちょっとしたボタンの掛け違いで、こんなことになってしまっただけなのだ!
お願いだから殴らないで! 顔だけはやめて!
■□■□■□
「「「…」」」
ホログラムのテキストを読み終えた瞬間。ホワイガールの部屋に、宇宙空間の真空よりも重く、冷たい沈黙が降り下りた。
千空の額には青筋が浮かんでいる。
ゼノは笑顔のまま、しかしその手の中のペンをバキリとへし折った。
スタンリーはライフルの安全装置をガチャリと戻し、もう一度ガチャリと外した。
コハクの双剣が、怒りでカタカタと震えている。
クロムは毒ポーションを投げる準備をしている。
REIはビャクヤビャクヤと泣いている。
スティーブに至っては、あまりのくだらなさに怒る気すら失せたのか、あるいは怒りの限界を突破して虚無の境地に達したのか、白目から一筋の涙を流して立ち尽くしていた。
「…つまり、だ」
千空が、地を這うような声で口を開いた。
「テメーは、ニートのオタクに設計させた兵器を自分のうっかりで暴走させ、その尻拭いのために宇宙戦艦で味方の国を誤爆し、怒られるのが嫌だから月に逃げた…ってことか?」
「そ、そうだ! 理解したか! 我は何も悪くない! 悪いのは博士なのだ! 我は悲劇のヒロイン──」
「「「ブッ殺す」」」
全員の声が、完璧にハモった。
「ひぃぃぃぃぃっ!? やめてえぇぇぇ! 王女の顔は叩かないでえぇぇぇ!!!」
ストーンワールド最大の謎であり、人類の敵であったホワイマンの正体。それはあまりにもポンコツで、あまりにもどうしようもない、迷惑な自己中心王女だったという、呆れるような真実であった。
ホワイガールに慈悲は無し!