小説執筆、楽シイ!
狼煙
「クククッ、火薬の素材3つ揃った! 後は混ぜるだけ!」
千空の不気味なほど楽しそうな声が、夜明けの森に響き渡った。
昨夜の温泉でのひと時は、まさに至福だった。特に垣の向こうから聞こえてきた杠と大樹の、照れくさそうで初々しいやり取り。あれはもう、純愛という名の芸術作品と言っても過言ではない。至高、至高以外の何物でもない。
そんな穏やかな夜が明け、現在はというと、マッドサイエンティストによる爆薬クッキング教室が開講中である。
「楽しい楽しい──火薬クッキングの時間だ…!!」
千空の顔がスゲーことになっている。悪役の顔芸としては百点満点だ。まあ、クラフトが楽しいのは分かるぞ。わたしも未知のアイテムを作る時は、テンションが上がるからな。
テーブル代わりの岩の上には、三つの素材が並べられている。
素材1──温泉地で採り放題の硫黄。黄色い粉末。千空がウキウキしながら採取していた。
素材2──木炭。これはわたしが、かまどで原木を焼いて用意した。良質な炭だ。
素材3──硝酸カリ。奇跡の水から生成された白い結晶。
「全ての素材を、一つの布袋にブチ込む!」
千空が慣れた手つきで粉末を混ぜ合わせる。配合比率は──硝酸カリ75%、硫黄10%、木炭15%。黄金比というやつだ。
さらに、ここでもう一手間。
「隠し味に砂糖を足せば、パワーが上昇する」
その砂糖も、もちろんわたしが用意した。サトウキビから精製した純度100%の砂糖だ。インベントリには大量の在庫がある。なんでそんなにあるのかって? 決まっているだろう。いつか、ケーキを食べたかったからだ。スイーツへの執念が、まさかこんな形で役に立つとは。
ちなみに費用は──なんと無料! これぞ、自給自足の醍醐味である。
「仕上げにぶっ叩いて固める!」
千空が小さい丸太を構える。
「ぶっ叩くんだな? なら、体力作業は俺に任せろォ!」
大樹が張り切って、自分の頭ほどもある巨大な岩を振り上げた。いや待て待て待て。
「さささすがにマズくない?! 大樹くんのパワーでそれぶつけたら、火花でドカーンってなっちゃうよ!?」
杠が顔を引きつらせて絶叫する。ごもっともだ。
「杠の言う通りじゃ。自殺志願者か?」
シルファ先生も呆れている。
「クククッ、安心しろテメーら。石同士ぶつけても、火花は出ねぇよ」
千空がニヤリと笑う。そう、火打ち石というのは、マインクラフターが便宜上そう呼んでいるだけで、正式名称は『火打石と打ち金』だ。クラフトに必要なのは、鉄インゴットと火打石を1つずつ。石と石をぶつけただけでは、そう簡単に火花は散らない。
鉄は洞窟で採掘し、かまどで製錬すれば手に入る。あるいは村から鉄ゴーレム経由で…おっと、この話はやめておこう。
火打石は砂利を破壊すれば、10%の確率でドロップする。幸運のエンチャントが付いたシャベルがあれば効率よく集められるのだが、今は贅沢は言えない。
ちなみに砂利が海中にある場合は、水中呼吸のポーションが必須だ。あれがあれば、酸素ゲージを気にせず作業に没頭できる。水泳の授業でこっそり使って、先生を驚かせたのも良い思い出だ。
…なんてことを回想している場合ではない。さっきから、妙な音が聞こえないか? シュゥゥ…という、何かを焦がすような嫌な音。
音の発生源は、火薬が詰まった布袋からのようだ。よく見ると、大樹が叩いた衝撃で布袋の一部が破れ、摩擦熱で火花が…いや、既に火種が生まれ、導火線のようにジリジリと燃え広がっているではないか。
ジリジリと…? これって、まさか。
「退避完了しました、千空隊長! しかし、アレックス隊員は…ッ」
「しかたねぇよ、杠。アレックスは、その場に残ると言ってやがったからな…ッ」
「すまない、アレックス…ッ」
「アレックス、アレックスゥゥ…!!」
…君達、いつの間にそんな遠くへ。というか千空、そんな死亡フラグみたいな台詞、わたしは一言も言ってないぞ。100億%、初耳なのですがねぇ?! 待って、わたしだけ逃げ遅れて──
ズドォォーン!!!
