クラフトは不滅である   作:最高司祭アドミニストレータ

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科学の武器の原料/全ては彼女の為に•••

「クククッ、着いたぜ。疲労回復液に浸かる場所になァ」

 

 千空の声に、疲労困憊の一行が顔を上げた。わたし達の目の前に広がっていたのは、湯気を上げる天然の温泉だった。白濁したお湯がこんこんと湧き出し、硫黄の香りが鼻腔をくすぐる。

 

「温泉だー!」

 

 大樹が両手を上げて叫ぶ。その声の大きさは、まるで山全体を揺らすようだ。

 

「ほうほう!」

 

 シルファ先生も目を輝かせている。

 

「ワオ! 富士山も綺麗に見えますなぁ〜」

 

 杠がうっとりと呟いた。湯船の向こうには、雄大な富士山がそびえ立っている。まさに絶景かな、というやつだ。

 

 彼らがこれほどまでに喜んでいる理由。それは単純明快、目の前に極楽があるからだ。

 

 わたし自身はといえば、正直そこまで飛び上がるほどではない。マインクラフターであるわたしにとって、お風呂は必須の生理現象ではないからだ。清潔さを保つためなら、インベントリに入れ直せば済む話だし。かといって、嫌いというわけでもない。温かいお湯に浸かるのは、精神的なリフレッシュにはなるからだ。

 

 しかし、女性陣の反応は桁違いだった。シルファ先生と杠。二人の女性は、男性陣よりも遥かに、それこそ涙を流さんばかりに喜んでいた。

 

 理由は、痛いほどよく分かる。文明が滅び、ストーンワールドとなってからというもの、彼女たちは一度もお風呂というものに浸かっていないのだ。毎日川の水で体を拭くのが精一杯。髪を洗うのも一苦労だっただろう。

 

 お湯に浸かると体が芯から温まり、血管が拡がって血の巡りがよくなる。体に蓄積された疲労物質の排出が促進されるし、何より筋肉や靭帯のこわばりがほぐれて、旅の疲れや痛みが軽減する。

 

 つまりは、極上のリラックスタイムなのだ。冷たい川の水浴びだけじゃ、乙女たちの心と体は満たされないのである。

 

「う、うぅ…! 神様、感謝します!」

 

 杠が両手を組んで天を仰ぎ、感極まって涙ぐんでいる。

 

「杠、涙を流すでない。貰い泣きしそうじゃ…!」

 

 先生も目頭を押さえている。感動のあまり、言葉も出ない様子だ。

 

「よかったな、杠!」

 

 大樹に至っては、喜びのあまり小躍りしている。彼もまた、愛する杠が喜ぶ姿を見られて幸せなのだろう。

 

 …その光景を見ながら、わたしは少しだけ複雑な気分になる。お願いして、欲しかったなァ。なんの為のマインクラフターなのか。わたしに頼んでくれれば、五右衛門風呂でも檜風呂でも、ジャグジー付きのプールだって一瞬で作ってみせたのに。そうすれば、もっと早く彼女たちを笑顔にできたはずなのに。

 

 不甲斐なさと寂しさで、ちょっと泣いちゃいそうだ。

 

「お前も泣くなよ、アレックス」

 

 千空が呆れたように声をかけてくる。違うんだよ千空。君はわたしが「久しぶりのお風呂に入れて嬉しい」から泣いていると、勘違いしているだろう。察して欲しかった。千空、君は鈍感じゃない筈だろう? 大樹と杠の甘酸っぱい恋路をニヤニヤしながら応援している君が、こんな時だけ鈍感な訳がない。

 

 その時、杠がわたしの方を向いた。その瞳は、まるで救世主を見るかのように輝いている。

 

「アレックスさん! いや、アレックス様! 垣を作っていただけないでしょうか!」

 

「そうじゃ! どうか、どうかお願い致しまする! 創造主さま!」

 

 先生まで、両手を合わせて懇願してくる。急に敬語とは…。お風呂の魔力、恐るべし。

 

 …フッ、仕方ない。

 可愛い下界の者たちよ。願いを聞き届けようではないか。

 

