クラフトは不滅である   作:最高司祭アドミニストレータ

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ル◯アーノ・ブラッドリー「科学文明に一番欲しいものは何だ? そう、炭酸カルシウムだァ!」


科学文明に最も必要なもの、それは──

 霊長類最強の高校生、獅子王司が仲間に加わったことで、ストーンワールドにおけるサバイバル生活の基盤は盤石なものとなりつつあった。改めて自己紹介を済ませたアレックスと幼馴染組、そして司の五人は、今後の効率的な生活運営のためにそれぞれの役割分担を決定した。

 

 科学の知識で全てを導く──科学担当、石神千空。

 無尽蔵のスタミナで労働力を支える──体力担当、大樹。

 繊細な手先で生活を彩る──衣類・手芸担当、杠。

 そして、物理法則を無視した創造を担う──建築兼クラフト大臣、アレックス。

 

 彼女だけは他のメンバーと異なり、千空から「大臣」という大層な称号を授かっている。アレックスはその響きにご満悦な様子で胸を張っていたが、実際のところ「大臣」が具体的にどのような社会的地位や権限を持つ役職なのか、彼女は首を傾げるばかりで正確には理解していなかった。だが、響きが良いので良しとしているようだ。

 

 そして最後に──武力兼狩猟は、司の担当となった。その実力はまさに「霊長類最強」の名に恥じぬ、圧倒的なものだった。

 

 アレックスはその光景を目の当たりにし、戦慄すら覚えていた。険しい自然の大地を疾走する野生のイノシシに対し、司は道具を使うまでもなくその足で追いつき、素手で制圧してみせた。

 

 それだけではない。遥か上空、木の梢よりも高くを飛行する鳥に対し、彼は投げた石礫一つで正確に撃ち落とし、息一つ乱すことなく捕獲してみせたのだ。

 

 さらに海に潜れば、水の抵抗など存在しないかのような人間離れした速度で泳ぎ回り、手製のモリで瞬く間に大量の魚を仕留めてくる。

 

 陸のイノシシ。

 空の鳥。

 海の魚。

 

 陸海空、全てのフィールドにおいて、彼の狩猟能力は他の生物を凌駕していた。アレックスは確信する。あの動き、あのステータス。やはり彼は人間をヤメている。既存のモブの枠には収まらない、ユニークモンスター級の存在だと。

 

 そして現在。狩りで得た大量の食料を前に、一行は海辺で作業を行っていた。

 

「なるほど! 獲ってすぐに焼いてしまえば、冷蔵庫がないこの石の世界でも腐らずに取っておけるというわけだな!」

 

 大樹が感心したように大きな声を上げる。その手には串刺しにされた肉が握られている。

 

「焼いてるんじゃねぇよ。頭の中身が雑なテメーでもわかる言い方で教えてやるとだな──燻製だ」

 

 千空が呆れたように訂正する。彼らは浜辺に設置した簡易的な燻製器の前で、煙にいぶされる肉を見守っていた。立ち上る香ばしい煙の匂いが、空腹を刺激する。

 

「うん。これだけの量を保存食に回せれば、当面の間食料事情に心配はいらないね」

 

 司が冷静に分析し、安心したように微笑む。

 

「海での塩作りも、その保存の一環でありますからなぁ〜。生活がどんどん豊かになっていくのがわかります!」

 

 杠も嬉しそうに同意した。塩漬けや燻製といった知恵は、冷蔵庫のないこの世界で命を繋ぐための必須技術だ。しかし、ここで千空がニヤリと笑いながら、視線をアレックスに向けた。

 

「ま、アレックスの作るベイクドポテトは、何故か未来永劫腐らねぇみてえだがな」

 

「ワオ! 言われてみれば、確かに不思議なことになってますからなぁ〜」

 

「リンゴもそうだね。常温で放置していても、瑞々しいままだ。科学的に見れば意味が分からないね。うん」

 

 三人の視線がアレックスに集中する。本来、保存食とは長期間に渡って、腐敗菌の繁殖を抑制するための加工処理である。今行っている燻製も、煙に含まれる殺菌成分と脱水効果を利用したものだ。

 

 しかし、アレックスがインベントリやチェストに収納しているベイクドポテトやリンゴは、何ヶ月経っても、あるいは何年経っても、焼き立てや捥ぎ立ての状態を維持し続ける。腐敗という概念そのものが、彼女の扱うアイテムには適用されていないかのようだ。

 

 つまり、マインクラフターであるアレックスが自らのために燻製をする必要は、論理的に考えれば皆無である。一週間だろうが1ヶ月だろうが10年だろうが、彼女がクラフトした食料は不滅──腐ることはないのだから。