轟音と共に視界が真っ白に染まる。衝撃波が全身を叩きつけ、爆風が髪を逆立てる。
…危なかった。マジで死ぬかと思った。とっさに丸石ブロックを盾にしたが、それでもハートが0.5個削られた。すぐに自然回復したが、寿命が縮む思いだ。
「クククッ、火薬クッキング大成功じゃねぇか!」
黒煙の中から、ススだらけの千空が楽しそうに出てくる。
「だな! アレックス、大丈夫か!」
大樹が駆け寄ってくる。大丈夫だ、問題ない。湧き上がる「こいつらマジか」という負の感情を、インベントリから取り出した牛乳で必死に中和しているところだ。
「ワオ! こんなに凄いんだね、火薬って!?」
杠、ちょっとは心配してくれ。大樹のように。わたし、君たちの盾になったんだぞ?
「昔から学生が実験とかでミスして、手足フッ飛ぶレベルの事故もバンバン起きてっからな」
千空が事も無げに言う。よかったな、わたしで! 普通の人間だったら、今ごろ君たちはミンチになっていたかもしれないんだぞ! 感謝してくれ!
「その気になれば確実に凶器、じゃな。…アレックス、怪我はないか!」
「シルファ先生!」
「ど、どうしたのじゃ?」
わたしはたまらず、先生に抱き着いた。流石はシルファ先生、わたしの保護者。大樹と同じく、真っ先に安否を気遣ってくれるとは!
「わたしも心配してるよ? アレックスさん」
「オレもだぞ、アレックス」
杠と大樹も慌てて付け足す。わたしは、先生から離れ、二人をジト目で睨む。本当かなぁ〜。まあ、許そう。よかったな、杠。わたしじゃなかったら、君はもう二度と大好きなスイーツを食べられない体になっていたかもしれないんだぞ?
「そ、そんな〜!?」
当然である。ま、何はともあれだ。多少のアクシデントはあったものの、火薬クッキングは見事に成功した。これは実に喜ばしいことだ。
「こ、これで司くんをさ…攻撃する、の?」
杠の声が微かに震えている。何故なのだろう? わたしは不思議に思って首を傾げた。身を守るための武器を手に入れたのだ、震える必要などないはずだが…。
「いや? 取引する」
千空があっさりと否定した。なぁ〜んだ。攻撃しないのか。わたしは少し落胆する。…いや、攻撃したらダメなのか? あいつ、ライオンを素手で殴り殺すような化け物だぞ? 先手必勝こそが、生存の鍵ではないのか?
「司は話の通じない、殺人鬼じゃねェ。大樹との時も言ってたじゃねえか。逆に言やぁ、戦況次第で取引の余地はあるって事だ。火薬武器さえありゃ、優位に立てる」
千空の冷静な分析に、大樹が顔を輝かせる。
「よかったな、杠!」
「うん!」
う〜む、悩んでしまう。相手は霊長類最強の男。普通に考えて、対話よりも物理攻撃の方が効果的だと思うのだが…。
「アレックス、ちと話がある。シルファ、すまねぇが借りるぞ」
千空が手招きする。
相分かった。ではシルファ先生、ちょっと行ってくる。
「うむ」
千空に連れられ、皆から少し離れた場所へ移動する。さて、どうしたのだろう。ここまで距離を取らなければならないような、話とは。わたしは好奇心半分、不安半分で彼の言葉を待った。
「頼みてぇことがある。司の奴は、必ず此処にやって来る。科学の武器の原料、火薬を完成させたからなァ」
千空の声が低くなる…つまり?
「司との取引が決裂したら──司を殺してくれ」
その言葉に、わたしは息を呑んだ。彼の瞳は、冷徹なまでに澄んでいる。冗談ではない。本気だ。相分かった。
…だが、殺すのは最終手段だろう?
「そうだ」
千空。
「ああ」
大丈夫だ。大船に乗ったつもりで、任せてくれ。わたしは、マインクラフターなのだから。いざとなれば、彼をマグマ遊泳に招待することだって造作もない。
「すまねぇな」
そう言って、千空はシルファ先生らのもとへ戻っていく。なんで、謝るんだろうか? わたしには、その真意が少しも分からなかった。ただ、彼の背中がいつもより少し小さく見えた気がした。
「弱くなって来たな!」
「司の奴が追って来たりしたら、100億%見つかるからなァ」
戻ると、爆発の残り火から上がる黒煙を、大樹が必死に消そうとしていた。シルファ先生と杠は、燃え残った布袋の残骸を片付けている。原形留めてたんだ、あれ…。黒煙は小さくなっているようだが、まだ完全には消えていない。これでは狼煙となって、敵に位置を知らせてしまう。
千空、大樹。
「なんだ、アレックス? テメーは見張りを──」
任せて欲しい。わたしは、インベントリから水バケツを取り出す。
バシャッ! 水を撒けば…ほらこの通り! ジューッという音と共に、残り火は完全に鎮火し、煙も消え去った。水浸しになった地面も、空のバケツですくい取れば元通りだ。
「クククッ、初めから任せればよかったなァ」
「流石だな、アレックス!」
千空、褒めているのに目が笑っていない…ッ。なんだ、なんなんだ…どうしてそんな顔をするんだ!?
