クラフトは不滅である   作:最高司祭アドミニストレータ

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このストーンワールドは、自由だ…。

「ダダダーン! ダダダッダダッダー!!」

 

 本日も晴天なり。本日も晴天なり。当初は鼻歌程度だったが気分が高揚するあまり、今や声高らかに歌っている少女。その正体は転生者にして、マインクラフターのアレックス。つまり、このわたしである。

 

 現在、絶賛散歩中。サバイバル生活の息抜きに、誰もいない森の中を歩くのは、存外悪くない。

 

「ダッダダーン! ダッダダダー!!」

 

 わたしが口ずさんでいるのは、前世で一世を風靡した人気の歌姫の曲だ。日本人で初めて全米チャート1位を獲得し、世界中にその名を轟かせた彼女の歌声は、今もわたしの記憶の中で鮮やかに響いている。

 

「…おや?」

 

 サビの最後のフレーズに差し掛かろうとした、その時だった。わたしの視界の端に、何かが引っかかった。

 

「…ふむ」

 

 それは一体の石像だった。石化現象とやらで石に変えられてしまった人間。まあそこら中にあるものだ。珍しいものではない。中には地面に頭から突っ込んで犬神家の一族みたいになっている可哀想な石像だってあるし。

 

 しかし、何故だろう。目が離せない。この石像から目が離せないでいる。まるで磁石のように、わたしの意識を引きつけて離さない。大樹の時と同じだ。何かを訴えかけるように、伸ばされた手。その指先が、わたしを呼んでいるような気がする。

 

「さて、掘り起こすとしますかね」

 

 直感に従うのが、マインクラフターの流儀だ。わたしはインベントリからシャベルを取り出すと、その不思議な石像の元へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。美しい海が見渡せる白い砂浜に、二人の少年がいた。

 

 一人は司。霊長類最強の高校生と呼ばれる男は、波打ち際の浅瀬に立ち、足元のピンク色の貝殻を拾い上げて、静かに見つめていた。その表情はどこか物憂げで、遠くを見ているようだった。

 

 もう一人は千空。砂浜にある適当な岩に腰掛け、目を閉じている。いつもの不敵な笑みは今はなりを潜め、ただ静かに波の音に耳を傾けている。

 

 司は千空をここに誘った。

 千空は司に誘われてここに来た。

 

 波の音が、二人の間の沈黙を埋めていく。

 

「…」

 

「…」

 

 永遠に続くかと思われた沈黙。それを破ったのは、司だった。

 

「──このストーンワールドは、自由だ…」

 

 千空は何も答えない。ただ黙って聞いている。

 

「貝なんて誰のモノでもない。海だって土地だって…ね」

 

 千空はゆっくりと目を開け、その瞳を司に向けた。

 

「昔──」

 

 司は静かに語り始めた。それは彼自身の過去にまつわる悲しい物語だった。

 

 かつて、一人の貧しい少年がいた。彼は手術を目前に控えた妹のために、海の砂浜で綺麗な貝殻を集めていた。妹は人魚姫のお話が大好きで、彼女のために自分だけの首飾りを作ってあげようとしたのだ。

 

 そこへ、一人の男が現れた。この辺りの漁業権を持つという中年の男だった。酒臭い息を吐きながら、男は少年に言った。

 

『貝を集めていただ? ハッ! 違うだろ? 貝を盗んでんだよ!!』

 

 理不尽な言いがかりだったが、少年には反論する術も力もなかった。男は容赦なく、少年を殴りつけた。顔の形が変わるほど執拗に殴り続け、少年は泥にまみれて倒れ伏した。痛みよりも、妹を人魚姫にしてあげられなかった無念さが胸を締め付け、少年はただ泣いた。

 

 千空は無言のまま、その話を聞いていた。話が終わり再び波の音だけが響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……かに思われた。

 

「…ッ!!」

 

 怒り。

 憎しみ。

 忌避。

 

 どす黒い負の感情が、一瞬にして司の端正な顔を歪める。彼は手の中の貝殻を握り潰すと、目の前にある中年の男の石像を迷うことなく殴りつけた。

 

 

 ドゴォッ!! 