「頭を垂れて蹲え、平伏せよ」

 

 わたしは尊大な態度で命じた。

 

「「ハハァ!」」

 

 二人は躊躇なくその場に平伏した。ノリが良すぎる。

 

「しばし、そのままにしておれ」

 

「「ハハァ!」」

 

 わたしはインベントリからオークの木材を取り出し、作業を開始する。垣の作り方は、至ってシンプルだ。木材ブロックを積み上げ、該当の温泉を中央で二分割する。これだけで、男女別の露天風呂の完成だ。隙間なくブロックを配置すれば、覗かれる心配もない鉄壁の防御となる。

 

 ものの数秒で作業は完了した。

 

「出来たから、声を掛けないとな」

 

 わたしは満足げに頷き、平伏している二人に声をかけた。

 

「下界の者たちよ、顔を上げよ」

 

「こ、これは…!?」

 

「ありがとうございます!」

 

 目の前に出現した立派な仕切りを見て、二人はキャッキャと歓声を上げてはしゃぎ出した。まるで修学旅行に来た女子高生のようだ。いや待て、杠は現役の女子高生(石化期間を除く)だが、シルファ先生は…乙女と呼ぶには少々、実年齢g…

 

「どうかしたかの? アレックス」

 

 背後から冷気を感じた。恐る恐る振り返ると、先生が満面の笑みで立っていた。だが、その目は全く笑っていなかった。

 

「い、いえいえ! なんでございませんよ、はい!」

 

 わたしは反射的に直立不動の姿勢を取り、背筋をピンと正した。

 

「うむ、そうか」

 

 先生は満足げに頷き、タオルを持って女湯の方へと消えていった。

 

 …ふぅ、危機を脱したか。心臓が止まるかと思った。あの時は司に対して、「ワシは大人じゃ!」と強く訂正していたのに。お風呂となると話は別らしい。乙女宣言か。あれかな、幻想郷の管理者してる、どっかのスキマ妖怪と同じだな。永遠の17歳って…ププッ、笑みが止まらんなァァア! 

 

「アレックス」

 

 フフッ…? …ハァ、全く。誰だ? せっかくの入浴タイムを邪魔するのは。わたしは今、先生の年齢詐称について楽しく妄想を…せ、先生!? 

 

 振り返ると、脱衣しかけていた先生が、こちらをジッと見つめていた。

 

「気の所為じゃろうか。今な…永遠の17歳じゃないと、否定された気がしたのじゃが?」

 

 ギクリ。完全に心が読まれている。いや、もしかして声に出ていたのか? 

 

「ち、違います! 発言を訂正させてください!」

 

 わたしは必死に弁解する。

 

「ふむ」

 

「皆大好き、スキマ妖怪の事を言っていたのです! 紫さんのことです! シルファ先生の事ではございません! ハハ、何を仰りまするか! 先生は、正真正銘、永遠の17歳であります! もちろんですとも!」

 

「うむ、そうじゃ。わたしは、永遠の17歳なのじゃよ」

 

 先生は機嫌を直したようで、ルンルン気分で鼻歌を歌いながら杠のもとへ行ってしまった。…危なかった。マジで死んだかと思った。先生のこと、一瞬、爆発寸前のクリーパーだと錯覚してしまった。…ある意味、破壊力はそれ以上かもしれん。

 

 ひとっ風呂浴びてサッパリした後、千空が全員を集めた。

 

「テメーら、遠路はるばるやって来た目的──忘れてないよな?」

 

 湯上りで火照った顔を引き締め、千空が問う。

 

「科学の武器ってのは?」

 

「スマホか!」

 

 大樹が即答する。

 

「好きだなァ、スマホ」

 

 千空が苦笑する。杠も、まだルンルン気分のシルファ先生も、皆、真剣な表情で千空の話を聞いている。

 

「人類史上最大の発明品──火薬を作る!」

 

 千空がビシッと指を突き出し、銃を撃つポーズをとる。あ、なるほど。あのポーズは、そういうことだったのか。心なしか、本当に拳銃を構えているように見えていた。彼の覚悟の表れだったのだ。