「み、皆! 見て、あれを!」
杠の切迫した声が響く。なんだなんだ。千空の視線が怖いので、逃げるように杠の側へ行く。彼女が指差す先、森の向こう側の空に、一筋の煙が立ち昇っていた。ありゃ、狼煙だな。
「山火事か!?」
大樹が叫ぶ。
「山火事ならば植物を燃やすことで発生する、特有の白い煙と共に広がる筈じゃが…」
先生が冷静に分析する。確かに、あの煙は細く、そして真っ直ぐだ。
「もしかして、司くん?!」
「いや、逆方向だ。だいたい、アイツがわざわざ自分の位置を教える訳ねぇよ」
千空が否定する。
皆、聞いてくれ。
「聞かせろ」
もし山火事なら、タイミングが偶然すぎる。おそらくあれは、さっき我々が起こした爆発の黒煙に反応して上げられた狼煙ではなかろうか? あくまでも推測だが。
「じゃあ、アレって…!?」
「唆るぜ、これは! このストーンワールドに、オレらの他に誰かがいる…!!」
千空の目が、狩人のように鋭く光る。
そうだ。そして、もしもだが…石化から目覚めた、別の復活者かもしれない。
「なんと…」
「俺達以外に復活した人類が、他に…!?」
大樹と先生が驚愕する。そうだろうな。あり得ない話ではない。だから…杠、大樹。そんなに慌てて、火を消そうとしちゃダメだ。
「え?」
「ダメ、なのか?」
ハァ、わたしは溜息を吐く。
ダメに決まってるだろう? 相手がこちらに合図を送っているのだとしたら、こちらも返事をしなければならない。それにほら、千空もそうだと頷いているだろう?
「その通りだぜ。奴らにしてみりゃ『火山かも?』っつぅ話だ。立ち去られる前に、更に燃やして合図しねぇとなァ」
「そういうことか!」
そういうこと。理解してくれて、何より。わたしは腕を組んで、うんうんと頷いた。
「でも、もし司くんが追って来てたら…ッ」
「ご親切に、オレらの居場所を教える事になる」
『!?』
空気が凍りついた。…やっぱり消してしまいたい。前言撤回だ。今すぐ消火活動を開始すべきだ。
「消すな、バカ」
千空に釘を刺される。
なんだと? 今、バカと言ったか?
バカは君では? 相手は、あの霊長類最強だぞ?
そんな危険人物に、わざわざ「ここにいまーす!」と教えるなんて自殺行為だろ! 何がなんでも、これを消してやる!
わたしは水バケツを構え直した。
「シルファが、そう言っていてもか?」
千空が悪魔の囁きをする。…え、シルファ先生が? わたしは、恐る恐る先生を見る。彼女は、潤んだ瞳でこちらを見つめていた。まるで捨てられた子犬のように。
…フッ、バカめ。そんな古典的な手で、このわたしが騙されると本気で思っているなら、大間違いだぞ?!
「ワオ! アレックスさんが穏やか顔に!」
くっ、負けた。いいだろう。消さないでおいてやる。わたしは、鼻を鳴らしてバケツをしまった。
「こういう時のアレックスにはな、上目遣いが効くのじゃよ」
「サンキューな、シルファ」
先生が小悪魔のように微笑み、千空とハイタッチしている。…謀られた。しかし、我々ではない誰かが上げた狼煙か。もし友好的な相手なら、強力な味方になるかもしれない。
「点けるぞ、狼煙を上げろ!!」
千空が叫ぶ。
「でも、せっかくの…」
「そんな事は気にすんな! あとでまた…あ?」
千空の言葉が止まる。わたしが、とある行動に出たからだ。
「赤い、ブロックかの?」
先ず、インベントリからネザーラックを取り出し、地面に設置する。この赤黒いブロックは、ネザーにしか存在しない特殊な石だ。次に、重要アイテム。インベントリから『火薬』を、ドンドンと取り出してネザーラックの上に撒いていく。
「か、火薬!?」
「元々持ってたのか?」
「まさか…」
皆が目を丸くする。本来、マイクラの仕様では火薬をアイテムのまま設置したり撒いたりすることは不可能だ。だが、転生してからは違う! この世界では、物質として扱えるのだ!