 

 

 鈍い音が響き、石像の首から上が綺麗に弾け飛ぶ。宙を舞ったその頭部は無残な音を立てて、千空の足元に転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 ほいさほいさ。マインクラフターの能力を使わずに自分の手で土を掘るなんて、転生してからあんまりなかったな。土の匂いとシャベルが石に当たる感触。この地道な作業も悪くない。

 

 もう少しだからな、待ってろよ。何故か目が離せない、不思議な石像よ。

 

 

 

 

 

 

 

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「わかってやってんだろうなァ? 司ァ! テメーは今人間一人ブチ殺したんだぞォ?」

 

 千空の声には、明らかな非難の色が混じっていた。彼は足元に転がる石の頭部を見下ろし、冷ややかに言い放つ。

 

「フフッ、わかっているさ。勿論。君の言葉を借りるなら──100億%ね」

 

 司は朗らかに笑った。その笑顔には、一点の曇りもない。まるで雑草を抜いたかのような、清々しささえ感じられた。

 

「千空」

 

「あ?」

 

「君は、心の汚れた年寄り達まで助けるつもりなのかい?」

 

 司は問いかける。確かに復活液で助ければ、彼らは感謝するだろう。最初は塩らしく、頭を下げるかもしれない。

 

 だが、それは最初だけの話だ。

 

『そこは俺の土地だぞ』

『既得権益を侵害するな』

『財を寄越せ』

『税金! 税金だ! 税を寄越せ!』

『ヒィー! 儂をイジメるなァー!! 老人虐待だ!!』

『頭を垂れて蹲え平伏せよ』

 

 文明が戻れば必ず、既得権益にしがみつく老いた金持ちや権力者たちは、こうやってまた若者から未来を奪い取るだろう。

 

「目に見えることだ。だから──」

 

 司は背中の槍を握り直し、千空に向かって一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 もう少しもう少し…。顔が見えるまで、あと少しだ。わたしの首元で揺れるピンク色の貝の首飾りも、足元で見つけた四葉のクローバーも、頑張れと応援してくれている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

「──もうそんな世界に戻しちゃいけない」

 

 司の声には確固たる信念が宿っていた。助けたとして、この未来は避けられない。

 

 大人の汚さ。

 権力者の横暴。

 持てる者の搾取。

 

 未来ある若者から、また大人はすべてを奪っていくのだ。

 

「このストーンワールドは汚れも無い楽園だ。純粋な若者だけを復活させて、誰のモノでもない自然と共に生きていく。これは、人類を浄化するチャンスなんだ」

 

 純粋無垢な少年のように笑う司は、千空に同意を求めるように告げる。

 

 ──君もそうは思わないか? 千空。

 

「…」

 

 千空は答えない。沈黙を肯定と受け取ったのか、それとも拒絶と受け取ったのか。司は足元のもう一体の石像──中年の大人の石像に近づき、その腕を大きく振り上げた。

 

 この汚れた大人の頭部を破壊し、新しい世界の礎とするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 よし掘り起こし完了! さぁて、どんなお顔をしているのか、拝見と行こうじゃあないか。

 

 土を払い、石像の顔を露わにする。

 

 …えっ、先生? 

 

 わたしは目を擦って、もう一度よく見てみる。見間違えるはずがない。その特徴的な顔立ちは、恩師シルファその人だ。

 

 …せっ先生だァァァアアー!?!? 

 

 なぜこんなところに。驚きと喜びが、同時に押し寄せる。早く千空に知らせないと…!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 ドシッ! 

 

 振り下ろされようとしていた司の豪腕を、千空の手が掴んで止めた。物理的には到底止められるはずのない力差だが、その気迫が司の動きを止めたのだ。

 

「…千空、なぜ止めたんだい?」

 

 司は静かに問いかける。その声には、純粋な疑問とわずかな苛立ちが混じっていた。

 

「クククッ…」

 

 千空は喉の奥で笑った。まるで、恐怖など微塵も感じていないかのように。

 

「…」

 

 司の鋭い眼光が千空を射抜く。それは獲物を狙う、猛獣の目そのものだった。

 

「ぜんっぜん1ミリも思わねぇなァ〜」

 

 千空は司の理想を一笑に付した。若者だけの楽園。既得権益のない、浄化された世界。そんな甘美な言葉は、彼には響かない。

 

「…」

 

「俺は、メカやら宇宙やらドラえもんやらに唆りまくりの──テクノロジー大好き科学少年なもんでな」

 

 ニヤリと、千空は不敵な笑みを浮かべる。その瞳には、一切の迷いも恐怖もない。あるのは、ただ揺るぎない信念だけだ。

 

「科学の力で人類全員もれなく助けてやるよ」

 

 この瞬間、二人の理念が交差し──決定的に衝突した。

 

 司の理想は、『純粋な若者だけが、自然と共に生きていく楽園』。

 千空の理想は、『科学の力で、善人も悪人も含めた全人類を救うこと』。

 

 つまりは──決別の証明。相容れない対立を意味していた。

 

「…」

 

 司は無言で千空を見下ろす。その全身から放たれる威圧感は、肌を刺すほどに鋭い。

 

「年寄りとか関係なくな。クククッ!」

 

 千空は挑発するように不敵に笑い続けた。

 

(相当ヤバェぞコイツはァ…!!)