 

「おありがてぇことに、日本は火山大国。温泉地まで来さえすりゃ、火薬の原料の硫黄が取り放題のバーゲンセールってこった!」

 

 千空が足元の黄色い石を拾い上げ、ニヤリと笑う。硫黄。火薬の主原料の一つ。確かに、ここならいくらでも手に入る。

 

 しかし、だ。どうしよう。わたしのインベントリの奥深くには、クリーパーからドロップした大量の『火薬』が眠っているんだよなぁ。これを使えば、一瞬で解決する話ではある。

 

 わたしは壮大な富士山を見つめながら、インベントリからこっそり牛乳を取り出し、ゴクリと飲んだ。ああ迷う!! ここで「実は持ってます」と言うべきか、それとも千空の科学教室に付き合うべきか。

 

「クッフフ…いよいよvs司の究極兵器黒色火薬の誕生だ…!!」

 

 千空の楽しそうな顔を見る。彼は今、最高に唆っている。…よし、迷いは無くなった! 

 

 ここは、千空と共に──硫黄を採取する! 彼の科学への情熱を、このワクワクを、野暮なチートアイテムで台無しにしてはいけない! フッ、わたしは空気を読める、デキるマインクラフターなのだよ。

 

「アーハッハッハー!!」

 

 わたしは千空に合わせて高笑いした。さあ、科学の冒険の始まりだ! 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、誰もいなくなった旧拠点には、ただ風の音だけが空虚に響いていた。

 

 つい先程までアレックスたちの活気に満ちた声が溢れていた場所は、今や抜け殻のように静まり返っている。散乱した道具、踏み荒らされた地面。それは一見パニックに陥って逃げ出した跡のように見える。だが、その場に佇む男の目は欺けない。

 

 霊長類最強の高校生、獅子王司。

 

 彼は鋭い眼光で地面に残された痕跡を、そして空気を読み取っていた。千空という男が、ただ恐れをなして逃げるようなタマではないことを、彼は誰よりも深く理解している。ならば、この逃走には明確な目的があるはずだ。自分という圧倒的な武力に対抗し得る、唯一絶対の力。それを手に入れるための旅路。

 

「──ハッ! そういう、ことか…!」

 

 司の口元に、冷ややかで、それでいて好敵手を認めた時のような乾いた笑みが浮かぶ。思考のピースがカチリと嵌った。このストーンワールドにおいて、科学使いが喉から手が出るほど欲しいもの。そして、この場所から目指せる地理的条件。答えは一つしかない。

 

「西、箱根! そこに向かったのは、科学の武器たる原料の火薬を手にする為。火薬が完成すれば、オレに勝ち目は無い」

 

 火薬。すなわち銃。

 

 どれだけ肉体を鍛え上げようとも、どれだけ神速の反応速度を持とうとも、科学が生み出す破壊の暴力の前には無力だ。もし彼らがそれを手にしてしまえば、この石の世界のパワーバランスは一瞬で覆る。それは、司の敗北を意味していた。

 

「必ず、止めてみせる。純粋な若者だけが生きる楽園を創造するために」

 

 司の瞳に、揺るぎない決意の炎が宿る。既得権益を貪り、若者の未来を食い物にする醜い大人たち。そんな薄汚れた旧世界を! 復活させてはならない。ここは汚れなき石の世界。何者にも縛られない、純粋な魂だけが共存できる、理想郷を作るチャンスなのだ。

 

 その理想を阻む者が、たとえ友人であろうとも、恩人であろうとも、彼はその手を血に染める覚悟を決めている。

 

 彼はゆっくりと、思い出の詰まった旧拠点に背を向けた。その背中は孤独だが、迷いはない。彼を突き動かすのは、崇高な理想だけではない。もっと個人的で、もっと切実な、魂の根源にある願い。

 

 搾取ばかりする老いた大人は、楽園に必要ない。この手で築く新しい世界は何よりも大切な、()()のための場所でもあるのだから。

 

 風が彼の長い髪をさらう。遠くを見つめるその瞳の奥、脳裏にあるのは、病室で横たわる──幼い姫君だった。




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