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さぁ、いよいよ先生が復活を遂げますよ!
先生の復活
「何をしてるんだい? 千空」
背後から掛けられた穏やかな声に、わたしは心臓が止まるかと思った。振り返れば、ライオンの毛皮を羽織った司が立っていた。その手には、手製の槍が握られている。
「浜辺で言ったろ。『ありがたーく拝ませてやるよ楽しい科学の人類復活ショーをなァ』…てな。今やってんのは、復活液をクラフトしてんだ」
千空は一切動じることなく、淡々と答えた。その肝の据わり方には感心するが、今はそれどころではない。
「司! 復活液をクラフトするにはな、奇跡の水が必要なんだぞ!」
大樹が余計なことを口走る。バカ正直にも程があるだろう。
「クククッ、デカブツの言う通りだぜ。長ったらしい説明は後でしてやるよ」
千空も否定しない。むしろ肯定してしまった。
「…奇跡の水、か」
司の目が一瞬だけ鋭く光ったのを、わたしは見逃さなかったが、それよりもだ。
よ〜し先生。今な、復活液クラフトしているんだ。だから待っててくれ。必ず復活させてみせるから。スッポンポンだった先生の石像には、すでにわたしがクラフトした衣類を着せてある。準備は万端だ。
「なんだこりゃ復活液一名様ぶんにギリ足りねぇじゃねぇか」
千空がわざとらしく声を上げた。千空よ。その器、どう見ても足りてますよね? その発言嘘ですよね? えっ、なんでそんな分かりやすい嘘を?
わたしはジト目で千空を見つめるが、彼は気にする素振りも見せない。
「デカブツ」
「ああ!」
「〈しりとり〉して待っててやるから、とっとと言ってこい」
「わかった! 今すぐ行ってくる全速力でだー!」
千空の意図は不明だが、大樹は疑うことを知らない。元気よく駆け出そうとする彼に、わたしは内心で手を振った。全然足りてるけど行ってらっしゃい。
「おお!?」
しかし、大樹の体は前に進まなかった。司がその肩をガシリと掴んだからだ。
「なら一番速い俺が行くよ。だからその──奇跡の水の場所を教えてくれないか?」
その言葉に場が凍りついた。確かに純粋な脚力で言えば、司は一番速い。わたしのスピードのポーションには及ばないだろうが、それでも常人の域を遥かに超えている。
千空は短く場所を教えた。司は一礼すると、風のように洞窟へ走っていった。
「…っと。行ったか? 司は」
「あっという間にな! 流石の速さ…ぬあッ!?」
司の姿が見えなくなるや否や、千空は大樹の手から容器をひったくった。
「速攻で復活液クラフトして、ソッコーで生き返らすぞ! 司がいねぇ間になァ!」
大樹の言う通り、あっという間の速さだったな。しかし千空よ。奪い取ることは無いだろうに。急ぎ過ぎだろ、どうしたんだ?