 

 その異常性について、アレックス自身には違和感が全く無い。皆無だ。仲間たちからツッコミを受けても、彼女はただ不思議そうに首を傾げるだけだった。前世は地球人だったはずなのに、彼女の常識は既に四角い世界の法則に書き換わっているようだった。

 

「ああ、これで進むな。文明の一歩目がなァ」

 

 千空が満足げに海を見つめる。

 

「ワオ!」

 

「まだ0歩だったのか!?」

 

 大樹の驚きを他所に、座っていた千空が立ち上がる。アレックスはその様子をぼんやりと眺めていたが、ふと彼の癖が気になった。保存食に対してではなく、千空に対してだ。出会った頃から、彼は頻繁に首をゴキゴキと鳴らしている。考え事をする時の癖なのだろうか。

 

 ふと、アレックスは周囲を見渡した。

 

(あれ、司がいない。先ほどまでそこにいたはずだが…あ、発見した)

 

 司は少し離れた場所にある、巨岩の前で立ち止まっていた。何をする気だろうと見ていると、彼は迷いなくその岩に拳を振り下ろした。

 

 

 ドゴォッ!! 

 

 

 凄まじい破砕音と共に、硬い岩が粉々に砕け散る。その粉砕された岩の下から現れたのは、一体の女の石像だった。

 

「驚かせてすまない。この人が、岩の下敷きになっていてね」

 

 司は何事もなかったかのように、涼しい顔で石像を抱き起こした。

 

「やっぱり司は良い奴だな! 見ず知らずの石像を助けるなんて!」

 

 大樹が感動して叫ぶ。

 

「うん! すごい力持ちだね!」

 

 杠も目を輝かせている。

 

「クククッ、もはやスーパーヒーロー様だなァ。岩盤も素手で砕きかねねぇ勢いだ」

 

 千空が苦笑交じりに評する。アレックスも無言で頷いた。フッ、流石だ。道具も使わずに素手で岩ブロックを破壊するとは。もしかすると彼には、マインクラフターとしての素質、あるいは採掘の才能があるのではないだろうか。そんな検討違いな評価を、彼女は密かに下していた。

 

 遅めの昼食で腹を満たした後、千空から唐突に出題された科学クイズ。その正解者は、現代知識を持つアレックスと、意外にも勘の鋭い杠だった。正解の正体、それは科学文明に最も必要なもの──炭酸カルシウムである。

 

 千空の解説によれば、ただ貝殻を粉々にするだけで手に入るこの白い粉末には、文明を支える三つの重要な用途があるという。

 

 その1──農業。

 石灰として撒くことで水素イオンをぶち飛ばし、酸性化した土壌を中和してレベルアップさせる。

 その2──建築。

 焼いて砂と混ぜればモルタルの完成。壁や床の仕上げ材、レンガの目地材、下地材などに使用され、住環境を劇的に向上させる。

 その3──石鹸。

 海草からゲットした炭酸ソーダと油を反応させれば、病原菌を洗い流す石鹸となる。

 

 千空が熱弁するロードマップに大樹たちは目を輝かせていたが、アレックスは心の中でこっそりと苦笑していた。農業と建築に関して言えば、今の科学王国において緊急性はそれほど高くない。なぜなら、ここには物理法則を超越した“創造主”たる彼女がいるからだ。

 

 農業? 土壌改良など必要ない。無限水源からバケツ一杯の水を流し、クワで土を耕せば、そこは瞬時に肥沃な耕地へと変わる。種を植えれば、肥料がなくとも作物はすくすくと育つのだ。

 建築? それこそ創造主の独壇場だ。素材さえあれば、匠も驚く『何ということでしょう』な豪邸が瞬く間で建つ。モルタルの乾燥を待つ時間など、彼女の辞書には存在しない。

 

 文明人の常識の枠を遥かに越えた御業。アレックスからすればそれは息をするように当たり前の日常だが、千空たちからすれば『ヤベェ』の一言に尽きるだろう。つまりは、そういうことである。

 

 時は流れて夕方。水平線に沈む太陽が、空と海を茜色に染め上げる頃、ついに石鹸のクラフトが無事完了した。

 

「バイ菌を浄化して命を守る石鹸。これこそ医者がわりの命の石──ドクターストーンだ!」

 

 千空が高らかに宣言する。石鹸の完成に、乙女である杠はとりわけ歓喜した。彼女は完成したばかりの石鹸を大切そうに抱え、早速体を洗いに川の方へと駆けていった。護衛として、大樹も彼女に付き添う。

 