 

 しかし、その内面では冷や汗を流し苦笑いを浮かべていた。千空の目的は、文明を復興させることにある。人類の選別や浄化ではなく、ただ純粋に人類を助けたいのだ。対して、司のそれは明確に大人たちを憎悪している。

 

 確かに大人の中には、救いようのないダメな奴はいる。腐った権力者もいるだろう。だが、いくらなんでも、独断での人類浄化は度が過ぎている。それは、ただの虐殺だ。

 

 助けるのだ。全人類七十億人を。唆るじゃないか、これは。千空が再び決意を固め、司という最強の壁に立ち向かおうとした、その時だった。

 

「お〜い!」

 

 張り詰めた空気を切り裂くような、間の抜けた明るい声が響いた。

 

「アレックス?」

 

「うん?」

 

 千空と司は、同時に声のした方へ振り向いた。そこにはこの殺伐とした状況など露知らず、手を振りながら走ってくる少女の姿があった。

 

「やったぞ、わたしはやったぞ! 千空! 司!」

 

 息を切らせて、二人のもとへ辿り着いたアレックス。彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 

「先生を見つけたんだ!」

 

 言うが早いか、アレックスは何もない空間に手を突っ込みそこから一体の石像を取り出した。手品のように現れたその石像を、彼女は両手で大切そうに抱えた。

 

 司が目を丸くして、その超常現象を見つめている。無理はないと、千空は肩を竦めた。自分も最初は、そうだったのだから。

 

「クククッ、よかったなァ。担任が見つかって」

 

「ああ!」

 

 はしゃぎ過ぎだろコイツと、千空は呆れた。しかし同時に、張り詰めていた神経が少しだけ緩み、自然と笑みが零れた。

 

 無邪気にキャッキャするアレックスの姿は、底知れぬ闇を抱えた司と比べれば、なんと平和で可愛いものか。能力こそ創造主などという規格外のものだが、彼女には人類浄化などという物騒な思想は微塵もない。その単純明快さが、今はただホッとする。

 

 それとだ。アレックスがなぜ自分と同じ高校に通っていたかは不明だが、その天真爛漫な姿はクラスでも人気があった。サボり魔という点も含めて、愛すべき変人だった。

 

「アレックス」

 

「ん?」

 

「…あ〜と、その」

 

「はい?」

 

 千空は少し気まずそうに視線を落とす。能力が創造主なだけで、彼女は人間なのだ。今まで散々人間じゃないとか人外だとか言ってきたが、それは訂正すべきかもしれない。彼女はこのストーンワールドで、共に戦う大切な仲間なのだ。仲間に対して、化け物扱いは失礼だったのかもしれない。

 

 落としていた視線を上げ、アレックスの瞳を真っ直ぐに見つめる。素直に謝罪と感謝を伝えようとした、まさにその時、彼女の口が勢いよく開かれた。

 

「千空千空! そんなことよりも──」

 

 アレックスは目を輝かせて、とんでもないことを口走った。

 

 

 ──先生を復活させよう! 

 ──それにほら、洞穴の奇跡の水が溜まってたんだ! 

 ──さぁ千空、復活液をクラフトしよう! クラフトの時間だァァアア! フゥー!! 

 

 

 時が止まった。千空の思考も止まった。

 

「その奇跡の水ってのは何だい?」

 

 司が興味深そうに、身を乗り出した。その瞳の奥で鋭い光が揺らめくのを、千空は見逃さなかった。復活液の原料である硝酸。その在り処という科学王国にとっての最重要機密が、今最も警戒すべき男に筒抜けになった瞬間だった。

 

 …訂正。やっぱり謝罪も感謝もしない。前言撤回だ。

 

(こんの、バカかテメーはァァー!!!)

 

 衝撃のあまり、白目を剥いて変顔になり絶句する千空。彼はガクリと、その場に崩れ落ちるように肩を落とした。あまりの脱力感に、立ち眩みすら覚える。

 

(あれわたし何かやっちゃいました?)

 

 千空から般若のような形相で見られているアレックスは、訳が分からず不思議そうに首を傾げた。その無自覚な行動が、自分たちを窮地に追い込んだことになど、露ほども気づいていなかった。




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