「どういうことだ!? さっきギリ足りないって…?」
「サイズミスる訳ねーだろが。足りてるわ100億%な」
「じゃあなんで司に行かせたんだ?」
大樹の疑問は最もだ。研究室の外で警備──『戻り次第司を"無力化"せよ』という、物騒な任務を帯びている──しているわたしも、同じ疑問を持っていた。
「諸刃の餌だ。司に場所バラしてでも、アレックスの担任の復活前まで──司を排除しておきたかった」
千空の言葉に、冷ややかな理性が宿る。
「なんでだ!? 司はイイやつじゃないか?!」
大樹が食い下がる。わたしも同感だ。わたしのクラフトを素直に褒めてくれた司は、イイ奴である。マインクラフターのアレックスが、保証しようではないか。わたしは腕を組んで、うんうんと深く頷いた。
「文明復興の方が超絶──唆るに決まってるじゃねぇか」
千空は答えをはぐらかす。
「…千空くん何かあったの? うんうん──何かあったんだね。浜辺で」
杠が心配そうに、千空の顔を覗き込む。彼女の勘は鋭い。
「ああ、ちと話をな。ほぼ一方的だったがなァ」
「教えてくれ千空! 何があったんだ?」
なにそれ気になる。研究室に入って詳しく聞きたい。だが我慢する。わたしには仕事があるのだ。
「じゃ手短に言うぜ。耳かっぽじって聞きやがれよ、テメーら」
「うん!」
「ああ!」
少しでも変な動きがあれば、司を無力化しちゃいましょうという仕事がある。持ち場を離れたらダメなんだ! わたしは聞き耳を立てながら、警備を続けた。
「…獅子王司は善い奴で──ストーンワールド初の人殺しだ」
「なんと!? 誠でありますか!?」
「人殺しだと!? あの男がか!?」
研究室の中から、悲鳴のような驚きの声が聞こえてきた。なるほど。善い奴で人殺しか…。
…そんなに驚くことかな? というか、さして珍しくないのでは? わたしだって人を殺しているんだぞ? 村人だけど。
今でも鮮明に思い出せる。製鉄所を作りたかったから、村人をトロッコで強制的に招待したものだ。増えすぎて重くなったから──トロッコごとマグマダイブさせて、間引きしたんだっけか。
…ん? あれっ、状況的にゾンビがゾンビ村人にしたから、別にわたしは直接殺していないか。セーフセーフ。
「ソッコーでアレックスの先生叩き起こすぞ!」
千空たちが外に出てきた。手には完成した復活液がある。先生の石像のもとへ駆け寄ると! 杠がバシャッと復活液を降り掛けた。
変化は直ぐに訪れた。石像の表面に、ピシリと亀裂が入る。
パキ、パキパキッ……!!
カスケードを起こして一気に全身に波及し、石化が解除され──中から懐かしい姿が現れた。先生は3700年の時を超えて、復活を果たしたのだ。
「ワシは確か…ん? …あ、アレックス!?」
先生だ。先生だァァアア…!!
「ちょ急に抱きつくでないぞ?」
懐かしさと安堵で胸がいっぱいだ。わたしはたまらず抱きしめた。先生久しぶり! 3700年ぶりだな!
「そっ、そんなに経過していたのか。…ところで、後ろの少年と少女は?」
先生が困惑しながら千空たちを見る。わたしは胸を張って答える。
仲間。あとは…友達?
紹介しよう。千空と杠だ。
「!? ボッチだったアレックスに友達じゃと…!?」
失礼な。侮辱された気がする。先生そうなんでしょう? 遠回しに侮辱してるんでしょう? 確かにボッチだったけども。事実だけども。
「そんな訳なかろう! …ワシはワシはな…嬉しいんじゃぞ!」
先生の目から涙が溢れ出した。えっ、泣くほど? わたし困惑。どうすればいいの…?? とりあえず、インベントリからハンカチを取り出して渡す。涙を拭いてくれ。
「気遣いも出来るなんて! うぅ…!」
気遣いしちゃダメなのか…? わたしの評価低すぎないか?
「うぅ…! 本当にアレックス本人なのか…!?」
おいコラ。いくらなんでも失礼にも程があるぞ。
「再会トークのトコ悪いがなァ」
千空が割って入る。
「なんじゃ千空とやら! 感動の再会に水を差すな! 余程な事でなければ…!!」
怒った。千空先生に怒られている。彼は全く平気な顔をしているが。ちなみに先生の名はシルファ。女性だ。なお胸は杠クラスである。
「殺人者がやって来る」
「一大事ではないか!?!?」
シルファ先生即答。正確には戻ってくるのだが、目覚めたばかりの先生には預かり知らぬことだ。
「即決めろ」
「なっ、何をじゃ?」
「道は2つどっちか選べ」
千空は二つの選択肢を提示する。
プランA──今すぐ逃げて、どこか遠くで生きていく。
プランB──全員で戦って、司の殺人を止める。
「司…あの霊長類最強の高校生か!」
「目覚めたのは最近で殺したのも最近だ」
「なっなんと…ッ」
聞くに司は大人──中年男性の石像を破壊したとのことだ。あんなに朗らかで、良い人そうに見えるのに…その感性を疑わざるを得ない。
「止めるに決まってるのじゃ! 大人としての責務じゃ!」
「プランBに決まってるだろ!」
「私もだよ千空くん! 殺すのは悪いことだからね!」
わたしも深く頷く。リスポーン出来ないんだ。村人のようにパンを与えれば、直ぐ増殖する訳でも無い。殺しは絶対ダメである。
「クククッ、話が早くて大変おありがてー。テメーら、文明の武器で司の奴を止めるぞ!」
「「「オー!!」」」
流石は先生。目覚めて間もないというのに、驚くべき適応力でもう千空たちと溶け込んでいる。
「もし本当に人を殺しているのなら…!」
「そうだな杠! 止めないとは!」
わたしも決意を固める。人間ヤメてる判定して悪いな司。だが、霊長類最強といえども──所詮は人間。物理法則を超越したマインクラフターに力及ぶ訳ないわ…!