「全員、退避しろォォ!」
千空が叫ぶと同時に、わたしは火打ち石で着火した。
ボウッ!!
刹那、小規模な爆発と共に赤い炎が燃え上がる。マイクラとは違い、ネザーラックから黒々とした狼煙がモクモクと上がっている。成功だ。
「燃えるもの、じゃんじゃんブチ込むのか!」
先生が慌てて薪を探そうとする。
「そうだ、ブチ込め!」
千空も指示を飛ばす。
「その必要は無い」
わたしは静かに告げた。
「なんですと?」
「なんじゃと?」
「何?」
「え!? ダメなのか?」
皆が動きを止める。わたしはチッチッチッ、と指を振る。
君達の言う赤いブロック、ネザーラック。このブロックには、ある特殊な性質があるのだ。一度着火すれば、人為的に消さない限り、燃料がなくても永遠に燃え続ける。永久機関のような炎なのだ。
「クククッ、そりゃ凄い」
千空が感心したように笑う。
「じゃが、木を集めねばなるまい。そうだろう? 千空よ」
先生が言う。え、なんで? もう燃えてるのに?
「司の奴はオレらと違って、燃え続けるのは知らねぇ。ネザーラック、の存在もな」
「不自然に思われないようするのじゃよ」
なるほど。普通の焚き火に見せかける必要があるということか。そんなに不自然かな? この赤くて禍々しい石。でも…一つよろしいかな?
わたしは、申し訳ない気持ちで彼らに告げる。
その、既にあるんだ。その辺に落ちている、木の枝や枯れ木が、インベントリに沢山。ほら、どうぞ。わたしは大量の木材を、その場にばら撒いた。
『…』
え、何。どうしたのだろうか? 皆して黙って。わたし、何かまたやっちゃいました?
『ハァ』
盛大な溜息をつかれた。なぜ溜息?? 感謝されるところじゃないのか? 不思議すぎて、わたしは首を傾げずにはいられなかった。
■□■□■□
そうして時は流れ、事態は急転した。さっきまでの和やかな空気は霧散し、張り詰めた緊張の糸だけがこの場を支配していた。現在、この場に残っているのは、千空とわたし、そして"彼"──獅子王司の三人だけだ。
その他のメンバー、シルファ先生、大樹、杠の姿はここにはない。彼らは既にここを離れていた。もちろん、死んでなどいない。わたしの指示と千空の計画に従い、少し離れた茂みの奥で息を潜めているのだ。わたしが"合図"を送れば、即座に駆けつけられる距離を保ちながら。
「科学の武器が登場したらあれか? 『最強の僕が最強じゃ無くなっちゃう』…ってか? クククッ、随分と可愛らしい心配事じゃねぇか」
千空が挑発的に笑う。その額には僅かに脂汗が滲んでいたが、声色は微塵も揺らいでいなかった。彼は今、言葉という武器で時間稼ぎをしているのだ。
さて、皆の衆。わたしが今、一体何をしているのか。どんな状況に置かれているのか、気になることだろう。実のところ、わたし自身も「なんでこうなった?」と少しだけ遠い目をしていた。
「そうだろ? 司」
「…うん、そう捉えて貰って構わないよ。火薬、すなわち銃。それが完成すれば、武力だけのオレは無力化する。だからこそ、ここで止めさせてもらう」
司の声は静かで、それゆえに恐ろしかった。彼の左腕はわたしの体を背後からガッチリと拘束し、右手には鋭く研ぎ澄まされた石槍が握られている。
「タ、タスケテ〜」
わたしは無表情のまま、抑揚のない棒読みで助けを乞うてみた。わたし、マインクラフターのアレックス。今ね、あろうことか霊長類最強の男の人質になっているの。
笑えない。全く笑えない状況だ。司の腕はまるで鉄の万力のように固く、身動き一つ取らせてくれない。そして何より、視界の端でチラチラと光る石槍の切っ先が、容赦なくわたしの首筋に食い込んでいるのだ。
冷たい石の感触と、皮膚が粟立つような鋭利な殺気。少しでも動けば、間違いなく頸動脈とお友達になれる距離だ。
痛い痛い。地味に痛い。血は出ていないが、これ絶対に跡が残るやつだ。でね、一つ言わせて欲しいの。人質にするのは百歩譲っていいとして、その力の加減と扱い方についてだ。
…もう少し、女性に優しくしろよ!!
レディへの扱いが雑すぎるぞ、霊長類最強!!
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