 二人の背中を見送った後、アレックスは一人、ツリーハウスのバルコニーにいた。手には、自ら発見したブドウでクラフトしたワインがある。

 

 今日も空は綺麗だ。燃えるような夕焼けが、ワインのルビー色をさらに深く彩っている。不思議なことに、今日の酒はいつも以上に進む。グイグイと喉を通る液体に、心地よい酩酊感が頭を包み込む。

 

 おかわりしよう。そう思って土器の瓶に手を伸ばし、ふと己の視線を下に落とした時だった。

 

 眼下の地面で、司と千空が向き合って何かを話しているのが見えた。ただならぬ気配を感じ、アレックスはワイングラスを傾けつつ、そっと聞き耳を立てる。

 

「千空、君は本当に素晴らしい男だ」

 

 司の低い声が、夕闇に響く。

 

「あ?」

 

「君より頭のキレる男を、俺はこれまでの人生で見たことがない。…うん。尊敬するよ、心からね」

 

「尊敬、か。生憎だがな、目の前で男を褒める男はな」

 

 千空は鼻で笑い、挑発的に言い放った。

 

「下心だらけの腹黒タヌキって、百億万年前から相場が決まってんだよ。…回りくどいのはナシだ。何が言いてぇんだ、司?」

 

 地球に生命が誕生する遥か前から決まっていたとは初耳だ。千空らしい言い回しに、アレックスは口元を緩めながら四杯目のワインを注いだ。

 

「フフ、困ったな。ただ……」

 

 司は一瞬言葉を切り、どこか遠くを見るような目をした。

 

「近代文明…いや、このストーンワールド以前に存在した現代文明を──君ならゼロから作れてしまうかもしれない。そこに常識外れの力を持つ“創造主”アレックスもいれば、それは確実に可能だと。…うん、ふとそう思っただけだよ」

 

「…クククッ、そうかよ」

 

「…フフ、そうさ。そんなに深い意味は無いよ」

 

 千空を褒め称える司。その言葉の裏を読み、警戒を強める千空。表面上は穏やかな会話だが、その間に流れる空気は張り詰め、まるで薄氷の上を歩くような緊張感を孕んでいる。

 

(おや、雰囲気が穏やかではないような…え、何。これ、どういう状況…?)

 

 酔いの回った頭でアレックスが事態を分析しようとした、その時だった。

 

「いやぁ〜、最高に良かったですなぁ〜! 石鹸、ありがたやありがたやです!」

 

「だな! サッパリしたぞ!」

 

 森の奥から、ピカピカになった杠と大樹が帰ってきた。その明るい声が、二人の間に漂っていた重苦しい空気を一瞬で霧散させる。

 

「文明ってのは、こうやって一つずつ出来上がっていくんだな!」

 

「ああ、一歩一歩な。ジワジワ迫ってんぜ──近代文明にな」

 

「ワオ!」

 

 無邪気に喜ぶ二人を見ながら、アレックスはふと、以前杠から受けた純粋すぎる質問を思い出した。

 

『アレックスさんって、時々しかお風呂に入ってないのに…どうしてそんなにも良い匂いがするの?』

 

 あの時の杠は怖かった。可愛らしい満面の笑みなのに、目は全く笑っていなかった。背後から無音で忍び寄るクリーパーの爆発音を聞いた時くらい、背筋が凍る思いをしたものだ。

 

 言えない。実はマインクラフターの身体は汚れが付着しない仕様だとか、インベントリに入れ直せばリセットされるとか、そんなメタなことは口が裂けても言えない。

 

「千空!」

 

「あ?」

 

「貝殻の使い方は4つあるって言ってたよな?」

 

 大樹のトンチンカンな発言に、アレックスは現実に引き戻される。

 

(ちなみに前世では毎日お風呂に入っていたし、体もしっかり洗っていた。そこは誤解なきよう頼むぞ)

 

「いや、3つだぞ? ナニ言ってやがる、デカブツ」

 

「あれ、そうだったか? 記憶も雑だなぁ、オレは! フッハハハハ!」

 

「もぉ、大樹くんったら。ボケるの、まだまだ先でしょう〜?」

 

「…うん、そうだったね」

 

 司も会話に加わり、場は再び和やかな空気に包まれる。そんな中、アレックスは見ていた。司の瞳の奥に宿る、冷たい光が消えていないことを。

 

(さて、考えるのはよそう。今は美酒に酔う時だ)

 

 アレックスはなみなみと注ぐと、五杯目となるワインを口に運び、夜の訪れと共にその芳醇な香りを愉しんだ。




「」でのセリフはアレックス基本的にありません。混乱を避けるためです。これは今話よりスタンダードとなりますので、ご了承ください。

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