「また創造主を…む? …あ、アレは!?」
アレとは…? 皆してどうしたんだ? わたしの後ろを凝視して…えっ、司いるの? パッと振り返り、即座に石剣を構える。
「殺してるって言うのは、捉え方の問題だね」
距離は近くない。至近距離ではない。かといって遠くもない。
「──間引いているんだよ。新しい世界のためにね」
一歩一歩こちらに近づく司の手からは、砕けた石像の破片がサラサラと溢れ落ちていた。
「こやつ本当に…ッ!」
ふむ。どうやら、殺人を隠すつもりなど毛頭ないらしい。彼の中では殺人ではなく、正義の執行なのだと解釈すべきか。なんであれ、司は完全に敵だな。
「千空…もしもの時は杠を頼む。司は俺が止める!!」
「待って大樹くん! ライオンを素手で倒せる高校生が相手なんだよ? 行かないで!」
杠の言う通りだ。
「オオー!!」
「大樹くんー!!」
聞く耳持たず、大樹は素手で突撃した。バカだ。装備も何もかも無しで、アイアンゴーレムに挑むようなもの。勝敗は目に見えている。
…だが、わたしを忘れてもらっちゃあ困る。司のような近接特化型に挑む時は、何も剣で挑むだけが能ではない。こんな時は遠距離からチクチク削るに限る。
「一瞬で変わった!? アレックスはマジシャンじゃないのに…!?」
「あはは…」
クロスボウでなァ…! わたしはインベントリからクロスボウを取り出し、装填する。
「クククッ、コイツを使わせやがって…!」
千空も壺から武器を取り出す。わたしと同じクロスボウであった。
クロスボウ発射ァー!
二つのクロスボウから二本の矢が、唸りを上げて発射される。フッ、勝ったな。後で、勝利の祝杯に風呂でもクラフトしよう。
「フッ…!」
「ぬお…!?」
「大樹くん!」
「クククッ、矢を掴みやがったぞ…!」
…ダメでした。嘘だろ、人間技じゃない。
「俺の蹴りを受けて倒れなかった人間は、君が初めてだよ」
クロスボウの矢を素手で容易く掴めたのも、君が初めてです。おかしいだろ。時速二百キロだぞ? マインクラフターでさえ、避けるのは至難の業だというのに…。
「──うん。それ以前に、君は今攻撃が出来なかったんじゃなくて、する気がなかった…どうしてだい?」
「俺は人を殴らん! だから、俺をいくら殴っても蹴っても構わん!」
……?
「その代わり石像を壊すのをやめろ!! 人を殺すのは悪いことだァァアア…!!」
なんで服を脱いで胸を見せびらかしているんだ、このデカブツは…?
「…大樹。君の主張を整理すると、『自分は手を出さず殴られ続ける。よって石像は壊すな』…そういう事かい?」
「そういうことだ!」
「…意味が分からない。なんの取引にもなってない??」
珍しく司が困惑している。わたしも完全に同意見である。
「大樹くんらしいね…」
「だなァ」
「ドMかの?」
「「それはない」」
「…すまん」
驚きを通り過ぎて呆れるしかない。
「もし君が邪魔するなら──」
司の纏う空気が変わった。わたしは身構える。千空たちも同様だ。
「復活したばかりの──その銀髪の少女を殺すと言ったら?」
「儂は大人じゃ!」
シルファ先生はカッとなって叫んだ。
「?」
…身構えを思わず解いてしまった。
「おと、な…? 君が大人だって?」
「そっそうじゃぞ! よく聞くのじゃ! 殺しは──」
司は先生を、上から下までジロジロと見る。その視線に殺気はない。むしろ…。
「ヒドい目に合わされていたんだね…ッ」
「違うわ!?」
司が先生に向ける視線は──哀れむような悲しいようなものだった。司の瞳を見てみると、何故か優しい火が灯っていた。
「大人め…!」
「儂がそう!」
「大丈夫だよ。俺が何とかするからね」
「だからワシがその大人なんじゃけど!?」
「大丈夫、大丈夫だから…ッ」
「やっ、やめんか。そんな目がワシを見るな…!!」
なんかこの人、怖いんだけど。視線が妹に向けるそれなのもそうだが、司の大人発言に対する圧が強すぎる。完全に自分の世界に入っている。
「だっ、大樹くんー!! 大樹くん大丈夫!?」
シスコンの司ってあだ名を名付けようか迷っていた時、大樹が口から泡を吹いて倒れた。
「こりゃ安静にしときゃいけねぇな。ぐっすり寝とけよデカブツ」
ちなみに大樹は先生を庇って、司の一撃を受けていたようだ。タフすぎる。
「…うん、仲間割れはやめよう。自分のやるべき事をやろう。だから──俺の邪魔はさせない」
そう言い残すと司は自分たちに背中を見せ、再び森の中へと消えていった。その背中は孤独で、そしてあまりにも強大だった。
■□■□■□
司が森の奥へと姿を消した直後、千空の号令一下で迅速な撤収作業が始まった。それは単なる引っ越しではない。あの鋭い洞察力を持つ、司を欺くための周到な偽装工作だ。
愛着のあるツリーハウスや研究室を、あえて荒らすという行為に、アレックスは少なからず心の痛みを覚えた。自らの手で築き上げた文明の第一歩を、自らの手で汚すのだから。だが、感傷に浸っている場合ではない。これは生存戦略なのだ。
室内に不要なガラクタを派手に散乱させ、外の地面には全員で踏み荒らして、乱れた足跡を無数に刻み込む。パニックに陥り慌てて、逃げ出したかのように。あるいは、何者かに襲撃され壊滅したかのように。
「畑の作物も、一本残らず回収だ。司への兵糧攻めも兼ねてな。あっちにとってはただの雑草にしか見えねぇだろうが、念には念をだ」
千空の指示は徹底していた。丹精込めて育てたジャガイモ畑は、あっという間に更地となる。そしてそれら膨大な物資の全ては、アレックスのインベントリへと次々に吸い込まれていった。
食料も素材も貴重な道具も。本来なら大八車が何台あっても足りない量だが、マインクラフターである彼女にかかれば重量など存在しないに等しい。ただ、アイテムスロットが埋まるだけのことだ。
「便利すぎるのじゃ…。四次元ポケットも真っ青じゃな」
復活したばかりのシルファが呆れたように呟く。アレックスは無言でサムズアップを返した。これぞ創造主の特権である。
全ての準備は整った。住み慣れた拠点は、今や見る影もなく荒れ果てている。が、彼らは前へ進まなければならない。圧倒的な武力に対抗するための、文明の武器を手に入れるために。
「目指す目的地は──箱根だ!」
千空が力強く宣言する。その瞳は、既にはるか遠く地図のない荒野の先を見据えていた。
箱根。火山の恵みあふれるその地で、火薬の原料を手に入れる。それが霊長類最強の男に対抗し得る、唯一の科学の刃となるはずだ。
「行くぞテメーら! 科学王国のご移動だ!」
「応!」
アレックスたちは拠点を捨て、その場を後にした。振り返ることはない。新たな冒険の幕開けと共に、一行は未踏の地へと力強く足を踏み出したのだった。
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